データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] バーミンガムーサミットヘの出席におけるサミットを前にしての記者会見(橋本龍太郎)

[場所] 
[年月日] 1998年5月13日
[出典] 橋本内閣総理大臣演説集(上),415頁.
[備考] 
[全文]

 − 第二十四回のバーミンガム・サミットが間もなく始まるので、総理は明日出発されまずけれども、国際舞台での日本の発信の場として非常に重要な場だと思います。総理として、まず今回のサミットでどのようなことを特に強調されたいというお考えでしょうか。

○総理 今年のサミットは雇用、そして国際組織犯罪というのがもともとのテーマとして決まっていました。それに加えてアジア経済を含む国際経済問題など、テーマを絞って率直な意見交換を行うことになります。

 日本も、立場と経験を踏まえて十分な貢献をしていきたいと思っていますが、一昨日インドが核実験を行った。これを受けて、この問題についての十分な議論を行い、G8としての明確なメッセージを発出出来るように、議長国のイギリスを始めとして参加国に働きかけていきたいと思っています。

 アジア経済の問題については、これは我々はアジアに位置してアジア各国と長い友好関係を持つ国ですし、出来る限りのことをしていきたいと思いますし、現にそうしてきました。先日、小渕外務大臣にタイ、マレーシア、シンガポールを訪問していただいたのを始めとして、サミットを前に各国の情勢あるいは各国政府の考え方などを調査しましたが、そうした準備を踏まえてアジア各国の改革努力への支持、そして支援を参加各国に呼びかけたいと思っています。

 これはASEMのときの議論の一部継続したものになると、そう理解していただくといいと思いますが、同時にサミット、もともとエコノミック・サミットと言った通り、参加の各国が自国の経済、あるいは世界経済についても議論する場ですし、日本の立場というものは米国、欧州と並んで世界経済の中で重要な役割を果たしているわけで、我が国の内需拡大を中心とした景気回復に向けた経済運営の考え方というものも出来るだけ十分に説明をしていきたいと思っています。

 − 総理は今インドの核実験のことも触れられましたけれども、G8としての対応と並んで日本独自の対インドヘの対応というものがやはり焦点の一つであると思うんですが、今現在どういうことをお考えなんでしょうか。

○総理 我々としては本当に、私自身も三月三十一日親書の中で最大限の核政策における自制を求めてきたわけですが、日本全体でこうした行動をとり続けてきました。そうした中で核実験が行われたというのは、非常に残念な遺憾な事態ですから、政府としてはODA大綱の原則にかんがみて、これから申し上げるような措置をとろうと考えています。

 詳細は後で官房長官の談話で発表するつもりですけれども、まず第一に、これはインドの一般の国民を苦しめることが目的ではないですから、無償資金協力については緊急、人道的な性格の援助、草の根無償というものは残しますが、新しい協力は停止をします。

 対インドの円借款については、今後のインド側の対応を見て、我が国政府の具体的な方針を決定します。

 六月三十日、七月一日、東京で対インド支援国会合が世銀の主催の下に開かれる予定になっていました。日本政府としては、この東京開催招致を見合わせる旨を世銀に対して申し入れるつもりです。申し伝えると言った方がいいかもしれません。インドの今後、核政策というものが変われば、当然我々はこういう協力もしますけれども、今はやはり世銀の主催といえども、対インド支援国会合を東京で開くということは我々としては見合わせます。

 − 円借款についての最終的な対応を決めるということは、いっごろになるんでしょうか。

○総理 今、まだ円借款は今年度はないわけです。ですから、インド側がどういうことを考えていらっしゃるのか、具体的な話があったときにこの問題が解決しているか、していないか。あるいは、前進を我々として自分たちの胸で受け止められるかどうかで当然ながら違ってくるでしょう。今はまだないんです。

 − では、日本経済のことをお伺いしますが、先日の外相・蔵相会議でも日本経済の問題が大きな焦点になったと思うんですが、この点をもう少し詳しくサミットの場でどのように総理は説明するつもりであるのか、お伺いしたいと思います。

○総理 これは多少長くなるけれども勘弁してください。

 日本の経済が、皆さんご承知のように不良資産の問題を始めとして、バブルの崩壊の後遺症から脱し切れていない状況の中で、アジア経済の混乱、そして国内でも金融システムに対する不安感などが発生して景気が落ち込む、その真っただ中に今あるわけです。

 ですから、当面必要なことは、まず思い切って内需をつくり出して景気回復をしていく。そのために、七兆七千億円に上る社会資本整備と四兆円の特別減税をすることにしました。社会資本整備は国や地方自治体のお金を使ってやることですから、本当に必要な分野に思い切って重点を置いていきます。国民の皆様の中に既に不安を生じてしまっているダイオキシン対策だとか、あるいは新エネルギー対策、科学技術の振興、福祉など、そういう意味ではやるべきことがいっぱいあるわけですが、これが総合経済対策の柱の一つです。

 もう一つの柱は不良債権問題の処理で、この十年間ずっと重くのしかかってきたバブルの後遺症というもの、これをすっきりと抜け出して日本経済を立て直して力強い回復を続けていくためには、この不良債権の処理という問題を根本的に行わなければなりません。

 ちょっと専門的になるんですけれども、不良債権処理というのは本格的な処理は何か。これは、金融機関が不良債権をバランスシートから落とすということです。例えば、担保になっている土地を処分して焦げ付いている貸付けを回収する。あるいは不良債権を売却するということもありますが、そういった措置を思い切って進めるために、土地にかかわるさまざまな債権債務を整理するための委員会をつくること、土地担保付き債権の証券化など、これまでにない仕組みをつくります。これも既にお気づきでしょうけれども、こうした対策というのは実は土地取引の活性化、あるいは都市の開発、こうしたものと密接に関係があるわけですから、当然そうした施策も織り込んでいますし、金融システム改革法案の審議も進んでいますから、不良債権処理と相まって力強い活発な金融システムをつくり出す、その用意が整いつつあります。

 三番目の柱というのは、実は我が国経済が本当に活発であり続けるためのさまざまな構造改革の必要性です。規制の撤廃と緩和、ベンチャー企業のための環境づくり、こうしたことも今回の対策の重要な柱ですし、税制についての法人課税や所得課税を幅広く見直して、公正で透明で国民や企業の意欲というものが十分生かされるような税制を目指したいと考えます。

 こうした対策を今どれだけ早く実施に移せるかということで、今そのために必要な補正予算や減税法案などを国会でご審議をいただいているわけです。三十兆円の金融安定化策などによって、昨年の秋以来の金融に対する不安感というものは、今のところ一応沈静化してきました。今回の対策はそこから一歩進んで、バブルの後遺症から抜け出すための必要な措置を盛り込んだもので、当面の景気回復と不良債権の本格的な処理、そして構造改革という三つの柱で、日本が本来持っている潜在的な力を発揮して、個人と企業が主体となる力強い経済を取り戻すことが出来ると信じています。

 今、我が国は行き過ぎた自信喪失状態、そういう状況にあると思います。確かに企業の倒産、あるいは失業率の上昇、地価も下がってきていまずけれども、株価の低迷、自信を失わせるような事態が多い。これは事実なんですが、しかし、日本経済は世界でも有数の経済です。これは私を信じてほしいとまで申し上げるほどのことではありませんけれども、少なくとも日本経済が本来持っている強さ、そして国民の皆様がここまで築き上げてこられた人材、あるいは技術、資金、こうしたものを私は本当に信じていただきたいと思っていますし、その強さというものを解き放って力強い歩みを進めていきたい。

 サミットで日本の経済ばかりの話をするわけではありませんけれども、出来るだけこうした話は要領よく各国の首脳にきちんと伝えていきたいと思っています。

 − 今、恒久減税の話もありましたけれども、例えば法人課税の実効税率の問題ですね、国際水準並みに下げると。この間の記者会見のときは、総理は三年以内というようなことをおっしゃっていましたけれども、それをもう少し前倒すとか、そういうお考えはありますか。

○総理 税というのは財政を賄うために必要なものですし、公正・透明であり、同時に国民や企業の意欲を引き出して活発な経済をもたらす、そうした考え方からまとめていかなければなりません。

 今あなたは法人課税だけを言われましたけれども、実は所得課税、所得税及び個人住民税についてもいろいろな議論があります。諸外国に比較してみると、個人所得課税は低いんですけれども、負担水準だとか税率構造、あるいは各種の控除の在り方、資産性の所得課税、あるいは年金課税、こうした論点を幅広くきちんとした整理検討を行って体系をつくらなければなりません。

 法人課税、これは十年度改正で法人税、法人事業税の基本税率を引き下げましたが、今あなたからも言われたように、三年以内に出来るだけ早く総合的な税率を国際水準に持っていきたいと考えています。これはこれから先、政府等の税制調査会も税制を議論するときに部分だけは議論出来ません。税体系全体の在り方も踏まえながら考えなければならないんですが、地方の法人事業税、外形標準課税の検討とか、法人課税の在り方についての真剣な検討を行っていただく。そして、個人所得課税について肇今申し上げたような角度での議論をしていただく。

 党の方でも参議院選が終わり次第というようなことを言っていただいていますけれども、政府税調にも出来るだけ早くそうした検討を開始していただきたいと思います。

 − 今回のサミットの際に個別の首脳会談もありますが、日米、日露、日独とございますが、特に我々が非常に注目しているのは一つは日米であり、それから川奈会談以来の日露の首脳会談です。これは時間も短いようですが、どのような展開になるんでしょうか。あるいは、総理としてはこの両会談を通じてどのようなことを発言されようというお考えなんでしょうか。

○総理 日米についてはお互いに長い会談を何遍もやってきましたし、お互いに胸襟を開いてあらゆる問題を議論していくと思います。アメリカ側も議論したいと思っておられるテーマがあるようだし、我々もこの機会に是非アメリカ側に日本はこう考えていると、いろいろな問題で伝えたいことがあります。

 日露、これは当然のことですけれどもクラスノヤルスク、そして川奈と続いたノーネクタイの会談の後を受けて、その雰囲気を持続しながら議論をする。その意味では、この二つの会談の延長線上で議論をしていくことになるでしょう。あまり皆さんは関心がないようだけれども、ドイツとの会談だって、実はユーロが本格的にスタートをする直前で、私は実は非常に大事な意味がある会談だと思っています。そういう問題は当然議論します。

 − 日露首脳会談についてですけれども、先の川奈会談でエリツィン大統領はたしか橋本総理から興味のある新提案があったという言及がありました。この点についていろいろな報道もされていますが、中身をそろそろ明かすということにはならないですか。

○総理 これは、ロシア側が真剣に検討するということを言われて約束をした以上、やはりロシア側から答えがあるまでは勘弁していただきたいと思うんです。皆さん、大変いろいろな推測をめぐらせていただいて、多少混乱している部分もあるようだし、私からこの内容について言及することは勘弁してください。

 ただ、少なくとも東京宣言というものを土台にして平和条約を二〇〇〇年までと、そういう話から今度はただ単なる平和条約だけではなく、お互いの将来の協力とか、そうしたものまで一緒に考えていこうという姿になっているわけで、こういう流れがこの後も持続することを私は願っています。

 − それから、その関連で、昨日エリツィン大統領がインターネットでの会見という新基軸を打ち出されたんですが、その中で今度の西暦二〇〇〇年の日本開催をロシアに譲ってほしいということをおっしゃっているんですが、その辺は検討に値するんですか。

○総理 これは大変申し訳ないけれども、私もそういう報道を見ました。

 しかし、ロシア側から何ら正式な提案があるわけではないし、少なくとも現時点まではありません。そして、これは日本だけが勝手に決めていい話ではない。だから、そうした提案というものがあれば、あった時点でそれは当然真剣に考えることですけれども、今これを引用されることはちょっと迷惑だな。

 − それでは、少し国内政治の話をお伺いしますが、社民、さきがけ両党が与党離脱の動きを見せていますけれども、これについて総理はどのように対応されるのか。昨日の幹事長会談では、党首会談で何か決着するという話にもなっているみたいですけれども、その点を総理はどう考えていらっしゃるのか。

○総理 まず第一に申し上げたいことは、私自身が三党の皆さんによって首班指名を受けた。そして、その中で今日まで努力をしてきた。そして、その三党の連立政治というものがそれだけにとどまらず、今随分大きく成果も上げてきたし、閣外協力という方針を決められた時点で、幾つかの点でお互いに意見が一致しない部分があることを認めた上で、協力体制をここまでとってきました。国民からもそれなりの評価をいただいていますし、私として三党体制を維持したいという気持ちには変わりはありません。

 昨日の三党の幹事長会談が終わった後、幹事長からの報告を受けたところでは、社民党としては政権の在り方について党内では三役に一任をされていると伺っていますし、さきがけさんは今国会中、与党としての責任を果たすと言っていただいていると聞いています。そして、今後も三党でまとめられて提出された数々の重要法案、これからまだ合意に向けて協議されるであろう政治改革の幾つかの課題についても、私は引き続いて三党が協力して処理されていくと思っていますし、そうした思いで今もおります。

 − これに関連してちょっとお伺いしますが、会期末に重要法案の取扱いが混乱すれば、衆参同時選挙もあり得るというような発言も政府、自民党内には、野党への牽制という意味が多分にあるかとは思うんですけれども、そういう発言も出ていますが、総理のお考えはどうなのか、お伺いしたいと思います。

○総理 先ほどの質問でも日本の経済についてご質問があったように、私たちは今、課題を抱えているわけです。国民の暮らし、あるいは日本経済全体を考えたとき、私どもは景気対策、あるいは六つの構造改革に取り組んでいるわけですけれども、これを実行することに今は専心すべき時期だと思っています。

 その意味では財革法の改正あるいは補正予算、更に中央省庁等改革基本法案、改革関連法案はほかに幾つもあるわけですから、野党の協力もいただきながら、とにかく早く成立させていただけるように最大限努力をすることが、今与えられている私の責任だと思っています。今は、こうした問題に専心していくということが大事なんじゃないでしょうか。

 − では、同時選挙ではなくて参院選挙は間違いなく七月にあるわけですけれども、これについてもいわゆる勝敗ラインと申しますか、ハードルについて特に自民党内でさまざまな数字が出ております。幹事長を始め執行部は改選議席を維持する。つまり六十一以上であるとか、あるいは非改選と合わせて過半数を自民党が制する六十九以上取らなければだめだという方もいらっしゃる。この辺について、総理のお考えは率直にどうなんでしょうか。その辺のところは。

○総理 私は今日、全国幹事長会議の席上でも申し上げたんですけれども、九年前の参議院選の采配を振って惨敗したときの幹事長だった。六十一の改選議席から一つでも積み上げて全員の候補者の当選を期すために全力を期したい。これが、私自身の率直な気持ちです。

 どう言ったら分かっていただけるかなと思うんだけれども、あのとき本当に当時の選挙制度の下で一人区のほとんどで競り合いながら、あるところではわずかな差、あるところでは相当開かれて我々は大敗を喫したわけです。私からすれば、本当に一つでも積み上げて全員当選を目指したい。そして、私自身が必死になって先頭で闘っていきたいと願っていますけれども、その思いはそこの国会議員あるいは党員、皆、同じ気持ちだと思います。

 − お考えになりたくはないでしょうが、六十以下だったらどうしますか。

○総理 それは別にお尋ねにならなくてもいいんじゃないの。

 − 今、内閣支持率がはっきり言って前よりはかなり落ちていますし、失礼な言い方ですけれども、総理が替わることが最大の景気対策だというようなことを言う人もいらっしゃいまずけれども、率直に総理はこういう話をどういうふうに受け止めていらっしゃるのか。また、参院選でどういうことを一番有権者に訴えていきたいと思っていらっしゃるのか。

○総理 参院選のときの手の内まで今さらすのは無理だよ。それは選挙に入って有権者に対してどう闘うかを事前予告付きでということでしょう。それは言えない。

 ただ、言えることは、この仕事に就いてからその意味では毎日毎日その責任というものを自分の肩に背負いながら全力を尽くしてきました。これからも、与えられる限りにおいて自分なりに全力を尽くしていく、それに尽きます。ありがとうございます。どうも。