データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] カンボディア、ラオス、タイ訪問時の小渕内閣総理大臣記者会見(バンコク)

[場所] バンコク
[年月日] 2000年1月14日
[出典] 小渕内閣総理大臣演説集(上),231−236頁.
[備考] 
[全文]

一、冒頭発言

 新しい千年紀の初めに、自分(総理)は、ASEANに新たに加わったカンボディア、ラオス、そしてASEAN議長国であるタイの三国を訪問したが、今回の訪問を終えるに当たり、以下の三点について述べたい。

 まず、第一に、二十一世紀を迎え、拡大されたASEANの発展と繁栄を更に推し進めていくことが、この地域はもとより、我が国の安全と繁栄にとり、また世界にとり重要なことである。このため我が国が引き続き出来る限りの協力を行っていく決意であることを改めて明確にしたい。

 その際、ASEANに新たに加わった諸国の経済・社会開発に特に留意し、ASEAN諸国間の経済格差の縮小を図っていくことが重要であると考える。この観点から、自分(総理)は、カンボディア、ラオスにおいて我が国の積極的な協力の意志を表明した。また、これら諸国と近隣に位置するタイの役割も極めて大きく、我が国は今後ともタイをはじめとするASEAN諸国と充分な連携を図りつつ協力を進めていきたいと考えている。

 更に、我が国は経済面での協力のみならず、カンボディア和平プロセスヘの協力、国連カンボディア暫定機構(UNTAC)への参加といった形での役割も担ったことはご承知の通りである。その過程で、国連ボランティアの中田さん、文民警察官の高田さんが尊い命を落とされたことは痛恨の極みである。しかし、このような経緯を通じて、我が国国民は、平和と安定のための様々な責任や役割についての認識を深めたと確信している。

 今回、アジア諸国を訪問して、多数の日本人が青年海外協力隊員として、またボランティアとして、地雷の除去や地雷犠牲者への支援、医療活動、文化遺産の保存をはじめ、様々な分野で活躍しておられることを再認識した。中田さん、高田さんの情熱が見事に引き継がれていると実感し、大変心強く感じた。今後ともより多くの日本人が政府と共に、このような活動に積極的に携われることを切望するとともに、そのために必要な支援を政府としても行っていく考えである。

 次に、アジアの経済危機についてである。今回タイを訪れて、状況は予想された以上の速さで改善されつつあると実感した。「宮澤プラン」を始めとする我が国の八百億ドルにのぼる支援は大きな役割を果たしたものと考える。同時にこれは、アジア各国指導者の大胆な経済構造改革への努力の賜と考える。我が国自身、経済構造改革に取り組んでいるが、アジアの経済構造改革に対して我が国は、資金、人材育成をはじめ、引き続き種々の協力を惜しまない所存である。

 このような努力を通じて、アジアは二十一世紀において再び「世界の成長センター」になっていくと確信している。そしてその際、単に経済成長を達成するのみではなく、社会的弱者への配慮、環境の保護等々を併せ実現していくことが大切である。自分(総理)は、これ故に、外務大臣、そして総理大臣として、「人間の安全保障」という考え方を述べてきたのである。

 最後になるが、二〇〇〇年という節目の年に九州・沖縄サミットが七月に開催される。その際、グローバルな視点に立ちつつも、アジアの関心を十分反映した明るく力強いメッセージを発信したいと考えているが、今般各国首脳より直接有益なご意見を伺うことができた。二十一世紀に、グローバル化、情報化等の流れが進む中、各国の経済格差をいかに縮小していくか、経済構造改革をいかに進めていくのか、紛争予防をどのように行っていくのか、世界は多くの課題に直面している。地球上の全ての人々がより安定した世界に生きられるということを共通の目標としながら、今後ともアジア諸国の率画な声に耳を傾け、アジアが経験してきたこと、そしてこれから行っていこうとしていることを十分念頭に置いて、サミットの準備に全力を傾けていく所存である。

 最後に、温かく我々を迎えて下さったカンボディア、ラオス、タイ各国政府及び国民の皆様にとり本年が長年(Year of Dragon)の名にふさわしい竜がかけ昇るような飛躍の年であることをお祈りしたい。

二、質疑応答

−−総理は、今も言及されたとおり、今回の訪問の最大の目的としてサミットに対するアジアの要望、声を聞きたいとおっしゃっていたが、今回色々と寄せられた声の中で具体的に何をサミットに反映させるお考えか。また、リヨンサミット以来サミットはグローバル化を進めてきたが、今回各首脳からはそれに対する懸念の声が示された。これはアジアの特殊事情に配慮してほしいという声だったと思うが、この二つについてどのように折り合いをつけていこうと考えておられるか。

○総理 まず、九州・沖縄サミットに関するアジア諸国の期待・関心が非常に強いということを感じた。

 九州・沖縄サミットのテーマについては、これからG8諸国で協議していくこととなる。自分(総理)としては、グローバル化・情報化等の流れが益々進む中で、地球上の全ての人が一層の繁栄を享受し、一人一人の心に安寧が宿り、より安定した世界に生きられるということを目標としていくべきと考えており、三国の首脳に対し、こうした考えを説明した。これに対して、フン・セン首相からは、グローバル化が進む中での東南アジア、大メコン圏の富める国と貧しい国との間の格差是正の問題につき、シーサワート首相からは、グローバル化への対応のため人材育成等が重要であることにつき、また、チュアン首相からは、世界全体の福利の向上のためIMF、WTOといった場における開発途上国の立場に配慮した先進国の政策協調の重要性等につき、それぞれ有益なご意見の表明があった。

 今後、今回頂いた貴重な示唆を踏まえ、グローバルな視点に立ちつつもアジアの関心も十分に踏まえ、沖縄から明るく力強いメッセージを発信できるようG8間で協議していきたい。

 昨晩のチュアン首相の提案の中にも、更に日本として色々な声を聞いてほしい、そのために、二月十一日から開かれるUNCTAD10の会合にもぜひ日本の総理として出席して、サミット議長国として貿易と開発の分野での関心をアジア諸国の首脳と話し合ってもらいたい、との話があった。国会開会中、特に予算審議に入っているのでなかなか困難だとは思うが、自分(総理)はチュアン首相の言われたとおり、当地で開かれる同会合はサミットを成功させるためにも大変重要な会議と考えている。国会のお許しが得られれば、大変短期間であっても出席して、日本の考え方を世界にお話しすると同時に、出席されるASEAN諸国の首脳からの意見を承れれば大変幸いであると思っている。重ねてであるが、三ヶ国の首脳も、アジアから唯一のサミット参加国である我が国に対していろいろな角度からアジアの悩み、問題点、そして今後に対するアジアの期待についてぜひ主張し発言していただきたいというお気持ちを示されたわけである。

−−日本は世銀やIMFを含む国際金融アーキテクチャーの改革に関するタイの提案を支持されるか。

○総理 アジアの経済支援やASEAN内の格差是正という意味で、日本のとるべき対応について申し上げれば、アジアの繁栄と我が国の繁栄とは密接な関係にあり、我が国として、アジアに対して出来る限りの支援を行っていくことが必要である。こうした観点から、昨年十一月のASEAN首脳との会議において、私より「ヒト」を重視した「小渕プラン」やASEANの域内経済格差是正のために新規加盟国に対する政策支援をはじめとする資金協力に限られない支援の方向性を明らかにした。 今回訪問した各国について、このような方針を具体的に肉付けしていくことを表明し、各国より高い評価を得た。

 一方で我が国の厳しい経済・財政状況に鑑み、今後とも各国との政策対話を密にして各国の実情に合致した援助計画を策定し、事業の評価を強化するなどしてより一層効果的・効率的な援助を実施すべく努力していく考えである。

 お尋ねの世銀、IMFその他国際的金融関係の諸機関についての考え方という点については、世銀は世銀としてその役割を大いに果たしているし、IMFはカムドゥシュ専務理事が来月身を引かれるので、立派な後継者が選任されることにより、IMFとしての機能が従前にも増して果たされることを期待している。九七年のアジアを襲った金融危機において、IMFを始めとする世界の金融関係の機関がいろいろな措置を講じたことも、今日東南アジアが再生への道を歩み始めたことにつながっていると考える。そうした国際的機関に加え、日本が単独に宮澤プランその他支援策を講じて、相協力して困難な状況の中で努力してきたことが効果を現しつつある。もちろんそれぞれの国における国民の皆様の真摯な経済回復の努力、そして政府の努力の賜と考えるが、あらゆる機関が連絡・協調しながらこの状況を乗り越えていく努力を続けていかなければならないと思う。

−−今回の一連の訪問では、アジア各国から、先ほど総理が言及されたように、経済格差の是正を求める声があったが、一方で日本国内でも六百兆円を超える赤字国債を抱える厳しい現実がある。総理が言及されたとおり、各国とも日本経済の回復に対する期待は今回の一連の会談でも大きかったと思うが、今後財政構造改革を含めて日本の経済に対してどういう姿勢で臨むのか、お考えを伺いたい。

○総理 いずれの国も財政を健全化し、歳入・歳出のバランスをとることは政治の要諦であると考える。「入るを計って出づるを制する」ということが基本である。しかし、九七年に起こったアジアにおける金融危機では、ヘッジファンドを始めとして一兆円を超える流通資金が一挙にアジアから去ってしまったことによる悲劇として、いずれの国も成長率がマイナス一〇パーセントに近いものとなった。その中で、我が国だけが財政を安定させるという意味だけで経済成長を行わずにマイナス成長を続けるということは、広くアジアや国際経済に責任をもつ日本としてはとり得る手段ではなかったと思っている。

 したがって、多くの財政赤字を抱えているが、先ほど申し上げたとおり、新宮澤構想その他アジアに対する支援、その支援の中には東南アジアで企業活動を行っている日本企業が厳しい中で撤退を余儀なくされる環境の下でもそれを押しとどめて何とか生き抜くための支援策も含まれていたが、そのことが結果的に日本の財政赤字をより大きくしたという意味では、問題がなかったということは偽りだと思う。しかし、そのおかげで、日本の経済もようやく三年ぶりにプラス成長に転じ、しかもアジア各国においてはほとんどがマイナスからプラスに大きく発展してきていることは、まことに大切だと思っている。

 昨日もチュアン首相との間で日本の貿易収支についての話をしたが、日本としても最近はアジアからの貿易輸入量が増大しつつあり、同時に日本の生産品がアジアでの購買力をもって買われるという方向なので、日本経済を推進するためにとっている政策に、自分(総理)は誤りはないと思っている。最終的には国内の産業、国民の消費が拡大することにより健全な状況が生まれ、そのことにより財政に対する貢献がなされることを願い、一貫した政策を遂行することが今の段階では必要であり、このことはアジア各国の皆様も等しく理解し、賛成されていることを、今回の訪問を通じて実感させていただいた。