[文書名] 森総理大臣記者会見録(長崎市)
【司会】ただいまから記者会見を行います。
【質問】まず森総理大臣にお尋ねします。被爆地域の拡大・是正問題についてお尋ねします。
被爆地域は、現在「爆心地から南北にそれぞれ12キロ、東西にそれぞれ7キロ」となっていますが、長崎県・長崎市と地域住民は東西も12キロメートルにするよう求めています。長崎市などはこの春まとめた証言調査では、この未指定地域でも多くの人は被爆者同様に健康不安やPTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱えていることが明らかになりました。被爆地域を拡大・是正する考えはおありでしょうか。
【森総理】爆心地から距離で見た場合に、より近い地域が被爆地域に指定されていないということについて、今も御指摘がございましたけれども、長年にわたりまして、御要望いただいていることは承知をいたしております。
被爆地域の指定につきまして、政府は一貫して、「科学的、合理的な根拠のある場合に限定して行うべきである」という方針で臨んできました。これも御承知のとおりだと思います。
率直に申し上げて、この南北12キロ、東西7キロとなった、あるいは地形的にもいろんな過去の経緯があるんだろうと、私はそういうふうに伺っておりますが、やはりこの未指定地域の皆さんでも、健康不安であるとか、そういう心的外傷のストレス障害というのがあるという以上は、そういう人たちに対して手厚く十分なことを考えてあげるということが、やはり国として私は大事なことだなと、今、そういう御質問を受けて、また昨日質問の趣意書をいただいて、そんなふうに私自身も感じました。
是非、これは今、厚生省にも私は命じたんでありますが、今回、長崎市が中心になって証言調査報告書というものをおまとめになったそうでありますから、是非これは貴重な資料であるということでありますし、是非この資料を十分に精査をして、余り長い間、いつまでも一つの考え方にこだわっているということではなくて、できるだけ多くのそういう苦しみのある方に対して、やはりしっかりと政治が手を差し伸べていくということは大事なことだと私は思います。
そこで、この貴重な資料を十分に精査をして、研究するようにということを厚生省に命じました。勿論、専門家の御意見を聞いたり、いろんなこれから進めなければならないこともあるんだと思いますけれども、厚生省としてもしっかり受け止めて、研究を急ぐということになるだろうと思いますし、帰ってから、厚生大臣にもそのことを申し上げたいと思っております。
【質問】核兵器廃絶への取組についてお尋ねします。
NPT再検討会議の最終文案に「核兵器廃絶への明確な約束」が盛り込まれました。唯一の被爆国として、この約束の具体化に向け、どのような取組をしていくおつもりでしょうか。この秋の国連総会では、従来の「究極の核廃絶」に代えて、新たな提案をするということですが、どのような提案になるんでしょうか。
【森総理】我が国は、御承知のように、94年に究極的核廃絶決議を国連総会に提出をいたしたわけでありますが、この決議は核兵器国に対し、最終的には核兵器のない世界を目指すという目標を呼びかけたという点では、画期的なものであったわけであります。
しかし、先般の核兵器不拡散条約の運用検討会議に採択されました最終の文書では、5核兵器国が「究極的」という文言を削除することに同意をしてくれました。
したがいまして、「核兵器廃絶に向けた明確な約束」ということの文言を受け入れるということになるわけでありまして、究極的な目標ということではなくて、廃絶に向けて明確な約束ということに変わるわけでありますから、これらの国が核廃絶をより現実的な課題というふうに認めたということを意味するわけでありまして、そういう意味では核廃絶に向けて更なる前進をしたと、このように私どもは考えております。
先般、九州・沖縄サミットがございまして、G8首脳国会議をいたしまして、議長国といたしまして、このNPT運用検討会議の成果に基づきまして、核軍縮・不拡散に向けた取組を促進することについてのG8首脳の合意を得ることになりました。
したがいまして、これらのメッセージを沖縄から世界に向けて発出できたということで、大変私は意義があったことだと考えております。
我が国は唯一の被爆国でありますし、今後とも核軍縮推進の先導役を果たすということが大事だろうと思っています。その一環として、5月のNPT運用検討会議において合意されました様々な措置につきまして、今後国際社会がどのような対応をしていくべきかを示すような新たな核廃絶の決議案をこの9月に行われます国連総会にもこれを提出しようと、こういうふうに考えております。
【質問】長崎原爆松谷訴訟の原告が勝訴したことについてお伺いします。
この訴訟では、先月18日、最高裁判決での国の敗訴が決定しました。これをどう受け止めていらっしゃいますか。
また、判決を受けて原爆症の認定基準を見直す考えはおありでしょうか。
【森総理】今回の最高裁の判決は、従来の原爆証認定の仕組みそのものを覆すというものではないと考えておりますが、今後は、判決の趣旨も踏まえまして、個々の人の被爆状況等をより詳細に把握をしながら、認定が行われるように配慮していく必要があると考えております。
【質問】日ロ関係についてお尋ねしたいんですが、旧ソ連が北方領土を占拠してから55年が経過したわけですが、先の日ロ首脳会談でプーチン大統領が、北方領土の返還は困難との認識を示し、年内に「中間条約」的なとりまとめを提案し、総理もそれに一部理解を示したとの説も流れているんですけれども、実際にはその場でどのようなやりとりが交わされたのでしょうか。
更に、これまでの交渉成果をまとめた「中間条約」的なものを日ロ間で結んで、領土問題は継続協議とする案について総理のお考えを伺いたいと思います。
【森総理】7月23日の沖縄での日ロ首脳会談では、プーチン大統領から、領土問題というように、具体的なそういう言葉で発言があったわけではございませんで、9月の来日をもう一度正確にお約束をしたい、日程を決めたいという、そういう前提でのお話し合いの中で、プーチン大統領からお話し合いをすることについては実施をしたいと言いましょうか、日程どおり進めたいと思うがということの中で、そういう前提の中で、敏感な問題という表現をしておられましたが、敏感な問題があるので、そのことだけで議論をするということはとても国内にもいろんな事情があるので少し厳しい、というようなお話でございましたから、私はその敏感な問題が難しいということで話し合いをしないということになれば、いつまでたっても話し合いができないことになるから、もっと大きな見地に立って、そして二国間のより前進した話し合いを進めることの中によって、敏感な問題もまた議論をしていくということでなければならないのではないかというふうに申し上げたわけでありまして、領土問題がどうであるとか、平和条約締結の問題がどうかという、そういうことを具体的に話をされた、言及をされたということではないわけであります。
したがいまして、9月3日からということは、その会議で正式に大統領と私の間で合意をいたしましたので、そうしたことをすべて包括してお話し合いができるものだというふうに、双方ともそういう理解をいたしております。
したがって、具体的に今、お話がございましたような「中間条約」締結の提案がされたとか、そういうことは全くございませんし、また、政府としても「中間条約」の締結を今、検討しているという事実も全くございません。
私からは、難しい問題についても、率直に話し合っていこうということが、我々の間で全面的な話し合いを行うことがむしろ重要な問題であるということを指摘したわけでございまして、日程が正式に合意をされたということは、幅広く、そうしたことも包含をして話し合いができるというふうに私は理解をしております。
平和条約締結交渉については、政府としては、領土問題を解決し平和条約の締結を目指すという、この一環した方針の下で我々は全力を尽くしておりまして、したがって、9月のプーチン大統領の来日の際にも、そういう方針の下で、大統領と率直、かつ信頼関係に基づいた話し合いをしたいと、こういうふうに考えております。
【質問】日朝関係についてお伺いいたします。今月下旬、日朝国交正常化交渉が再開されます。北朝鮮側は「過去の清算」を求めていますが、ミサイル、日本人拉致疑惑などで前進が見られておりません。総理は「過去の清算」要求についてどう対処されるのでしょうか。
また、国際機関を通じて近く食糧援助を行うのではないかとの観測が出ておりますが、その真偽をお聞かせください。
【森総理】政府といたしましては、韓国及び米国と緊密に連携しつつ、この8月下旬に開催されることになりました国交正常化交渉に粘り強く取り組んでいきたい考えております。
これまでの南北、いわゆる北朝鮮と韓国との首脳会談、あるいはまた北朝鮮、キム総書記の各国とのいろんなお話し合い、更に先般のバンコクにおきます日朝の外相会談、そうした一連の動きというものを我々としては大変歓迎をしているわけでございまして、そうしたことが進むようになったということは、やはり韓国及び米国、日本、この3国が緊密な連携をしておったということの成果だと思っておりますし、先般、キム・デジュン大統領にサミットの御報告を申し上げるお電話をいたしました際も、やはりキム・デジュン大統領からもそのような趣旨のお話もございましたし、また、先般、オルブライト・アメリカ国務長官がお見えになりましたときも、日米韓、この3国がより協力をしながら北朝鮮との正常な話し合いを進めていこうということで、お話を進めているわけでありまして、今後とも政府としても、この連携というものをしっかり軸に、北朝鮮とお話し合いを進めていきたいと考えております。
今、指摘ございました「過去の清算」という問題につきましては、そのような国交正常化交渉の中で、これから議論していく問題でありますけれども、同時にミサイルでありますとか、拉致容疑の問題も含めまして、日朝間の諸懸案の解決に向けても全力を傾けていかなければならないと考えております。
いずれにいたしましても、粘り強く国交正常化交渉というものを、こうした懸案事項を十分含めながら話し合っていきたいということを考えております。
なお、今、御指摘のございました食糧支援につきましては、一般論としては種々の要素を総合的に勘案しつつ検討すべきものであるということでありますが、現時点ではこれを行う方針を固めているわけではない、このように申し上げておきます。
【質問】今、日銀内には現在継続中のゼロ金利政策を解除すべきだとの意見が強まっているとされております。総理は7月のインタビューで時期尚早との考えを示されましたが、現時点もこの考えにお変わりはないでしょうか。お聞かせください。
【森総理】昨日もちょっと官邸で申し上げましたけれども、金融政策は日本銀行の所管事項でございますから、日銀政策委員会、あるいは金融政策決定の会合におきまして、現在の景気や金融市場の動向等、総合的に勘案しつつ、適切な対応をしていただけるものだと、このように私どもは考えております。
ただ、昨日、月例の経済閣僚会議がございまして、そのことも皆様方からも報道されているわけでありますが、私としては、今の経済情勢についての認識を申し上げれば、政府・与党が大胆かつ迅速に取り組んできた広範な政策の効果もあって、企業部門と言いましょうか、生産サイドと言いましょうか、そういう部門が中心に徐々に明るさを広げているということは言えるのかなと思っております。
ただし、雇用面、それから個人消費もまだそういう力強さは出てきておりませんし、もう一つ、やはり最近よく考えておかなければならんことは、倒産件数が非常に高水準になってきた、それから、負債総額も高くなってきている、そこへ株価というものもございますので、そういう面を十分に考慮してまいりますと、なお、厳しい状況を脱するということはできていないと私は考えなければならないだろうと思っています。そこのところが、非常に私も政府としても懸念をしているところであります。
これは日本経済が恐らく構造改革の激流に直面しているということを示していることでもあると私は思っておりますし、正しくここが一番の勝負どころというふうに私は見ております。
そういう意味で、政府としては十分にこうした状況を注視をしながら、今般公共事業等の予備費の使用も決定をいたしたところでありますけれども、引き続き景気回復に軸足を置いた経済・財政運営を行って、景気を自律的回復軌道に乗せていくように全力を挙げなければならんと。そういう大事なときだと考えております。
冒頭に申し上げましたように、日銀の政策委員会・金融政策決定会合というのは、そうした現在の景気、金融市場の動向を見て、判断すべきものであるということでありますから、私ども政府としては、そういう厳しいと言いましょうか、今が一番大事な、正に勝負どころだというふうに見ておりますので、そういうことを十分留意をしていただきたいものだという期待を持っております。
【司会】これをもちまして記者会見を終了させていただきます。
ありがとうございました。
【森総理】どうも御苦労様でした。