[文書名] 森内閣総理大臣記者会見
冒頭発言
それでは、私から冒頭に若干お時間をいただいて、お話を申し上げたいと思います。
私は、このたび政権から退くことを決意いたしまして、既に閣僚や連立与党幹部の皆様に、この旨をお伝え申し上げて、そして先日自由民主党の両院議員総会におきましても、その旨を表明いたしました。本日は、この記者会見を通じまして、国民の皆様にごあいさつを申し上げたいと存じます。
政権を担当させていただきましてから1年余の間、私は国家、国民への責任を果たすべく、一日一日全力を挙げて走り続けてまいりました。この間、国民の皆様方から賜りました御支援また御声援に対しまして、まず冒頭に心から感謝を申し上げたいと思います。
私は昨年4月の就任以来、21世紀の扉を開く、そういう日本国総理大臣としての立場を与えられたわけでありまして、日本国と国民生活の将来に希望と活力をもたらすような、「日本新生」を掲げまして、その基礎づくりに没頭してまいりました。そして今、なお道は半ばでありますけれども、さまざまな分野で一定の道筋をつけることができたと考えております。我が国の現下の最大の課題でございます景気の回復と新世紀への基盤整備につきましては、その関連諸施策を盛り込みました平成13年度予算がお陰様で昨年度内に成立を見ることができましたし、重要な予算関連法案につきましても概ね成立を見ることができております。
更に、今月初めには、緊急経済対策を政府・与党一体となりまして決定をさせていただき、日本経済の構造調整とデフレ回避に取り組む断固たる決意を内外に示すことができました。
次に大きな課題でございます経済構造改革につきましても、経済財政諮問会議を中心に今、集中的に議論を進めておりまして、本日もまた5時半から、たしか7回目ぐらいになりますでしょうか、この会議を今日も行う予定でございまして、近い機会に、6月を大体目途にいたしておりますが、大きな一つの枠組み、モデルプランを作りたい、このような方針で議論を進めているところでございます。
21世紀、我が国経済社会の発展を左右いたしますIT革命の対応につきましては、IT基本法を成立させることができましたし、国家戦略としての「e‐Japan戦略」も決定し、官民挙げてこれを今、推進いたしておるところでございます。この国会にも関連した法案が、恐らく十数本御審議をいただいているところでもございます。
また、21世紀を担う人を育むための教育改革につきましても、既に具体的な改革法案を今国会に提出させていただいております。
私は、今年1月の施政方針演説の中で、国民の皆様に数々のお約束を申し上げましたが、これにつきましても着実に実施してきております。具体的には、未来への先行投資になります科学技術振興のための新基本計画の策定、国民生活の安定・安心に関わります社会保障制度の再構築に向けました大綱の策定、そして、1府12省庁体制発足に伴う公務員制度の改革の大枠の定義、更に、行政改革の関連といたしまして、いわゆる特殊法人・認可法人、これの大改革と言いましょうか見直し、そして新たな規制改革推進計画の取りまとめなどがございますし、特に環境問題につきましては、いわゆる「環の国」づくり、これもいよいよ具体的な検討に入ってきているわけでございます。
一連のこれらの諸改革は、将来を見据えたものでございまして、いずれも一朝一夕では目に見えて成果の出るものではないと思いますが、我が国の次への飛躍を期しましてその道筋を用意するということであろうかと思います。ちょうど今、4人の方々が次の自由民主党総裁、その椅子を求めて議論をしておられますが、今日も記者クラブの意見を伺っておりましたけれども、ほとんどの皆さんの御意見というのは、今、私がお示し申し上げました道筋に沿って、改革を進めていただけるものであろうと期待をいたしておるところでございます。
外交面では、3月後半、日米首脳会議、日ロ首脳会談に相次いで臨むことができました。アメリカのブッシュ大統領との会談では、日米経済の協調的な建設で合意をした上に、日米間の新たな同盟・信頼関係を誓い合いました。ロシアのプーチン大統領とは、この1年の間に6回の会談を重ねまして、個人的な信頼関係を築いたことによりまして、北方四島の帰属を含む、平和条約締結問題につきまして、ようやく具体的な話し合いの段階にまでこぎつけることができたと思っております。
とりわけこの1年間、私は実に11回海外出張をいたしておりますが、実に地球を大体5周回った計算になります。マルチの世界会議も8つのグループ会議がございました。こうしたことも、恐らく20世紀から21世紀に移り変わる時期にあって大きく精勤を要するという、その中で世界の首脳たちの、いろいろな大きな活動、展開があった、その中にまた私も一緒に行動をしてきたということであろうかと思います。プーチン大統領とは実に6回、クリントン大統領とは5回、金大中大統領とはたしか7回だと記憶いたしておりますし、朱鎔基首相とは3回お目にかかっておりますが、大変多くの方々とお目にかかりましたのも、そうした大きな時代の流れを象徴するものではなかったかなと思っております。
特にこの1年間、外交面で私はアジアの近隣諸国との友好関係を深めるということは勿論でありますが、21世紀日本外交の新たな多角的な展開ということを意図してまいりました。昨年7月の九州・沖縄サミットを成功裡に開催することもできました。また、日本の首相としては10年ぶりに南西アジアを訪問することもできましたし、ネパールでありますとか、そうした国に初めて日本の首相が訪れることも実現することができました。また、サハラ以南のアフリカ三カ国も、これも日本の総理としては初めて訪れることができまして、「人間の安全保障」を我が国外交の大きな機軸にすることを世界に明らかにいたしました。これらは、今後我が国の国際的な地位の幅を広げ、信頼度を高めることにつながるものと考えております。
振り返りまして、1年という期間は、決して短くありませんが、多くのことを成し遂げるには、必ずしも十分な時間ではなかったかもしれません。しかし、両院議員総会で申し上げたのでありますが「長きを以って貴しとせず」というふうに私は考えていました。毎日、毎日、小渕前総理がああした事態でお倒れになった後を受け継ぎましたので、私はしっかりとお約束を果たすことと、そして先ほど申し上げました新たな21世紀の日本の各般にわたります道筋をしっかりつけたい、そういう思いで全力投球、全力疾走政治によって、毎日、毎日を一所懸命、私自身はやるだけのことをやり遂げたという充実感を持っておりまして、今この記者会見に臨んでいるわけであります。
先般、両院議員総会で私は野球には先発完投型もあれば中継ぎ型もあれば、佐々木投手のようなセーブポイントを上げるタイプもあるだろうというふうに申し上げたら、皆様方の一部から大魔人にでもなったつもりでいるのかねという御批判もございましたが、決して私はそのようなことを考えているのではないのであって、私なりに考えれば、先ほど申し上げたように小渕前総理の後を受けて、しっかりとその道筋をつけてやるべきことはやったと、ある意味では中継ぎ役をしっかりやり遂げたというふうに私は思っているわけであります。
一方、日本の政治は、相次ぐ不祥事もございまして、そして国民との間の信頼関係に大きな溝を生じてしまいました。国民の皆様から、極めて厳しい御批判があることを、私自身も謙虚に、かつ真摯にも受けとめておりまして、今回退陣を決意いたしましたのも、国民の皆様の政治に対する信頼を何とかして回復させたい、このために人心を一新し、新たな体制の下に原点に立ち返って、政府・与党が努力しなければならない、このように考えたからでございます。
これからの日本の政治は、必ずしも私は無党派層が中心になって日本の政治の方向を定めていくということにはならないと思うのです。やはり我々が目指した、また各党が目指した小選挙区制度という制度は、二大政党というものを求めたわけであります。そうした政権交代が容易にでき得るような、そういう政治体制をつくろうと、お互いに国の繁栄、国民の幸せのためには、双方向で与党も野党も協力していけるような、そういう体制を作ろうということでスタートしたのが政治改革であったと、私はその原点を改めて思い起こしているわけでございまして、そういう意味で私は今こそ自由民主党に対して大きく思案があると、そうしたことも十分認識をしながら、そうした皆さんの期待をもう一遍自由民主党にしっかりと取り戻していく、そのための捨て石に私はなるべきだと判断をいたしたわけであります。
今こそ国民の信頼を取り戻して、そして政治に新しい息吹を吹き込んで、政党政治の回復を訴えていくことが重要であろうと信じたわけでございます。
私は、よくスポーツに例えますので、先般も両院議員総会で申し上げたんですが、ちょっと理解をされていないというふうに記者さんからも聞きました。私は、セービングというのはラグビーの中では一番尊い行為だということを申し上げたんですが、あとからセービングとは何だねと聞かれて、説明不足だったなと思いました。大きな人たちが10人ぐらいでボールを蹴飛ばしてきて、これを防ぐには自分の身を挺してボールを生かすしかないわけです。しかし、大きな体の人たちが10人もドリブルをしてボールを転がしてくる、その敵とボールとの間を離すには、自分の身を挺してその間に入るしかないわけです。その代わり必ず10人か20人の両チームから必ず足蹴りされることは間違いない、大変に苦しい、また勇気のある行為です。私は敢えてそのことをやることが我が国の妙技だと思っていますから、敢えて身を挺してボールを生かして、そしてそのボールをみんなで協力してゴールまで運んで、見事にトライを結実させてほしいという気持ちを織り込んで、まさに身を挺したい、このように申し上げたわけであります。
私は、政権担当者としてこの場を去るわけでありますが、これからも一政治家として新しいキックオフをし、そして一党員として国民の政治への信頼回復に全力を挙げてまいりたいと考えております。
これまでの御支援と御協力に対しまして重ねて国民各位にお礼を申し上げ、これからもまた御指導賜りますようにお願いをして、私のごあいさつとさせていただきたいと思います。
質疑応答
【質問】先ほどの冒頭発言にもございましたが、国民との信頼関係の溝が生じたということがありましたけれども、任期途中で退陣決断に至った最大の理由というのは具体的にどういうことだったんでしょうか。
【森総理】先ほど申し上げましたように、国民との間の理解が得られない面が出てきたということを非常に肌で感じました。まず、KSD事件でございますとか、あるいは外交機密費をめぐる事件を始めといたしまして一連の不祥事がございました。
また、私自身の言動による御批判もあったことも私は率直に認めておりまして、そういう意味で残念ながら国民の皆様から十分に理解を得ることができなかったということだと思います。そして、一連の不祥事をめぐる国民からの厳しい御批判につきましては、私自身、党、内閣を預かる者として謙虚に、かつ重く受け止めてまいりました。今回、退陣に至りましたのは、政治に対する信頼をもう一度しっかりと回復するためには、新たな体制の下で改めて原点に立ち返って努力する必要があるというふうに考えたからであります。
ですから、2つあると思います。1つは、私ではいけないということであれば私が去るべきであろう。それは先ほど申し上げましたように、まず自分の身を挺することであろうと考えた。私は就任をいたしましたときも、自分の座右の銘は滅私奉公だと申し上げた。古い言葉ですけれども、自分の身を捨てるということが大事だと常々そう考えておりました。
もう一つは、自由民主党が国民の信頼の回復を果たして、そして政党として歩んでいけるためには、党が新しく出直すことだ。党が新しく出直すことは何であるかと考えて、そして今のこの党総裁選挙を行っていただいて、新しい総裁を選ぶその選び方と、その結果が自由民主党が本当に出直したな、再生ができるな、という希望と可能性をもたらすものであって欲しいと、このように私は考えたからであります。
【質問】 現在、自民党総裁選が行われていますけれども、次期自民党総裁、首相に特に望まれることをお聞かせください。また、これに関連してですけれども、総理の限りなく全党員、党友の意思を反映する形の総裁選という指示に沿って、各地で予備選が実施されるわけですけれども、国会議員はその結果を尊重すべきだとお考えになりますか。
【森総理】これも先ほどの冒頭の発言の中で申し上げましたけれども、これからの21世紀のあるべき方途といいましょうか、この道筋について概ね私はその大綱枠をみんなでまとめることができたと思っております。そして、これは政府だけで進めてきたことではございません。事実、与党、またなかんずく自由民主党政務調査会を中心にして党員の皆さんに御議論をいただいて、そして政府・与党で合意し、更にはまた政府・与党で一体となって今、議論をしていく。そういう段階にあるわけでございます。
そしてまた、今4人の総裁候補の方々がそれぞれ述べておられることを拝聴いたしましても、私どもが今、大筋取りまとめてまいりましたことをどういうふうに具体的に実行していくかということになるかと思っております。そういう意味で、私どもとしてこれまで取りまとめましたこれらの諸改革について、是非どなたが総裁におなりになろうともしっかりとその後を私は引き継いでいただきたいなと、そういうふうに私は希望いたしております。それからこれも重複いたしますけれども、この予備選挙、予備選挙に近い県連選挙、そしてまた24日の総裁の本選挙、これはいずれにしましても先ほど申し上げましたように本当に自由民主党が新しく出直したな、いけるなというような、そういう結果を是非みんなで導いてほしいなというふうに、新しい総裁に是非そういうことを御要望したいなと思っているところでございます。
3月13日に申し上げましたことは、全党員、党友の声を限りなく反映してほしいと申し上げた。それは国会中でもございますし、国会が終わりますとすぐに参議院選挙になりますから、そういう意味では本格的な総裁公選規程によります選挙はできませんので、できる限り最短距離の中で、そしてできるだけこの予備選挙の意思が反映でき得る形でやってほしいという意味でございまして、古賀幹事長にもお願い、党執行部も御協議をいただいて、ほとんどの都道府県連がこれを今、実行していただいているということは私の希望に沿っていただけたものだと考えております。
そして、これからその結果を踏まえて24日に国会両院議員、そして県連からの代表が新たに3名ということになりまして、数についてはいろいろな議論が党内であったことは承知しておりますが、少なくとも臨時の今のこの事態の中で3名という投票権を得たということも、私の気持ちも含んでいただけたものだというふうに私は考えております。その結果は各県連、都道府県連で行われる選挙と本選挙とは別なんだということは、いわゆる総裁公選規程や党則上は別なのかもしれませんが、多くの党員、党友が責任と自信を持って決めた結果というものについては、やはり両院議員は私はこれを真摯に受け止めて、その中でみんなでどのような結論を出すかということ、そのことを苦しくてもやり遂げることが私は党再生のスタートだというふうに希望をいたしております。
【質問】 台湾の李登輝前総統へのビザ発給問題についてなんですが、河野外務大臣は国際情勢を勘案して慎重な姿勢を崩していないようですけれども、総理はこれに積極的な考えを持っていると聞いています。総理が在任中にビザを発給する考えはありますでしょうか。
【森総理】李登輝氏が心臓病の術後の検査のために我が国の専門病院に行って診察を受けたいという御希望がありますことは、かねてから私は承知をいたしております。また、これにはいろいろと昨年からの経緯もございまして、李登輝氏のそのような希望に対しては、これは人道的な見地を踏まえて判断を行わなければならないというふうに私は考えております。
一方、本件はこうした人道的側面と同時に、我が国を取り巻く国際的環境と、さまざまな要因も考慮をしなければならない。そういうことを考慮しつつ主体的に決定を行う必要があると、このように考えております。現在、政府部内で検討をしておりますが、いずれにいたしましても私は結論は早急に出したいと、このように考えております。
【質問】森内閣の1年間、1年余りを振り返りまして、やはり経済問題が特に株価の下落などに象徴されますように、かなり悪化したという認識を私どもは持っておるんですけれども、総理はこの点につきましてはいかがお考えでしょうか。
【森総理】常々いろいろな機会で申し上げましたし、また国会の答弁でも申し上げましたし、小渕内閣以来それを継承させていただきました私としては、最大の政治課題は景気の本格的回復ということでございました。そして、いわゆる公需から民需への移行をさせていきたいということで、概ねその方向はかなりのところまできておったというふうに私は見ております。
残念ながらこの経済というのは常にいろいろな諸条件が大きな要因をなしていくわけでございまして、いま一歩というような中で消費面、家計部門が思ったような動きがなかった。これにはさまざまな原因があることは何度も申し上げていたわけであります。
同時にまた株価の低迷もございましたし、何と言いましてもアメリカ経済の低迷といいましょうか、これがアジアにも大きく影響をしてきたという、そうした要因が出ることによって、構造的な改革をしていかなければならないだろう。そういう意味で、日本経済の構造の改革をする、その大きな一つのポイントはやはり不良債権の問題であったというふうに思っております。
そしてもう一つは、株価によって動かされている現状というのは、残念ながら日本の株というものはどうしても外人株に影響を受けていく。そして、個人投資家が意外に少ないということなどを考えますと、グローバル化した国際社会の中で、やはり欧米と同じような株の市場環境というのを整える必要がある。そうしたことなどを検討した結果、先ほど申し上げました政府・与党によります緊急経済対策としてこれをまとめ上げたわけでありまして、これを今それぞれの部門に分けましてプライオリティを付けながら進めているところでございます。今4人の方々に、新しく総裁になりそしてまた総理にお就きになれば、まずはこのことをしっかりやり遂げていっていただきたいというふうに思っております。まずこの問題をしっかり解決させることによって国民の皆さんに安心をしていただける。
そして、先般ブッシュ大統領ともお話を申し上げましたが、世界経済の4割を米国と我が国で占めているという、その両国の責任から見ましても、両国がお互いに協調しながら世界経済が持続的に発展可能になるように、お互いに努力していこうということを確認したということもまた、私としても大きなことであろうと思いますし、そうした方向について努力してまいりたいというふうに考えております。
【質問】日ロ首脳会談について伺いたいと思います。プーチン大統領は首脳会談の中で歯舞、色丹の2島の返還の意思を示したというふうに伝えられておりますけれども、ロシア側は2島返還で決着したいというような立場もあるようですが、日本政府としましては4島ということを求めていくわけだと思います。そこはどのようにアプローチすべきだというふうにお考えですか。
【森総理】いわゆる56年宣言、やはり我が国としては当時は4島一括返還でございましたから、これは最終的に合意はいたしましたが、そのことで決着でき得なかったというのは御承知のとおりでございます。
それで、私は今回プーチン大統領にお目にかかったときに、この56年宣言というものをもう一度正式に公式に文書化したらどうだろうか、これは、昨年9月にお見えになりました時の日ロの正式首脳会談の中でもこうしたお話がプーチン大統領からも出されまして、私はこれを合意文書にしたいというふうに確認をしたかったわけでありますが、プーチン大統領としては国内の調整等もございますので、このことについて文書化することはいましばらく時間が欲しいということでございましたので、あの時はプーチン大統領と私とで共同記者会見の中で私から述べるということについて、ロシア側の合意を得ていたわけでございます。
そして、御承知のように今般のイルクーツク会談の前々日であったと思いましたけれども、それぞれ私どもはテレビインタビューを通じて考え方を述べたわけでありますが、その際プーチン大統領から、このことはロシア、当時ソビエトでも議会で批准をしている、従って、国民がこれを負う責任があるんだということを明確におっしゃった。私はこれを非常に多といたしました。そして、大統領とお目にかかったときにも、このことはもちろん私どもに対するメッセージでもあるけれども、同時にロシアの国民に対する責任だよということをおっしゃったというふうに私は理解しましたが、そういうことですねと申し上げて、そのとおりだというふうにおっしゃいました。
そういう意味で、ここをまず文書化できたということは、ややもすると2島を先行して返還をしたらどうかという議論になったり、あるいはそういうことで皆様方のマスコミ等にもそういう表現があったと思います。これは2島を先に返すということではなくて、東京宣言はやはり4島の帰属を確定していくということを合意をしているわけであります。
しかし、4つのものをすべて合わせた議論をいつまでもやっていたら同じことを続けるだけのことだし、ロシア側としては国後、択捉については必ずしもまだ彼らの気持ちとしてはそこまで至っていないという現実を考えれば歯舞と色丹については一歩前へ進めましょう、これまでの専門会議よりももっと、より専門的に高度なハイレベルな会議の中で具体的にどうしたらいいのか、ロシア側にも懸念材料はいろいろあるわけですね、例えばそこに住んでいらっしゃる人々のことだとか、いろいろございます。そういう問題や安全保障の問題もロシアとしては大変関心を持っております。ですから、そういう分野の皆さん、経済の問題、そういう皆さんも今度は入って、単なる外務省、外交畑だけの専門会議ではなくて、そういう分野の皆さんも入った新しい1つランクを上げたと言いましょうか、そういう専門的な会議にしましょうということについて、プーチン大統領はそれを了とされたわけであります。
そして、もう一つの国後、択捉については、今後更に引き続きこの話し合いを進めていきましょうということで合意を得たわけでありまして、従って、私はこれを車の両輪というふうに申し上げているわけですが、歯舞、色丹のこのグループと、国後、択捉のこのグループ、多少中身に段差がございます。ございますが、お互いにそのことの議論を進めていく中で、相互にいろいろとまたいい相乗効果が出てくる、そういう要素もあるのではないかということで、まずはこの車の両輪を少し互い違いになるかもしれませんが、動かしていくことによって考え方もまとまっていくのではないか、このような合意を得たわけでありまして、私はそういう意味で大変長い時間掛かりましたし、これまでのすべての合意事項を認め合って、そしてある意味では新しいステップに入ったというふうに私は理解をしているわけでありまして、そのような形で車の両輪をこれからも更にしっかり回していきたいと考えております。
【質問】総理の在任期間中で報道機関との関係というものが非常に政権に対して、国民に対しても大きな影響を与えたように思います。私は総理番になりまして4か月なんですけれども、今日初めてというか、総理の肉声をきちんとお伺いするのは本当に初めてのような感じもするわけなんですが。
【森総理】私の何ですか。
【質問】肉声ですね。きちんと御自分のお考えをお伺いしたのは、これが初めてのような感じさえするんですけれども、メディアとの関係という意味で、ここまで悪化したことについて総理はどのようにお考えになっているかということをお聞かせいただけないでしょうか。
【森総理】悪化したと私は考えておりませんけれども、総理の考えていること、内閣の考えていること、これは私的なことではないと思うんです。政府としてどうするか、従って、政府の考えたこと、やったこと、私が思うこと、また私がいろいろ行動したこと、これはそこにおられます官房長官が毎日、午前と午後定期的にきちんと会見をされているわけであります。
ですから、官房長官と昨日も話しますと、「官房長官とのお話はどうでしたか」と聞かれても、これは官房長官がお答えする役回りであって、これを私に歩きながら聞くということは、私はやはりおかしいと思うんです。ですから、私はそういう意味では、歩きながら聞くということは本当にいいのかどうか。国際情勢、株価、為替、大変大きな問題がたくさんあると思います。
今日も私は聞かれました。「李登輝さんは、決めたんですか、いつにしたんですか。」そんな大事な問題を歩きながら、我々は苦労しながら今、政府部内の意見を取りまとめている一番大事な時に、官房長官とはよく会いますが、その都度それをおっしゃってくださいと言われても、それは私は責任上そんな簡単に申し上げるわけにはいかないんです。ですから、そういう考え方から言えば、私もお話しすることは決して嫌じゃないんです。できれば、毎日でもこうして会見があってくれればいいと思っているんです。しかし、残念ながらできないでしょう。
この間、あるテレビから、森さん電話しなさい、電話しなさいと討論番組で言われて、私はしたくてしようがなかったんだけれども、それをしたら記者会の皆さんがお困りになるんでしょう。そういう取り決めがあるんでしょう。昨年、小渕さんがそれをやって、その会社は始末書を取られたじゃないですか。私もテレビの画面から5回も田原さんに呼び掛けられて、「総理どこにいるんですか、答えなさい、電話しなさい。」と言われて、私も人間ですからしたいです。私の家に電話はどんどんかかってくるんです。「何で総理は答えないんだ。何で田原さんが呼び掛けているのに電話しないんだ。」と言われる。私がしたらその会社は迷惑が掛かるんでしょう、そんなことを私が考える必要はないのかもしれませんけれども。しかし残念ながら私は電話したけれども、一向に話し中で電話に出てこなかったとも事実なんです。
ですから、本当を言えば私としてはそういう会見をしたりお話しをできることはしょっちゅうあればいいと思っているんです。アフリカへ行った帰りにも記者会見したいな、ミレニアム・サミットに行った後もすぐ会見したいな、いつもそう思っています。しかし、その会見は仕組み上は官房長官がすることになっているわけでしょう。ですから、これは皆さんで考えてくださいと申し上げているんです。
これはもう最後になりますから申し上げますが、歩きながらはやめようなと、できたらどうでしょう、午前、午後、立ち止まって2、3分ずつ取りましょうか、そういう仕組みなら私は喜んでお話ししますよということを私の記憶だけでも2回、記者団の皆さんに申し上げてあります。一向にその御返事はなかった。私は、非常に残念に思っているんです。
今、御質問された方もこれから新聞記者として大きく伸びて行かれるわけですが、我々にも構造改革や規制緩和やいろいろ求めておられるわけですから、皆様方もやはり報道の在り方とか、そうした取材だとか、そういうことの仕組みをやはり少しでも検討されていく、仕組みをみんなで考えていくということは大事なんじゃないでしょうか。それでこそ国民を代表して、皆さんが私どもにいろいろな意見を求める、考え方を聞くということになるんじゃないでしょうか。
是非私は御検討いただきたい。この古い官邸も私で終わりでありまして、次の総裁は今、建築中の新しいところにおいでになると思いますが、そこの官邸では総理の執務室の横にみんなが座り込んでいるというような、そんなおかしな現象はできないような仕組みになるというふうにも聞いております。恐らく日本だけじゃないでしょうか。総理大臣の隣りの部屋に長い間、みんなが座り込んでいるなどというような形は。外国のお客さんたちがよく来られて私に、あの人たちは何ですかと聞かれることがあるんです。お互いに開かれた、そういう報道の在り方あるいは政治もできるだけ情報を出していく、そういうことで言ったら、皆さんも新しい仕組みを是非考えていただきたい。大変生意気なようなことですけれども、私はそういう意味でいろいろな問題点を投げかけたつもりでございますので、御無礼はあったかもしれません。それはお詫びを申し上げますが、是非私はそういう意味での改革をしていただきたいなということを最後に希望いたしておきます。
【質問】もう一点だけ伺いたいんですけれども、これまで総理は退陣する意向を閣僚懇とか、あるいは両院議員総会で既に述べられていますけれども、国民に対して会見で述べられるというのが一番最後になって、しかもこの時期になった。これはどうしてだったんでしょうか。その理由を御説明いただきたいんですが。
【森総理】これは、ちょっと時間をいただいて恐縮でありますが、3月13日に党大会がございました。その前にさまざまな党の中の動き、あるいは県連の動き等がございました。なおかつ、この13日の大会は従来のように小規模なものではなくて日本武道館で1万人近い全国の党員、党友のお集まりになる参議院選挙前の大事な初めての試みでありますので、できるだけこれが静穏で、そして選挙に向けてお互いに心が一つになる、そういう大会にしなければならぬ。これは総裁として私が一番望むところであります。
しかしながら、その以前に状況が、環境が必ずしもそういう方向ではなかった、そう思いましたので私は確か10日の日であったと思いますが、3月10日に党5役の皆さんに公邸に夜おいでをいただきました。昨日、何かテレビで日曜日の討論会を見ておりましたら、みんな5役が私のところに来て私に辞めろと言ったというようなことを言われた方がありましたが、全然違います。私が皆さんにおいでをいただいて、あの日は確か日曜日だったと思いますので、東京にお帰りになる日の時間、ちょっと遅い時間だけれども、是非おいでをいただきたいということで5役においでいただいて、そして3月13日の党大会には先ほど私が申し上げたように、党の再生を果たす大事な大会になるようにしたい、そういう意味で、私は敢えてこの総裁選挙というものを前に倒してやることで結構ですと。その代わり、党員、党友の全員の気持ちがそれに伝わるようなものにしてもらいたいということを申し上げたわけでございます。
このことが、皆さんから見ればもう事実上の辞任ということで言われるわけでありますが、この時点ではまだ残念ながら予算が審議中でありました。ですから、予算をしっかり上げることと、予算関連法案をしっかり上げるということが国民生活にとって何よりも大事なことだし、先ほどの御質問にもございましたけれども、今の経済の現況から見れば、このことだけは至上命令だと考えましたから、私はああいうことを申し上げて、予算委員会で野党の皆さんにいろいろ責められたらつらかったです。しかし、私はそこで辞めるんですということは言えないです。それは国民のために、国民生活を犠牲にできない。ですから、私はずっと延ばしてまいりましたけれども、しかし幸い皆さんの御努力、または野党の皆さんの御協力もあって予算及び予算関連法案、重要法案についてはほぼ成立する目処もついてまいりましたので、私は初めて両院議員総会でも申し上げ、また閣議でもそういうふうに申し上げたわけであります。
国民に向かって今日まで遅れたということについては、これは御批判があるかもしれませんが、一番いいタイミングはどこであろうかということを官房長官とも十分相談をいたしました。ちょうど党の総裁選挙というのがございましたし、これの妨げにもなってはいけないなと思いました。そして、今のところは順調な党の総裁のいわゆる事前の県連選挙といいましょうか、それが今、行われているところでもございますので、今日のこの日を選ばせていただいて、この機会に国民の皆様にごあいさつを申し上げたというのが、遅れたといいましょうか、今日申し上げた理由になるわけであります。
【質問】最後に1問、ロシアのプーチン大統領に、自分は間もなく退陣するということをお話になったことを前日北方領土の視察の際におっしゃいました。当時はまだ予算関連法案の審議中であったわけですけれども、そういう時点において他国の元首に辞任の意向を伝えるということについて、今から振り返ってその是非についてお聞かせ願いたいと思います。
【森総理】これは、そこのところだけを取り上げるとそういうふうになりますが、ずっと実は日本にプーチン大統領が9月にお見えになりましたときから私はそういう意向を申し上げてあるわけです。ちょっと奇異に感じられるかもしれません。それは日本の政治情勢はいろいろありますということを申し上げて、そしてどなたが日本の総理大臣としておやりになってもしっかりやり遂げてほしいし、プーチン大統領には、あなたは恐らくこれからロシアの政権を責任を持って進めていかれることになるだろうと私は思うので、是非あなたの代にあなたの任期の中でこの問題を解決してほしい。これまでゴルバチョフあるいはエリツィン、いろいろな方がおられました。しかし、その都度人が替わったりしますと、またそれらの解釈がいろいろと違ったとは言いませんけれども、また初めから仕切り直すようなことはなかったとも言えないと思います。そういう意味でそういうことをプーチン大統領に申し上げて、自分の置かれている政治状況というものを私は率直に申し上げました。
プーチン大統領も、自分が置かれている政治状況を話してくれました。そして、彼の考え方も話してくれました。それはこういう場所では申し上げられません。いずれまた何かの機会があれば申し上げることはできますが、そういうお互いに心の中から自分の状況、自分の立場というものをみんな率直に話し合うことによって、相手の立場を私は理解し合えると思うし、そういう延長線上の中でブルネイの時にもそういうような話をしております。
それからまた、プーチン大統領も厳しい状況を一時期は乗り越えたねとか、そんなお話もいろいろありました。しかし、私は自分で自分なりの見通しを絶えず立てながら話しているわけでありまして、それだけを取り立てるとそのような御疑問が出るのかもしれませんけれども、全体の長い、サンクト・ペテルブルグからずっと続いている、6回、恐らく時間にして20時間ぐらいになるんでしょうか、その話のずっと延長の中でき来ている話だというふうに是非理解をしていただきたい。
私はすぐ辞めるとか、これでどうだとか、そういう言い方をしているわけではないんです。何とかしてこの交渉をまとめたい、誰がなってもこのことをしっかりやり遂げてほしい、だから、大統領からも、私のことをヨシ、ヨシと言っていましたが、「ヨシ、あなたとやりたいけれども、もしそういう事態でなければ、誰がなっても私はこの姿勢を崩さないで進めるよ。」ということを言っていただいたから、ありがとうと。だから、私も全力を挙げるけれども、もしそういう事態になったとしてもこの考え方をずっとお互いに進めていこう、いってほしいなと。私も一党員としてその時はしっかりとバックアップしていきたいというふうに思うということを申し上げた。そういうお互いに人間同士、政治家同士のやりとりの中で出てきた言葉だというふうに是非理解をして欲しいと思います。
【司会】以上をもちまして会見を終わらせていただきます。総理、どうもありがとうございました。
【森総理】はい、ありがとうございました。