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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ビジネスと人権に関する指導原則:国連「保護,尊重及び救済」枠組みの実施

[場所] 仮訳
[年月日] 2011年3月21日
[出典] 外務省
[備考] 訳注:コメンタリー部分を除く,解説:本原則は,ジョン・ラギー人権と多国籍企業及び他の企業の問題に関する国連事務総長特別代表の最終報告に掲載されているもの。
[全文] 

一般原則

この指導原則は次の認識に基づいている。

(a)人権及び基本的自由を尊重し,保護し,充足する国家の既存の義務

(b)全ての適用可能な法令の遵守と人権尊重が要求される,専門的な機能を果たす専門化した社会的機関としての企業の役割

(c)権利と義務が,その侵害・違反がなされた場合に,適切かつ実効的な救済を備えているという要請

これらの指導原則は,全ての国家及び多国籍か否かに拘わらず全ての企業に,その規模,業種,所在地,所有者及び組織構造に関係なく適用される。

これらの指導原則は,影響を受ける個人や共同体のために具体的な成果を獲得し,それによって社会的に持続可能なグローバリゼーションにも貢献できるよう,ビジネスと人権に関する基準と慣行を推進するという目的に即して,首尾一貫した全体として理解され,個別的かつひとまとめとして解釈されるべきである。

これらの指導原則のいずれも,新たな国際法上の義務を創設するものとして解釈されるべきではなく,また,国家が国際法上,人権に関して受け入れた,ないし負っている,いかなる法的義務を限定または弱めるものとして解釈されるべきではない。

これらの指導原則は,社会的弱者になるリスクまたは社会的に取り残されるリスクの高いグループや住民に属する個人の権利とニーズ及び直面する課題に特別な注意を払い,同時に男女が直面する異なるリスクにも相当の注意を払いつつ,差別なく実施されるべきである。

I. 人権を保護する国家の義務

A. 基本原則

1. 国家は,その領域及び/または管轄内において生じた企業を含む第三者による人権侵害から保護しなければならない。このために国家は,実効的な政策,立法,規制や司法判断を通じて,人権侵害を予防,調査,処罰,救済するための適切な手段をとらなければならない。

2. 国家は,その領域及び/または管轄内に拠点を有する全ての企業がその活動の全体を通じて人権を尊重することへの期待を明確に表明するべきである。

B. 運用上の原則

一般的な国家の規制・政策機能

3. 国家は,その保護する義務を果たすために,以下の事項を行うべきである。

(a)企業に人権尊重を義務づけるもしくはその効果のある法律を施行し,定期的にその法律の妥当性を審査し,隔たりがある場合は対処すること。

(b)会社の設立や活動を規律する会社法などこの指導原則以外の法律や政策が,企業による人権尊重を強要するのではなく可能にすることを確保すること。

(c)企業に対して,その活動の全体を通じて人権を尊重する方法について実効的な指導を行うこと。

(d)企業による人権への悪影響への対処方法を企業が伝えることを奨励し,適切な場合は義務付けること。

国と企業の連携

4. 国家は,国有ないし国営企業または輸出信用機関や政府投資保険・保証機関のように国家機関から相当な支援やサービスを受けている企業による人権侵害からの保護については,適切な場合に人権デュー・ディリジェンスを要求することを含め,追加的な措置を取るべきである。

5. 国家は,人権の享受に影響し得るサービスの提供のために企業と契約を締結し,または法律を制定する場合,国際的な人権保障義務を果たすために適切な監督を実施するべきである。

6. 国家は,その商取引の相手方企業の人権尊重を促進すべきである。

紛争影響下にある地域における企業による人権尊重の支援

7. 紛争影響下にある地域では著しい人権侵害のリスクが高まっているため,国家は,そのような状況下で活動する企業が人権侵害に関与しないことを確保するため,以下を含む支援を行うべきである。

 (a)可能な限り早い段階で企業に関わり,企業がその活動及び取引関係における人権関連リスクを特定し,予防し,軽減することを支援すること。

 (b)企業が人権侵害のリスクの高まりを査定し対処するために,ジェンダーに基づく暴力と性的暴力の双方に特に注意を払いつつ,企業に適切な支援を提供すること。

 (c)著しい人権侵害に関与し,その状況に対処するための協力を拒絶した企業に対して,公的支援や公的サービスへのアクセスを拒否すること。

 (d)現行の政策,立法,規制及び強制措置が,企業が著しい人権侵害に関与するリスクへの対処方法として実効性を有することを確保すること。

政策の一貫性の確保

8. 国家は,企業慣行を規律する政府省庁や他の公的機関がその任務を遂行する際には,関連情報,訓練,支援の提供等を通じて,これらの機関が国家の人権保障義務を認識し,遵守することを確保すべきである。

9. 国家は,例えば投資協定や契約を通じて他の国家や企業とビジネス関連の政策目的を遂行する場合,国家の人権保障義務を果たすために適切な国内政策の余地を維持すべきである。

10. 国家は,ビジネス関連の問題を扱う多数国間機関の一員として行動する場合,以下の事項を行うべきである。

 (a)これらの多数国間機関が,加盟国の保護する義務を果たす能力を制限したり企業の人権尊重を妨げないよう確保することに努めること。

 (b)これらの多数国間機関が,その権限と能力の範囲内で,企業による人権尊重を促進し,要請されれば技術支援,人材育成,啓発活動等を通じて,企業による人権侵害から保護する国家の義務の履行を支援するよう奨励すること。

 (c)この指導原則を利用して,企業と人権についての課題に対処する上での

共通理解を促進し,国際協力を推進すること。

II. 人権を尊重する企業の責任

A. 基本原則

11. 企業は人権を尊重すべきである。それは,企業が他者への人権侵害を回避し,企業が関与した人権への悪影響に対処すべきことを意味する。

12. 人権を尊重する企業の責任は国際的に承認された人権に拠っているが,それは少なくとも,国際人権章典や労働における基本的原則及び権利に関する国際労働機関(ILO)宣言に規定されている基本的権利に関する原則等に表明されている人権と理解される。

13. 人権を尊重する責任は企業に以下の事項を要求する。

 (a)企業活動による人権への悪影響の惹起またはその助長を回避し,惹起した際には対処すること。

 (b)企業活動と直接関連する,または取引関係による製品もしくはサービスに直接関連する人権への悪影響については,企業がその惹起に寄与していなくても,回避又は軽減に努めること。

14. 人権を尊重する企業の責任は,企業の規模,業種,企業活動の状況,所有者,組織構成に関係なく全ての企業に適用される。ただし,企業がその責任を果たすためにとる手段の規模や複雑さは,上記の諸要素や企業による人権への悪影響の重大性により異なり得る。

15. 企業は,人権を尊重する責任を果たすため,その規模と状況に応じて,以下を含む企業方針と手続を持つべきである。

 (a)人権を尊重する責任を果たすという企業方針によるコミットメント。

 (b)人権への影響を特定し,予防し,軽減し,対処方法を説明するための人権デュー・ディリジェンス手続。

 (c)企業が惹起させまたは寄与したあらゆる人権への悪影響からの救済を可能とする手続。

B. 運用上の原則

企業方針によるコミットメント

16. 人権を尊重する責任を定着させるための基盤として,企業は,この責任を果たすためのコミットメントを,以下の要件を満たす企業方針のステートメントを通して表明するべきである。

 (a)企業の最上層レベルによる承認があること。

 (b)内部及び/または外部の適切な専門家により情報提供を受けたこと。

 (c)企業の従業員,取引関係者及びその他企業活動・製品もしくはサービスに直接関係している者に対する人権配慮への期待が明記されていること。

 (d)一般に入手可能で,かつ内外問わず全従業員,共同経営/共同出資者及びその他関係者に周知されていること。

 (e)企業全体に定着させるために企業活動方針や手続に反映されていること。

人権デュー・ディリジェンス

17. 企業は,人権への悪影響を特定し,予防し,軽減し,対処方法を説明するために,人権デュー・ディリジェンスを実施するべきである。この手続は,現実の及び潜在的な人権への影響の評価,調査結果の統合と対処,対応の追跡調査,対処方法の周知を含むべきである。企業による人権デュー・ディリジェンスは以下の要件を満たすべきである。

 (a)企業がその活動を通じ惹起または助長するおそれのある人権への悪影響,または取引関係による,企業活動,製品もしくはサービスに直接関連し得る人権への悪影響を含むこと。

 (b)その複雑さは企業の規模,人権に対する重大な影響へのリスク,企業活動の性質や状態に応じて異なること。

 (c)人権に関するリスクは企業活動の状態やその変遷により時間とともに変化する可能性があることを踏まえ,継続的に行うこと。

18. 企業は,人権に関するリスクを測るため,企業活動を通じてまたは取引関係の結果として企業が関与したいかなる現実のまたは潜在的な人権への悪影響も,特定し,評価すべきである。その手続は以下の事項を満たすべきである。

 (a)社内及び/または独立した社外の人権専門家の知見を活用すること。

 (b)企業の規模や業務の性質・状況に応じ,人権への悪影響を潜在的に受ける集団やその他の利害関係者との有意義な協議を含むこと

19. 企業は,人権への悪影響を予防,軽減するため,人権への影響評価で得た調査結果を全社的に関連する職務部門及び手続に組み込み,適切な措置をとるべきである。

 (a)実効的に調査結果を組み込むには以下が必要である。

  (i)そのような影響に対処する責任が,企業内の適切な階層の適切な職務部門に割り振られていること。

  (ii)企業内の意思決定,予算配分,監督手続が,そのような影響への実効的な対応を可能にしていること。

 (b)適切な措置は以下に応じて異なる。

  (i)企業が悪影響を惹起または助長しているか,それとも商取引関係先による企業活動,製品またはサービスが悪影響に直接関連していることにより関与しているに過ぎないのか。

  (ii)人権への悪影響に対処する場合の企業の影響力の範囲。

20. 人権への悪影響について対処されているか検証するため,企業はその対応の実効性を追跡調査すべきである。追跡調査は以下を満たすべきである。

 (a)適切な質的・量的指標に基づいていること。

 (b)人権への悪影響を受けた利害関係者を含む社内外からの意見を活用していること。

21. 企業は,人権への悪影響にいかに対処するか明らかにするため,特に悪影響を受けた利害関係者またはその代理人から懸念が表明された場合,その対処方法の外部への情報提供を可能にしておくべきである。その活動や活動状況が人権への重大な悪影響を引き起こすリスクがある企業は,対処方法につき正式な報告をすべきである。全ての場合において,対処方法の情報提供は以下の事項を満たすべきである。

 (a)形式や頻度が,企業の人権への悪影響に応じたもので,想定された情報提供先にも入手可能であること。

 (b)人権への悪影響に対する企業の対応の妥当性について,個別案件ごとに評価が可能なだけの情報提供がなされること。

 (c)情報提供により,影響を受けた利害関係者,従業員,もしくは正当な要請である商業上の秘密へのリスクが伴わないこと。

救済

22. 企業が人権への悪影響の惹起または助長を確認した場合,企業は正当な手続を通じた救済を提供しまたはそれに協力すべきである。

状況の問題

23. いかなる状況においても,企業は以下のようにすべきである。

 (a)どこで活動を行う場合も,適用可能な全ての法令を遵守し,国際的に承認された人権を尊重する。

 (b)相反する要請に直面した場合は,国際的に承認された人権の原則を尊重する方法を追求する。

 (c)いかなる場所で活動を行う場合も,著しい人権侵害を引き起こす,または助長するリスクを,法令遵守の問題として扱う。

24. 現実の及び潜在的な人権への悪影響への対応策に優先順位をつけなければならない場合,企業は,まず最も深刻なまたは対応の遅れが救済不能をもたらす可能性のあるものから影響を予防及び軽減するように努めるべきである。

III. 救済へのアクセス

A. 基本原則

25. 国家は,ビジネス関連の人権侵害から保護する義務の一部として,そうした侵害が領域内及び/または管轄内で起きた場合,司法,行政,立法,その他適切な手段により,侵害を受けた者の実効的な救済へのアクセスを確実にするための適切な措置をとらなければならない。

B. 運用上の原則

国家による司法手続

26. 国家は,ビジネス関連の人権侵害に対処する際,国内の司法手続の実効性を確保するため,救済へのアクセス拒否につながり得る法的,実務的及びその他関連する障壁を減らす方法を検討するなど適切な措置をとるべきである。

国家による非司法的苦情処理の仕組み

27. 国家は,ビジネス関連の人権侵害に対する国家による包括的な救済システムの一環として,司法手続に加え,実効的かつ適切な非司法的苦情処理の仕組みを提供するべきである。

非国家主体による苦情処理の仕組み

28. 国家は,ビジネス関連の人権侵害に対処する非国家主体による実効的な苦情処理の仕組みへのアクセスを容易にする方法を検討すべきである。

29. 苦情に対する早期の対処と直接救済を可能にするため,企業は,悪影響を受けた可能性のある個人及び共同体のために運用レベルで実効的な苦情処理の仕組みを構築しまたはそれに参加すべきである。

30. 人権関連の基準の尊重に基礎をおく業界,多数の利害関係機関及びその他の協同的取組は,実効的な苦情処理の仕組みが利用可能であることを確保すべきである。

非司法的苦情処理の仕組みの実効性基準

31. 非司法的苦情処理の仕組みは,その実効性を確実にするため,国家によるもの及び非国家主体によるものともに,以下の要件を満たすべきである。

 (a)正当性:手続の利用が見込まれる利害関係団体から信頼を得,苦情処理の仕組みでの公正な運営に責任を持っていること。

 (b)利用可能性:手続の利用が見込まれる全ての利害関係団体に周知され,その利用に支障がある者には適切な支援が提供されていること。

 (c)予測可能性:段階に応じて必要な時間枠が示されている,明確で周知された手続が提供され,手続の種類や結果,履行監視方法について明確であること。

 (d)公平性:苦情申立人が,公正に,情報に基づき,敬意を払われながら苦情処理手続に参加するために必要な情報源,助言や専門知識に合理的なアクセスが確保されるよう努めていること。

 (e)透明性:苦情申立人に手続の経過について十分な説明をし,且つ手続の実効性について信頼を得,問題となっている公共の関心に応えるため十分な情報提供をすること。

(f)権利適合性:結果と救済双方が,国際的に承認された人権と適合していることを確保すること。

 (g)持続的な学習源:苦情処理の仕組みを改善し,将来の苦情や人権侵害を予防するための教訓を得るために関連措置を活用すること。

運用レベルの手続はさらに以下の要件を満たすべきである

 (h)関与(エンゲージメント)と対話に基づくこと:制度設計や成果について,利用が見込まれている利害関係団体と協議し,苦情に対処し解決するための手段として対話に焦点を当てること。