データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 「ビジネスと人権」に関する行動計画 原案(2020-2025)

[場所] 
[年月日] 2020年2月
[出典] 外務省
[備考] ビジネスと人権に関する行動計画に係る関係府省庁連絡会議
[全文] 

第1章 行動計画ができるまで(背景及び作業プロセス)

1. はじめに〜「ビジネスと人権」に関する国際的な要請の高まりと行動計画策定の必要性〜

(1)経済発展における国際的な企業の役割の重要性が認識されていく中で,企業活動が社会にもたらす影響について関心が高まったことを受けて,企業に対し,責任ある行動が求められるようになった。1976年には,経済協力開発機構(OECD)参加国の多国籍企業に対して,企業に期待される責任ある行動を自主的に取ることを求める勧告をとりまとめた「OECD多国籍企業行動指針」,1977年には,社会政策と包摂的で責任ある持続可能なビジネス慣行に関して,企業に直接の指針を示す「国際労働機関(ILO)多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言」*1*(以下,「ILO多国籍企業宣言」という。)等の,企業活動に関する文書が策定された。

(2)さらに,企業活動の人権への影響は社会にもたらす影響の一つであるとの認識が高まる中,企業活動における人権の尊重への注目も高まった。1999年には,企業を中心とした様々な団体が社会の良き一員として行動し,持続可能な成長を実現するための自発的な取組として,国連グローバル・コンパクトが提唱された。また,2005年,第69回国連人権委員会は,「人権と多国籍企業」に関する国連事務総長特別代表として,ハーバード大学ケネディ・スクールのジョン・ラギー教授を任命した。2008年に,ラギー特別代表は,「保護,尊重及び救済」枠組みを第8回国連人権理事会へ提出した。同枠組みは,企業と人権との関係を,(1)企業を含む第三者による人権侵害から保護する国家の義務,(2)人権を尊重する企業の責任,(3)救済へのアクセスの3つの柱に分類し,企業活動が人権に与える影響に係る「国家の義務」及び「企業の責任」を明確にすると同時に,被害者が効果的な救済にアクセスするメカニズムの重要性を強調し,各主体がそれぞれの義務・責任を遂行すべき具体的な分野及び事例を挙げている。さらに,ラギー特別代表は,「保護,尊重及び救済」枠組みを運用するため,2011年「ビジネスと人権に関する指導原則:国連「保護,尊重及び救済」枠組みの実施(以下「指導原則」という。)」を策定した。この「指導原則」*2*は,同会期の国連人権理事会の関連の決議において全会一致で支持された。

(3)国際社会において,「指導原則」への支持は高まりつつある。2015年9月に国連総会で採択された「持続可能な開発目標」(SDGs)を中核とする「持続可能な開発のための2030アジェンダ」*3*では,民間企業活動について,国連の「「ビジネスと人権に関する指導原則と国際労働機関の労働基準」,「児童の権利に関する条約」及び主要な多国間環境関連協定等の締約国において,これらの取決めに従い労働者の権利や環境,保健基準を遵守しつつ,民間セクターの活動を促進すること」が謳われた。また,2015年のG7エルマウ・サミットにおける首脳宣言*4*には,「指導原則」を強く支持し,また各国の行動計画を策定する努力を歓迎する旨の文言が盛り込まれた。2017年7月のG20ハンブルグ首脳宣言*5*においても,我が国を含むG20各国は,「指導原則」を含む「国際的に認識された枠組みに沿った人権の促進にコミット」し,「ビジネスと人権に関する行動計画のような適切な政策的な枠組みの構築に取り組む」ことを強調している。さらに,「指導原則」の成立を受けて,(1)に記載した「OECD多国籍企業行動指針」については,2011年の5回目の改定時に人権に関する章*6*が追加され,「ILO多国籍企業宣言」についても,2017年の改定時に「指導原則」への言及が追加された。

(4)こうした「ビジネスと人権」の理念に関する意識の高まりを受け,欧米諸国を中心に,サプライチェーンも含めた各企業に対し,人権配慮を求める法制を導入する動きが広がりつつある。また,市民社会,消費者においても企業に人権配慮を求める意識が高まっている。国連責任投資原則(PRI)のような国際的なイニシアティブにおいても,ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の「Social」(社会)の主要な要素の1つとして人権を位置付けている。

(5)さらに,オリンピック・パラリンピックを始めとする大型スポーツイベントの開催にあたっても,「指導原則」の遵守を始めとする人権への配慮が求められている。日本においては,2020年に開催の東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けて,日本企業の活動を含め日本における人権配慮の対応に国際的な関心が向けられており,東京オリンピック・パラリンピック競技大会が,「指導原則」に則った史上初の大会となるべく取組が進められている。

(6)このような国際的な潮流の中で,企業は,企業活動における人権配慮を求める声に,法的にも,道義的にも対応して行くことが求められている。特に,海外事業を展開する企業にとっては,事業実施国の法令遵守だけではなく,国際基準に照らして企業行動が評価される国際動向となっている。このため,企業は,自らが事業における人権に関するリスクを特定し,対策を講じる必要に迫られている。

(7)日本では,これまでも,関係府省庁が,それぞれ人権の保護に資する様々な立法措置・施策を行い,企業はそれに対応してきている。たとえば,(一社)日本経済団体連合会は,2017年11月に「企業行動憲章」を改定し,新たに人権尊重に関する原則を追加するなど,積極的に対応してきている。同憲章「実効の手引き」においては,グローバルな人権規範の理解,デュー・ディリジェンスと情報開示,包摂的な社会作りを通じた人権の増進を推奨している。中小企業においても,人を中心に捉えた経営を実践し,中小企業が地域社会と働く人々を大切にする経営に取り組んできている。また,日本企業は,これまでも海外への進出に際して日本らしい「技術」,「文化」,「人づくり」のアプローチの下で,良好な労使関係を通じた紛争の未然防止や改善につなげる労使慣行を始めとした,日本企業独特の取組で責任ある企業行動を実践してきている。

(8)しかしながら,現在の「ビジネスと人権」に関する社会的要請の高まりを踏まえれば,一層の取組が必要と言える。この観点から,今般,日本政府として,「ビジネスと人権」に関する行動計画(以下,「行動計画」という。)を策定した。その中で,関係府省庁がこれまで個別に実施してきた人権の保護に資する措置を「ビジネスと人権」の観点から整理することで,関係府省庁間の認識の共有・理解促進を図り,今後の関係府省庁間の連携を促進しつつ,関係府省庁間の政策の整合性の確保を強化する。企業に対しては,行動計画を広く周知することで,「ビジネスと人権」に関する一層の理解の促進と意識の向上を図ると共に,企業及び企業間での取組の連携強化を促す。日本政府としては,これらを通じて,責任ある企業活動の促進を図り,国際社会を含む社会全体の人権の保護・促進に貢献し,日本企業の信頼・評価を高め,国際的な競争力及び持続可能性の確保・向上に寄与することを期待する。

2. 行動計画の位置付け〜「指導原則」等の国際文書及びSDGsとの関係〜

(1)政府は,「指導原則」を支持しており,行動計画の策定に当たっては,行動計画が「指導原則」の着実な履行の確保を目指すものとした。また,行動計画は,「指導原則」だけでなく,「OECD多国籍企業行動指針」や「ILO多国籍企業宣言」等の関連する国際文書も踏まえて策定した。

(2)第37回国連人権理事会(2018年3月)において採択された「2030アジェンダの実施と人権」決議(37/24)にて,SDGsの実現と人権の保護・促進は,相互に補強し合い,相関関係にあると示されているとおり,SDGsの達成と人権の保護・促進は表裏一体の関係にあるとされる。これを踏まえ,政府は,本行動計画の策定を,SDGsの実現に向けた取組の一つとして位置付け,2018年6月に行われたSDGs推進本部の第5回会合で決定された「拡大版SDGsアクションプラン2018」等*7*に,行動計画を策定していくことを明記した。さらに,同年6月に閣議決定された,我が国の成長戦略である「未来投資戦略2018―「Society5. 0」「データ駆動型社会」への変革―」*8*においても,行動計画の策定を通じて,企業に先進的な取組を促すこと,外国人の就労環境の改善を含む外国人の受入れ環境の整備を通じ,人権の保護を図っていくことに言及した。

3. 行動計画の策定を通じ目指すもの

 上記「1. はじめに〜「ビジネスと人権」に関する国際的な要請の高まりと行動計画策定の必要性〜」で述べたとおり,本行動計画を通じ,関係府省庁間の認識の共有・理解促進を図り,関係府省庁間の政策の整合性を確保し,さらには,連携を高めていく。企業に対しては,行動計画を広く周知することで,「ビジネスと人権」に関する一層の理解の促進と意識の向上を図るとともに,企業及び企業間での取組の連携強化を促す。これらを通じ,責任ある企業活動の促進を図ることにより,国際社会を含む社会全体の人権の保護・促進に貢献し,日本企業の信頼・評価を高め,国際的な競争力及び持続可能性の確保・向上に寄与することを目的としている。より具体的には以下のとおり。

(1) 国際社会を含む社会全体の人権の保護・促進

 政府は,我が国が締結している人権諸条約の遵守及び国際的に認められた原則(「労働における基本的な原則及び権利に関するILOの宣言」に述べられている基本的権利に関する原則等)の尊重を含む国際社会に対する各種コミットメントの実施として,国内外における責任ある企業活動の促進を図ることを目指す。このことにより,行動計画では,国際社会を含む社会全体の人権の保護・促進に貢献することを目的とする。なお,本行動計画における「人権」とは,環境破壊による被害やサプライチェーンにおける人権配慮も考慮することとする。

(2)「ビジネスと人権」関連政策に係る整合性の確保

 「ビジネスと人権」に関する社会的要請が高まる中,企業は,その活動において関連する法令を確実に遵守することが求められている。また,政府においては,関連する政策の整合性を確保し,関係府省庁間の連携を強化することで,それら政策の効果を一層高めることを目指すべきである。このため,行動計画では,関連する法令・政策,今後の具体的な取組等を明確化し,関連府省庁間の連携を促すことを目的とする。

(3) 日本企業の国際的な競争力及び持続可能性の確保・向上

 企業活動における人権尊重は,人権に対する負の影響に対処し,社会に貢献するだけでなく,企業リスク要因の回避・管理につながり,更には,国際社会からの信頼を高め,グローバルな投資家等の高評価を得ることにもつながる。これを踏まえ,行動計画では,企業の国際的な競争力及び持続可能性の確保・向上に貢献することを目的とする。また,政府は,人権配慮の取組を進める日本企業が正当に評価を得る環境づくりも目指す。

(4) SDGsの達成への貢献

 上記「2. 行動計画の位置付け〜「指導原則」等の国際文書及びSDGsとの関係〜」で記載したとおり,SDGsの達成と人権の保護・促進は表裏一体の関係にあるとされる。このため,行動計画の実施を通じて,「誰一人取り残さない」持続可能で包括的な社会の実現に寄与することを目的とする。

4. 行動計画の策定プロセス

(1)「ビジネスと人権」は,後述のとおり,幅広い分野にわたり,また,その関係者も多様である。このため,政府は,行動計画策定に当たり,我が国における「ビジネスと人権」を巡る状況を把握するとともに,政府として取り組み得る措置について包括的に検討することで,行動計画が,現実的かつ効果的なものとなるよう努めた。

(2)第一段階として,関係する全府省庁が参加する形で,法制度や施策等の現状整理を行い,その上で,実態を把握するため,経済界,労働界,法曹界,学術界,市民社会等の代表的な組織の参加を得て,計10回の意見交換会を実施した。なお,経済界からは,中小企業の参加も得ることで,日本社会の雇用全体の7割を占めている中小企業の意見を聴取することに努めた。

(3)当該ベースラインスタディ(現状把握調査)の結果を踏まえて,関係府省庁間の調整を図る連絡会議を設置,また,幅広い意見を聴取することを目的とし,諮問委員会,作業部会を設置し,上記各界及び消費者団体等からの意見を踏まえつつ,議論を重ね,行動計画原案を策定した。さらに,当該行動計画の策定においてパブリックコメントの募集や国内セミナーを行った。また,国連「ビジネスと人権」作業部会委員やOECD金融企業局・責任ある企業行動センター長等,国外からの有識者と意見交換をする機会も設けた。


第2章 行動計画

1. 行動計画の基本的な考え方

 第1章「3. 行動計画の策定を通じ目指すもの」に記載した目的を達成するためには,行動計画を通じて政府,企業等,幅広い関係者の行動を促しつつ,必要な制度の整備が必要となる。政府が関係者の理解と協力の下に本行動計画の実施に取り組む上で,以下の5点が特に重要と考える。

(1)政府,政府関連機関,地方公共団体等が「ビジネスと人権」に関する理解を促進し,意識を向上させていく上で,関連する法令,政策等の整合性を確保し,かつ,関係府省庁間において連携を強化することが重要である。

(2)企業が,関連法令,政策等を理解・遵守するよう,企業の「ビジネスと人権」に関する理解促進と意識向上を図ることも必要である。特に人的・物的資源に制約のある中小企業を含め理解促進と意識向上が重要である。政府は,政府自身による啓発に加え,国際機関や様々なステークホルダー(利害関係者)が,企業向けに提供するツール等も企業の取組に貢献するとの認識の下,「ビジネスと人権」の分野に対処する上で必要な情報に企業がアクセスできる環境の整備を図る必要がある。

(3)企業に対して,「ビジネスと人権」に係るより一層の取組を促すためには,社会全体としての人権に関する理解促進・意識向上も必要である。このため,政府は,従来から行われている人権教育,人権啓発の取組を継続していく。

(4)企業活動のグローバル化,多様化に伴い,国際社会は,企業に対し,企業内部での「ビジネスと人権」に関する取組の実施だけでなく,国内外のサプライチェーンにおける人権尊重の取組を求めており,企業はこの点に留意する必要がある。これを受け,国際機関の提供するツールの活用や既存の情報開示の枠組み,企業向けの情報提供の取組を活用しつつ,企業による人権尊重の取組を促す具体的な仕組みの整備に努めていく。

(5)企業活動において,人権侵害が生じた場合のために,まず,セーフティーネット(司法的救済及び非司法的救済)が整備されているところ,引き続き司法的救済へのアクセス確保に向けて努めるだけでなく,個別法令に基づく相談窓口(労働者,障害者,消費者等)や,(株)国際協力銀行(以下,「JBIC」という。)ガイドライン及び(独)国際協力機構(以下,「JICA」という。)環境社会配慮ガイドラインに基づく異議申立手続きや「OECD多国籍企業行動指針」に係る日本連絡窓口(以下,「日本NCP」という。)等,複数からなる非司法的救済に関する取組を活用していく。

2. 分野別行動計画

 本行動計画では,「指導原則」が,企業と人権との関係を「人権を保護する国家の義務」,「人権を尊重する企業の責任」及び「救済へのアクセス」の3つの柱に分類していることを踏まえ,関連する取組を以下の3つの観点から分類し,体系立てて整理することとした。

・ 人権を保護する国家の義務に関する取組

 我が国が締結している人権諸条約や,「労働における基本的な原則及び権利に関するILOの宣言」に述べられている基本的権利に関する原則の尊重,促進及び実現を含む国際社会に対する各種コミットメントの実施を通じ,国際社会を含む社会全体における人権の保護・促進に貢献していくための取組を記載する。

・ 人権を尊重する企業の責任を促すための政府による取組

 「指導原則」では,人権を尊重する企業の責任という場合,まさに企業自身の取組を指すが,本項では,企業が人権を尊重する責任を果たすことを促し,また,支援する政府の取組を中心に記載する。

・ 救済へのアクセスに関する取組

 仮に,企業活動において人権侵害が生じた場合のために,司法的救済及び非司法的救済へのアクセスの確保を図っていくための取組を記載する。

 他方,政府の取組の中には,上記の3つの観点のうち,複数の観点から,横断的に取り組むことが適切と考えられる事項があることを踏まえ,本項では,まず,それら「横断的事項」を記載し,その後,3つの観点の個別事項を記載することとする。それぞれの項目においては,今までの取組・関連施策の概略や基本的方向性を示し,その上で,今後行っていく具体的な措置を示す。

(1)横断的事項

ア. 労働(ディーセント・ワークの促進等)

 これまでの取組として,労働分野においては,「労働における基本的な原則及び権利に関するILOの宣言」に述べられている基本的権利に関する4つの原則(1結社の自由及び団体交渉権の実効的な承認,2あらゆる形態の強制労働の撤廃,3児童労働の実効的な廃止,4雇用及び職業についての差別の撤廃)の尊重,促進及び実現のために労働政策を推進し,ディーセント・ワークの実現に努めてきた。例えば,国籍,人種,民族等による差別なく,労働者に適用される「労働基準法(昭和22年法律第49号)」,「労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)」,「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(昭和47年法律第113号。以下,「男女雇用機会均等法」という。)」,「船員法(昭和22年法律第100号)」等の労働法令を通して労働者の権利の保護及び推進を図っている。

 グローバル化に伴い,外国人労働者の処遇について注目が集まっている中,外国人技能実習制度については,2017年11月に施行された「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律(平成28年法律第89号。以下「技能実習法」という。)」や送出国政府と作成した二国間取決め等に基づき,技能実習制度の適正化及び技能実習生の保護を図っている。

<具体的な措置>

(ア)ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の促進((1)雇用の促進,(2)社会的保護の方策の展開及び強化,(3)社会対話の促進,(4)労働における基本的原則及び権利の尊重,促進及び実現等)

・ 「労働における基本的な原則及び権利に関するILOの宣言」に述べられている基本的権利に関する原則の尊重,促進及び実現のために労働政策を推進し,ディーセント・ワークの実現に引き続き努めていく

(イ)ハラスメント対策の強化

 2019年の労働施策総合推進法等の改正を踏まえ,事業主に対して職場におけるパワーハラスメント防止のための雇用管理上の措置義務(相談体制の整備等)の新設,セクシュアルハラスメント等の防止対策の強化を行っている。法の履行確保を通じてハラスメントのない職場環境の実現に向けた取組を推進していく。

(ウ)労働者の権利の保護・尊重(含む外国人労働者・外国人技能実習生等)

・ 外国人労働者のために,都道府県労働局,ハローワーク,労働基準監督署において,多言語による対応を引き続き実施。

・ 技能実習制度においては,平成29年から施行した技能実習法に基づく新たな制度の下,監理団体の許可制や技能実習計画の認定制の導入,技能実習生への人権侵害の禁止規定や人権侵害を行った監理団体等への罰則規定の整備,外国人技能実習機構による実地検査の実施や技能実習生からの母国語相談・申告窓口の設置,二国間取決め等により制度の適正化を引き続き実施する。技能実習制度の運用に関するプロジェクトチームがとりまとめた改善方策を引き続き着実に実施するほか,技能実習生の失踪対策を更に充実させる。

イ. 子どもの権利の保護・促進

 これまでの取組として,政府は人間の安全保障基金や国際機関への拠出等を通じ,児童労働の撤廃につながる教育や人身取引対策といった分野の取組を支援してきた。また,JICAの技術協力や様々な国連機関への拠出を通じ,主に東南アジア諸国の人身取引対策及び被害者保護の強化に向けた取組を支援してきた。さらに,政府は,人の密輸・人身取引及び国境を越える犯罪に関するアジア・太平洋地域の枠組みである「バリ・プロセス」への拠出・参加等を行ってきているほか,「オンラインの児童性的搾取撲滅のためのWePROTECT世界連携」にも参画してきている。

 国内においては,「子どもに対する暴力撲滅パートナーシップ(GPeVAC)」のパスファインディング国(参加国)として,市民社会及び企業等とともに「子どもに対する暴力撲滅行動計画」の策定作業に着手。同行動計画は,「子どもパブコメ」を通じて寄せられた子どもの意見を反映し,策定中。また,2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会までを視野に,「子供の性被害防止プラン」に基づき,児童買春,児童ポルノの製造等の子どもの性被害の撲滅に向けて取り組んでいる。

<具体的な措置>

(ア)人身取引及び性的搾取を含む児童労働撲滅に関する国際的な取組への貢献

・ 「バリ・プロセス」への拠出・参加を含む国際社会等との協力の下,JICAの技術協力や様々な国連機関への拠出を通じた,人身取引対策及び被害者保護の強化に向けた取組を支援していく。

・ 国際機関等への拠出を通じた,児童労働の撲滅に向けた取組の支援を行っていく。

(イ)旅行業法の遵守を通じた児童買春に関する啓発

・ 旅行業法の遵守を通じた児童買春に関する啓発及び,旅行業者が児童買春を目的とするような不健全旅行に関与しないよう旅行業法に基づく立入検査を実施していく。

(ウ)我が国の「子どもに対する暴力撲滅行動計画」の着実な実施

・ 「子どもに対する暴力撲滅行動計画」の着実な実施を通じ,国内における子どもに対する暴力撲滅に取り組んで行く。

(エ)「子どもに対する暴力撲滅基金」を通じた紛争下の子どもの保護

・ GPeVACの活動を支える「子どもに対する暴力撲滅基金」の人道分野への関与を通じ,子どもに対する暴力をなくすための取組を推進していく。

ウ. 新しい技術の発展に伴う人権

 これまでの取組として,インターネット上の名誉毀損・プライバシー侵害等の人権侵害情報について政府関係機関に相談が寄せられた場合,プロバイダ等に対する発信者情報の開示請求や当該情報の削除依頼の方法について助言しているほか,人権侵害情報による被害の回復を被害者自ら図ることが困難な場合には,プロバイダ等に対する当該情報の削除を要請するなど被害の救済に努めている。

 また,ヘイトスピーチに関しては,「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(平成28年法律第68号)」が2016年6月に施行された。同法は,本邦外出身者に対する不当な差別的言動は許されないことを宣言するとともに,本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組について,基本理念を定めている。

 AIの発展に関しては,AI戦略実行会議の下,AIをより良い形で社会実装し共有するための基本原則を検討するため,「人間中心のAI社会原則会議」を設置した。その検討の結果,2019年3月に,3つの基本理念と7つの原則からなる「人間中心のAI社会原則」が策定された。

<具体的な措置>

(ア)ヘイトスピーチを含むインターネット上の名誉毀損,プライバシー侵害等への対応

・ インターネット上の名誉毀損・プライバシー侵害等の人権侵害事案を認知した場合には,当該情報の削除等をプロバイダ等に要請するなどの取組を引き続き実施する。

(イ)AIの利用と人権に関する議論の推進

・ AIが社会に受け入れられ適正に利用されるよう,「人間中心のAI社会原則」の定着に努めていく。

(ウ)AIの利用とプライバシーの保護に関する議論の推進

・ 国際会議等において,AIの利用とプライバシーの保護に関する議論の推進に努めていく。

エ. 消費者の権利・役割

 SDGsの12番目の目標に「持続可能な生産消費形態を確保する」ことが掲げられているように,持続可能な経済社会の形成に向けては,企業や行政だけはなく,消費者の行動も欠かせない。政府としては,地域活性化や雇用等を含む,人や社会・環境に配慮した消費行動「倫理的消費(エシカル消費)」の普及や,消費者の行動変容を促すような社会的責任を自覚した事業活動を行う「消費者志向経営」の推進に取り組んできている。また,「消費者教育の推進に関する法律(平成24年法律第61号。以下「消費者教育推進法」という。)」に基づき,消費者市民社会の形成に向けて,学校教育及び社会教育を通じて,消費者教育を推進してきている。

<具体的な措置>

(ア)エシカル消費の普及・啓発

・ 様々な主体が実施するエシカル消費に関連するイベントでの普及啓発の実施,HPでのイベント情報の発信や事例紹介,リーフレットや教材の作成等を実施していく。

(イ)消費者志向経営の推進

・ 事業者が消費者志向経営を行うことを自主的に宣言し,宣言に基づき取り組み,その結果を公表する「消費者志向自主宣言・フォローアップ活動」を実施している。また,消費者志向経営の推進を図るため,「消費者志向経営優良事例表彰」を実施していく。

(ウ)消費者教育の推進

・ 消費者教育推進法に基づき,消費者市民社会の形成に向けて,学校,家庭,地域,職域,その他多様な主体の連携を通して,消費者教育の推進を支援していく。

オ. 法の下の平等(障害者,女性,性的指向・性自認等)

 日本国憲法は法の下の平等を原則としており,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において差別されないものと定めている。

 障害者に対しては,我が国は,「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(平成25年法律第65号。以下「障害者差別解消法」という。)において,行政機関等及び事業者に対し,障害者を理由とする不当な差別的取扱いを禁止するとともに,合理的配慮の提供をしなければならない旨規定している(事業者の合理的配慮の提供は努力義務)。「障害者の雇用の促進等に関する法律(昭和35年法律第123号。以下「障害者雇用促進法」という。)においては,雇用の分野における障害があることを理由とした差別の禁止及び合理的配慮の提供を事業主に義務付けている。

 雇用分野では,憲法第22条は,「何人も,公共の福祉に反しない限り,(中略)職業選択の自由を有する」旨規定しているほか,「職業安定法(昭和22年法律第141号)」においては,「何人も,公共の福祉に反しない限り,職業を自由に選択することができる」,「船員職業安定法(昭和23年法律第130号)」において,「その能力及びその有する免状若しくは証書,その受けた訓練又はその経験による資格に応じ,適当な船舶における船員の職業を自由に選択することができる」ことが定められており職業選択の自由が保障されている。

 住居及び公衆の使用を目的とする場所又はサービス(ホテル,飲食店,喫茶店,映画館,運送機関の利用)等の分野では,それぞれ特定の利用者に対する不当な差別的取扱いが禁止されている。

<具体的な措置>

(ア)ユニバーサルデザイン・心のバリアフリーの推進

・ 障害者差別解消法に基づき,各種広報・啓発活動の推進などの取組を進めていく。

・ 交通・観光・流通・外食業界等における全国共通の接遇マニュアル等の策定・普及,研修の実施等を通じた全国における心のバリアフリーの展開を推進していく。

・ 交通バリアフリー基準・ガイドラインの改正,「高齢者,障害者等の円滑な移動等に配慮した建築設計標準」改正等,「高齢者,障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律の一部を改正する法律(令和2年法律第○○号)。」の着実な実施を通じ,全国のバリアフリー水準の底上げを図っていく。

・ 障害の有無に関わらず誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合う共生社会を実現するため,各種人権啓発活動を実施していく。

(イ)障害者雇用の促進

・ 令和元年の改正障害者雇用促進法において導入した,公務部門に対する措置として,国及び地方公共団体の機関の任命権者による障害者活躍推進計画の作成・公表義務等,民間の事業主に対する措置として,障害者雇用に関する取組が優良な中小事業主に対する認定制度及び週所定労働時間が一定の範囲内の短時間労働者を雇用する事業主に対する特例給付金制度の創設等を通し,障害者の活躍の場の拡大等の取組を推進していく。

(ウ)女性活躍の推進

・ 女性活躍を通じた経済成長の意義を広く示し,ビジネス上の成果を共有していく。

(エ)性的指向・性自認に関する理解・受容の促進

・ 職場における性的指向・性自認に関する正しい理解を促進するため,性的指向・性自認に関する企業の取組事例等を調査する事業を実施し,調査結果等をまとめた報告書・事例集を作成・公表予定。

(オ)雇用の分野における平等な取扱い

・ 職業紹介,職業指導等については,職業安定法において,「何人も,人種,国籍,信条,性別,社会的身分・・・等を理由として,職業紹介,職業指導(船員職業安定法においては部員職業補導)等について,差別的取扱を受けることがない」旨規定しており,公共職業安定所(船員については地方運輸局)は,同機関を通じて求人の申込みを行っている事業所に対し,人種・民族の差別なく就職の機会均等を確保するための指導・啓発を引き続き実施していく。

・ 公正な採用選考に関する啓発活動として,応募者に広く門戸を開き,職務に対する適性・能力のみを採用基準にすること等を記載した事業主向け啓発パンフレットを作成し,HP上に公表しているほか,ハローワーク等で開催される事業主向けの公正採用選考に係る研修会にて説明する等の取組を引き続き実施していく。

(カ)公衆の使用を目的とする場所又はサービスにおける平等な取扱い

・ 特定の人種・民族であること,男性同士・女性同士であることのみを理由として宿泊を拒否することを認めていない「旅館業法(昭和23年法律第138号)」等にのっとって着実に実施していく。

・ 宿泊料金,飲食料金その他の登録ホテル・旅館において提供するサービスについて,訪日外国人旅行者又は訪日外国人旅行者とその他顧客との間で不当な差別的取扱いを禁止する国際観光ホテル整備法施行規則を着実に実施していく。

カ. 外国人材の受入れ・共生

 政府は,条約難民や第三国定住難民を含め,在留資格を有する全ての外国人を孤立させることなく,社会を構成する一員として受け入れていくという視点に立ち,外国人が日本人と同様に公共サービスを享受し安心して生活することができる環境を全力で整備していくために,平成30年12月に,関係閣僚会議において「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」を決定し,令和元年6月には,「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策の充実について」を取りまとめた。同年12月には,これまでの関連施策の実施状況も踏まえ,総合的対応策の改訂を行ったところであり,引き続き政府一丸となって関連施策を着実に実施していく。

<具体的な措置>

共生社会実現に向けた外国人材の受入れ環境整備

・ 共生社会の実現に向けて,関係者の声を聴きながら,「ビジネスと人権」に資する関連施策も含め「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策(改訂)」に盛り込まれた施策について,引き続き着実に実施していく。

(2)人権を保護する国家の義務に関する取組

ア. 公共調達

 これまでの取組として,我が国の公共調達手続きについては,「会計法(昭和22年法律第35号)」を始めとする諸法令の下,国際約束の履行を含めて適正に実施してきている。

 特に,「国等による障害者就労施設等からの物品等の調達の推進等に関する法律(平成24年法律第50号。以下「障害者優先調達推進法」という。)」,「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(平成27年法律第64号。以下「女性活躍推進法」という。)」,「暴力団員による不当な行為等の防止に関する法律(平成3年法律第77号)」,「国等による環境物品等の調達の推進等に関する法律(平成12年法律第100号。以下「グリーン購入法」という。)」,に基づき,企業に対し,人権・環境尊重に係る意識の向上を促してきている。

<具体的な措置>

 苦情処理手続を含めた「ビジネスと人権」に関連し得る調達ルールの徹底(障害者優先調達推進法に基づく取組,女性活躍推進法第20条に基づく公共調達に関する取組,暴力団排除に関する取組)

・ 障害者優先調達推進法の着実な実施を通じ,障害者就労施設で就労する障害者,在宅就業障害者等の自立の促進を図っていく。

・ 「公共事業等からの暴力団排除の取組について」(平成21年12月4日付け暴力団取締り等総合対策ワーキングチーム申合せ)等に基づき,公共事業等からの暴力団排除の取組を引き続き推進していく。

・ 「女性の活躍推進に向けた公共調達及び補助金の活用に関する取組指針」(平成28年3月22日すべての女性が輝く社会づくり本部決定)等に基づき,国や独立行政法人等が価格以外の要素を評価する調達(総合評価落札方式・企画競争方式)を行う際に,女性活躍推進法に基づく認定等を取得したワーク・ライフ・バランス等推進企業を引き続き加点評価していく。

イ. 開発協力・開発金融

 2015年に閣議決定された「開発協力大綱」では,開発協力の基本方針の1つとして基本的人権を含め人間の安全保障の推進を掲げている。また,開発協力の適正性を確保すべく被援助国の基本的人権の保障を巡る状況に十分注意を払うことを定めている。開発協力事業を実施する際には,国際人権諸条約を始めとする国際的に確立した人権基準を尊重するとともに,女性,先住民族,障害者,マイノリティ等の社会的に脆弱な立場にある者の人権について,特に配慮してきている。

 JICA,JBIC,及び(株)日本貿易保険(以下,「NEXI」という。)は,環境社会配慮のためのガイドラインを導入している。また,必要な情報開示,及び関連する苦情処理手続きを導入し,その事業の人権,環境及び社会への影響に配慮してきている。特に,JICAの有償及び無償資金協力事業において使用されているそれぞれの標準入札図書においては,当該国の労働関連法令遵守が契約条項として明記されている。

 また,国連安全保障理会決議1325号及び関連決議を履行するために策定した「女性・平和・安全保障に関する行動計画」においても,平和・安全保障分野,人道支援,復興のすべての活動における女性の参画,エンパワーメント,女性のニーズを踏まえた対応,ジェンダー平等促進,女性の人権保護の要素が含まれている。

<具体的な措置>

 開発協力・開発金融分野における環境社会配慮に係る取組の効果的な実施

・ JICAでは,「環境社会配慮ガイドライン」を定め,相手国等の法令や基準等を遵守するのみならず,世界銀行のセーフガードポリシー等と大きな乖離がないことを確認し,協力事業において環境及び社会,人権への配慮を継続していく。特に,協力事業に対し社会的に適切な方法で合意が得られるよう,情報を公開した上で地域住民等のステークホルダーとの十分な協議を行い,また,その際は社会的弱者について適切な配慮がなされるよう引き続き留意する。

・ JBICでは,「環境社会配慮確認のためのJBICガイドライン」を,環境社会配慮全般及び人権に関する国際的な枠組みの中での議論,並びに公的輸出信用政策と環境保護政策との一貫性を求める「公的輸出信用と環境社会デュー・ディリジェンスに関するコモンアプローチ」等のOECDでの議論等を踏まえて策定した。上記JBICガイドラインの見直しは,上記議論等の進展を勘案しつつ,我が国政府,開発途上国政府等,我が国の法人等,専門家,NGO等の意見を聞きながら,透明性を確保して行っていく。

・ NEXIでは,2015年の「貿易保険における環境社会配慮のためのガイドライン」改訂に際しては,検討すべき環境社会配慮の範囲に人権の尊重を含むことを明確化したことを踏まえ,引き続きガイドラインに基づき適切な環境社会配慮確認に努め,必要がある場合にはガイドラインの見直しを行っていく。

・ ジェンダーの視点からは,「女性・平和・安全保障に関する行動計画」において,特に開発協力分野も含めた「IV人道・復興支援」の取組が「ビジネスと人権」の文脈に該当する。我が国の支援の実施においてJICA事業や国連機関等の事業で企業と連携をする場合に,引き続き,ジェンダーの視点を盛り込んでいく。

ウ. 国際場裡における「ビジネスと人権」の推進・拡大

 我が国は,普遍的価値である基本的人権を保護・促進することを基本とし,国際人権諸条約の国内的な実施に取り組んできた。国連人権理事会及び国際人権諸条約機関の活動・議論に積極的に参加し,国連人権メカニズムを始めとした国際社会における人権の保護・促進にも貢献するとともに,幾つかの国とは人権対話も実施してきている。

 企業活動に直接関わる分野においては,我が国が署名,締結した一部の経済連携協定及び投資協定では,世界貿易機関(WTO)等の貿易ルールと整合的な形で,労働,環境等の社会課題に関する条文を取り入れ,適切な労働基準・条件の確保や環境保護といった価値を尊重すべきことについて,締約国間の共通の理解を促進してきた。例えば,環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(TPP11協定)では独立の「労働」章,「環境」章や女性参加に関する規定を,また,日EU経済連携協定では「貿易及び持続可能な開発」章を設けている。

<具体的な措置>

(ア)人権理事会等の国連人権メカニズムにおける議論を通じた国際社会における「指導原則」の履行促進への努力

(イ)諸外国との人権対話を通じた「ビジネスと人権」に係る取組の推進

(ウ)OECD,世界銀行等の国際機関等のフォーラムにおける経済活動と社会課題の関係に関する議論に対する引き続きの貢献

(エ)産業界のみならず,労働者等の幅広い層の人々が恩恵を受ける経済連携協定及び投資協定の締結への継続的な努力

エ. 人権教育・啓発

 我が国では,「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律(平成12年法律第147号)」に基づき,「人権教育・啓発に関する基本計画」を定め,様々な形で人権教育・啓発に取り組んできた。特に,中小企業向けの人権教育・啓発セミナー等も全国各地で行い,企業向けに広く「ビジネスと人権」に関する啓発を行なってきたところである。

 企業の行動を促す上では,さらに,広く社会に「ビジネスと人権」に対する理解を定着させることも重要であり,その点につき,市民社会や法曹界等が重要な役割を果たしてきている。

<具体的な措置>

(ア) 公務員に対する「ビジネスと人権」に関する周知

・ 関係府省庁において実在する職員向け講義にて,「ビジネスと人権」の分野の取扱いを検討していく。

・ 公務員を対象とする人権に関する研修会等において,「ビジネスと人権」を含む各種人権問題に関して周知していく。

(イ) 「人権教育・啓発に関する基本計画」に基づき,人権教育・啓発を実施

・ 「ビジネスと人権」における各種人権課題を認識しつつ,「人権教育・啓発に関する基本計画」に基づく人権教育・啓発活動を引き続き実施していく。

・ 企業向け人権研修への講師派遣や人権啓発冊子・ビデオの配布・貸出し等の人権啓発活動を実施していく。

(ウ) 民間企業と連携・協力した人権啓発活動の更なる実施等

・ 人権教育啓発推進センターの活用や民間企業と連携・協力した人権教室等の人権啓発活動の更なる実施を推進していく。

(エ) 中小企業向けの人権・啓発セミナーの継続

・ 「人権啓発支援事業」として,企業に対する人権教育・啓発セミナーを,中小企業等を対象に引き続き実施していく。

(オ) 人権の尊重を含む社会的課題に取り組む企業を表彰

・ 企業が,社会的課題に取り組む責任を有するとともに貢献可能であることを広く社会が認知することが重要という観点から,人権の尊重を含む社会的課題に取り組む企業を表彰する。

(カ) 教育機関等関連機関に対する,行動計画等の周知

・ 人権尊重の意識を高める教育について,学校教育においては,持続可能な社会の創り手の育成も目指している新学習指導要領の趣旨も踏まえつつ,地域の実情や発達段階に応じながら学校教育活動全体を通じて,また,社会教育においては,地域の実情に応じ,地域の学習の拠点である公民館等の社会教育施設において,それぞれ行われており,引き続きそれらの取組を推進する。

(3)人権を尊重する企業の責任を促すための政府による取組

ア. 国内外のサプライチェーンにおける取組及び「指導原則」に基づく人権デュー・ディリジェンスの促進

 責任ある企業行動に対する関心の高まりの中で,日本も参加する「OECD多国籍企業行動指針」では,2011年の改訂に際して,企業の人権尊重責任に関する章を新設している。また,OECDは,デュー・ディリジェンスの実施に関し,鉱物,農業,衣料等の産業分野別にガイダンスも作成している。2018年には,分野を問わずに企業が利用できる実用的なツールとして「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」を公表した。日本政府は,企業に対し,同行動指針及びガイダンスの普及活動を行ってきている。

 我が国においては,「スチュワードシップ・コード」や「コーポレートガバナンス・コード」において,ESG課題も念頭に,投資先企業の状況の把握や企業による情報開示について言及されているとともに,企業による自主的・自発的なESG/非財務情報に関する対話・開示の手引きとして「価値協創ガイダンス」が公表されている。

 また,女性活躍推進法に基づき,常時雇用する労働者数が301人以上の事業主は,(1)自社の女性の活躍に関する状況把握・課題分析,(2)状況把握・課題分析を踏まえた数値目標と取組を盛り込んだ行動計画の策定・届出・周知・公表,(3)自社の女性の活躍に関する情報の公表を行うことが義務づけられている。2019年5月の女性活躍推進法の一部改正により,これらの取組が強化された。さらに,環境面では,環境報告ガイドラインの策定を通じて企業の取組を促進してきている。

 普及・支援活動では,企業向けに,(独)日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所や(一財)企業活力研究所といった関係機関による調査研究を実施し,その成果を発表してきている。

 海外に展開する日本企業に対しては,企業への海外展開支援の強化のため,在外公館に日本企業支援窓口(日本企業支援担当官)を設置し,現地で活動する日本企業の支援を実施してきている。

 国際機関では,ILOは,「ILOビジネスのためのヘルプデスク」を通じ,企業の労使双方に,国際労働基準により良く整合した事業展開や,良好な労使関係を築くための情報を提供している。

 上記取組に加え,採取産業透明性イニシアティブやIUU(違法・無報告・無規制)漁業対策等の国際的な取組が行われ,日本も積極的に貢献してきている。

<具体的な措置>

(ア) 業界団体等を通じた,企業に対する行動計画の周知,人権デュー・ディリジェンスに関する啓発

・ 業界団体等を通じた,企業への本行動計画の周知・普及啓発を実施していくことにより,責任ある企業行動の促進を図っていく。

(イ) OECD多国籍企業行動指針の周知の継続

(ウ) 在外公館における海外進出日本企業に対する,行動計画の周知や人権デュー・ディリジェンスに関する啓発

(エ) 「価値協創ガイダンス」の普及

・ 投資家と企業経営者のESG/非財務情報に関する対話・開示の手引きであり,企業の自主的・自発的な取組の「指針」として活動できる「価値協創ガイダンス」の普及に努める。

(オ) 女性活躍推進法の着実な実施

・ 2019年通常国会で可決・成立した改正法では,行動計画の策定及び情報公表の義務対象を常時雇用する労働者101人以上の事業主まで拡大し,301人以上の事業主に対しては情報公表の強化を行った。(2020年6月1日施行。対象拡大は2022年4月1日施行。)改正法の円滑な施行に向けて企業に対して必要な支援を行い,女性の職業生活における活躍をさらに推進していく。

(カ) 環境報告ガイドラインに即した情報開示の促進

・ 環境報告ガイドラインの記載事項である,リスクマネジメントやバリューチェーンマネジメントのために,環境課題に関連してデュー・ディリジェンスを行う場合の留意点などを含んだ手引書を発行(予定。今年度中)。

(キ) 海外における国際機関の活動への支援

・ ILOへの拠出を通じ,サプライチェーン末端の労働者のディーセント・ワークの促進等の取組及び好事例の普及を支援する。

イ. 中小企業における「ビジネスと人権」への取組に対する支援

 中小企業は,雇用の大部分を支え,社会の主役として地域社会と住民生活に貢献するとともに,サプライチェーンを担うなど,日本経済において重要な役割を担う一方,規模,業種,業態等において多様な企業が存在する。こうした中小企業の声も聞きながら,「ビジネスと人権」への取組を行っていく。また,政府として,中小企業に対する効果的な啓発を実施するとともに,中小企業が置かれた取引上の立場にも配慮することが必要である。

<具体的な措置>

(ア) 「ビジネスと人権」に関するポータルサイト構築を通じた中小企業への情報提供

・ 「ビジネスと人権」に関する情報を一元化したポータルサイトを整備し,中小企業に対し,「ビジネスと人権」に関する取組を促していく。

(イ) 経済団体・市民社会等と協力して,中小企業を対象としたセミナーを実施

・ 「人権啓発支援事業」として,企業に対する人権教育・啓発セミナーを,中小企業等を対象に引き続き実施していく。

(ウ) 取引条件・取引慣行改善に係る施策

・ 本来,親事業者が負担すべき費用等を下請事業者に押しつけることがないよう,取引条件・取引慣行改善に取り組む。

(4) 救済へのアクセスに関する取組

  司法的救済及び非司法的救済

 企業による人権侵害に対する救済措置としては,「刑法(明治40年法律第45号)」及び「民法(明治29年法律第89号)」を始め,「製造物責任法(平成6年法律第あ85号)」,「労働審判法(平成16年法律第45号)」等関連する法令に基づき,刑事責任の追及,損害賠償請求や,行政措置等によりアカウンタビリティの確保及び救済が図られる。

 こうした救済へのアクセスに関連して,日本司法支援センター(法テラス)では,資力の乏しい国民や我が国に住所を有し適法に在留する外国人に対し,無料法律相談等の支援を実施し,司法的救済へのアクセス確保に努力してきている。

 非司法的救済では,国際的枠組みに基づく「OECD多国籍企業行動指針」に係る日本NCPを設置している。また,「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律(平成16年法律第151号)」に基づく認証制度による民間紛争解決手続,法務局・地方法務局等における人権相談を実施してきている。

 また,個別法令に基づく対応として,労働者,障害者等の分野で枠組みが設けられている。

 さらに,「消費者安全法(平成21年法律第50号)」に基づき,苦情相談や苦情処理のためのあっせん等を実施してきている。

<具体的な措置>

(ア)民事裁判手続のIT化

・ 訴状等のオンライン申立,訴訟記録の電子化,ウェブ会議等を利用した関係者の出頭を要しない期日等の実現を図り,国民の司法アクセスが向上するよう,法制審議会における調査審議を踏まえ,民事訴訟法等の改正を行う。

(イ)警察官,検察官等に対する人権研修

・ 警察学校において,新たに採用された警察職員や昇任する警察職員に対して,人権の国際的潮流等を含めた各種人権課題についての教育を引き続き実施していく。

・ 検察官に対し,その経験年数等に応じて行う各種研修において,人権諸条約や犯罪被害者等をテーマとした講義を実施するなど,広く人権に関する理解の増進に引き続き努めていく。

・ 任官後5年目程度の労働基準監督官を対象とし,毎年実施される研修において,人身取引をテーマとして取り扱う講義を行っており,引き続き人身取引対策の推進における労働基準監督機関の役割などについて理解を促していく。

(ウ) 「OECD多国籍企業行動指針」に基づく日本NCPの活動の周知とその運用改善

・ 「OECD多国籍企業行動指針」に基づき,日本NCPとして適切な機能を果たす。具体的には,公平性と中立性の確保に努めつつ,手続の透明化を進めるとともに,引き続き広報活動を行う。また,担当3省間の連携強化・円滑化に努める。(エ)人権相談(みんなの人権110番等)の継続

・ 外国人のための人権相談所等では,10か国語での外国語による人権相談に対応している。さらに,子どもや女性の人権問題に関しては,専用の相談電話を設置している。

(オ)個別法令等に基づく対応の継続・強化(労働者,障害者,外国人技能実習生を含む外国人労働者,通報者保護)

・ 技能実習適正化法に基づき,出入国在留管理庁長官及び厚生労働大臣への申告のほか,外国人技能実習機構による技能実習生に対する母国語での相談対応及び技能実習の実施が困難となった際の転籍支援を引き続き実施していく。

・ 我が国では,通報者の保護に関し,一定の要件を満たして通報を行った通報者の保護を図るとともに,国民の生命,身体,財産の保護に係る法令の遵守を図ることを目的とする「公益通報者保護法(平成16年法律第122号)」を制定している。また,事業者及び行政機関(地方公共団体を含む)における通報・相談窓口設置の促進を引き続き図っていく。

(カ)開発協力・開発金融における相談窓口の継続

・ JICAは,環境社会配慮ガイドラインの遵守を確保するために,被影響住民がガイドラインの不遵守に関する異議申立を行うことができる制度を設けており,引き続き提供していく。異議申立が行われた場合には,事業担当部署等から独立した異議申立審査役がガイドラインの遵守・不遵守に関する事実を調査するとともに紛争解決に向けた当事者間の対話を促進し,その結果を直接JICA理事長に報告するとともにJICAのウェブサイトで公開していく。

・ JBICは,環境ガイドライン遵守を確保するため,環境ガイドライン不遵守に関する異議申立ての手続を設けており,引き続き提供していく。当該異議申立ては,プロジェクトの被害を受け得る当該国の住民により行うことが可能とされており,投融資担当部署から独立した環境ガイドライン担当審査役により判断され,その結果は公開されることになっている。

・ JICA及びJBICにおいて,今後も運用の改善等を通じて,実効性の向上に努めていく。

(5)その他の取組

 「指導原則」の3つの柱に沿った取組に加え,政府は以下のような取組を通じて,「ビジネスと人権」が想定する諸課題への対応に貢献している。

<具体的な措置>

・ 途上国における法制度整備支援

・ 質の高いインフラの推進(質の高いインフラ投資に関するG20原則)

  G20大阪サミットで承認された「質の高いインフラ投資に関するG20原則」では,「原則5:インフラ投資への社会配慮の統合」において,あらゆる人々の経済参加や社会包摂を可能にし,女性や児童等脆弱な状況にある人々の人権やニーズを尊重すべきことが定められている。日本はG20原則の普及・定着を積極的に訴え,国際社会の議論をリードしており,今後も同原則を推進することで「ビジネスと人権」が想定する諸課題の解決に寄与していく。

第3章 政府から企業への期待表明

1. 本行動計画では,政府が関係者の理解と協力の下に行う取組について記載したが,国内外において責任ある企業活動を推進していく上で,企業からの理解と協力を得ることは,特に重要と考えているところ,本項に企業への期待を表明する。

2. 政府は,その規模,業種等にかかわらず,日本企業が,国際的に認められた人権及び「労働における基本的な原則及び権利に関するILOの宣言」に述べられている基本的権利に関する原則を尊重し,「指導原則」その他の関連する国際的なスタンダードを踏まえ,人権デュー・ディリジェンスのプロセスを導入することを期待する。また,日本企業が効果的な苦情処理の仕組みを通じて,問題解決を図ることを期待する。*9*

第4章 行動計画の実施・見直しに関する枠組み

1. 関係府省庁連絡会議を設け,各府省庁は関連する施策を実施する。

2. 行動計画の期間は令和2年度(2020年度)を初年度とし,令和7年度(2025年度)までの5年間とする。

3. 行動計画の実施状況を,毎年,関係府省庁連絡会議において確認する。また,その結果について,ステークホルダーと対話の機会を設ける。

4. 行動計画公表から3年後を目処に,関係府省庁連絡会議において,5年後の見直しに向けて,関連する国際的な動向及び日本企業の取組状況について,意見交換を行う。その結果について,ステークホルダーと対話の機会を設ける。

5. 行動計画公表から5年後に,関係府省庁連絡会議において,行動計画の見直しを行う。その際,ステークホルダーの意見を聴取する。

(了)


{*1* ILO駐日事務所「多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言(第5版(2017年))」(https://www.ilo.org/wcmsp5/groups/public/---asia/---ro-bangkok/---ilo-tokyo/documents/publication/wcms_577671.pdf)}

{*2* 外務省「ビジネスと人権に関する指導原則:国連「保護,尊重及び救済」枠組みの実施(仮訳)」(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000062491.pdf)}

{*3* 外務省「持続可能な開発のための2030アジェンダ(仮訳)」(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000101402.pdf)パラグラフ67}

{*4* 外務省「G7エルマウ・サミット首脳宣言(仮訳)」(責任あるサプライチェーン)(https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/ec/page4_001244.html)}

{*5* 外務省「G20ハンブルグ・サミット首脳宣言(仮訳)」(持続可能なグローバル・サプライ・チェーン)(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000271331.pdf)}

{*6* 外務省,OECD東京センター「OECD多国籍企業行動指針(2011年)(仮訳)」(https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/csr/pdfs/takoku_ho.pdf)第4章}

{*7* SDGs推進本部「拡大版SDGsアクションプラン2018」(https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/pdf/action_plan_2018.pdf),「SDGsアクションプラン2019」(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sdgs/pdf/actionplan2019.pdf),「拡大版SDGsアクションプラン2019」(https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/pdf/actionplan2019.pdf)及び「SDGsアクションプラン2020」(https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/pdf/actionplan2020.pdf)}

{*8* 日本経済再生本部「未来投資戦略2018「Society5.0」「データ駆動型社会」への変革」(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/miraitousi2018_zentai.pdf)}

{*9* たとえば,「指導原則」においては,(1)人権を尊重する責任を果たすという企業方針によるコミットメント,(2)人権への影響を特定し,予防し,軽減し,対処方法を説明するための人権デュー・ディリジェンス手続,(3)企業が惹起し,又は寄与したあらゆる人権への悪影響からの救済を可能とする手続を設置するよう,企業に求めている。また,経団連は,「企業行動憲章実行の手引き」において,企業に対し,「人権を尊重する方針を明確にし,事業活動に反映する」具体例を提示している。}