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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日・ASEAN外相会議での高村外務大臣演説

[場所] シンガポール
[年月日] 1999年7月27日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

1.はじめに

 我が国とASEANとの協力関係は広がりと深みを増して進展しており、右を喜ばしく思います。特に2年前に発生したアジア経済危機に対しては、我が国とASEANがその相互依存関係を十分認識しつつ、危機を乗り越えるために一致して協力し、現在ではアジア経済に回復の兆しが見られるようになりました。ASEANは我が国にとって重要な政治・経済パートナーであり、その関係強化を図っていくことが我が国にとって重要な外交課題の1つとなっています。このスピーチでは日・ASEAN協力の強化に向けて我が国が重視している点をいくつか述べたいと思います。

2.ASEANの発展のための協力

 我が国は、今般設立以来の念願であるASEAN10を実現したことを契機として、東南アジア全体を包含する協力体となったASEANが、今後も更に域内協力を推進し、結束力を高め、発展していくことは、東南アジア、ひいてはアジアの平和、安定、繁栄に資するものと考えています。この観点から、我が国としての適切な支援を行っていく用意があります。

 昨年12月に策定された「ハノイ行動計画」は、ASEANの中期目標である「ASEANビジョン2020」実現のための6カ年計画であり、我が国は右計画実現に向けたASEANの取り組みを高く評価しています。我が国は、「ハノイ行動計画」プロジェクトの内、アジア経済危機から回復の兆しを見せているASEANが経済の本格的回復を果たし、それを安定的な発展に繋げていくために重要な課題について協力したいと考えており、たとえば、社会的弱者支援、人材育成、ヘイズ対策を始めとする環境、メコン河流域開発等の分野を重視します。具体的な協力のあり方は次回の日・ASEAN開発ラウンドテーブルにおいて協議したいと考えています。

 この点で、昨年の日・ASEAN首脳会議で小渕総理が提案した「ビジョン2020日・ASEAN協議会」は、「ハノイ行動計画」及び「ASEANビジョン2020」実現のための日・ASEAN協力について有識者レベルで議論する場として大きな意義を有しています。本協議会については、既に日・ASEAN間でコンセプト及び取り進め方について合意がなされ、第一会会合が10月中旬にハノイで開催される予定です。人選についても、今般我が国よりのメンバーとして、本件協議会の議長を含む6名が選定されたところです。

 また、経済発展段階の異なる国々が加盟したASEANにとって、域内の経済格差を縮小し、もってASEAN自由貿易地域(AFTA)、ASEAN投資地域(AIA)の早期実現目標を達成する等、域内協力を強化し、調和のとれた発展を目指していくことが課題となっています。こうした観点より、我が国は今後、各種経済・技術協力を推進するにあたり、市場経済を担う人材の育成等を目的とする人材協力センターの設置、マクロ経済分野をはじめとする各分野における経済政策策定・実施能力の向上や制度造りへの支援等を通して、ASEAN内の格差是正のための協力を強化していく方針です。

 更に、地域的な広がりを持つ計画やプロジェクトについても重視しており、特にメコン河流域開発については、ヴィエトナム、ミャンマー、カンボディア、ラオスのASEAN新規加盟4カ国の発展に資するプログラムであり、我が国は従来より力を入れています。特に「東西経済回廊」開発プロジェクトについては、その効果も大きいと考えられ、今後も更に積極的に協力していく方針です。その他地域的案件等、ASEAN諸国と協議の上、積極的に取り上げたいと考えます。

3.アジア・ビジョン実現のための日・ASEAN協力

 小渕総理は昨年末、ハノイで行われたASEANとの首脳会議に参加した際、アジア外交に関する政策演説を行い、21世紀のアジア・ビジョンとして「人間の尊厳に立脚した平和と繁栄の世紀」を提唱し、その実現のための日・ASEAN協力のイニシアティブを表明しました。このイニシアティブについては着実に実施がなされており、例えば新宮澤構想については300億ドルの資金支援の内、約3分の2が具体化した他、3年間で6000億円を上限とする特別円借款についてはASEAN関係各国に政府ミッションが派遣され、先般ヴィエトナムの2案件について、供与を実施する旨表明しました。更に我が国は、ASEAN10の実現により新しい時代に入り、今後も益々発展することが期待されるASEANとの協力関係を新たな段階に押し上げ、ASEANと共に「人間の尊厳に立脚した平和と繁栄の世紀」を実現したいと考えています。そのために、本日は「アジアの平和へのコミットメント」と「アジアの再生のための2つのフロンティア・スピリット」を提唱したいと思います。

(1)アジアの平和へのコミットメント

 我が国は、冷戦後も依然として不安定性と不確実性が存在するアジアにおいて、ASEAN10の実現は平和の実現という観点から勇気づけられる動きであると評価しており、ASEAN10をアジアにおける平和のパートナーとして位置づけ、アジアの平和と安定を確保していくために協力していきたいと考えています。特に我が国は、ASEANが政治体制や経済発展の違いを乗り越えて、多様性の中でも対話とハーモニーを尊重するASEANのスタイルで結束力を保持し、平和の地域の実現のためにたゆまぬ努力を払ってきたことを重視しており、ここでASEANと共に「対話とハーモニーの尊重に基づくアジアの平和へのコミットメント」を国際社会に向けて表明することを提案したいと思います。このコミットメントに基づき、我が国はASEANと首脳レベルから、防衛・安保対話といった実務者レベルに至るまで幅広いレベルで一層緊密な対話を行うことが重要であると考えます。また、ASEANのイニシアティブで始まったARFが、アジア・太平洋地域における唯一の政治・安全保障に関する対話・協力の場として更に役割を強化するため、今次ARFの成果も踏まえてASEANと共に協力していきたいと考えています。

(2)アジアの再生に向けた2つのフロンティア・スピリット

 21世紀のアジア・ビジョンの実現のためにはアジアが通貨・経済危機の影響を克服して、「アジアの再生」を図り、「元気なアジア」を取り戻すことが不可欠です。本日はアジアの再生のために、日本とASEANが、共に2つのフロンティア・スピリットを携えて、日・ASEANパートナーシップを新たに進めていくことを提唱したいと思います。

(イ)「モノ作りのためのフロンティア・スピリット」

 アジア経済危機の原因の一つは、アジア諸国が「モノ作り」の大切さを忘れ、国外からの短期資本を非効率な形で不動産投資等の非生産的な投資に投入し、バブル経済を発生させてしまったことにありました。そこでこのことを教訓とし、今こそアジアの経済発展を支えてきたアジアの「モノ作り」の能力を改めて重視し、産業協力、技術協力の分野で日・ASEAN協力を進めていきたいと考えています。特に製造業を支えている中小企業からなる裾野産業の育成が極めて重要であり、この分野で日本が協力できることは大きいと考えています。「モノ作り」は依然としてアジアの強さを発揮できる分野であり、民間レベルの協力に加え、専門家やボランティアの派遣等を通じて、この分野で日本とASEANが協力することにより、アジア経済の再生が図られることを期待しています。

(ロ)「情報ネットワーク構築と情報技術開発のためのフロンティア・スピリット」

 また、「モノづくり」の重視に加え、グローバリゼーションの波にあらわれているアジアにも将来到来するであろう高度情報化社会への対応も必要であり、ここで「情報ネットワーク構築と情報技術開発のためのフロンティア・スピリット」を提唱したいと思います。世界の情報技術の開発は日進月歩の早さで進んでおり、アジアもそうした流れに遅れをとらぬよう協力していかなければなりません。そこでこの分野を今後の日・ASEAN協力の新たな分野として、また、ASEANの域内協力の推進にあたってもかかるフロンティア・スピリットを発揮することが重要であると考えています。更に情報がグローバル化していく中で、世界的な情報の流れを正確・迅速に把握するのみならず、アジアの考えを世界に発信していくことが一層重要となってきており、情報発信力の強化をASEANと共に考えていきたいと思います。

 ASEANが「モノ作り」、「情報ネットワークの構築」及び「情報技術開発」を重視する姿勢は「ハノイ行動計画」にも表れており、日・ASEANパートナーシップをこうしたフロンティアに進めていくことは時宜にかなったことと言えましょう。この2つの分野における日・ASEAN協力のあり方については、日・ASEAN間の政府レベルの協議、「ビジョン2020日・ASEAN協議会」などの有識者レベルの知的対話、「アジア経済再生ミッション」においても取り上げられ、十分議論されることを期待しています。

4.結語

 アジアの21世紀を「人間の尊厳に立脚した平和と繁栄の世紀」とするために、我が国とASEANが果たすべき役割に対する期待は大きくなっています。こうしたことを認識して、ASEAN10実現後初めて開催されたこのPMCにおいて、我が国とASEANが、一刻も早いアジアの再生を実現し、「元気なアジア」を取り戻すために共同で努力することに合意したことを国際社会に示すことは大きな意義があると考えています。最後に我が国としてASEANとの協力関係の強化に最大限努力する所存であることを強調して、演説を締めくくりたいと思います。