データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 対中政策などに関する吉田よりダレス宛覚書,ダレス大使のためのメモ(対中政策などに関する吉田茂総理大臣よりジョン・フォスター・ダレス米国務長官顧問宛覚書)

[場所] 
[年月日] 1951年12月27日
[出典] 日本外交文書 サンフランシスコ平和条約 調印・発行,外務省編纂,外務省発行,外務省,平成21年1月30日発行,364-366頁.
[備考] 昭和26年12月27日,和訳文
[全文] 

対中政策などに関する吉田よりダレス宛覚書*1*

(和訳文)

(親展)

ダレス大使のためのメモ

 以下は、貴大使の最近の東京訪問の際わたくしが申し述べたことをあらためて記述したものである。

一、アメリカの最初の駐日大使

 トルーマン大統領は、平和条約の効力発生後最初の東京駐在の大使として適当な人の任命の問題を考慮中であると報ぜられている。駐日米国大使の地位の重要なることは、多言を要しない。日米間の外交関係の再開第一年において、特にしかりである。アメリカは、真に第一級の大使-世界的な名声と権威があり、高邁な識見あり理解あるステイツマン外交官を送つてくれるものと期待している。ところで、貴下は、わが国の現情も、必要とすることも、国民の感情なり希望なりも、最もよく知つておられる。アメリカ政府が日米双方の利益のために至大の重要性を有するこの地位につくべき適任者を求めるについて、できれば貴下から助言していただきたい。

二、米英両国の対中国政策の一本化

 往昔、中国における排外主義をよく抑え、また、一応の安寧、秩序を確保するをえしめたものは、列強の提携であつた。今日、意味は異なるが、やはり列強、特に英米両国の一致の必要が認められる。

 中国に関する目的及び政策において米英間に一致がなければ、日本政府として中国との関係をどのように進めて行くかをきめることは、不可能になつてくる。連合国による占領下においては、日本は、中国問題に正面から取り組む必要がない。サン・フランシスコでは、中国の代表の問題は、巧妙に回避された。しかし、独立国としての日本は、独自の中国政策をもたざるをえないであろう。

 現在のワシントンとロンドンの間における中国問題に関する見解の相違は、日本に一つのディレマを投げかけるものである。ひとたびこの両大国がひとつの明確な政策に一致するならば、われわれとしては、自身の希望や利害は差措いて、進んでこれに同調し、全体主義的圧制と奴隷化を事とする勢力に対する自由諸国の共同戦線の強化に資するであろう。明年一月の米英両国の最高首脳会談がわれわれのディレマに対する回答を与えんことを希望する。

三、共産中国に対する逆滲透

 アメリカは、共産主義の進出を抑えるためにロシア及び中国の国境に沿つて防衛線を築くことに懸命である。しかし、軍備だけでは、せいぜい赤の軍事的侵略を防ぐことができるだけのことである。共産主義思想の眼に見えない侵入を防止するわけには行かない。クレムリンが自由諸国を武力で征服する前の準備工作として、まず不平不満を醸成し、思想の上でこれを征服するために、自由諸国に人と金を注ぎ込んでいることは、周知のところである。中国に対して、こちらから逆に滲透戦術を試みてはどうか。

 われわれは、中国の事態が鉄のカーテンの背後でどうなっているか、なにも知らない。また、このカーテンの外に、軍備の垣をめぐらすだけでは、これをどうしようもないわけである。

 共産主義の教化の仕方の組織化された熟練さ、残虐性、暴力性にもかかわらず、共産主義が中国人の精神を征服し、中国人固有の個人主義を払拭してしまつたとは考えられない。「アメリカの声」なる放送は、中国民の間にくすぶつている忿懣を持ち続けさせ、自由への願望の焔をあふるに役立つているでもあろう。しかし、中国民の只中に人を送り込んで、中国のあちこちに反共運動を起こすのを助けさせたらどうか。かかる逆滲透によつて、中国の交通(ママ)をサボタージュし、阻害し、ひいて、いつの日にか、かのにくむべき圧制を顚覆するための地ならしをすることもできる。

 日本は、中国に地理的に近接していること、また、両国の間の文化上、言語上の結付き、個人的な繋がりの故に、他の中国関係のことにおけると同様、この面においても重要な役割を演ずべき地位にある。わたくしは、中国の逆滲透は、試みるに値することであると信ずる。

東京

一九五一年十二月二十七日

{*1* 本文書のダレス大使への伝達は、12月28日付吉田総理よりリッジウェイ(Matthew B.Ridgway)連合国最高司令官宛書簡によって依頼された。}