[文書名] 平成8年度以降に係る防衛計画の大綱
I 策定の趣旨
1 我が国は、国の独立と平和を守るため、日本国憲法の下、紛争の未然防止や解決の努力を含む国際政治の安定を確保するための外交努力の推進、内政の安定による安全保障基盤の確立、日米安全保障体制の堅持及び自らの適切な防衛力の整備に努めてきたところである。
2 我が国は、かかる方針の下、昭和51年、安定化のための努力が続けられている国際情勢及び我が国周辺の国際政治構造並びに国内諸情勢が当分の間大きく変化しないという前提に立ち、また、日米安全保障体制の存在が国際関係の安定維持等に大きな役割を果たし続けると判断し、「防衛計画の大綱」(昭和51年10月29日国防会議及び閣議決定。以下「大綱」という。)を策定した。爾来、我が国は、大綱に従って防衛力の整備を進めてきたが、我が国の着実な防衛努力は、日米安全保障体制の存在及びその円滑かつ効果的な運用を図るための努力と相まって、我が国に対する侵略の未然防止のみならず、我が国周辺地域の平和と安定の維持に貢献している。
3 大綱策定後約20年が経過し、冷戦の終結等により米ソ両国を中心とした東西間の軍事的対峙の構造が消滅するなど国際情勢が大きく変化するとともに、主たる任務である我が国の防衛に加え、大規模な災害等への対応、国際平和協力業務の実施等より安定した安全保障環境の構築への貢献という分野においても、自衛隊の役割に対する期待が高まってきていることにかんがみ、今後の我が国の防衛力の在り方について、ここに「平成8年度以降に係る防衛計画の大綱」として、新たな指針を示すこととする。
4 我が国としては、日本国憲法の下、この指針に従い、日米安全保障体制の信頼性の向上に配意しつつ、防衛力の適切な整備、維持及び運用を図ることにより、我が国の防衛を全うするとともに、国際社会の平和と安定に資するよう努めるものとする。
II 国際情勢
この新たな指針の策定に当たって考慮した国際情勢のすう勢は、概略次のとおりである。
1 最近の国際社会においては、冷戦の終結等に伴い、圧倒的な軍事力を背景とする東西間の軍事的対峙の構造は消滅し、世界的な規模の武力紛争が生起する可能性は遠のいている。他方、各種の領土問題は依然存続しており、また、宗教上の対立や民族問題等に根ざす対立は、むしろ顕在化し、複雑で多様な地域紛争が発生している。さらに、核を始めとする大量破壊兵器やミサイル等の拡散といった新たな危険が増大するなど、国際情勢は依然として不透明・不確実な要素をはらんでいる。
2 これに対し、国家間の相互依存関係が一層進展する中で、政治、経済等の各分野において国際的な協力を推進し、国際関係の一層の安定化を図るための各般の努力が継続されており、各種の不安定要因が深刻な国際問題に発展することを未然に防止することが重視されている。安全保障面では、米ロ間及び欧州においては関係諸国間の合意に基づく軍備管理・軍縮が引き続き進展しているほか、地域的な安全保障の枠組みの活用、多国間及び二国間対話の拡大や国際連合の役割の充実へ向けた努力が進められている。
主要国は、大規模な侵略への対応を主眼としてきた軍事力について再編・合理化を進めるとともに、それぞれが置かれた戦略環境等を考慮しつつ、地域紛争等多様な事態への対応能力を確保するため、積極的な努力を行っている。この努力は、国際協調に基づく国際連合等を通じた取組と相まって、より安定した安全保障環境を構築する上でも重要な要素となっている。このような中で、米国は、その強大な力を背景に、引き続き世界の平和と安定に大きな役割を果たし続けている。
3 我が国周辺地域においては、冷戦の終結やソ連の崩壊といった動きの下で極東ロシアの軍事力の量的削減や軍事態勢の変化がみられる。他方、依然として核戦力を含む大規模な軍事力が存在している中で、多数の国が、経済発展等を背景に、軍事力の拡充ないし近代化に力を注いでいる。また、朝鮮半島における緊張が継続するなど不透明・不確実な要素が残されており、安定的な安全保障環境が確立されるには至っていない。このような状況の下で、我が国周辺地域において、我が国の安全に重大な影響を与える事態が発生する可能性は否定できない。しかしながら、同時に、二国間対話の拡大、地域的な安全保障への取組等、国家間の協調関係を深め、地域の安定を図ろうとする種々の動きがみられる。
日米安全保障体制を基調とする日米両国間の緊密な協力関係は、こうした安定的な安全保障環境の構築に資するとともに、この地域の平和と安定にとって必要な米国の関与と米軍の展開を確保する基盤となり、我が国の安全及び国際社会の安定を図る上で、引き続き重要な役割を果たしていくものと考えられる。
III 我が国の安全保障と防衛力の役割
(我が国の安全保障と防衛の基本方針)
1 我が国は、日本国憲法の下、外交努力の推進及び内政の安定による安全保障基盤の確立を図りつつ、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とならないとの基本理念に従い、日米安全保障体制を堅持し、文民統制を確保し、非核三原則を守りつつ、節度ある防衛力を自主的に整備してきたところであるが、かかる我が国の基本方針は、引き続きこれを堅持するものとする。
(防衛力の在り方)
2 我が国はこれまで大綱に従って、防衛力の整備を進めてきたが、この大綱は、我が国に対する軍事的脅威に直接対抗するよりも、自らが力の空白となって我が国周辺地域における不安定要因とならないよう、独立国としての必要最小限の基盤的な防衛力を保有するという「基盤的防衛力構想」を取り入れたものである。この大綱で示されている防衛力は、防衛上必要な各種の機能を備え、後方支援体制を含めてその組織及び配備において均衡のとれた態勢を保有することを主眼としたものであり、我が国の置かれている戦略環境、地理的特性等を踏まえて導き出されたものである。
このような基盤的な防衛力を保有するという考え方については、国際情勢のすう勢として、不透明・不確実な要素をはらみながら国際関係の安定化を図るための各般の努力が継続されていくものとみられ、また、日米安全保障体制が我が国の安全及び周辺地域の平和と安定にとって引き続き重要な役割を果たし続けるとの認識に立てば、今後ともこれを基本的に踏襲していくことが適当である。
一方、保有すべき防衛力の内容については、冷戦の終結等に伴い、我が国周辺諸国の一部において軍事力の削減や軍事態勢の変化がみられることや、地域紛争の発生や大量破壊兵器の拡散等安全保障上考慮すべき事態が多様化していることに留意しつつ、その具体的在り方を見直し、最も効率的で適切なものとする必要がある。また、その際、近年における科学技術の進歩、若年人口の減少傾向、格段に厳しさを増している経済財政事情等に配意しておかなければならない。
また、自衛隊の主たる任務が我が国の防衛であることを基本としつつ、内外諸情勢の変化や国際社会において我が国の置かれている立場を考慮すれば、自衛隊もまた、社会の高度化や多様化の中で大きな影響をもたらし得る大規模な災害等の各種の事態に対して十分に備えておくとともに、より安定した安全保障環境の構築に向けた我が国の積極的な取組において、適時適切にその役割を担っていくべきである。
今後の我が国の防衛力については、こうした観点から、現行の防衛力の規模及び機能について見直しを行い、その合理化・効率化・コンパクト化を一層進めるとともに、必要な機能の充実と防衛力の質的な向上を図ることにより、多様な事態に対して有効に対応し得る防衛力を整備し、同時に事態の推移にも円滑に対応できるように適切な弾力性を確保し得るものとすることが適当である。
(日米安全保障体制)
3 米国との安全保障体制は、我が国の安全の確保にとって必要不可欠なものであり、また、我が国周辺地域における平和と安定を確保し、より安定した安全保障環境を構築するためにも、引き続き重要な役割を果たしていくものと考えられる。
こうした観点から、日米安全保障体制の信頼性の向上を図り、これを有効に機能させていくためには、(1)情報交換、政策協議等の充実、(2)共同研究並びに共同演習・共同訓練及びこれらに関する相互協力の充実等を含む運用面における効果的な協力態勢の構築、(3)装備・技術面での幅広い相互交流の充実並びに(4)在日米軍の駐留を円滑かつ効果的にするための各種施策の実施等に努める必要がある。
また、このような日米安全保障体制を基調とする日米両国間の緊密な協力関係は、地域的な多国間の安全保障に関する対話・協力の推進や国際連合の諸活動への協力等、国際社会の平和と安定への我が国の積極的な取組に資するものである。
(防衛力の役割)
4 今後の我が国の防衛力については、上記の認識の下に、以下のとおり、それぞれの分野において、適切にその役割を果たし得るものとする必要がある。
(1) 我が国の防衛
ア 周辺諸国の軍備に配意しつつ、我が国の地理的特性に応じ防衛上必要な機能を備えた適切な規模の防衛力を保有するとともに、これを最も効果的に運用し得る態勢を築き、我が国の防衛意思を明示することにより、日米安全保障体制と相まって、我が国に対する侵略の未然防止に努めることとする。
核兵器の脅威に対しては、核兵器のない世界を目指した現実的かつ着実な核軍縮の国際的努力の中で積極的な役割を果たしつつ、米国の核抑止力に依存するものとする。
イ 間接侵略事態又は侵略につながるおそれのある軍事力をもってする不法行為が発生した場合には、これに即応して行動し、早期に事態を収拾することとする。
直接侵略事態が発生した場合には、これに即応して行動しつつ、米国との適切な協力の下、防衛力の総合的・有機的な連用を図ることによって、極力早期にこれを排除することとする。
(2) 大規模災害等各種の事態への対応
ア 大規模な自然災害、テロリズムにより引き起こされた特殊な災害その他の人命又は財産の保護を必要とする各種の事態に際して、関係機関から自衛隊による対応が要請された場合などに、関係機関との緊密な協力の下、適時適切に災害救援等の所要の行動を実施することとし、もって民生の安定に寄与する。
イ 我が国周辺地域において我が国の平和と安全に重要な影響を与えるような事態が発生した場合には、憲法及び関係法令に従い、必要に応じ国際連合の活動を適切に支持しつつ、日米安全保障体制の円滑かつ効果的な運用を図ること等により適切に対応する。
(3) より安定した安全保障環境の構築への貢献
ア 国際平和協力業務の実施を通じ、国際平和のための努力に寄与するとともに、国際緊急援助活動の実施を通じ、国際協力の推進に寄与する。
イ 安全保障対話・防衛交流を引き続き推進し、我が国の周辺諸国を含む関係諸国との間の信頼関係の増進を図る。
ウ 大量破壊兵器やミサイル等の拡散の防止、地雷等通常兵器に関する規制や管理等のために国際連合、国際機関等が行う軍備管理・軍縮分野における諸活動に対し協力する。
IV 我が国が保有すべき防衛力の内容
IIIで述べた我が国の防衛力の役割を果たすための基幹として、陸上、海上及び航空自衛隊において、それぞれ1に示される体制を維持し、2及び3に示される態勢等を保持することとする。
1 陸上、海上及び航空自衛隊の体制
(1) 陸上自衛隊
ア 我が国の領域のどの方面においても、侵略の当初から組織的な防衛行動を迅速かつ効果的に実施し得るよう、我が国の地理的特性等に従って均衡をとって配置された師団及び旅団を有していること。
イ 主として機動的に運用する各種の部隊を少なくとも1個戦術単位有していること。
ウ 師団等及び重要地域の防空に当たり得る地対空誘導弾部隊を有していること。
エ 高い練度を維持し、侵略等の事態に迅速に対処し得るよう、部隊等の編成に当たっては、常備自衛官をもって充てることを原則とし、一部の部隊については即応性の高い予備自衛官を主体として充てること。
(2) 海上自衛隊
ア 海上における侵略等の事態に対応し得るよう機動的に運用する艦艇部隊として、常時少なくとも1個護衛隊群を即応の態勢で維持し得る1個護衛艦隊を有していること。
イ 沿岸海域の警戒及び防備を目的とする艦艇部隊として、所定の海域ごとに少なくとも1個護衛隊を有していること。
ウ 必要とする場合に、主要な港湾、海峡等の警戒、防備及び掃海を実施し得るよう、潜水艦部隊、回転翼哨戒機部隊及び掃海部隊を有していること。
エ 周辺海域の監視哨戒等の任務に当たり得る固定翼哨戒機部隊を有していること。
(3) 航空自衛隊
ア 我が国周辺のほぼ全空域を常時継続的に警戒監視するとともに、必要とする場合に警戒管制の任務に当たり得る航空警戒管制部隊を有していること。
イ 領空侵犯及び航空侵攻に対して即時適切な措置を講じ得る態勢を常時継続的に維持し得るよう、戦闘機部隊及び地対空誘導弾部隊を有していること。
ウ 必要とする場合に、着上陸侵攻阻止及び対地支援の任務を実施し得る部隊を有していること。
エ 必要とする場合に、航空偵察、航空輸送等の効果的な作戦支援を実施し得る部隊を有していること。
2 各種の態勢
自衛隊が以下の態勢を保持する際には、自衛隊の任務を迅速かつ効果的に遂行するため、統合幕僚会議の機能の充実等による各自衛隊の統合的かつ有機的な運用及び関係各機関との間の有機的協力関係の推進に特に配意する。
(1) 侵略事態等に対応する態勢
ア 日米両国間における各種の研究、共同演習・共同訓練等を通じ、日米安全保障体制の信頼性の維持向上に努めるとともに、直接侵略事態が発生した場合、各種の防衛機能を有機的に組み合わせることにより、その態様に即応して行動し、有効な能力を発揮し得ること。
イ 間接侵略及び軍事力をもってする不法行為が発生した場合には、これに即応して行動し、適切な措置を講じ得ること。
ウ 我が国の領空に侵入した航空機又は侵入するおそれのある航空機に対し、即時適切な措置を講じ得ること。
(2) 災害救援等の態勢
国内のどの地域においても、大規模な災害等人命又は財産の保護を必要とする各種の事態に対して、適時適切に災害救援等の行動を実施し得ること。
(3) 国際平和協力業務等の実施の態勢
国際社会の平和と安定の維持に資するため、国際平和協力業務及び国際緊急援助活動を適時適切に実施し得ること。
(4) 警戒、情報及び指揮通信の態勢
情勢の変化を早期に察知し、機敏な意思決定に資するため、常時継続的に警戒監視を行うとともに、多様な情報収集手段の保有及び能力の高い情報専門家の確保を通じ、戦略情報を含む高度の情報収集・分析等を実施し得ること。
また、高度の指揮通信機能を保持し、統合的な観点も踏まえて防衛力の有機的な運用を迅速かつ適切になし得ること。
(5) 後方支援の態勢
各種の事態への対処行動等を効果的に実施するため、輸送、救難、補給、保守整備、衛生等の各後方支援分野において必要な機能を発揮し得ること。
(6) 人事・教育訓練の態勢
適正な人的構成の下に、厳正な規律を保持し、各自衛隊・各機関相互間及び他省庁・民間との交流の推進等を通じ、高い士気及び能力並びに広い視野を備えた隊員を有し、組織全体の能力を発揮し得るとともに、国際平和協力業務等の円滑な実施にも配意しつつ、隊員の募集、処遇、人材育成・教育訓練等を適切に実施し得ること。
3 防衛力の弾力性の確保
防衛力の規模及び機能についての見直しの中で、養成及び取得に長期間を要する要員及び装備を、教育訓練部門等において保持したり、即応性の高い予備自衛官を確保することにより、事態の推移に円滑に対応できるように適切な弾力性を確保することとする。
主要な編成、装備等の具体的規模は、別表のとおりとする。
{別表は省略}
V 防衛力の整備、維持及び運用における留意事項
1 各自衛隊の体制等IVで述べた防衛力を整備、維持及び運用することを基本とし、その具体的実施に際しては、次の諸点に留意してこれを行うものとする。
なお、各年度の防衛力の具体的整備内容のうち、主要な事項の決定に当たっては、安全保障会議に諮るものとする。
(1) 経済財政事情等を勘案し、国の他の諸施策との調和を図りつつ、防衛力の整備、維持及び運用を行うものとする。その際、格段に厳しさを増している財政事情を踏まえ、中長期的な見通しの下に経費配分を適切に行うことにより、防衛力全体として円滑に十全な機能を果たし得るように特に配意する。
(2) 関係地方公共団体との緊密な協力の下に、防衛施設の効率的な維持及び整備並びに円滑な統廃合の実施を推進するため、所要の態勢の整備に配意するとともに、周辺地域とのより一層の調和を図るための諸施策を実施する。
(3) 装備品等の整備に当たっては、緊急時の急速取得、教育訓練の容易性、装備の導入に伴う後年度の諸経費を含む費用対効果等についての総合的な判断の下に、調達価格等の抑制を図るための効率的な調達補給態勢の整備に配意して、その効果的な実施を図る。
その際、適切な国産化等を通じた防衛生産・技術基盤の維持に配意する。
(4) 技術進歩のすう勢に対応し、防衛力の質的水準の維持向上に資するため、技術研究開発の態勢の充実に努める。
2 将来情勢に重要な変化が生じ、防衛力の在り方の見直しが必要になると予想される場合には、その時の情勢に照らして、新たに検討するものとする。
{III‐3の(1)(2)(3)(4)は本文中ではマル1、マル2、マル3、マル4}