[文書名] 開発協力大綱 〜自由で開かれた世界の持続可能な発展に向けた日本の貢献〜
I 基本的考え方
1 策定の趣旨・背景
(1)国際社会は歴史的な転換期にあり、複合的危機に直面している。気候変動、感染症を始めとする地球規模課題は深刻化し、多くの開発途上国は経済成長の減速と国内外の経済格差に見舞われている。同時に、パワーバランスの変化と地政学的競争の激化の中、武力の行使による一方的な現状変更を加える行動が生じるなど、自由で開かれた国際秩序及び多国間主義は重大な挑戦にさらされ、国際社会の分断のリスクは深刻化している。これは、多くの開発途上国にとって更なる打撃となり、エネルギー・食料危機、インフレ、債務危機、人道危機とも相まった複合的危機を生み出している。今やグローバリゼーションと相互依存が国際社会の平和と発展につながるという考えの限界がますます明らかになった。
(2)拡大する経済格差等に起因する開発途上国の不満も、国内、さらには国家間の関係に新たな緊張をもたらしている。多くの開発途上国は地政学的競争に巻き込まれることを回避しようとしているが、一部には自由で開かれた国際秩序に挑戦する動きに同調する国もある。このように、世界各地の様々なリスクが我が国を含む世界全体に直接的な悪影響を及ぼす中、自由で開かれた秩序の下で、平和で安定し、繁栄した国際社会を構築していくことは、我が国の国益に直結している。
(3)今日、国際社会は、複合的危機の克服のため、価値観の相違、利害の衝突等を乗り越えて協力することをかつてないほど求められている。持続可能な開発目標(SDGs)や気候変動に関するパリ協定といった国際的な協力による開発課題の進展への期待が動揺している今こそ、我が国は、平和国家、そして責任ある主要国として、「人間の安全保障」の理念に基づき、こうした国際的な協力を牽引すべき立場にある。国際関係において対立と協力の様相が複雑に絡み合う中、我が国の外交的取組の中でも開発協力が果たす役割は格別の重要性を有している。
(4)開発資金のニーズは膨大である。新興ドナー国の台頭は、資金需要への一定の補完となる一方で、債務持続可能性への配慮が十分でない借款供与等により一部の開発途上国で債務問題が発生する等、開発途上国の自立的・持続的成長につながらない支援も見られている。開発途上国の自立的・持続的成長のため、国際社会全体が、透明かつ公正なルールに基づいた協調的な開発協力を展開することが求められている。また、開発途上国への民間資金の流入が政府開発援助(ODA)を始めとする公的資金を大きくしのぎ、民間企業、市民社会、国際機関等の多様なアクターが重要な役割を果たしている中で、これらのアクターとの連携や新たな資金動員に向けた取組もより重要になっている。(5)こうした歴史的な転換期にあって、開発協力が果たすべき役割、開発課題やその手法にも変化が生じている。そのため、2022年12月に策定された国家安全保障戦略(令和4年12月16日閣議決定)も踏まえ、2015年の開発協力大綱を改定し、我が国の外交の最も重要なツールの一つである開発協力を一層効果的・戦略的に活用する。
(6)本大綱は以下のとおり構成される。まず、我が国の開発協力の目的と我が国の開発協力がよって立つ基本方針を示す。次に、開発協力が取り組むべき重点政策を示す。その上で、開発協力の効果的・戦略的実施のために我が国がとるべきアプローチ、適正性確保のための原則、実施体制・基盤について示す。
(7)なお、本大綱上、開発協力とは「開発途上地域の開発を主たる目的とする政府及び政府関係機関による国際協力活動」を指すものとし、平和構築やガバナンス、基本的人権の推進、人道支援等も含む広い概念として扱う。その上で、ODAとその他公的資金(OOF)や民間資金(PF)との連携を強化し、開発のための相乗効果を高めていく。
2 開発協力の目的
(1)我が国は、1954年にコロンボ・プランに加盟して以降、一貫して国際社会の平和と繁栄を希求し開発協力に取り組んできた。我が国自身、第二次世界大戦後に国際社会からの支援も受けて復興を遂げ、高度経済成長を実現した。我が国は、その過程で得た知見・経験・技術・教訓を活かし、特色ある協力によって開発途上国の発展の土台の形成を後押しするとともに、地球規模課題の解決、そして国境を越えた円滑な経済・社会活動の国際環境づくりに取り組んできた。こうした約70年にわたる歩みは、責任ある主要国としての我が国の在り方を体現するものであり、我が国の信頼とソフトパワーの強化につながってきた。
(2)また、我が国が開発協力を通じて開発途上国の安定と発展に貢献し、平和で安定し、繁栄した国際社会の構築に取り組んできたことは、国際社会の一員として生きる我が国の国民の生活を守り、繁栄を実現することにもつながってきた。
(3)今日の複合的危機の時代においては、我が国のみで様々な課題に対処することはできず、開発途上国とも協力し、開発課題や複雑化・深刻化する地球規模課題に共に対処していくことは、責任ある主要国としての我が国の責任でもある。そして法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の下、平和で安定し、繁栄した国際社会を開発途上国と共に築いていくこと、その中で、より多くの国との間で信頼関係を粘り強く構築していくことは、とりもなおさず我が国自身の国益の増進につながる。
(4)上記を踏まえ、我が国の開発協力の目的を以下に示す。
ア 開発途上国との対等なパートナーシップに基づき、開発途上国の開発課題や人類共通の地球規模課題の解決に共に対処し、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の下、平和で安定し、繁栄した国際社会の形成に一層積極的に貢献すること。
イ 同時に、我が国及び世界にとって望ましい国際環境を創出し、信頼に基づく対外関係の維持・強化を図りつつ、我が国と国民の平和と安全を確保し、経済成長を通じて更なる繁栄を実現するといった我が国の国益の実現に貢献すること。
(5)その際、開発協力が国民の税金を原資とする点や開発協力が上記の目的を果たす上でいかなる効果を上げたかという点を強く意識し、世界と日本にとってより望ましい国際環境を創出していくため、外交の最も重要なツールの一つである開発協力を一層戦略的、効果的かつ持続的に実施していく。
3 基本方針
我が国が長年の開発協力の歴史の中で培ってきた哲学と手法を踏まえ、これらを更に発展させるため、我が国の開発協力がよって立つ4つの基本方針を以下に示す。
(1)平和と繁栄への貢献
非軍事的協力によって開発途上国の開発課題や人類共通の地球規模課題の解決に貢献してきた我が国の開発協力は、国際社会の平和と繁栄を誠実に希求する平和国家としての我が国に最もふさわしい国際貢献の一つである。我が国は引き続きこれを堅持し、国際社会の平和と繁栄の確保に積極的に貢献する。
(2)新しい時代の「人間の安全保障」
ア 一人ひとりが恐怖と欠乏から免れ、尊厳を持って幸福に生きることができるよう、国・社会づくりを進めるという人間の安全保障の考え方は、人間の持つ崇高な理想・理念を体現する我が国の在り方の基本であって、自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配といった価値に通じるものでもある。我が国は、引き続き、人間の安全保障を我が国のあらゆる開発協力に通底する指導理念に位置付ける。
イ 新しい時代に対応する人間の安全保障を実現するためには、保健・栄養・教育を含む分野における個人の保護と能力強化といった「人への投資」、人間中心の開発を通じた強靭かつ回復力に富んだ国・社会づくりが引き続き重要である。加えて、複合的危機の時代においては、諸課題がますます複雑に絡み合うようになっており、多様な主体が共通の目標のため連帯して取組を進めることが不可欠である。我が国は、個人の保護と能力強化、そして、様々な主体の連帯を新しい時代の「人間の安全保障」の柱とし、人間の主体性を中心に置いた開発協力を行っていく。
(3)開発途上国との対話と協働を通じた社会的価値の共創
ア 開発途上国の自助努力に対する支援を通じた自立的発展を目指し、現場主義に基づいた対話と協働により相手国に合ったものを共に粘り強く作り上げていく精神、及びその中で対等に学び合う双方向の関係を築いていく姿勢は、我が国の開発協力の良き伝統である。
イ 明確な解決策が見つかっていない新たな課題が山積する現在の複合的危機の時代においては、相手国を中核に置いた上で、様々な主体を巻き込み、それぞれが対等なパートナーシップの下で、互いの強みを持ち寄り、対話・協働することにより新たな解決策を共に創り上げていくことが必要である。我が国は、これまでの自助努力支援、対話と協働の伝統を活かし、こうした「共創」により、新たな価値を生み出していくことを目指す。
ウ また、こうして生み出した新たな解決策や社会的価値を我が国にも環流させること、こうした取組の中で、我が国と開発途上国の次世代を担う人材を育てていくことにより、我が国自身が直面する経済・社会課題解決や経済成長にもつなげることを目指す。
(4)包摂性、透明性及び公正性に基づく国際的なルール・指針の普及と実践の主導
我が国の開発協力は、包摂性、透明性及び公正性を一貫して重視している。複合的な課題に対し、様々な主体が連携しながら取り組む上では、開発協力の関係者の共通の基盤となるルール・指針が不可欠である。国際社会として協調して課題解決に取り組むべく、我が国は、包摂性、透明性及び公正性に基づく開発協力のルール・指針の普及や実践を主導するとともに、そうしたルール等に基づく協力を展開する。これにより、債務の罠や経済的威圧を伴わず、開発途上国の自立性・持続性を損なうことのない協力を実現していく。
II 重点政策
我が国の開発協力は、以下の重点政策に取り組む。これらの重点政策を、相互関連性に留意しつつ、効果的・戦略的・機動的に実施するため、地域別・国別開発協力方針を別途定める。
1 新しい時代の「質の高い成長」とそれを通じた貧困撲滅
(1)我が国はこれまで、「国づくりは人づくり」という考え方の下、きめ細かな人づくり、質の高いインフラの整備、法制度構築等を行い、民間部門の成長等を通じた経済成長を実現すること、そして、その成長を、「質の高い成長」とすることにより、最も基本的な開発課題である貧困撲滅を持続可能な形で解決し、一人ひとりが尊厳をもって、幸福に生きられる豊かな社会を実現することを目指してきた。「質の高い成長」とは、成長の果実が社会全体に行き渡り、誰ひとり取り残さない「包摂性」、世代を超えた経済・社会・環境が調和する「持続可能性」、自然災害や経済危機等の様々なショックへの耐性及び回復力に富んだ「強靭性」を兼ね備えた成長である。
(2)複合的危機の時代において、「質の高い成長」は、以下に示すとおり、ますます重要になってきている。
ア 包摂性:感染症、紛争、大規模災害等により、世界の貧困人口は増加に転じるとともに、一部の国では格差の拡大や人道状況の悪化が見られており、難民・避難民、こども、女性やマイノリティ等脆弱層への支援が一層求められている。
イ 持続可能性:気候変動対策、海洋・生物多様性等の豊かな地球環境、エネルギー・食料の安定供給等の持続可能性が一層課題となっている。同時に、対外債務残高の増加や特定国への依存等による債務持続可能性の悪化もより深刻な課題になっている。
ウ 強靭性:サプライチェーンの脆弱性によって、医療、食料価格、工業生産等の多様な分野で負の影響が生じ得ることが明らかになり、経済面での自由で開かれた国際秩序の強靭性向上や経済の多角化等による国内経済の強靭化が一層課題となっている。激甚化する自然災害に対しても強靭性が必要である。
(3)上記を踏まえ、我が国は、経済成長の基礎及び原動力を確保する協力と人々の基礎的生活を支える人間中心の開発のための協力の双方を行うことにより、「質の高い成長」とそれを通じた貧困撲滅に取り組む。その際、複合的危機の時代における開発課題の変化を踏まえ、特に以下の分野における取組を強化する。
ア 食料・エネルギー安全保障など経済社会の自律性・強靭性の強化:開発途上国の経済社会の自律性・強靭性の強化の観点から、サプライチェーンの強靭化・多様化や経済の多角化、資源の持続的供給、技術の育成・保護、投資環境整備、食料増産、栄養改善等のための協力を推進する。特に、サプライチェーンの強靭化・多様化や重要鉱物資源の持続可能な開発、食料の安定供給・確保は、開発途上国の持続的成長のみならず、我が国にとっても重要であり、供給先の多角化や人材育成・法制度整備、周辺インフラ整備等の支援に積極的に取り組んでいく。
イ デジタル:デジタルトランスフォーメーション(DX)は、あらゆる開発課題に直結しており、「質の高い成長」を達成する鍵となる。信頼性のある自由なデータ流通(DFFT)を促進するとともに、データ利活用促進やデジタル技術の社会実装を通じた課題解決に取り組む。同時に、デジタル格差やデジタル技術の発展による脆弱性(サイバーセキュリティ)にも対応していく。
ウ 質の高いインフラ:開発途上国においては依然として膨大なインフラ需要がある。我が国は、海上・航空等の安全管理、防災・強靭化技術、気候変動・環境の対応に資する都市開発、安全・安心の交通システム、電力・エネルギーインフラや水供給等に強みを有する。これらの強みを活かして相手国の社会課題解決につなげるため、インフラ整備と制度整備、運営・維持管理への関与、人材育成等による連結性といったソフト面での協力を組み合わせることにより、透明性、開放性、ライフサイクルコストから見た経済性、債務持続可能性等を兼ね備えた「質の高いインフラ」の整備を推進する。その際、民間企業の円滑な事業展開を適切に支援していく。
2 平和・安全・安定な社会の実現、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化
(1)開発途上国において平和で安全な、かつ、安定した社会を実現すること、及び法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を維持・強化することは、開発途上国の「質の高い成長」を実現する上での前提である。
(2)しかし近年、開発途上国では、地政学的な緊張に伴う平和と安定の問題の再燃、民主化・人権擁護に逆行する動き、海賊やテロの発生等により、平和で安全な、安定した社会が脅かされている。こうした脅威は、長年の開発努力を一瞬で無に帰し得るものである。「人間の安全保障」の実現に向け、我が国は紛争や不安定の様々な要因に包括的に対処するとともに、人道・開発・平和の連携(ネクサス)に留意しつつ、切れ目のない平和構築支援を行う。その際、状況に応じ、国際連合平和維持活動(PKO)等の国際平和協力活動とも連携する。また、海上保安能力の向上を始めとする法執行機関の能力強化、テロ・海賊対策等の海洋安全保障を含む、社会の安全・安定の確保のための支援を行う。さらに、各国における法の支配の確立、グッドガバナンスの実現、民主化の促進・定着、基本的人権の尊重等のため、法令の起草支援や制度整備支援、人材育成等の法制度整備支援を行う。透明かつ公正な開発金融等のルールの普及と実践等に資する取組も強化していく。さらに、自然災害等の緊急事態に際しては、国際緊急援助を含め、迅速かつ効果的な緊急人道支援を行う。
(3)加えて、国際社会の分断を防ぎ、より大きな市場を作り、経済発展の果実を多くの国で共有していく上でも、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序と多国間主義を国際社会の共通の土台としていく努力は、重要性を増している。この観点から、特に、自由で開かれたインド太平洋(FOIP)のビジョンの下、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化に取り組むとともに、開発途上国がそれに主体的に関与し、力や威圧の影響を受けず、その果実を享受できるようにするための協力を行う。
3 複雑化・深刻化する地球規模課題への国際的取組の主導
(1)感染症や気候変動等、国境を越えて人類が共通して直面する課題は、国際社会全体に大きな影響を与え、多くの人々に被害をもたらし、特に脆弱な開発途上国、貧困層等の脆弱な立場に置かれた人々により深刻な影響をもたらす傾向にある。国際社会全体が2030年までに達成すべき課題と目標を定めたSDGsは、複合的危機によって進捗に遅れが生じている。
(2)こうした点も踏まえ、我が国は、二国間及び多国間双方の開発協力を有機的に連携させながら、脆弱国・地域等への協力に引き続き取り組みつつ、以下を含め、「人間の安全保障」の理念を踏まえ、SDGs達成に向けた取組を加速化すること等により、国際協力を牽引し、地球規模課題の解決に向け、総合的な取組を強化していく。
ア 気候変動・環境:気候変動は、世界のあらゆる国々の持続可能な開発にとって脅威である。我が国の開発協力をパリ協定の目標に整合させるとともに、開発途上国の気候変動への対応能力を向上させるため、緩和策(温室効果ガスの排出削減・吸収増進等)及び適応策(気候変動による被害の回避・軽減等)の双方に対する支援を推進し、開発途上国の各開発課題への対処と気候変動対策の推進の双方に貢献する。そのため、民間資金の動員や国際機関等との連携を一層推進し、国際的な支援規模の拡大を図る。また、地球環境の保全は地球の未来に対する我々の責任であると認識し、生物多様性の主流化やプラスチック汚染対策を含む海洋環境・森林・水資源の保護等の自然環境保全の取組を強化していく。
イ 保健:グローバルヘルス戦略(令和4年5月24日 健康・医療戦略推進本部決定)を踏まえ、グローバルヘルス・アーキテクチャーの構築に貢献し、将来の公衆衛生危機に対する予防・備え・対応を強化するとともに、保健人材育成を含む開発途上国の保健システム強化等を通じてより強靭、より公平、より持続可能なユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)を推進していく。
ウ 防災:防災の取組は、貧困撲滅と持続可能な開発の実現に不可欠である。気候変動の影響により災害の頻発化・激甚化も懸念される中、仙台防災枠組も踏まえ、我が国の防災・減災の知見も活かした協力を推進する。
エ 教育:「人間の安全保障」を推進するために不可欠な「人への投資」として極めて重要である。万人のための質の高い教育、女性・こども・若者のエンパワーメントや紛争・災害下の教育機会の確保の観点も踏まえて、引き続き強力に推進する。
(3)地球規模課題への対応には、先進国、新興国、開発途上国を含む国際社会全体の協力が必要であり、国際場裡における課題設定やルール作りが、とりわけ重要である。国際保健、環境等の分野におけるルール作りに一層積極的に貢献するとともに、国内資源の動員強化、ドナーベースの拡大、国際開発金融機関の改革、新たな資金動員手法の検討等の議論を主導していく。また、2030年以降の開発目標に関する国際的な議論にも、各国と協調しつつ、積極的に貢献していく。
III 実施
1 効果的・戦略的な開発協力のための3つの進化したアプローチ
前述の目的の実現と重点政策推進にとって最大限の効果が得られるよう、開発協力は以下の方策をとる。
(1)共創を実現するための連帯
誰も明確な解を持たない複雑に絡み合った開発課題が山積する時代においては、共通の目標の下、様々な主体がその強みを持ち寄り、対話と協働によって解決策を共に創り出していく共創が求められる。我が国の開発協力は、日本の経験や知見、教訓等を活かし、開発の課題設定を行うとともに、開発途上国を中核に置きつつ、様々な主体を巻き込んだ開発のプラットフォームを形成・活用し、かつ、そこで生み出された解決策を、資金を含む多様な資源の動員を通じて力強く後押ししていくことを目指す。また、ODAに係る幅広い資金源の拡大を推進する。それらの観点から、以下のパートナーとの連帯を強化していく。
ア 民間企業
民間企業の取組は、開発途上国の開発課題の解決と持続的成長に一層重要な役割を果たしている。SDGs採択により経済・環境・社会の課題が統合され、SDGsへの取組と企業価値が連動し得るようになったことで、多くの民間企業や投資家が開発課題により積極的に取り組み、持続可能な社会を実現するための金融(サステナブルファイナンス)を進めるようになっている。これを受けて、開発途上国にとっての民間資金の重要性も高まっており、インパクト投資やESG投資など、開発効果を有する民間資金の活用は国際的な潮流となっている。これらを踏まえ、従来の官民連携の取組を引き続き推進するとともに、スタートアップや中小企業を含め、民間企業を開発のプラットフォームに巻き込み、開発途上国の開発課題と結びつけるための開発協力を推進していく。具体的には、インパクト投資やESG投資、ブレンデッド・ファイナンス等の推進のため、開発途上国における経済基盤の構築、民間人材の研修・留学、法制度整備支援を含むビジネス環境の整備、開発モデルの提示、海外投融資を始めとする公的資金の戦略的活用等を行う。
イ 公的金融機関等
開発途上国の開発にとって、ODAとOOFの双方を効果的に組み合わせることが重要になっていることを踏まえ、ODA資金と開発途上国に対するOOFを扱う機関(株式会社国際協力銀行(JBIC)、株式会社日本貿易保険(NEXI)、株式会社海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)、株式会社海外通信・放送・郵便事業支援機構(JICT)、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)等)を連携させ、政府及び政府関係機関の様々なスキームを有機的に組み合わせて相乗効果を高めつつ、民間資金とも協調した開発協力を推進する。
ウ 他ドナー
先進国・開発途上国問わず、開発協力の目的・理念を共有する他ドナーとの知見や資源等の共有及び連携を深化させる。また、開発協力に関するルールやスタンダードの実施・普及、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化のためにも連携を深めていく。南南協力・三角協力の取組を含めた多層的な多国間協力を推進していくことで、開発途上国に多様な選択肢を提供していく。
エ 国際機関、地域機関、国際開発金融機関
国際機関は専門性・中立性や紛争地等へのアクセス等に、地域機関はその地域に適した課題解決や広域的取組等に、それぞれ強みを有している。国際機関・地域機関等との連携を強化することにより、二国間協力ではアクセス困難な分野・地域への協力、二国間協力との組合せによる相乗効果の創出、及びその専門的な知見や経験の活用等を目指す。また、国際機関等は課題設定や国際的な規範の創出等において重要な役割を果たしていることを踏まえ、日本の経験や知見を活かした貢献を通じて連携を深めるとともに、国際機関等への効果的な拠出と、幹部職員を含む邦人職員の増強により、国際機関における意思決定への関与を強化する。
国際開発金融機関とは、その資金量と国際的な規範の創出等に果たす役割の重要性を踏まえ、その改革に向けた議論を推進するとともに、協調融資を含めた連携を強化する。
オ 市民社会
非政府組織(NGO)を始めとする市民社会は、現地のニーズに寄り添った迅速な協力を通じ世界各地の人道支援等開発協力における存在感を拡大している。このような市民社会を我が国の開発協力の戦略的パートナーと新たに位置付けた上で、市民社会の有する専門性を活かし、政府間の二国間支援の届きにくい住民ニーズに寄り添った、より効果的かつ持続的な協力に努める。我が国市民社会の能力向上を支援するとともに、支援スキームの不断の改善等により、国内外の市民社会を通じて実施する開発協力を更に強化していく。
同時に、こうした協力の担い手の裾野を拡大する観点からも、広範な国民各層の開発協力への参加と知見の社会還元を促すとともに、その提案や意見に耳を傾ける。
カ 地方自治体等
基礎的行政サービスの提供主体である地方自治体の経験やノウハウは、開発途上国に応用できるものが多い。このため、開発協力事業への地方自治体の参画への促進・支援に努める。同時に、独立行政法人国際協力機構(JICA)国内拠点やJICA海外協力隊経験者を最大限活用しつつ、開発協力を通じて育まれた人材や知見を、地方創生等の我が国が抱える課題解決にもつなげていく。
キ 大学・研究機関等
大学・研究機関等との連携促進により、開発途上国の開発課題への新しい解決策を模索するだけでなく、開発途上国と我が国の学生・研究者の交流・共同研究による国際頭脳循環の促進、双方の科学技術力の向上及び我が国の近代化や経済発展等の開発経験の発信等の取組を強化する。
ク 知日派・親日派人材、日系人等
我が国のきめ細かな人づくり等を通じて育成してきた、世界の知日派・親日派人材は我が国の文化や価値観を理解する重要な人的アセットである。また、日系人及び日系社会は我が国との強い絆の礎となっており、各国地域コミュニティにも広く貢献している。これらのアセットに加え、在外教育施設も活用し、信頼に基づく人材の重層的ネットワークを更に強化していく。
(2) 戦略性の一層の強化
我が国の開発協力の戦略性を強化するためには、限られた資源を活用しつつ、前述の目的と重点政策に照らした政策立案の重点化を図り、その政策と実施との間の一貫性を強化するとともに、我が国の強みを活かした能動的な協力を展開することが重要である。この観点から以下に取り組む。
ア 政策と実施の一貫性の強化
(ア)政策立案に際しては、開発協力が、刻一刻と変化する国際情勢を踏まえた戦略的かつ機動的対応が要求される外交政策の最も重要なツールの一つであることを十分に認識し、前述の目的と重点政策推進に照らし、必要な重点化を図る。
(イ)実施に際しては、政府・実施機関が一体となり、これまで行ってきたODAの3スキーム(無償資金協力・技術協力・有償資金協力(円借款及び海外投融資))の効果的な活用に加え、二国間協力と国際機関やNGOを通じた協力を、開発のプラットフォームを通じた様々な主体との連帯を通じ、最適な組合せで実施することにより開発効果の最大化を目指す。また、個々の事業が長年にわたって相手国政府及び国民に広く認知され、事業終了後も正しく評価されるためのフォローアップを行う。
(ウ)評価、改善に際しては、協力の効果・効率性の最大限の向上に加え、我が国への寄与を含む国民への説明責任を果たす観点からも重要であることを踏まえ、変化する国際情勢に柔軟かつ適時に対応する必要性にも留意しつつ、政策や事業レベルで開発協力の成果・効果(アウトカム)を設定した上で、定量的なデータも用いて適切に評価を行う。また、評価結果を政策決定過程や事業実施に適切にフィードバックすることで事業の質の改善や政策目標達成につなげる。
(エ)上記の開発協力の政策立案、実施、評価、改善(PDCA)のサイクルにおいて、戦略的な一貫性を確保する。
イ 我が国の強みを活かした協力
(ア)我が国が自国の伝統を大切にしつつ民主的な経済発展を遂げた歩みの中で構築してきた人材、知見、質の高い技術力、制度等は、開発協力を行う上での財産であり、こうした強みを活かした開発協力を行っていく。
(イ)これまで我が国は、留学生・研修員の受入れや専門家の派遣等を通じて、技術やノウハウを伝える「人への投資」を一貫して重視し、きめ細やかな人づくりに取り組んできており、開発途上国からの期待も高い。引き続き、開発途上国から留学・研修先として「選ばれる国」であるべく、政府関係機関職員のみならず民間人材も含め、開発途上国に有用な我が国の経験の体系的習得、日本企業の現地パートナーとなる開発途上国人材の育成を進めるなど、留学・研修プログラムの充実に努める。開発途上国の民間人材と我が国の企業等とが協働することにより、学び合い、新たな価値を生み出し、それぞれの経済社会に還元していくことは、次世代の繁栄にもつながるものであり、積極的に取り組んでいく。
(ウ)我が国が有する高い技術力や科学技術は、依然として大きな強みである。一方で、新興国や開発途上国の技術も発展し、求められるニーズも多様化していることから、資機材提供、施設建設等の質の高いハード面の協力に、運営・維持管理への関与、制度構築や人材育成を含めたソフト面での協力等を組み合わせた、付加価値のある開発協力を実践していくことがより重要となっている。これを踏まえ、相手国からの要請を待つだけでなく、共創の中で生み出された新たな社会的な価値や解決策も活用しつつ、ODAとOOF等様々なスキームを有機的に組み合わせて相乗効果を高め、日本の強みを活かした魅力的なメニューを作り、積極的に提案していくオファー型協力を強化する。
(エ)さらに、共に生活し、共に考えるJICA海外協力隊は、日本と開発途上国の草の根レベルでの架け橋であり、引き続き我が国らしい協力として推進していく。
(3)目的に合致したきめ細やかな制度設計
上記を踏まえ、以下を含む、きめ細やかな制度設計に、不断に努めていく。
ア 開発のニーズに合わせた柔軟かつ効率的な協力の実施
(ア)上述の民間企業によるサステナブルファイナンスの取組を後押しし、開発のための民間資金の動員を図ることを始め、資金協力・技術協力双方において、共創のために必要な協力が効果的・効率的に行えるよう、不断の制度改善を行う。
(イ)一人当たり国民総所得が一定の水準以上にあっても、いわゆる「中所得国の罠」に陥っている国々や小島嶼国等の特別な脆弱性を抱える国々等を含め、所得水準が相対的に高い国に対しても、各国の開発ニーズの実態や負担能力に応じ、無償資金協力や技術協力を含む必要な協力を戦略的に活用していく。
(ウ)緊急人道支援においては、政府間支援が困難な状況下でも、最も必要とする人々に迅速かつ確実に支援が行き届くよう、意思決定の迅速化を行うとともに、非政府の幅広いパートナーも一層活用していく。また、国際的潮流を踏まえ、必要な場合には、質の高い柔軟な拠出を取り入れるとともに、適切な場合には、国際機関やNGOを通じた現金給付等により効果・効率を高める取組を進める。さらに、人的・物的・資金的な面で機動的かつ我が国の顔の見える支援ができるよう、国際緊急援助隊の派遣に関する法律(昭和62年法律第93号)の運用も含め、JICAが行う緊急人道支援などの支援手法の改善を図る。今後も、国際的な潮流を踏まえ、効果的・効率的な手法を取り入れていく。
イ 時代のニーズに合わせた迅速な協力の実施
目まぐるしく変化する国際情勢に対応するための協力や動きの速い民間投資と連携した協力の必要性に鑑み、適正な執行を確保しつつ、必要に応じ、迅速な意思決定・協力の実施が可能になるよう制度改善を行っていく。
2 開発協力の適正性確保のための実施原則
開発協力の適正性確保の観点から、以下の原則を常に踏まえた上で、相手国の開発需要及び経済社会状況、二国間関係等を総合的に判断の上、開発協力を実施する。
(1)民主化の定着、法の支配及び基本的人権の保障に係る状況
開発途上国の民主化の定着、法の支配及び基本的人権の尊重を促進する観点から、当該国における民主化、法の支配及び基本的人権の保障をめぐる状況に十分注意を払う。
(2)軍事的用途及び国際紛争助長への使用の回避
開発協力の実施に当たっては、軍事的用途及び国際紛争助長への使用を回避する。民生目的、災害救助等非軍事目的の開発協力に相手国の軍又は軍籍を有する者が関係する場合には、その実質的意義に着目し、個別具体的に検討する。
(3)軍事支出、大量破壊兵器・ミサイルの開発製造、武器の輸出入等の状況
テロや大量破壊兵器の拡散を防止する等、国際社会の平和と安定を維持・強化するとともに、開発途上国はその国内資源を自国の経済社会開発のために適正かつ優先的に配分すべきであるとの観点から、当該国の軍事支出、大量破壊兵器・ミサイルの開発・製造、武器の輸出入等の動向に十分注意を払う。
(4)開発に伴う環境・気候変動への影響
環境と開発を両立させ、脱炭素化の促進を含め、持続可能な開発を実現するため、開発に伴う様々な環境への影響や気候変動対策に十分注意を払う。
(5)債務の持続可能性
開発途上国の経済社会開発を中長期的に持続可能なものとするよう、当該国の債務の持続可能性に十分配慮し、これを強化すべく、開発協力を行う。
(6)ジェンダー主流化を含むインクルーシブな社会の促進・公正性の確保
開発協力のあらゆる段階においてジェンダー主流化を通じたジェンダー平等及び女性のエンパワーメントを推進する。同時に、こども、障害者、高齢者、少数民族・先住民族等の社会的に脆弱な立場に置かれている人々を含め、全ての人が開発に参画でき、恩恵を享受できる多様でインクルーシブな社会を促進すべく、公正性の確保に十分配慮した開発協力を行う。
(7)不正腐敗の防止
開発協力の実施においては、不正腐敗を防止することが必要である。受注企業の法令遵守体制構築に資する措置を講じつつ、相手国と連携し、相手国のガバナンス強化を含め、不正腐敗を防止するための環境を共に醸成していく。この観点からも、案件実施に当たっては、適正手続を確保し、実施プロセスにおける透明性の確保に努める。
(8)開発協力関係者の安全配慮
開発協力に携わる人員の安全を確保する観点から、安全管理能力強化、治安情報の収集及び安全対策の実施、工事施工時の関係者の安全確保に十分注意を払う。特に、平和構築など、政情・治安が不安定な地域での協力に際しては、平素から十分な安全対策や体制整備を行い、危機発生時は、関係者の迅速な退避や現場での緊急的な支援活動等に際し、関係者の安全確保に万全を尽くす。
3 実施体制・基盤の強化
対国民総所得(GNI)比でODAの量を0.7%とする国際的目標を念頭に置くとともに、我が国の極めて厳しい財政状況も十分踏まえつつ、上記1.及び2.を踏まえ、様々な形でODAを拡充し、開発協力の実施基盤の強化のため必要な努力を行う。同時に、開発協力をめぐる官民の役割分担が変化している中、民間企業やOOFを扱う政府関係機関との連携強化を始め、民間資金の動員を促進し、開発協力の様々なパートナーとの間でより効果的な開発協力を追求する。
(1)実施体制
開発協力を進めるに当たっては、開発協力政策の企画・立案の調整を担う外務省を中核とした関係府省庁間の連携を強化する。また、外務省を始めとする政府が政策を示し、JICA等実施機関はその政策に沿った案件を実施することで、政策と実施の一貫性を一層強化する。特に、在外公館とJICA現地事務所の連携を促進する。政府と実施機関の各々の能力・体制整備・制度改善に一層努める。
(2)人的・知的基盤
ア 開発協力に関わる政府及び実施機関の人員体制を引き続き強化する。特に、DXやグリーントランスフォーメーション(GX)、公共財政、民間資金動員のためのファイナンス等、新たな開発課題に高い知見を有する人材の確保・育成に向け、産官学で連携して取り組む。また、こうした分野では、開発途上国との間での国際頭脳循環や、協力の成果の日本へのフィードバックも推進する。外務省・JICAに加え、コンサルタント、大学・研究機関等、民間企業、市民社会等における専門性を持った国際人材の育成を促進するとともに、このような人材が国内外において活躍できる機会の拡大及び制度・体制整備に努める。
イ また、開発協力に関するルール形成など国際的な議論を主導するため、我が国と国内外の大学・研究機関等のパートナーとの間で、政策研究やネットワーク形成を促進し、知的基盤を強化する。
(3)社会的基盤(情報公開、海外広報及び開発教育を含む。)
ア 開発協力の実施には、国民の理解と支持が不可欠である。JICAの国内拠点も活用し、地方自治体やJICA海外協力隊関係者等とも協力しつつ、開発協力の意義と成果、国際社会からの評価等について、分かりやすく丁寧に幅広い国民に説明する。同時に、国民に対して、開発協力の実施状況や評価等に関する情報を幅広く、迅速に十分な透明性をもって公開する。また、開発途上国を含めた国際社会において、日本の開発協力とその成果の認知度・理解度を高めるための海外広報に積極的に取り組む。
イ 学校教育や社会教育などの場を通じて、開発教育を推進する。国民の日々の生活や経済活動は、開発途上国を含む国際社会との相互依存の下に成り立っている。開発教育を通じ、幅広い世代が様々な開発課題について主体的に考え、行動する力を育んでいく。
4 開発協力大綱の実施状況に関する報告
毎年閣議報告される「開発協力白書」において本大綱の実施状況を明らかにする。
令和5年6月9日
閣議決定