[内閣名] 第46代片山(昭和22.5.24〜23.3.10)
[国会回次] 第1回(特別会)
[演説者] 和田博雄国務大臣(経済安定本部総務長官)
[演説種別] 経済緊急対策に関する演説
[衆議院演説年月日] 1947/7/1
[参議院演説年月日] 1947/7/1
[全文]
ただいま総理大臣から、現在の経済の状況と、これに対しまする政府の決意につきまして申し述べられましたが、私は先般発表されました経済緊急対策の立案に当りました責任者といたしまして、この対策の底を流れておりまする基本的な考え方につきまして、若干の御説明をいたしたいと存じます。
今日のわが国の経済が、どんな困難に直面しているかということの具体的な事実につきましては、別に提出されまする実相報告書によりまして、詳細ごらんを願いたいのでありまするが、いろいろの事実を通じまして、現在の経済危機の根底をなしておりますものは、これを要約しますれば、第1には、過小生産と呼ばれている生産の絶対的な不足であります。第2には、国民経済において、乏しくなった蓄積資本部分の消耗が行われ、生産力の基礎は次第に弱まり、縮小しつつありまして、いわゆる経済の再生産の規模がますます小さくなり、再建のために必要な資本の蓄積の要求とは、経済の運行はまさに逆行しているという事実であります。第3の点は、物価と賃金との悪循環という形をとっておりまするインフレーションの促進であります。
以上申し述べましたような事実認識の上に立ちまして、われわれはあの緊急対策を作案いたしたのでありまして、この対策を貫いておりまする基本的な考え方は、大体次の3点に要約されると思うのであります。
すなわち第1には、生産の量を増大すること、第2には、生産と消費とを調整し、国民消費の内容を合理的に切り詰めて、資本の維持、生産財の確保に努めるとともに、生産及び流通を計画的に行い得るような経済の秩序を確立すること、第3には、インフレーションの拡大を防止するために、実質賃金の充実を中心としまして、物価と賃金との悪循環を断ち切ることの3つがこれであります。もちろんこの3つの目標も、互いに密接に繋がっておるものでありまして、これを達成しまするための手段も、それぞれ切り離せない関係になっておりますことは、申すまでもないのであります。
第1に、生産の量を増しますためには、基礎的な生産資材の重点的な増産と輸出の振興という2つの方策を中心として考えております。わが国の経済回復をできるだけ自力によってはかりまするためには、まず国内にありまする生産資源を、余すところなく活用するのが当然であり、その重点は、食糧はもとより他の物資の生産の前提になりまする基礎的な生産資材に向けられなければなりません。この意味で、石炭、鉄鋼及び輸送力というものに、他に優先しましてあらゆるものを注ぎこみ、これを大きくしていくことによりまして、迂回的に次第に他の産業を拡大していくという、いわゆる傾斜生産の方式は、あくまでこれを守り抜く考えであります。
本年度におきまする石炭生産3,000万トン、鉄鋼生産70万トン、陸上輸送力1億1,600万トン、海上輸送力1,068万トンの目標は、できるだけの努力を払ってこれを達成したいと考えておるのであります。しかしながら、これらの基礎産業の復興に必要な資材も、決して十分にあるわけではありませんで、迂回生産によってつくられた生産資材が、再びこれらの基礎産業にまわってきまするのを待っていたのでは、時間がかかることを覚悟しなければならないのであります。
この時間を最も短いものに切り詰めますためには、一方で輸出を行いまして、輸入資金を獲得し、これを使って、端的に必要な資材を購入することが最も早途であります。現状におきましては、わが国は、国民のやっと生きていくだけの食糧を輸入するにさえ、はるかに不足な輸出しかいたしておりませず、復興資材の輸入は、ほとんど言うに足りないようなありさまでありますが、1日も早く経済の建直しをしますためには、われわれはどんな無理を忍んでも、できるだけの物はみな輸出して、復興資材の輸入資金をつくり、これを基礎産業に注ぎこみまして、生産循環の拡大をはかっていかなければならないと考えるのであります。もちろん輸出を盛んにしますためには、乏しい中から、輸出産業に必要なだけの生産資材を割かなくてはなりません。しかし国民が一致協力して工夫いたしますならば、今の国力が割くことのできるだけの資材で、なお相当の輸出品の生産ができることを確信いたすのであります。
このような方法で生産量の増大をはかっていこうとするのでありますが生産を上げていきますための根本は、つまるところ、勤労者諸君の労働生産性の向上にあります。現在の労働生産性は、勤労者1人当りでみますと、平均して戦前の2分の1ないし3分の1に落ちております。どうしてもこれを上げていかなければ、諸外国の労働生産性に比べて低いだけ、それだけわが国民生活水準が低くならざるを得ないのでありまして、単に国際市場におきまして、太刀打ちできないばかりでなく、いつまで経っても文化的な生活水準に達することができないのであります。勤労者諸君が進んで勤労意欲を発揚し、技能の錬磨に努力されましたならば、海外諸国に対してはづかしからぬ能率を実現するだけの素質は、わが日本民族は十分にもっておるものと信ずのであります。
もちろん労働生産性の低下は、決して勤労者諸君だけの責任ではございません。労働力と結びつかなければならない原料や資材や、生産設備にも原因はあります。また大きな問題としまして、戦時中に生産技術が停滞したり退歩したり、経営者側の経営能力が低下したことをもあげなければならないと思います。ここに貿易の再開を控えまして、輸出に最大の重点をおいたこと、また将来のわが国経済が大きく国際貿易に依存することを考えてみますならば、今日から技術の改善と経営の合理化とに、あらゆる努力をしなければならないと信ずるのでありまして、政府としましても、これにつきまして、できるだけの措置を講ずるつもりであります。
基礎生産財産業と輸出産業に重点をおくということは、他の産業や一般国民の消費に譽えられるものが、それだけ少なくなるということを意味するのであります。このことは、長い目で見まするならば、国民全部のためになることでありますが、短い期間について言いますならば、当然国民の犠牲によって、貴重な物資やサービスが重点産業に注ぎこまれるのだということであります。そうでありまする以上は、政府としましては、こうして注ぎこまれたものが、ほんとうにあげるべき効果をあげるように指導していく責任があるのであります。このような見地からしまして、今までの私の企業形態による経営では、どうしてもこのことが保障できないという場合には、直接政府が責任を負えるような体制をつくろうという決意が、当然生じてまいるのであります。
第2の点、すなわち生産と消費との調整に関する点でありますが、これは2つの方面から施策を考えていく必要があるのであります。一面におきましては、現在のようにきわめて乏しい生産のもとで、生産資本に対する食込みをやめてしまい、重要産業については積極的に資本の蓄積をはかっていく、そのためには、相当な部分を生産財に割いていくということを実行いたします以上、国民消費に残される部分は、さしあたりは、きわめて限られたるものとならざるを得ないのでありまして、国民の耐乏がどうしても必要となってくるのであります。
そうであるとしまするならば、この乏しい消費部分は、国民の間に均等に分配されなければなりません。国民の一部だけが耐乏生活を強制をされておるのに、他方では贅沢な生活をしておる者があるとしまするならば、これをそのままにしておいて、国民に耐乏を求めることはできないのであります。かような見地からしまして、政府といたしましては、インフレ利得は、ためらうことなくこれを国庫に徴収し、国民全般の福利のために使用する方針を堅持していくつもりでありますが、乏しい国民の消費部分を横流れさせるもととなるような、料理店とか飲食店などの奢侈的な消費施設に対しましては、7月5日からさしあたり6ヵ月間、全国的にこれをやめさせることといたしたのであります。
われわれは、経済の建直しをなし遂げる原動力が、国民の血と汗の勤労のほかにはないことを固く信じておるものであります。この国民の勤労に報い、またこの国民の勤労を励ますために、政府はこの乏しい消費分の中から、できるだけ勤労の度合に應じた重点配給を行っていくつもりであります。またいろいろなやむを得ない事情から、働きたいと思っても働けない人々に対しましては、できるだけの援護措置を実施していく考えであります。
次に第2の面として、生産と消費と合理的に結びつけ、物資の生産と流通が秩序正しく計画的に行われるように、できるだけの施策を講じる必要があります。今日までの経済の悪化の1番大きな原因は、率直に言いますならば、この流通の秩序がまったく乱れておるということにあります。乏しい経済力を有効に使って、何とかして国の経済を建直そうとするならば、これを計画的に運用しなければならず、その運用を確実に行うためには、物資を秩序正しく流すようにしなければならないのでありまして、前に述べました基礎産業の重点集中も、輸出の振興も、これができなければ、決して成功はしないのであります。またこの流通の秩序が乱れておれば、一部の者が不当の利得によって不当の消費をなし、他の国民は、不当にその勤労の成果を搾りとられて、ただでさえ乏しい生活の最低限度すら脅かされるようになるのであります。この物資の流通の秩序の確立こそ、すべての経済対策の要であり、前提であります。
企業も、正しい経路によって、きめられた資材が手にはいり、国民も最低限度の生活を確保するための配給物資が、間違いなく手にはいるようになれば、困難なる条件のもとでの生産も、計画的に実行されるでありましょうし、苦しい耐乏生活も、明るい気持ちで忍んでいくことができるでありましょう。政府としても、この点に全力を傾けて、民主的な統制機構の再建に努める決意を固くしておる次第であります。
第3の点、すなわち物価と賃金の悪循環を断ち切ることは、最もむずかい問題であります。私たちは、勤労者諸君の生活が確保され、改善されることを強く望んでおるのであります。しかし財政も企業も家計も赤字である今日におきまして、この問題を貨幣賃金を中心として考えますと、家計の赤字を埋めるために、またそれだけの貨幣賃金の引上げをいたしますならば、生産量の増加その他の生産条件に変化のない限り、それはただちに企業や財政の赤字を大きくすることになり、企業の赤字を埋めますために物価を引上げますならば、貨幣賃金の購買力が減って、家計は再び赤字になり、財政の赤字もさらに加わり、財政の赤字を埋めますために増税をしまするならば、家計と企業はまた赤字となり、国民貯蓄の裏ずけのない公債発行で賄えば物価が上るというふうに、赤字は家計と企業と財政の間を轉々として移動しまして、そのたびごとに物価と賃金との水準を循環的に引上げて行くのであります。
これこそ、とりもなおさずインフレーションの進行の姿でありまして、経済安定とはおよそ正反対のものであり、結果において何ら勤労者の利益とならないのであります。従って真に勤労者の利益をはかり、その家計を改善していく方法は、貨幣的な名目賃金の引上げではなく、その実質的な消費内容の充実であると信ずるのであります。
経済実相報告書にも明らかにしておきましたように、今日の家計の赤字の大きな部分を占めるものは、数量からみれば、わずかのものをやみ買いするための支出であります。このやみ買いが少くなればなるほど、同じ貨幣賃金で、勤労者の生活内容はうんと豊かになるのであります。私たちはあらゆる手段を盡して、このやみ買いを少くすることに努力し、これによって家計の安定をはかり、その結果として貨幣賃金を安定し、ひいて物価の安定を確保しようと考えるものであります。
すなわち物価と賃金との悪循環という形で現われているインフレーションを断ち切る方法は、結局においては流通秩序の確立、すなわち、やみの撲滅と生産量の増加のほかにはないのでありまして、根本的には、第1と第2の問題が解決されてはじめてこの問題は解決され得るのであります。しかしながら現実の経済が、貨幣経済として動いておりまする以上、この3つの問題は互いに絡み合っておるのでありまして、第1、第2の問題と併行して、やはりこの面からも手を打つ必要があるのであります。
そこで政府といたしましては、すでにまじめな企業にとっても、とうてい堪えられなくなっている現在の価格体系を、少くとも当面のコストをまかなえる程度にまで全面的に改訂いたしますとともに、その家計などへの影響を緩和しますために、国庫支出による補給金を活用しまして、物価の騰貴率を一定の安全帯の中に食い止め、家計に対しましては、正規配給量の増加などを考慮しつつ、改訂物価のもとにおいても十分生計の確保できるような業種別の平均賃金を設けて、これを新たな価格に同時的におりこんで行くという方法を採用いたしたのであります。なお右の正規配給量の増加については、食糧が1番の問題になりますので、政府としましては、今回の緊急対策においても、これを第1に取上げ、またその具体化についても、他にさきがけて、本日その大綱を決定発表いたした次第であります。
もちろんインフレーションの進行をおさえるためには、財政を引締め、企業に対する赤字金融も、やむを得ない限度に止めなければなりません。しかしこれらの取扱いは、短い期間における数字上の形式的なバランスよりも、やや長い先を見透して、国民経済全体の健全な回復に最も役立つように運用されなければならないと考えるのであります。かようにして、財政も、企業も、家計も、いずれも苦しいところを堪えながら、国民全部が助け合って、正しい流通秩序の確立と生産の増強とによりまして、この苦しさを根本から解決していこうと考えておるのであります。政府としましては、勤労者諸君に対し、その実質賃金を引き上げる方法は、結局自らの勤労によって生産を増加し、その勤労の果実である生産物を、正しく自分達の手に入るように、お互いがもっともっと密接に助け合うようにするほかはないことを、十分に理解していただきたいのであります。
以上が、先般発表いたしました緊急対策の底を流れている考え方の骨子でありまして、われわれは、その前文にもありまするように、誠実にその実行に努力いたすつもりであります。これに伴なう具体的な施策につきましては、すでに一部実施に移したものもありますが、今後も引続き急速にその実行をはかることとしまして、この国会にも、必要な法律案、予算案を提出いたしまして、御審議を願う予定であります。
この緊急対策は、その名の通り、緊急を要するものであります。しかしながら、それは決して目前のインフレーションの進行を一時食い止めるというような、目先だけのことを考えたものではございません。政府といたしましては、日本経済再建の長期にわたる構想の一環として、この緊急対策を考えているのであります。また、危機の防止のみに専念いたしまして、国民に耐乏生活を説くのみで、将来の希望について何らの見透しをもたないというような消極的な態度も、決してとってはいないのであります。われわれは、ほんとうに計画的に経済を運用していきますならば、経済の再建は、たとえ困難ではありましても、決してそう遠い将来ではないと確信しているのであります。この意味からも、私たちはできるだけ早く長期の経済再建計画を計数的に作成して、国民諸君に報告したいと思っております。
しかし例をこの22年度にとりましても、われわれは、本年度をもってわが国再建のための第1歩として計画を立てているのでありまして、きわめて限られた輸入物資の期待のもとに、もっぱら国内の経済力を重点的に運用いたしまして、前にも述べました通り、石炭3,000万トンを基礎といたしまして、これと鉄鋼生産、輸送力の3者を中核として、鉱工業生産全体の水準をあげることをねらっているのであります。もしも私たちが、国民一致の努力によってこの計画を達成をしましたならば、たとえば鋼材は、昨年度の33万トンに比べまして、2倍以上の70万トン、セメントは昨年の102万トンに対して、85%増の187万トン、化学工業の基礎であるソーダ灰、苛性ソーダは、それぞれ昨年の215%、64%の増加となります。また食糧生産の重要条件でありまする硫安の生産も、昨年度の55万トンから、約2倍に近い103万トンにまで上昇し得るのでありまして、これによって農業生産の増大に寄與することができ、今後の農業生産の使命である国内市場の拡大と貿易収支の改善という方向に前進することができるわけであります。次に輸出の大宗である綿糸も、昨年度の2倍を超える生産をあげ得る見込みなのであります。
もちろん、これまで生産を回復してみましても、それは戦前の水準に遠いことは言うまでもなく、また現在の最低需要を満たすにも、なお不足でありましょう。従ってこれだけで、経済が安定するのに十分だと申すわけにはまいりません。しかし自然に放置して、破局の淵に追いこまれるのと比べまするならば、われわれの努力次第でここまで回復できるということは、非常に大きな相違であると言えるのであります。しかもこれだけのことがなし遂げられまするならば、われわれはこれを土台として、次の年度には、また生産の規模を一層高め、終局の安定に向ってさらに1歩を進めることができるのであります。
このような、回復か破滅かのわかれ道を決しまするものは、まったく今日のわれわれのやり方いかんにかかっているのであります。そうしてこの回復の途を歩み得るためには、経済が計画的に運営されることが絶対の要件であり、これを裏ずけするものは、経済秩序の確立であります。この経済秩序の回復の第1歩が、今度の緊急対策にほかならないのであります。
しかしこの困難な仕事をなし遂げ得ますかどうかは、まったく国民がこれを理解しまして、単に外から協力するとか、批判するとかいうのではなく、自分たちが主体となってこれをやるのだという気持ちで起ち上がってくださるかどうかによって決定するのであります。どうかかような意味におきまして、国民諸君が一丸となって、われわれとともに進んでくださることを切にお願いする次第であります。