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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第47代芦田(昭和23.3.10〜23.10.15)
[国会回次] 第2回(常会)
[演説者] 栗栖赳夫国務大臣(経済安定本部総務長官)
[演説種別] 一般経済対策に関する演説
[衆議院演説年月日] 1948/3/20
[参議院演説年月日] 1948/3/20
[全文]

 本年は、端的に申し上げまして、わが国経済再建上まことに重大な年であります。いわば経済再建に一轉機を画するほどの重大な時機に当面した年であると存ずる次第であります。

 終戦以来、経済安定のための各般の努力がなされてまいったのでありますが、敗戦の創痍はあまりに深く、かつあまりに廣く、今日国民の生活は、なお辛うじて飢餓と疾病を免れた最低水準を維持するに止まり、生産の回復もその進展は緩く、産業活動の本格的回復をはかろうといたしましても、輸送力、動力等の衰弱によって制約せられ、これを回復しようとすれば基礎的資材の生産の過少に制約されるというように、経済の基盤はまだ安定正常化の段階に到達できないのであります。

 また、これらの経済実態の総合的表現といたしまして、インフレーションは最近やや足踏み気味でありますけれども、なおその進行を止めず、そのために、また家計や企業も依然行先不安の域を脱していない現状でありまして、所詮は日本の現実の経済力においては、経済の再建をはかるためには、当面経済安定のためのあらゆる努力を盡し、国内生産の増強をはかるのと相まって、どうしても食糧、輸出品用原材料等の必要な物資は、これを輸入に仰がなければならないのであります。

 もとより物資の輸入につきましては、連合国の好意的援助にまたねばならないのでありますが、本年は四囲の情勢からいたしまして、もしもわれわれが最善を盡して連合国の期待に副うことができますれば、従来に比し連合国の経済援助に格段の期待をもち得る画期的な時期にあるように思うのでありまして、さいわいこの援助が実現し、これをわが国経済再建上有効適切に活用し得ますならば、ここに経済安定の基盤を確立することができ、進んで本格的な経済再建の明るい光明を前途に認めることができるに至ると思うものであります。実に本年は重要な年であると申さなければならぬのであります。

 従いまして、一面現実の憂うべき経済情勢に鑑みまして、経済再建のためまずもってその前提となる経済の安定、すなわちインフレーションの克服をはかることを当面の責務といたしまして、前内閣以来の経済安定施策を踏襲し、これを民主化の線に沿いつつ強化して、その励行の徹底をはかるとともに、他面新たな情勢に対應いたしまして、連合国の経済援助を受け得る経済体制を整備し、輸入物資を最も効果的に役立てて、生産・輸出の画期的増大に努め、またでき得る限りの国民生活の安定と向上をはかることに最大の努力を拂うことを本年度の経済施策の基調といたしたいと存ずる次第であります。

 次に、以上述べました趣旨に則りまして、主要経済施策の大要について逐次述べることにいたしたいと存じます。

 まず第1に、当面のインフレーションの克服のためには、これまでの経済情勢の推移に鑑みまして、国家財政及び地方財政の実質的健全化を確立いたしますとともに、健全金融の一層の徹底をはかる必要のあることは申すまでもありません。本年度の国家財政は、一般会計に関する限り、本予算及び追加予算とも収支均衡の原則によって編成されたのでありますが、現実には歳入と歳出との時期的ずれが著しく、殊に年度半ばを経過して巨額の追加予算が計上された事情でありまして、本年1月末には、大蔵省証券の発行高は370億円に上った次第であります。もっともこの発行高は、2月に入りまして、歳入の大宗である租税収入の画期的増加によりまして逐次減少し、3月10日現在では57億円を残すに止まり、国庫金の残高を考え合わせますと、ただいまのところは、実質的に全部償還された形になっております。しかしながら、特別会計につきましては通計して550億円を超ゆる資金不足が予定せられ、結局において政府資金の対民間撒布超過は相当巨額に達しているのであります。

 以上の実情に徴しまして、昭和23年度予算は、実質的な健全財政の実現を根本方針といたし、財政の規模を国力に合致させるとともに、歳出については真に必要かつ有効な費目のみに限定し、年間収支の均衡のみならず、財政収支の時間的調整をもはかってまいる考えであります。また税制につきましても、国民の租税負担の均衡をはかり、生産意欲の障害を除くため、勤労所得税の大幅引下げを中心といたしまして所得税の軽減をはかりますとともに、企業の再生産活動を容易にするために、法人税について所要の改正を行う等経済情勢の推移に即應する改革を行う意向をもって、目下その準備を進めている次第であります。

 なお歳入の確保のためには、脱税の防止はもとよりのこと、インフレ利得ややみ利得を徹底的に追求し捕捉する措置を講じ、これによって徴税の徹底を期したいと考えます。

 他方産業資金面については、金融機関の融資がかなりの巨額に上ったのみならず、なかんずく復興金融金庫の融資資金が、大部分復興金融債券の日銀引受によって調達されることを主因としまして、通貨増発の1原因となっております。従って、今後復興金融金庫の融資に対する監督を強化するとともに、赤字融資の抑制を継続強化する考えであります。また一般金融機関につきましては、現行の融資準則による融資規制の方法をさらに改善強化する措置を講じ、他面財政資金、復興金融債券の民間消化に一段の努力をいたす方針であります。しかしながらその反面において、政府の経済計画実施に必要な産業資金は極力その供給を確保して、その事業活動を阻害梗塞することのないように留意することはもちろんであります。

 次に、健全金融の実施を確保するためには、資金の蓄積にまたねばならないことは申すまでもありません。1昨年救国貯蓄運動が展開されまして以来、貯蓄成績は逐次向上の一途をたどっているのでありますが、他面財政資金、産業資金の需要に比較しまして、未だ決して十分とは申されないのでありますので、政府としましては、定期的預貯金の優遇等に一層のくふうを加えたいと存じます。国民の一層の協力に期待いたす次第であります。なおこの際、新円再封鎖、平価切下げは絶対行わないことを確言するものであります。

 以上述べましたごとく、財政金融の面よりインフレーションを抑制する方策を徹底いたしますことは、経済再建上の重要な要件と存じます。他面経済の復興をはかるためには、このような前提の上に立って生産の増大をはかることを至上命令とするのでありまして、これを達成することなくしては、終戦以来の窮乏と飢餓とから解放せられ、国民待望の経済再建の輝かしい光明を期待することは、とうていできないのであります。しかも、このための努力を国民みずから盡すならば、初めに述べましたごとく、本年は恵まれた環境におかれることも期待し得るわけであります。従いまして、政府におきましては、国民各界の協力を得まして、長期経済再建計画の完成をはかるべく、目下その策案を急いでいるのでありますが、さしあたり、その第1年度たる昭和23年度の計画目標といたしましては、前内閣が定めました石炭3,600万トン、鉄鋼100万トン、硫安90万トン等をもって仮目標として、万難を排してその実現をはかるつもりであります。しかしながら、この目標といえども、尋常一様の努力では達成可能とは考えられないのでありまして、格段の努力を必要とするものであります。政府は、国内の経済力をもってしては達成することのできぬ物資につきましては連合国の援助を懇請する一面、全国民の奮起協力によってその実現を固く期待しているのであります。

 増産計画の眼目といたしましては、依然として石炭・電力・鉄鋼・肥料を中心とする傾斜生産方式を継続強化し、他の産業活動の規模を逐次拡大していくための基礎的生産資材の重点的増産をはかるとともに、これに対應して、今日の産業経済活動の大きな制約をなしておる海陸輸送力についての損耗と破壊とを整備充実し、輸送能力の格段の増強をはかるための有効なあらゆる措置を講じ、いやしくも生産された物資については滞貨を生ずることのないよう万全を期する考えであります。また、これら基礎的産業部門の整備と相並行して、繊維工業等の輸出産業の振興に力をいたしますとともに、これに相関連する中小工業の振興につきましても、技術経営等の改善に着実な努力を拂いたい所存であります。政府といたしましては、右に述べましたような計画の実現のために、全国民的な能率増産運動を展開いたしますとともに、資材割當の合理化、遊休資材の全面的動員活用等による生産増強態勢の整備をはかる措置を実施する考えであります。また農業生産につきましても、供出責任制の実施と相まって、肥料その他の生産資材の責任配給を行う等、政府におきましてあらゆる努力を盡しますとともに、関係方面の協力を得て、食糧の一割増産運動を強力に推進し、計画的生産の確保をはかってまいる方針であります。

 次に、本年は連合国の絶大の好意と理解ある援助により、綿花、石炭、鉄鉱石その他の必要物資の輸入も画期的増大が期待せられ、各種の外資も逐次導入を見ることと予想されるのでありまして、日本経済も、今や戦争以来の長期間の孤立経済の状況から離脱し、諸外国との正常なる経済交流に備えるべきときが到来したものと考えられます。従いまして、かような事態に対應して、輸出振興については、その重要性に鑑み、さらに一段と努力を拂う必要があることは申すまでもありませんが、それとともに、わが国経済を逐次国際経済へ順應させる方途を講じ、とりわけ国内産業及び企業経営の体制を逐次整備し、経営・技術・労働・生産の全般にわたって合理化を推進して、わが国産業の国際的水準を向上充実させることが格別重要であると思うのであります。しかして、この産業の合理化につきましては、政府といたしましても、今後の価格形成、資材・資金の割当等、各方面よりこれを促進することに努める考えでありますが、各企業におきましても、経済動向の推移に徴して、労資双方相協力して必要な合理化を推進し、企業の健全化と明日の繁栄に向って協同の努力を盡されんことを希望してやまない次第であります。

 次に、国民生活の安定はつまるところ経済安定の基盤であり、経済の復興はつまるところ国民生活水準の確保向上にあると考えますので、飢餓と疾病を防止し、社会不安をなからしむるに必要な限度の食糧その他の生活必需物資を確保するにもちろん、さらに前年に比しまして生活水準の実質的改善をはかるために努力を傾注いたしますとともに、勤労者の生活安定、とりわけ生産増強に直接関連する重要産業に従事する勤労者に重点を置いて、その実質賃金を充実する方針であります。従いまして、これまでの生活必需物資対策を継続実施するとともに、さらに実施経過に徴して各般の改善措置を講じてまいりたいと考えております。なかんずく食糧については、昭和22年産米の供出が例年に見ぬ早期に完了し、これに連合国の好意により輸入食糧の機宜の放出によって、従前に比べ国民の食生活に相当安定感を與へているのでありますが、さらに引続き、今年こそは例年の端境期におけるがごとく食糧危機の再現を絶対に避けて、現行一般配給量の遅欠配のないよう全力を注ぎ、供出・輸送・貯蔵・加工の部面について適切なる改善の措置を講ずるほか、重要産業労務者に対しては、現行労務者加配米制度を刷新し、配給基準を調整して、厳に実稼働に應ずる効率的な運用をはかりますとともに、食糧事情をも勘案して、逐次改善強化いたしたい所存であります。

 魚類、蔬菜等の生鮮食糧につきましては、現行統制に必要な改善を加えるとともに、特にその励行に努め、さらに加工水産物等との総合配給制を実施して、格段の配給増加をはかってまいる所存であります。その他衣料品、家庭燃料等の重要生活用品につきましても、一般民生の最低限維持のための配給を確保するほか、特に重要産業労務者に対しては、作業用品の供給力の増加によって増加配給を行う考えであります。

 以上の措置の実効を確保するため、政府は、配給組織については、特に消費面の自主的な受配体制を育成強化するため、地域及び職域の生活協同組合の積極的活動を助長する措置を講じてまいるとともに、日用品の配給方式についてもこれを刷新し、統制品目を整理して、実効のある統制を確実に励行していきたいと考えておる次第であります。

 なお国民の住生活の面につきましても、本年度は乏しい資材の中から特に多くをこれに割いて、前年度に比し相当大幅の住宅建設を実現いたしますとともに、特に勤労庶民階級に対する住宅の供給に重点を置きたい考えであります。

 政府は右のような国内的努力を盡し、現行食糧配給基準量の配給確保体制を整え、その成果をまって連合軍総司令部に対し懇請し、できるだけ速やかに一般配給基準量の実質的な改善調整を実現できるように努めたい所存であります。

 次に物価につきましては、以上述べました各般の経済施策の一環をなす重要な問題でありますので、その安定のために最善の努力を継続する必要のあることは申すまでもないところであります。現に物価安定に関する一大国民運動の展開の機運にあることはまことに喜びにたえぬところでありまして、政府といたしましても、必要な支援を惜しまぬ次第であります。

 以上は経済施策の大要でありますが、その施策の実施方式につきましては、現在のわが国経済の実情におきましては、今なお経済統制を継続強化するとともに、とりわけこれが適切な運営と確実な励行とをはかる以外に、いかなる政府といえどもその実効を収める途はないばかりでなく、みずから盡すべきを盡さず、いたずらに他に求めることは、連合国の好意的援助にも報いるゆえんでないことは明らかでありまして、経済再建上重要なる年を無為に過す懸念がないといたされない次第であります。従いましてわれわれは、日本経済の安定と復興とを国民みずからの手において実現すべき責任を自覚し、ただ一途に国民の総力をこれに結集すべきであると思うのでありまして、祖国再建のために、全国民諸君の奮起と協力とを特に切望するものであります。

 なかんずく全国の勤労者及び農民諸君はすでに十分に自覚自負せらるるがごとく、今日においては、日本経済再建の成否はかかって諸君の双肩にあると言わなければならないのであります。最近勤労者及び農民諸君の間に、健全な労働組合及び農民組合の運動が澎湃としてわき起りつつあることは、まことに注目すべきことでありまして、特に労働組合が真にその自主性と責任制とを確立し、経営者団体と自主的に協力し、生産復興運動を推進されることは、その意義は今日きわめて大きいといわなければならないのであります。政府は、これらの健全にして建設的な運動の急速にして活発な成長に対して、深き関心をもつものであります。政府は今後の施策においては、上述のごとく、あらゆる努力を盡してインフレーションの抑止と勤労者諸君の実質賃金の向上をはかる所存でありますが、勤労者諸君におかれては、政府の意のあるところを了察されて、積極的にこれらの安定施策に協力されることを特にお願いするものであります。

 以上、政府といたしまして本年度中にとるべき経済施策の重点を申し述べたのでありますが、さいわいにして全国民の増産と経済安定への努力が成功いたしました暁においては、終戦以来2年有余、ようやくにして困苦と混乱の中に経済再建への明るい展望が開かれるに至ることは疑いないのであります。もちろん敗戦経済の現状は、わが国の自力のみをもって解決しがたい幾多の欠陥があることは事実でありますから、これらの補強について連合国の好意ある援助を得られるよう政府として十分の努力を盡す所存でありますが、要は、全国民の祖国復興への真摯な努力が具体的に示されることにあります。重ねて、祖国の復興再建のために国民各位の奮起と協力を切望してやまない次第であります。