[内閣名] 第48代第2次吉田(昭和23.10.15〜24.2.16)
[国会回次] 第4回(常会)
[演説者] 泉山三六国務大臣(経済安定本部総務長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1948/12/4
[参議院演説年月日] 1948/12/4
[全文]
ただいま、吉田内閣総理大臣より、本内閣の施政の根本について述べられたのでありまするが、私は経済安定本部総務長官として、この機会に、今後における経済並びに財政施策の根本となるべきものにつきまして、いささか所信を申し述べたいと存じます。
終戦後すでに3年有余を経過いたして、わが国経済は、終戦当時の混乱状態から脱却いたして、緩慢ながら漸次回復の道をたどって参りましたことは、占領軍当局の好意ある援助によることはもちろんでございまするが、また国民各位の困苦欠乏に耐え、不断の努力を傾注せられました結果でありまして、まことに御同慶にたえない次第であります。しかしながら、わが国経済の復興は、今やようやくその緒についたばかりでありまして、経済を再建し、国民生活を安定し、進んで世界経済の平和的発展に寄與することができるようになりますには、前途なおまことに遼遠であると申さねばなりません。
すなわち、第1に鉱工業の生産状況は、終戦以来逐次回復の徴を示して参ってはおりますが、本年下期における産業用配炭の減少、この冬の渇水期における電力需給の不円滑等、当面の事情を考慮いたしますときは、必ずしも楽観を許さぬ状況にあるのであります。
貿易の状況も、輸出においては最近やや改善の跡を見るに至ったようでありますが、なお遺憾ながら不振の域を脱せず、本年上期の実績について見れば、昨年上期のそれを下まわるというまことに憂慮すべき状態であります。一方輸入は、おおむね予定通り進捗して、国民生活の安定と日本経済の復興とに寄與しているのでありますが、この結果は輸出入の著しい不均衡を来し、米国の巨額な対日援助によって、辛うじてそのしりがカバーせられている状態であります。
次に、インフレーションの総合指標である通貨、物価及び賃金の動きを見ますと、通貨及び物価につきましては、この数カ月間、明らかにその動きは緩慢になって参っておりますが、ひとり賃金のみは急激なる上昇を示しているのでありまして、そのため実質賃金は向上し、家計の赤字も漸次減少の傾向をたどって来てはおりますが、生産の増加を伴わない名目賃金の追求が、はたして真に生活安定に資するものであるかないかを、深く反省しなければならないと考えるのであります。
次に企業の状況を見るに、労働問題の應接と赤字の処理に寧日なく、その経済性及び自主性を喪失している感が深いのでありまして、企業の実体は依然として改善されておらぬ実情であります。
さらに国家財政面を見ましても、公務員給與の増額、災害復旧費、企業の赤字の処理等のため予算の膨脹を余儀なくせられ、すでに国会に提出いたしましたように、多額の補正予算を必要とすることに相なったのであります。
以上全般を通じて、わが国経済は、米国の援助を主たる支柱として漸次安定化の方向をたどりつつあるとはいえ、国民経済全体としては、依然大きな赤字経済を継続している現況にあるのであります。
かかる現況を打開して、国民経済の自立を目ざし、生産の増強、輸出の増進を促進し、経済の安定及び復興をなし遂げることが、今われわれに課せられた課題でありますが、具体的の施策については、その時々の経済情勢と調和を保ちつつ、生産の増強、流通秩序の確立その他経済安定を目途とするもろもろの施策を総合的に実施する必要があると考えるのであります。
以上の構想に基いて、本内閣として特に重点を置かんとする諸施策について、以下申し述べたいと存じます。
まず第1に、経済統制の整理簡素化について申し上げます。終戦以来、国民経済の各分野にわたって行われた経済統制は、それぞれ重要な役割を果して参ったのではありますが、最近における物資需給状況の改善、購買力の減退等経済条件の変動にかんがみ、統制全般にわたり再検討を必要とする段階に到達していると考えるのであります。よってこの際、不必要と考えられる統制は思い切ってこれを廃止するとともに他方、国民経済の安定と復興とに欠くことのできない基本的な統制は、その縮小された領域を対象として、むしろ強力に行って参る所存であります。
そもそも生産増強の要諦は、各企業の積極的な創意と責任とにまつべきものでありまして、限られた領域における統制方策が明瞭にされるならば、すなわち明るい統制のもとに自由な活動は認められ、各企業は必ずや自己の責任において向うべきところを自覚し、活発な企業活動も、これによって初めて期待できるのであります。同時に統制の整理は、これによって行政の簡素化、能率化を促進することと相なるのでありまして、総合的な失業対策を行うことと相まって、強力な行政整理を断行し、行政運営の的確敏速と、国庫財政の負担を軽減すべき基礎工作も、これによって初めて可能となると考うるのであります。
次に、企業の合理化について申し述べたいと存じます。
経済再建のためのあらゆる施策の成否を決するものは、1に生産の増加にあることは、申すまでもないのであります。しかるに、これら経済活動の任に当るべき各企業が、今日のようにその経済性と自主性を喪失している状態のもとにおいては、真の生産の回復は期しがたいといわねばなりません。この点にかんがみ、企業の自主性を回復し、その運営においては、あくまで経済性を基盤とし、もって現在の不健全性を拂拭するとともに、経済道義の高揚を期することが緊要であります。加うるに、1本為替レートの設定の時期も次第に迫りつつある今日、企業みずからの自覚と努力とによる生産技術の向上、経理の健全化とともに、労働効率の引上げ等による企業の合理化を急速に促進することこそ、わが国経済が世界経済に参加して確固たる地歩を占むる上に絶対不可欠の要件であるのであります。
従来企業がその自主性と経済性とを喪失して参りました原因は、もとより多々あるのでありまするが、政府の統制と、また政府の保護のもとに甘んじて参りましたということも、また企業が非常に非合理的に相なった原因の1つと考えるのであります。今後政府といたしましては、企業の正常なる採算性の確保を期するとともに、健全なる資本の蓄積その他経営基盤の強化等に資する施策を行う考えでありますが、他面、賃金安定に関するいわゆる3原則の線に沿って、赤字融資、価格差補給金の交付による企業赤字の負担等、企業の経済性及び自主性と相矛盾するがごとき措置は、これをとらざることを基本方針といたすものであります。
次に、貿易の振興について申し上げます。国民経済の復興と自立のためには、まず一定物資の輸入が要請せられ、従って、これに見合う輸出の振興こそ経済復興と経済自立の第一歩であるのでありますが、最近の輸出貿易の実績を見まするとき、まことに寒心すべき状態にあることは、すでに申し述べた通りであります。貿易不振の原因は、あるいは国内的に、あるいは国際的にすこぶる複雑多岐でありまして、これが打開は実に容易ならざるものがあるとは存じますが、政府におきましては、すみやかに有効適切なる根本的措置を講ずるとともに、関係方面の理解ある援助を要請すべきものについては、すみやかにこれを懇請して、貿易不振の打開策を講ずる所存であります。
次に、食糧問題について申し上げます。すでに10月より労務加配の対象の拡大と配給量の増加を、また11月よりは一般主食配給基準の増量を実現することができたのであります。しかしながら、この増配の実現をもって、ただちに今後の食糧事情に楽観を許すことはできないのであります。すなわち、このことは、連合軍の援助による食糧の大量輸入と農民諸君の理解ある供出の完遂とがあって初めて確保できるのでありまして、これにつきましては、政府も食糧増産対策に一層の努力をいたす所存であります。何とぞ農民諸君におかれましても、割当てられたる供出の完遂はもとより、さらに進んでは超過供出にも特段の努力を傾注いたされんことを、切望してやまぬのであります。なお政府においても、供出完了後の米の自由販売について、その時期と方法につき、せっかく考慮中であります。
なお本問題に関連して、農地制度の改革について一言いたしたいと存じます。昨年以来実施中の農地の買収、賣渡しは、関係官民の努力によりまして、今年一ぱいをもって所期の目的を達成できることと相なりましたが、いわゆる第3次農地制度の改革というがごときことは、政府といたしまして、これを行なう意思はないのであります。今後の農村対策といたしましては、既開墾地の土地改良、開墾地の選択、治山治水等土地の総合的利用を確保して、農業生産の増強に努めるとともに、せっかく創設した自作農の安定を期するため、農業経営の合理化をはかり、かつ負担を軽減し、農業協同組合を育成して農村の経済力を培養するよう、各般の施策を具体化して参りたい所存であります。なお、この際附言しておきたいことは、生鮮食料品の統制の撤廃及び大衆料飲店の再開等についても、食糧需給の推移とも見合い、その時期、方法を研究いたしておるのであります。
次に、労働問題について申し述べます。政府といたしましては、労働組合運動の健全なる発達をば衷心よりこいねがうものであります。そのためには、ますます労働組合の完全なる民主化をはかるとともに、その自主性及び責任制を確立し、労資ともに秩序と規律を重んじ、労資関係の正常化せらるるように努力を拂うこともちろんでありますが、不幸にして起ります労働争議に対しましては、その早期かつ平和的な解決をはかるよう努力を重ねる所存であります。政府といたしましても、勤労者の生産意欲を高揚し、労働生産性の向上をはかりますことが、生産増強、経済再建の推進力となることを確信するものでありまして、勤労者の生活安定、特に実質賃金の確保をはかりますため一段と努力を惜しまないものでございます。
しかしながら、最近産業界の一部に見られますように、勤労者はいたずらに名目賃金の追求に走り、これに対し企業は、政府補給金、赤字融資等の不健全な給源によってこれにこたえ、あるいは製品価格の引上げを要求するごとき、労資一体の企業努力を忘れて安易な道に流れるようなことがあれば、インフレと賃金の悪循環を断つことができません。遂には勤労者の実質賃金確保の要求にも相沿わぬ結果となることをおそれるのであります。先般賃金問題に関連して明らかにせられましたいわゆる3原則も、まったくこの趣旨に基くものにほかなりません。今や主食の増配その他労務加配の増加等により、さらにまた実効価格の停滞によって、実質賃金の向上、家計安定の増加の機会にありますので、この際特に賃金バランスの維持、賃金の安定化に全勤労者諸君の理解ある御協力を要請いたしたいと存じます。
次に、物価対策について申し述べます。昨年来の物価趨勢は、一般物価指数、また実効価格指数を見ましても、明らかに騰勢にはありますが、その進行は比較的緩慢であります。また、この物価騰勢の緩慢化と相並んで、家計の安定度は最近やや増加いたしたようには見えまするが、国民経済の赤字は決して解消しているわけでないのであります。その赤字は、財政か企業か家計かのいずれかに、あるいはまたこの3者に負担せしめるほかはない現状であります。しかるに、3者のいずれも、すでに負担限度の極限に近くなっていることを考えますとき、財政負担と物価及び賃金の調和ある相関関係と平衡関係とを確立し、かつ、あとう限りこれを堅持して動かないことが、経済の安定化のために特に望ましいところであります。従来の例に徴しますと、均衡ある生産の見通しを十分に反映し得ない性急な公定価格の引上げのごときは、企業採算の不均衡と賃金の跛行的上昇を招来しまして、この面から物価と賃金の悪循環を誘発するおそれがあるのでありまして、これらの事情を考えまするとき、用意なくして全面的価格改訂を企てるがごときことは、この際絶対に避けたい所存でございます。
最後に、さきに提出いたしました補正予算に関連して、財政金融の方策について申し述べたいと存じます。
まず、補正予算の提出を必要とするに至りました基本的事情について申しますならば、その第1は、一般賃金水準の上昇に伴う国家公務員の給與ベースの切りかえの問題であります。御承知のように、現在官公吏諸君の給與ベースは、本年7月の補正物価体系に織り込まれた民間工業平均賃金に均衡をとったものでありまするが、その後の推移に顧みまするに、公務員給與3,791円ベースのすえ置に対しまして民間賃金は相当上昇し、一方生計費もまた相当膨脹いたしておるのでございます。なお、今回の国家公務員法の改正に伴い、官公吏は特殊の地位を與えられたのでありまして、この際官公吏の待遇を改善することが、ぜひとも必要と相なったのであります。
補正予算提出の基本的事情の第2は、最近における災害の続出と、これが復旧対策の問題であります。戦時中及び戦後を通ずる国土の荒廃は、まことに憂慮すべきものがありまして、特に本年度におきましては、さきに北陸の震災があり、さらにアイオン台風を初めとして各地の風水害が相次いで起りまして、これを放置するにおきましては、民生の安定、経済の再建の上に重大な支障となることを痛感せられるのでございます。
以上2点の要請を根幹とし、これに終戦処理費、価格調整費等必要やむを得ざる諸経費を計上いたし、ここに補正予算を編成することと相なったのでありますが、その編成方針につきましては、財政の健全性を貫くことこそインフレーションを収束し、経済を常道に立て直すためのかぎであり、かつ外国の援助を期待し得る前提であることを確信いたしまして、あくまで健全財政の方針を堅持することといたした次第でございます。
すなわち第1に、一般会計及び特別会計を通じ厳に収支の均衡を保持することとし、第2には、鉄道運賃、通信料金の改訂その他、一般物価に影響を及ぼし、インフレーションを促進するような歳入に財源を求めることを避け、また第3には、財政資金全体の規模が、国民負担の現状から見て苛酷にわたらない範囲に納まるように、極力これを圧縮することとしたのであります。
以上の原則に従いまして編成しましたのが今回の補正予算案でありまして、さきに申し上げました主要費目以外にわたりましても、既定経費の不足あるいは新規事項の追加等相当多額の歳出の要請が存したのでありますが、これらは極力圧縮いたしまして、一般会計総額において、歳出、歳入とも586億余万円と決定いたしたのであります。
今後の財政の面からするインフレーションの進行を阻止するため、実質的な収支の均衡をはかり、経済の安定復興と生産の増強とを第1目標として、財政と国民経済との調和的発展に深く留意しつつ、全体的見地に立った幅のある健全財政の運営を実現いたしたい所存であります。なお、財政収支の時期的調整、国家財政と地方財政との間の財源及び負担の適切なる配分等につきましても、一連の問題として特段の配慮をいたしたい考えであります。
歳入確保の点につきましては、租税収入、専賣益金等の確実な増収をはかるため、適切な措置を強力に推進して参りたいと考えております。現行税制のもとにおける国民の租税負担は相当に重く、国民経済の現状からいたしまして、この負担に耐えますることは容易ならぬ努力が必要と思われるのでありますが、幸いに国民各位が国家財政の窮状をよく認識せられ、租税完納のためにさらに一段の御協力賜わらんことを、切に希望いたす次第であります。
なお取引高税の撤廃につきましては、補正予算中に織り込む運びに至らなかったことを遺憾とするものでありますが、これを廃止するという根本方針にはかわりないのでありまして、これが実施の時期並びにかわり財源について、引続き研究を進めておる次第であります。
次に金融政策につきましては、健全金融を建前として、いわゆる赤字融資は一切これを行わない方針で進むものであります。しかしながら、現在各方面において悩まされつつある金融梗塞の実情は十分これを認識し、金融に一層の弾力性を賦與したいものと、くふういたしておるのであります。インフレーションの抑制方策として、金融引締めの方法が即効的に有効であることは明らかでありますが、それが度を過しまして、生産を萎縮し、企業意欲を減退せしめるようなことがございましては、終局的にインフレーション克服の目的を達することができないことも、これまたきわめて明瞭であります。この間の事情をよく勘案して、金融の健全性を保持しながら、しかも生産の増強、経済の復興に活路を與えるように、善処いたしたいと考えておるのであります。特に中小企業及び農漁村金融の円滑化については格別の措置を講じたいと存じております。しかして、このような金融政策が通貨の増発を招来せしめないためには、手形制度の活用等信用取引を発達助長せしめるとともに、貯蓄の増強に一段のくふうと努力を必要といたすことは、申すまでもありません。従って、その見地からも、通貨に対して何らかの措置をとるというがごときことは、政府として、まったく考えておらないところであります。
なお、従来とかくの批判の対象となっておりました復金融資の問題についても、復金本来の使命を達成するに必要なものに限定するとともに、融資の責任を明確にするため、必要な仕組等について成案を急ぎつつある現状であります。
以上、私は本内閣として当面実施すべき重要政策に触れて参ったのでありますが、政府といたしましては、さらに5箇年後における日本経済の自立を目標として、困難なる現勢において見通し得る限りの経済條件と経済情勢を織り込みつつ、いわゆる経済復興5箇年計画の立案を急ぎつつあるのであります。しかしながら、これを再建の目標として生産の飛躍的増強と国民生活水準の向上を期するとともに、国際収支の均衡を確保して、現在アメリカの援助にささえられているわが国民経済を真に更生自立せしめるためには、現在のわが国の置かれておりまする内外情勢から見ましても、まことに異常の努力を要するものと申さねばなりません。幸いに全国民諸君の理解ある御支援によって政府の諸施策が所期の実効をあげ得ますよう十分御協力くだされんことを切望してやまぬ次第であります。