データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第49代第3次吉田(昭和24.2.16〜27.10.30)
[国会回次] 第13回(常会)
[演説者] 周東英雄国務大臣(経済安定本部総務長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1952/1/23
[参議院演説年月日] 1952/1/23
[全文]

 諸君、わが国は近く発効する平和條約の成立に伴い、国際経済に復帰し、自立国家としての名誉ある地位を確立いたし、世界の平和と共通の福祉の増進に積極的に寄與し得ることとなるのでありまするが、この機会におきまして、私は、日本経済に関する最近の諸情勢と政府の経済政策の大綱につきまして所信を明らかにいたしたいと存ずるのであります。

 まず日本経済に関する最近の諸情勢について申し述べますれば、わが国経済は、一昨年の6月朝鮮動乱の勃発を契機といたしまして、生産の上昇、貿易規模の拡大等、産業活動の著しい進展を示したのでありますが、昨年4月ごろから、国際市況の影響もありまして、経済動向は再び転換し、一時は輸出の減退、貿易関連商品を中心とする価格の低落を見たのであります。しかしながら、世界の政治経済の基調はなお不変であり、昨年秋ごろから漸次輸出は増進いたし、物価も微騰に転じ、最近はおおむね横ばいの状況にあるのであります。

 この間、鉱工業生産は引続きおおむね順調に推移いたし、昭和26年度は、昭和7—11年の基準に対しまして140%前後となる見込みであり、昭和25年の105%に対し3割以上の増加となるのであります。また貿易につきましては、昭和26年度の輸出は、特需を含めて約17億ドルに達し、昭和25年度に比較いたしまして5割以上の増加をいたす見込みであります。また昭和26年度の輸入は、援助輸入を含めまして約18億ドルに達し、これまた4割程度の増加となるのでありまして、貿易規模もまた著しく拡大を見ております。これに伴いまして国民所得もまた増加し、昭和25年度の3兆5,900億円に対しまして、昭和26年度におきましては4兆6,600億円に達する見込みであります。

 右に述べましたごとく、わが国経済は著しい回復の跡を示して参ったのでありますが、最近におけるわが国経済諸情勢には、幾つかの注目すべき現象が見られるのであります。すなわち、電力及び石炭等の動力源の不足が今後の生産上昇の隘路をなし、これらの増強が達成されない場合には生産は頭打ちになるおそれがあるのであります。また国内価格が国際価格と比較して相当割高なものがありますために、一部の物資につきましては輸出が阻害されておるのであります。国際収支及び貿易の面におきましても、貿易規模としては拡大しつつありまするけれども、ドル地域との通常の貿易関係は入超であります。今後ドル収支全体としては不均衡を生ずるおそれもあるのであります。要するに、わが国経済の基盤は依然として浅く、資本の蓄積も貧弱であり、経済発展の基礎はいまだ十分でないといわれなければなりません。

 しかも、わが国は、昨年6月米国の対日援助が打切られ、真の意味においての1人立ちの経済を営むことになっておるのであります。加うるに講和の発効によりまして、自衛力の漸増、対日援助債務の返済、賠償、外債の支拂い等に伴う新しい経済上の負担が増加するのでありますから、これら新たに増加する国民負担を克服しつつ、国民生活水準の維持向上と、国民経済の健全な発達とを達成するためには、何といっても生産を増強し、輸出の増進と輸入の確保とに努めて経済規模の拡大を実現して行かなければならないのであります。幸い、わが国には未稼働の生産設備と豊富な労働力とが存在するのでありますから、これに必要な動力、原材料等の供給を確保いたし、さらに前述のごとき諸問題を解決し、打開するならば、生産の増加、貿易の規模の拡大等によりまして、将来わが国経済を充実強化し、国民生活の維持向上をはかることは決して難事ではないのであります。

 諸君、右のごとき実情のもとにおいて、講和後における日本経済の運営をいかにすべきかは、おのずから明らかなのであります。政府といたしましては、今後のわが国経済を次の基本政策によって運営いたしたいと考えるのであります。

 第1は、米国初め友邦諸国に対する経済協力ないし東南アジア地域の開発への参加を通じて広く世界経済に寄與しつつ、日本経済の自立を達成することであります。

 第2は、電力等の動力源及び国内資源を開発し、鉱工業生産を増強するとともに、農林水産資源の培養をはかり、食糧自給度の向上等に努めることであります。

 第3は、輸出の増進と輸入の確保により貿易規模を拡大しつつ、国際収支の均衡、特にドル収支の均衡をはかることであります。

 第4は、物価の安定を確保し、国際競争力の保持と国民生活の安定を期することであります。

 第5は、経済の運営にあたり、自由経済の基盤の上に、重要物資の需給の適合、資金の調整、輸出入の調整等について総合的計画的な施策を講ずることであります。

 次に、この基本政策に基き、今後とるべき方策について申し述べたいと存じます。

 第1は、国際経済協力を積極的に推進することであります。しかして、これが具体策につきましては、政府は諸般の情勢の推移に即応しつつ、随時万全の施策を講じて参る所存でありますが、さしあたり次の方法によりまして経済協力を推進いたしたいと考えておるのであります。

 その1は、米国の国防生産の進展に伴い供給の不足する緊急物資について、わが国からの輸出を増加することであります。たとえば鉄鋼、アルミニウム等の、米国において特に不足しておる物資につきましては、原材料の輸入が確保されれば相当の輸出余力が存するものであります。また機械器具等につきましても輸出を増進する所存であります。なおその際、新たに設備の整備を必要とする場合におきましては、原材料の確保、製品の輸出等について相当長期にわたる契約の締結を望みたいと考えておるのであります。

 その2は、東南アジア諸国の開発に対する協力であります。東南アジア諸国は、地下資源の開発、食糧の増産等の計画を進めており、米国その他の諸国もこれに対し援助を行っておるのでありますが、鋼材、機械器具、化学肥料等、供給の著しく不足しておる物資につきましては、わが国からの協力に期待するところが大なるものがあるのでありますから、わが国としては、これら物資の輸出の促進に努めますとともに、開発の実施に必要な技術援助につきましてもこれを積極的に行なう所存であり、これらを通じて東南アジア諸国の開発の促進に協力して参りたいと存じております。

 その3は、国際割当物資に関する協力であります。国際割当物資のうち、わが国からの輸出可能な物資、たとえば硫黄等の物資につきましては輸出の増加をはかる所存であります。なお国際割当物資、米国の輸出制限物資等で、特に世界的に需給の逼迫しておるものにつきましては、これが輸入の確保とその効率的使用をはかるために、不要不急用途への使用制限、流用防止等の措置を講じて参りたいと存ずるのであります。

 これらとともに、いわゆる特需の発注に対しましては、政府は引続きあとう限り協力して参る考えでありまするが、さらに今後米国の国防生産の進展に関連して増加する需要に対しても、生産設備と労働力とを活用いたしまして、これに応ずる所存であります。

 以上のごとき方法により経済協力を推進することにより、今後米国初め友邦諸国からの必要な物資及び資金を確保し、また東南アジア諸国からも原材料、食糧等の輸入を増加し得ることとなり、わが国経済の自立達成に対する協力をも期待し得るものと信ずるのであります。

 第2は、電力、石炭等の急速な増強と、国内資源の開発をはかることでありますが、政府は電源開発のため政府資金を重点的に投資することといたし、民間資金の活用と相まって、昭和27年度は前年度のほぼ倍額に相当する1,200億円程度の電源開発資金を確保して、急速に電源開発を促進いたす所存であります。わが国の生産設備を有効稼働せしめる場合の鉱工業生産は、昭和7—11年の基準に対し、おおむね200%程度となるのでありまして、電源開発といたしましても、少くとも現有生産設備能力の有効稼働をはかることを目途とし、昭和30年度末に需要端電力量460億キロワット時の供給を確保することといたしておるのであります。すなわち、昭和26年度の需要端電力量はおおむね340億キロワット時でありますから、電力供給量におきまして約35%の増加と相なるのであります。開発の実施にあたりましては、電気事業者、自家発電、公営等の既存の企業形態を極力活用いたすことは申すまでもありませんが、特に開発規模が大きく、かつ治水利水等の見地から総合的に開発を必要とする特定の地点につきましては、新たに電源開発機構を設け、これが開発の促進を期する所存であります。他面これと並行して、送配電損失の軽減、電力消費の合理化をはかり、電力の利用効率を増大する考えであります。この電源開発計画は、水力電源の開発を主体とするものでありまするが、これには相当の期間を要しまするので、さしあたり電力用炭の確保による火力発電の増強、自家発電の動員等によりまして、その間電力需給の緩和をはかりたいと存じます。現在輸出を強く要請されておりまする化学肥料、アルミニウム等の増産のごときも、これらの諸措置を急速に実施しなければ、多くを期待できない実情であります。

 次に重点を置くべきは、石炭の供給量の増加であります。これがため、炭坑の若返り、設備の近代化等により石炭の増産を促進するとともに、輸入の増加をはかる方針であります。これと同時に、現下の石炭需給の状況に徴し、熱管理の強化、重油転換等の措置によりまして石炭消費の節約に努めるとともに、たとえば電力のごとき重点部門における石炭入手の確保等をはかりたいと存じます。

 右の電力、石炭等の燃料動力源の増強と相まって、今後の鉱工業生産増強の重点はまず国際的に不足する物資の供給に置く必要がありまするが、これがためには、産業構成において機械、金属等の重工業部門、肥料等の化学工業部門の強化が要請されるのであります。これとともに、あとう限り国内需給度の向上に資するため、未開発森林資源の開発及び造林、鉱物資源の開発、国内資源の高度利用等を十分に助長する所存であります。

 第3は、貿易を一層振興するとともに、国際収支、特にドル収支の均衡をはかることでありまするが、国際収支につきましては、現在のところポンド地域に対する輸出の増大によりましてポンド貨の保有高が増加するとともに、特需その他の貿易外収入の増加によりましてドル貨もまた増加を示しておりまするが、食糧及び原材料の多くをドル地域からの輸入に依存しておりまするわが国貿易の現状から見まして、今後相当額のドル収支の不均衡を生ずるおそれもあるのであります。

 従いまして、ドル地域に対する輸出を増進いたしますとともに、ポンド地域からの輸入を極力促進して、ドル地域及びポンド地域を通じまして、貿易規模を拡大しつつ、これが調整をはかって参ることが現下貿易政策の急務であります。これがため、政府といたしましては、前に述べました経済協力のための諸方策の推進と相まって、輸出信用保険制度の拡充、輸出振興外貨制度等によりまして、ドル地域向け輸出の増進をはかる所存であります。これと同時に、ポンド地域に対する貿易につきましては、東南アジア地域開発への協力と相まって、原材料、食糧等について極力ポンド地域からの輸入の増加をはかって参りたいと存じます。政府は、これらの点にかんがみ、従来に引続き、外貨予算編成上、今後一層慎重な考慮を拂って参る所存であります。産業界においても、政府の意のあるところを了とせられ、以上申し述べました政府の施策に協力せられたいのであります。

 なお政府は、今後も外航船腹を増強して輸出入の円滑をはかるとともに、海運収入の増加によりドル不足の緩和に資する所存でありまして、昭和27年度においても約30万総トンの新造船の着工を期しておるのであります。

 第4に、国内物価の安定をはかることであります。輸出を増進し、また国民生活を維持向上せしめますためには、物価の安定が特に必要であります。政府は、物価安定に関する基本方針といたしまして、重要産業物資及び生活必需物資の需給の適合、資金の調整等、適切な施策の運営によりまして、これを確保して参りたい考えであります。特に電源開発等投資の増大、経済協力の促進等により需要の増加する金属、石炭、木材等につきましては、生産の増加、輸入の確保、輸出の調整等により需給の適合を期する考えであります。しかしながら、個々の物資のうちには時期的に需給の適合しないものもあろうかと思われるのでありまするが、これらの物資につきましては、使用制限等の措置により不要不急の需要を抑制し、需給の均衡をはかって参りたいのであります。

 第5に、経済力増強のための資金対策といたしましては、生産及び貿易を通じて経済基盤の充実をはかるため、引続き財政及び金融を通ずる資金需給の均衡を維持しつつ、電源の開発を中心として石炭の増産、船腹の増強、農林水産資源の開発増産、鉄道車両の増加及び国鉄電化等に投資の重点を置く所存であります。

 昭和27年度における産業資金の需要は、設備資金及び運転資金を合せて1兆1千億円程度に達するものと見込まれ、これが確保につきましては、預貯金の増強、企業の自己蓄積の増加等、資本蓄積の促進に必要な施策を講じて参る考えであります。特に設備資金につきましては、政府資金の活用と、これらの措置によりまして、電源開発のために約1,200億円、石炭の増産及び合理化のために約200億円、外航船腹増強のために約500億円、農林水産資源の開発のために約700億円の資金を供給し、設備資金総額約4,400億円程度の確保に努め、資金の効率的使用をはかりたいと考えておるのであります。市中金融機関においても、右の政府の施策に全面的に協力せられ、この際資金の重点的確保に努め、不要不急用途への融資を抑制し、資金運用の効率化をはかるべきであります。特に右の緊急部門の投資と競合する設備資金につきましては、当分の間極力融資の抑制をはかられたいのであります。

 政府といたしましては、右に関連し、住宅以外の不要不急の建築を抑制いたしておりまするが、これとともに工場等につきましては、電力需給の推移をも勘案して、設備の遊休化を生ぜしめないよう適切な措置を講じて、これが調整をはかって参る所存であります。

 また公共事業につきましては、国土の保全及び開発のため、昭和27年度1,300億円を計上し、土地改良等による農業生産力の増強、治山治水その他経済基盤の育成強化に努め、重点的かつ効率的な運営を企図して参りたいと思います。

 最後に、国民生活の安定について申し述べたいと思います。政府は終戦以来今日まで国民生活の安定に努力して来たのでありますが、幸い国民の勤勉と米国の経済援助とによりまして、国民生活水準は漸進的に回復を見たのであります。しかるに、米国の経済援助も打切りとなり、講和に伴い国民負担も増大するのでありますから、国民生活の安定と向上を期するためには、前に述べました通り、生産の増強、貿易の振興、物価の安定をはかることが大事であります。

 最も基本となりまする食糧につきましては、食糧事情は漸次好転し、米麦を通ずる主食の需給は、輸入の確保と相まって、ほぼ均衡を得るに至りましたが、国民生活に及ぼす影響が最も多大でありまするので、諸般の経済情勢を十分に勘案して慎重に対処いたして参りたいと存ずるのであります。すなわち、主食の価格及び需給の安定をはかることを根本といたしまして、これがため国内食糧の増産をはかることに重点を置き、土地改良の促進等により農業生産力の増大に努める所存であります。これと並行して、わが国の米の生産及び輸入の実情にかんがみまして、この際従来の米食偏重の傾向を打破し、食生活の改善をはかるため、油糧作物、畜産物及び水産物の増産、利用の高度化等、総合食糧政策を推進するとともに、他面学校教育を通じ、食生活の改善、国民の栄養知識の普及等をはかる所存であります。

 以上、政府の経済施策の重点について申し述べたのでありまするが、今後これらの諸施策を実施いたしました場合の昭和27年度の貿易、重要物資の生産並びに国民所得の見通しにつき一言いたしますれば、おおむね次の通りであります。  すなわち、輸出は特需を含め、おおむね19億ドル程度、輸入は21億ドル程度になるものと予想いたされ、昭和26年度に比しても貿易規模は相当拡大を見るのであります。このほかに貿易外収支をあわせ考えますると、昭和27年度の国際収支の規模は、受取り約24億ドル、支拂い約23億ドルとなりまして、差引1億ドル程度の受取り超過となる見込みであります。

 鉱工業生産は、全体としては昭和26年度に比し約10%近くの上昇が期待できるのでありまするが、今重要物資について生産見込みを推計いたしますると、石炭は約4,900万トン、普通鋼鋼材約460万トン、セメント約750万トン、硫安約190万トン、綿糸約7億7千万ポンド程度の生産が予想されるのであります。これを戦前、昭和7—11年水準と比較いたしますと、約50%程度の増加に当るのであります。

 右の生産、貿易等の経済規模の拡大に伴いまして、昭和27年度の国民所得は、5兆300億円程度に上るものと推計され、昭和26年度に対し約8%の増加と相なるのであります。

 諸君、わが国は講和の成立により国際社会の光輝ある一員として世界経済に参加することになったのでありまするが、講和に伴う新たな国民負担が加わる上に、内外の諸情勢の推移に深く思いをいたしますならば、今後の日本経済の運営はまことに容易なことではありません。この困難を克服しつつ、日本経済の健全な発展と向上とを築き上げて行くためには、政府の施策と相まって、国民諸君のたゆまざる努力が必要であります。

 諸君、いたずらに安易を求めることは、私のとらざるところであります。しかしながら、過去6年間にわたるわが国経済の著しい復興と、そのために拂われたる国民の輝かしい勤勉努力の跡を顧みまして、日本経済の前途に対し明るい希望を持つものであります。私は、日本の新たなる門出にあたり、国民諸君とともに決意を新たにして、日本経済の復興、発展、向上のために努力いたす所存でございます。