[内閣名] 第51代第5次吉田(昭和28.5.21〜29.12.10)
[国会回次] 第19回(常会)
[演説者] 愛知揆一国務大臣(経済審議庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1954/1/27
[参議院演説年月日] 1954/1/27
[全文]
今日のわが国経済を概観いたしますに、経済規模は拡大し、国民生活も著しく向上して参ったのでありまするが、当面最も重要な問題は、輸出の伸び悩み、輸入の膨脹、その結果としての国際収支の逆調でございます。しこうして、このまま推移いたしました場合におきましては、わが国の手持ち外貨は次第に減少し、経済の自立を達成し得ないばかりでなく、国民経済の安定が害されるおそれも生ずるのではないかと考えるのであります。よって、私は、この機会に、世界並びにわが国経済に関する最近の諸情勢を申し述べまして、これに対処する政府の経済政策の大綱について所信を明らかにいたしたいと存じます。
まず、わが国をめぐる世界経済の最近の諸情勢について簡単に申し述べます。海外の主要諸国におきましては、ここ数年来、国民の非常な努力によりまして、その経済的地位も著しく向上して参りました。たとえば、イギリス、西ドイツ等の西ヨーロッパ諸国におきましては、昨年以来貿易も順調に増加し、手持ち外貨も著しく増大いたしているのであります。特に右両国におきましては、国内経済力の充実に伴い、ポンド、マルクの対外価値が強化せられ、その自由交換化に対する熱意も高まって来ているのでございます。次に、朝鮮における休戦に伴いまして、世界経済の動向は若干景気後退の徴候を示し、物価は低落の傾向にあり、対外購買力も漸次減少が予想されるのであります。アメリカにおいても、年頭の大統領教書においてこの点に触れているのであります。世界における景気の後退は一般的に貿易規模の縮小を招来するおそれがあるのでありまして、先般の英連邦蔵相会議における新通商政策として特に非ドル地域との貿易の促進と連邦特恵制度の強化に重点を置いたことは、これを物語るものと考えられるのであります。かくて、今後は東南アジア、中南米等、世界各市場における輸出競争はいよいよ激化するものと覚悟いたさなければなりません。
このような世界主要各国の経済情勢であるにもかかわらず、わが国経済はこれに反するがごとき傾向をたどって参りました。すなわち、わが国物価は、異例の風水害と凶作の影響もあったのではありまするが、内需の旺盛にささえられて、世界物価の動向とは逆に漸騰を示し、その国際的割高はますます広がり、加うるにポンド地域等諸外国の輸入制限措置、世界的輸出競争の激化の影響もありまして、輸出は、昭和28年におきましては11億5,000万ドルと、前年に比し1億3,000万ドルの減少となっておるのであります。これに対し、財政支出の増大、信用の膨脹は国内購買力を増加し、生産と消費の増大を来し、輸入の増加を招いたのでありまして、昭和28年の輸入は21億ドルと、前年に比し3億8,000万ドルを増加いたしたのであります。これは金額において2割余の増加でありまするが、数量的には約4割の著しい増加に当るのであります。その結果、昭和28年におきましては、年間8億ドル余のいわゆる特需収入があったにもかかわらず、国際収支は差引1億9,000万ドル余の赤字となったのであります。なお、従来わが国の国際収支と経済規模の上においてきわめて大きな役割を果して参りました特需収入は、昭和27年8億2,000万ドル、昭和28年8億ドル余でありましたが、今後は国際情勢の変化に従いまして年々若干の減少傾向をたどるのでありましょうし、たとい近い将来に予想されるMSAの援助等を考慮いたしましても、昭和28年以上の期待をかけることは困難ではないかと考えられるのであります。この間、わが国の国内生産水準は大幅に上昇し、昭和28年におきましては、鉱工業生産指数は、昭和9—11年を100といたしまして、150程度になるものと推定されるのであります。これは前年に比し約2割以上の増加であります。また消費水準も、国民所得の増加に伴い、都市、農村を通ずれば戦前の水準を越えるに至ったのであります。特に繊維の消費量はほぼ戦前の最高水準に達したものと思われます。以上、要するに、現在のわが国経済における国内消費の上昇、国内生産の拡大は一見好ましいように見えるのでありまするが、輸出の伸長を伴わないものであったために、国際収支の逆調を結果いたしており、逆にわが国経済の自立に対して重荷となったのであります。
私は、この際、たとい消費水準や生産の上昇の停滞を招来いたしましても、国際収支の均衡を回復し、正常な均斉ある経済を確立することが当面最大の急務であると考えるものでございます。従って、政府といたしましては、昭和29年度の経済政策の基調を、まず第1にわが国経済の正常化、特にわが国物価の国際水準へのさや寄せを通じての国際収支の均衡の回復に置かんとするものであります。
そのため、政府は、財政面、金融面において引締め政策を実行し、購買力の抑制をはかることといたしておるのであります。すなわち、財政においては1兆円内の予算を編成し、財政支出を圧縮いたしまするとともに、財源としての国債の発行、過去の蓄積資金の放出は行わないことといたしました。これに対応いたしまして、金融面におきましてはこれが引締めを強化し、通貨の収縮をはかる所存でございます。特に輸入金融の引締め、滞貨金融の抑止、過剰設備投資の防止等によりまして、国内購買力の減少をはかり、物価水準の引下げに努めたいと存ずるのであります。しかしながら、重要部門に対する必要資金につきましては、その確保をはかるよう一段とくふうをいたす考えでございます。また、物価下落を妨げるがごとき不当な価格協定等の取締りを強化し、不況カルテルのごときは安易にこれを認めない方針といたしたいと思うのであります。
右は、将来の発展のため、わが国経済の均衡を回復せんとの趣意に出たものでありまするが、今後特需収入が減少した場合におきましても、国際収支の均衡をはかるためには、常に資本蓄積を強化し、国際競争力を充実して、輸出振興の基盤を育成し、さらに国内自給度を向上して外貨の節約をはかる措置を怠ってはならないのであります。
まず、輸出力の増加のためには、国内購買力の減少と国内物価の国際水準へのさや寄せが重要でありますが、これを並行して、市場開拓を目途とする経済外交の推進、対外信用の確保、輸出商社の強化、生糸その他繊維類の輸出振興、機械、石炭、鉄鋼、硫安等、重要産業に対する財政投資の重点的投入によるコストの引下げ並びに税法上の優遇措置その他各般の輸出奨励策を講じまして、国際競争力を培養して参りたいと存ずるのであります。この点において特に重要なことは、設備の近代化とその完全操業でありましょう。たとえば、西ドイツの機械工業が世界的に強力な競争力を持っておりますることは、その稼働設備のほとんど大部分が戦後の近代的設備であることによるのではないかと考えるのであります。この際各企業が資産再評価を断行し、経営者も職員も、その他あらゆる関係者が、企業の実体を明らかに把握することによりまして、経営の合理化、設備の近代化に邁進することが最も肝要ではないかと存ずるのであります。政府においても、資産再評価の促進のため、税制上特別の措置を認める考えでございます。
さらに、昭和28年の輸出が伸び悩みました主要な原因が特にポンド圏貿易の不振にあった事実にかんがみまして、日英間の新協定が締結せられましたあかつきにおきましては、その完全な実施をはかるよう諸般の措置を講じたいと考えるのであります。また東南アジア諸国との貿易につきましては、最近プラント輸出の増加も見込まれるような情勢となっておりまするが、今後賠償の早期解決等により、さらにこれが一層の促進をはかりたいと存ずるのであります。
次に、国際収支の均衡に資するため、科学技術の振興、国内自給度の向上その他外貨支払い節減の方策は引続きこれを行う所存であります。食糧につきましては、その増産対策といたしまして、引続き相当額の財政支払を行いまするとともに、特にその重点化、効率化により、増産効果の可及的増大を期しておるのであります。また、外米の輸入が年間約2億ドルにも上ることにかんがみ、食生活の改善に必要な措置を講じ、米食偏重を是正し、外貨払い及び財政負担の節減を期したい所存であります。また、水産及び畜産の振興につきましても特段の配慮をいたすことにいたしたのであります。合成繊維につきましては、すでにその拡充計画の実行により、昭和29年度においては前年度に比し約1,500万ポンドの増産を見ることとなっておるのでありまするが、昨年における繊維原料輸入の増加傾向にかんがみ、今後一層増産を奨励いたしまして、早急にその能力を培加いたしたい所存であります。また石炭その他地下資源の開発の合理化を促進するほか、石油の増産を積極化することといたしたのであります。なお、電源の開発、外航船の建造、国際航空事業の拡充につきましても、引続きこれを実施するものであります。
また一方、食糧、綿花等、国民生活の安定のためきわめて緊要な物資につきましては、必要量の輸入を確保いたすことはもちろんでありまするが、奢侈品、高級品その他不急の外貨支払は今後一層削減し、国際収支の改善をはかる所存であります。
次に、資本蓄積の促進をはかることが重要であることは申すまでもありません。政府においては、新規増資と長期貯蓄の増加をはかるため、税法上特別の優遇措置を講じたのであります。
中小企業につきましては、従来に引続きその振興対策を促進いたしまするほか、今後一層協同組合の結成等、組織化を推進し、相互扶助の効果を発揮するよう奨励し、特に中小企業信用保証制度の充実等によりまして金融の円滑化をはかる等、随時適切な措置をとり、誤りなきを期したいと考えるものであります。
以上は、来るべき昭和29年度においてとらんとする施策の概要であります。政府は、これらの経済政策がわが国の企業及び国民生活に少からざる忍耐と努力とを求めるものであることは、よく承知するところであります。しかしながら、すでに述べましたごとく、わが国経済の実態は安易な方策を許さないのであります。従って、この際奢侈的消費の徹底的抑制、食生活及び衣生活の合理化、国産品の使用等、国民生活の堅実化について、国民各位の積極的協力に期待するところがまことに大なるものがあるのであります。政府におきましても、諸経費の節約をはかるほか、物資の購入にあたりましては、できる限り国産品にたよることといたす考えであります。
前述のごとき諸政策が政府、民間の一体的協力によって着々その実をあげ得るならば、現在の憂慮すべき事態は逐次改善せられることとなるでありましょう。すなわち、逐年上昇傾向をたどって参りました物価は、財政規模の圧縮、金融の引締めに伴う消費需要減退の影響を受けて次第に下降に転じ、年度間を通じて大体5ないし10%程度の低落を見るものと予想されるのであります。鉱工業生産も漸次横ばいないし若干下向きとなり、年度間を通じてほぼ28年度並、すなわち昭和9—11年を100として152程度になろうかと考えるのであります。従いまして、国民所得の規模は、大体28年度と大差なく、5兆9,800億円程度と推計せられるのであります。一方、貿易の面においても、逐次購買力の減退、国内物価の下落が進展するに伴って、輸入の規模は縮小し、反対に輸出は次第に伸長するでありましょう。かくて、われわれは、年度末においては、ほぼ国際収支の均衡点に近づくべく、全幅の努力を傾けたいと存ずる次第でございます。
右のごときわが国経済の改善は、さきに申し述べました諸政策の実施を前提とするものでありまして、今後のわが国経済の前途と運営とはなかなかに容易ならぬものがあることを痛感せざるを得ないのであります。政府は、この最も重大な時期におきまして、決意を新たにし、日本経済の正常化とその自立発展のために最善の努力を傾注し、国民各位の協力を得まして、その成果の達成を期せんとするものであります。