データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第53代第2次鳩山(昭和30.3.19〜30.11.22)
[国会回次] 第22回(特別会)
[演説者] 石橋湛山国務大臣((通商産業大臣)高碕達之助経済審議庁長官事務代理)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1955/4/25
[参議院演説年月日] 1955/4/25
[全文]

 高碕経済審議庁長官がただいまアジア・アフリカ会議に出張いたしまして不在でございますから、かわって私から昭和30年度の経済計画につきまして概要を申し上げます。

 最近のわが国経済の情勢を概観いたしますると、わが国が今後経済の自立を達成いたすためには、なおなみなみならぬ努力が必要であることは申すまでもございません。しかし、私どもとしては、慎重に、しかも勇敢にこの達成に躍進する覚悟でございます。昭和30年度の経済計画もこの覚悟のもとに策定いたした次第でございます。ただいまその概要を申し述べたいと存じますが、その前に、恒例によりまして、まず海外並びにわが国国内の経済に関する最近の情勢について一言いたします。

 米国の景気の動向は、昨年2、3月を底といたしまして、逐次上向の傾向を示して参っております。本年の景気は昨年より多少明るいものがあるように考えられるのであります。また、西ドイツ、イギリスを初めといたしまして、西欧諸国は、昨年以来相当に生産の上昇を示しております。経済活動も活発化しておりますが、しかし、一部の国においては、昨年末ごろから国際収支の悪化傾向が見られるようになりました。かような事情から、これらの諸国はもとより、各国いずれも国内経済基盤の強化をはかりつつ輸出伸張への努力を強化しようとしておる現状でございます。

 また、東南アジア等の諸地域の経済情勢につきましては、国によりましてまちまちでございますが、元来これらの諸地域は、購買力が乏しいところに加えまして、国によりましては、最近における農産物の世界的過剰傾向とその価格低下による打撃が相当きびしく響いております。しかも、西欧諸国のこれらの地域に対する輸出競争は激しさをますます加える形勢にございますから、従って、この間に処してわが国がこれらの地域に輸出を伸張いたして参りますためには、できる限りこれらの地域から輸入を行うこと、あるいは長期信用の供与を行うこと等、よほどの努力を必要とすると考える次第でございます。

 翻ってわが国経済の最近の情勢につきまして申し上げますと、従来とって参りました財政金融を中心とする引き締め政策の効果と、昨年度中海外市況が比較的好調でありましたことが相待って、7、8月ごろからようやく輸出は伸張いたして、国際収支も著しく改善されて参りました。すなわち、国際収支は、昭和29年度間を通じてみますと、年度初めの予想に反しまして、3億4,000万ドル以上の黒字を計上するに至りました。また国民所得も、前年度に比べて実質的には約3%の上昇を見たのであります。

 このように、わが国の最近の経済は一見順調であるように見られますが、しかし、遺憾ながら、その実態はなおきわめて不安定でございます。産業基盤はまたはなはだ脆弱であると認めなければなりません。今その2、3の点について申し上げたいと存じます。

 まず第1に、昨年度におけるわが国の国際収支は、年度間約6億ドルに上る特需収入にささえられているのであります。また、輸出の伸張いたしました原因の中には、緊縮政策の圧迫による換金急ぎというような事情も含まれておりまして、必ずしも生産費の低下による対外競争力の増強に原因いたしておるものとは言えないのでございます。また、輸入が減少いたしましたのも、その原因の中には、たとえば在庫の調整というような一時的な原因によったものがあると考えられます。

 次に、昨年度において就業者数はある程度増大いたしました。しかし、年々新たに加わる80万人近くの労働力人口を吸収し尽すわけには参りません。ために完全失業者は漸増致して参りまして、昨年8月には一時71万人の多数に上って、戦後の最高に達しました。その後若干減少いたしましたが、最近でもなお60数万人を数えるという現況でございます。

 さらに、わが国の産業は、戦後急速な回復を見たのでありますが、設備の近代化、合理化に至りましては、いまだはなはだ不徹底でございます。また、企業の経営ないし資本の構成等におきましてはきわめて脆弱な面がありまして、今後の産業の国際競争力の培養上大いなる問題が残されております。

 以上のような次第でございますから、この内外の情勢のもとにおいて、年々増大いたします労働力人口にそれぞれ職場を与え、その活用をはかって、わが国経済の自立復興を企図いたすためには、従来のごとき消極的な財政金融の引き締め政策1本に依頼して参ることはできないと考えられます。わが国経済の健全な発展をはかり、その伸張を期するためには、長期かつ総合的な経済計画を策定し、完全雇用の態勢を整えるとともに、生産性の向上をはかることがきわめて必要であると信じます。

 わが国に労働力人口が多いということは、わが国の経済の弱点ではなく、むしろその長所であり、強味であると考えるべきでありましょう。また、わが国の土地、資源が乏しいということが申されますが、しかし、その土地及び資源はいまだ完全に利用し尽されておるとは申せません。今後まだまだ開発の余地が残されております。さらにまた、東南アジア、中南米等の諸国との経済協力によりまして、わが国各種産業の進出を可能とする余地も少なくございません。われわれは、これらの与えられた諸条件を最大限に生かしていくことが大切であると感じます。これこそ、わが経済の自立繁栄をはかる唯一の道でありましょう。われわれは、この道を切り開くためにあらゆる努力を尽すべきであると信ずるのであります。さきに、政府が、昭和35年度を目標年次といたしまして、完全雇用と経済自立とを実現する意図をもって、総合経済6ヵ年計画の構想を策定いたしましたのは、すなわちこの趣旨によったのであります。

 でありますが、同時に、もう1つ注意すべき問題がございます。それは、わが国の経済は、当面において労働力の供給には事を欠きませんが、そのほかの生産要素、なかんずく工業用原材料と食糧の供給におきましては著しい隘路が存するということであります。これを見落してはなりません。従って、わが国経済といたしましては、まずこれらの隘路の打開をはかりつつ、逐次完全雇用の実現に努めて参る用意がきわめて緊要であると考える次第であります。もしそうでなくして、にわかに完全雇用の実現を企図いたしまするならば、わが国経済は労働力以外の生産要素のくびれに妨げられまして、物価の騰貴を来たし、国際収支の不均衡を発生し、ここに破綻を生ずる危険なしとしないのであります。従って、完全雇用と経済自立の実現を期するためには、各種生産要素の間の均衡を失わないように、その調整をはかりつつ、慎重に目標の達成をはかって参る必要があると信ずるのであります。

 かような見地から、今年度の経済計画は、6ヵ年計画の初年度といたしまして、さしあたり、経済の安定と将来の拡大均衡への態勢を整えることに主眼を置いて策定をいたしました。そうして、これに基いて本年度本予算並びに財政投融資計画を編成いたしたのであります。以下、本計画の概要について申し上げます。

 まず、本計画の実施に当りましては、その基調といたしまして、すでに述べました通り、経済の安定に重点を置き、財政金融の均衡を維持し、通貨価値の安定強化、消費内容の健全化、貯蓄の増強等をはかって参ります。すなわち、物価につきましては、国際物価との均衡をはかるため、各種商品の生産費の低下に一そうの努力を傾けるつもりでおります。ことに、公企業料金及び重要物資の価格等につきましては、経営の合理化を推進いたし、生産用原材料の供給を確保し、資金の疎通と金利の低下とをはかる等の方法によりまして、努めてその低廉化を期待いたしたい方針でございます。また一面、政府は、率先して冗費の節約に努め、新生活運動を国民的規模において推進し、奢侈的ないし不急不要の消費を抑制し、国産品の使用を奨励する等、消費内容の健全化をはかって参るとともに、貯蓄の増強に努める考えでございます。

 本計画における産業政策としましては、施策の重点を特に輸出の振興、資源の開発、食糧の効率的増産、農林漁業経営の安定、産業の合理化、生産性の向上、中小企業の育成、科学技術の振興、国民生活の安定、就業機会の増大に置いて参るつもりであります。

 第1に、輸出につきましては、本年度においてぜひとも16億5,000万ドル程度までこれを伸張せしめたい考えであります。これがため、根本的には企業合理化の促進に努め、輸出品生産費の引き下げと品質の改善をはかり、取引機構の整備確立等によって輸出競争力の強化に努めることが肝要でありますので、これについて重機械技術相談室の強化その他の措置をとるとともに、あわせてプラント輸出促進のための資金の充実、輸出金融の円滑化、金利の引き下げ等をはかって参る所存であります。

 また、対外的には、経済外交をさらに強化し、国際経済協力の促進をはかるとともに、東京における国際見本市、米国における日本商品見本市等の開催、海外市場の調査、宣伝活動の推進等を強力に実施する計画であります。特に東南アジア、中近東地域諸国及び中南米諸国が、わが国貿易市場としてきわめて重要である点にかんがみまして、これら諸国との経済協力に特段の努力をいたすつもりであります。ことに東南アジア地域諸国につきましては、賠償問題等の懸案事項をすみやかに解決し、正常な通商関係の拡大に努めたいと存じます。なお、近来、中南米等の諸国がわが国の移民を歓迎してくれますことは、まことに喜ぶべき現象でありまして、将来わが経済の海外発展に寄与することが多大なりと信じます。政府はできる限り優良なる移民の送出に努力する計画であります。

 第2に、資源の開発、国内自給度の向上につきましては、その重点を食糧、海運、電源開発、石油、繊維等に置き、効率的な増強方策を推進して参る考えであります。すなわち、食糧につきましては、米麦を初めとし、畜産物、水産物を含めて総合的に食糧の自給度向上をはかるため、各般の効率的な施策を講ずるとともに、さらに農林漁業経営の安定については一そう留意いたし、農産物等の価格の安定、経営の多角化、米穀の集荷方式その他の流通の改善、飼料、肥料等生産資材の供給確保、農業金融の整備等について格段の努力をいたす所存であります。

 次に、海運につきましては、約19万総トンの外航船を建造して、貿易外収入の増加をはかる覚悟でございます。また、地下資源につきましては、民間企業の協力を求め、鉄資源その他の開発を推進いたす覚悟でありますが、ことに従来おくれておりました国内石油の開発、増産には一そうの努力を傾注する所存でございます。

 電力につきましては、計画的に需給の改善をはかるため、効率的に水力開発を引き続き推進いたしますとともに、低品位炭を利用する火力発電を奨励する等の処置を講ずる計画であります。また、繊維につきましては、合成繊維、アセテート等の増産と、その品質の改善に力をいたしまして、需要面を開拓して、もって輸入原料の減少に努めたいと存じます。

 第3に、企業の合理化、生産性の向上につきましては、さきに発足を見ました日本生産性本部を母体といたしまして、強力にこれを推進いたして参る考えであります。この場合、企業の合理化に必要な資金に関しましては、財政投融資の重点化、効率化に努めるとともに、日本開発銀行の債務保証制度を活用する等の方法によりまして、その供給の円滑化をはかるつもりでございます。また、税制の改正等により民間資本蓄積の増強をはかり、これら蓄積資本が重要産業の合理化のため確保されるよう適切の措置を講ずるつもりであります。

 企業の合理化を実施するに当りましては、その重点を石炭、鉄鋼等基幹産業に指向して参ります。特に石炭につきましては、その生産費と価格の低下等を促進することの急務なるを感じますので、燃料全体にわたる総合対策を樹立するとともに、石炭鉱業の合理化を強力にはかりたく、近くこれに必要な法案を整え、御審議をわずらわすつもりでございます。

 第4に、中小企業につきましては、日本経済に占めるその地位の重要性にかんがみまして、中小企業金融公庫、国民金融公庫、商工組合中央金庫等、関係金融機関の資金源の充実に努める等のことは、先ほど大蔵大臣から申し述べた通りでございます。産業基盤の強化、生産性の向上に寄与するように、ぜひともわれわれは設備の近代化、合理化に重点を指向いたしまして、なお相談所の強化による合理的経営の指導、中小企業協同組合の強化、製品の海外への販路開拓の援助、これらと相待ちまして、中小企業の育成助長をはかって参りたい所存であります。

 以上のほか、住宅の建設、その他社会保障等の問題もございますが、これらはすでに総理大臣及び大蔵大臣から説明がありましたから、これは省略いたします。

 本年度におきましては、以上申し上げましたごとく、経済の安定をそこなわざる限度において生産活動の増大をはかり、もって雇用の増大を期する考えであります。しかし、なお発生する失業者に対しましては、道路事業、河川事業、鉱害復旧事業、失業対策事業等を強力かつ機動的に実施いたしまして、これらの労力を努めて建設的事業に吸収して、少くとも完全失業者の数が29年度のそれを越えざるように努力する考えでございます。

 さて、これらの諸施策を総合的に実施いたしました場合、本年度のわが国経済はどんな形になるかと考えますに、物価は若干の低下を示す見込みでございます。また、国民所得は6兆3,200億円程度に達しまして、昨年度に比し実質的に4%程度増加するものと期待いたしております。鉱工業生産は昨年度に比してほぼ1.5%、農林水産生産は、昨年度が前々年度に引き続き米作がやや不良でありましたため、本年がもし平年作であるといたしますなら、昨年度に比し約4%近く増大いたすものと期待いたしております。この結果、本年度においては、人口増を勘案いたしましても、1人当りの実質消費水準は約3%上昇する予定であります。

 また、国際収支については、輸入は昨年度における輸入原材料在庫の減少を調整するため、本年度におきましては19億ドル程度を必要とすると考えております。これに対して、輸出は16億5,000万ドル程度にまで伸張せしめたい考えでございます。ただ、特需は昨年度よりもさらに減少いたしまして4億2,000万ドル程度になるものと考えられます。かようにして、これらを総合いたしますと、本年度の国際収支は、前述の輸入を19億ドル程度に伸ばしましても、収支均衡を保持することができるものと期待いたしておる次第でございます。

 以上申し述べましたように、昭和30年度における経済は、いまだ完全雇用の目標には遠いものがございます。しかし、貿易、生産並びに国民所得は堅実に伸張いたしまして、将来さらに伸張する素地もできます。消費水準も若干上昇して、国民生活はさらに安定へ一歩を進め得るものと考えております。申すまでもなく、今後の日本経済の前途にはなお容易ならざるものがあると考えます。しかし、幸いにして国民各位が今日のわが経済の置かれておる位置を了解せられ、政府と国民各位と一体となって努力するならば、先ほど申し上げました昭和30年度の経済計画の目標が達成されることはもちろん、総合経済6ヵ年計画の最終目標の達成も決して難事ではなく、わが国経済の将来は期して待つべきものがあると私は確信をいたしております。

 私は、国民各位とともに、ここに決意を新たにして、日本経済の自立と発展とのために最善の努力をいたす覚悟でございます。どうもありがとうございました。