[内閣名] 第54代第3次鳩山(昭和30.11.22〜31.12.23)
[国会回次] 第24回(常会)
[演説者] 高碕達之助国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1956/1/30
[参議院演説年月日] 1956/1/30
[全文]
政府は、昨年1月、経済自立の達成と雇用機会の増大をはかるため、総合経済6ヵ年計画を策定し、この構想に基いて昭和30年度の経済計画を立て、その実現のため各種施策を実行して参ったのでありますが、最近におけるわが国経済は、産業、貿易等、経済各分野にわたって目ざましい発展を遂げつつありますことは御承知の通りであります。
ここに、昭和30年度も終末に近い現在において、この1ヵ年を回顧し、わが国経済の発展と政府が最初立てた目標とを比較検討して、今後の経済施策の参考といたしたいと存じます。
昭和30年度の経済が計画を大幅に上回る発展を見ましたのは、主として輸出の伸張に負うものであります。すなわち、輸出は、世界的な景気の好調によって予想以上に伸びまして、16億5,000万ドルと予定していましたが、20億5,000万ドルと、約24%上回ることになる見込みであります。かかる輸出の増大を背景として、鉱工業生産は計画を約10%こえた発展を遂げることが確実視されるようになったのであります。また、農林水産生産は、まれに見る好天候に恵まれまして、約11%増しとなるものと考えられます。
かような貿易、生産の拡大に伴いまして、国民所得は計画より約6%増加する見込みでありますが、その割には消費は節約されまして、個人貯蓄は計画の約20%増しに相なっております。海外物価の上昇にもかかわらず、国内物価はほぼ昭和29年度の水準の横ばいで推移しておると思われます。雇用情勢も、以上のような経済情勢を反映して、若干好転のきざしが見られております。
昨年の経済がかように順調な発展を見ましたのは、わが国が一昨年以来経済健全化政策をとり、経済の健全化と金融の正常化の促進に努めて参り、その効果がたまたま海外経済の未會有の繁栄に際会して、一そう発揮されたものであると考えられます。
しかしながら、雇用につきましては、増大する生産年令人口の重圧、これが存在いたしますことと、企業の設備並びに技術の後進性、資本構成の不均衡、金利水準の国際的割高等に見られますように、経済基盤はまだ脆弱でありまして、わが国経済の今後の発展には多くの問題が残っております。昨年の経済の順調な発展を楽観視して、安易な気持ちを抱いてはならないと考えるのであります。
政府は、昨年8月以来、新たに総合的な長期経済計画のあり方を経済審議会に諮りまして、広く民間有識者の御協力のもとに、慎重に検討を加えたのであります。その結果、経済審議会の答申を基礎といたしまして、経済自立5ヵ年計画を樹立したのであります。
この計画は、昭和31年度から昭和35年度に至る5ヵ年間において、国民の総生産を基準年次たる昭和29年度に比し約34%増加せしめて、その間輸出は26億6,000万ドルと66%の伸張を見込んで、国際収支は29億6,000万ドルの線でほぼ均衡することとしているのであります。本計画は、総合経済6ヵ年計画と同じく、個人及び企業の創意を基調とした経済体制のもとで、経済自立と完全雇用を達成することを目標といたしております。もとより、本計画の性格から考えまして、目標数字等は、必ずしも固定的なものとは考えず、弾力的に考慮していく所存であります。
さて、昭和31年度は、経済自立5ヵ年計画の初年度としまして、その目標を明示し、これにのっとって貿易、生産等各分野における経済政策の向かうべき方向を明らかにして、着実に計画を達成することを企図し、内外経済の動向をも勘案して、昭和31年度経済計画の大綱を立てたのであります。
今、計画の概要を申し上げるに先だち、その前提として考えました今後の海外経済の動向を申し上げます。
本年の海外情勢は、概して好況が続くものと期待されますが、昨年見られましたような未會有の好況は期待できず、景気の上昇率は若干鈍るのではないかと考えるのであります。
すなわち、米国におきましては、景気はやや伸び悩みの状況にあり、昨年と同じような上昇率を見ることは困難と考えられます。
英国におきましては、一昨年来世界的な好況に乗って、投資活動が旺盛となり、一般消費者の購買力も増加したため、物価の値がり、輸入の増大となって、金ドル準備の流出となったのであります。この結果、昨年来信用引き締め政策をとっており、本年も引き続きその政策が緩和されることはないものと見なければならないと思われます。
その他の西欧諸国について見ましても、これまた投資ないし消費の行き過ぎから、多かれ少かれインフレ的様相を呈して、その是正のために引き締め段階に入った国が多いようであります。
さらに、わが国と最も密接な関係にある東南アジア諸国について見ますと、この地域の景気は、世界景気の反映により左右されるのでありまして、昨年は若干の景気回復を見たのでありますが、今後、米国を初めとし、英国、西欧等の諸国の景気が昨年ほどの好況を期待することが困難でありますので、当面大幅な購買力の増加は望まれないと考えられます。
かような海外情勢を考慮いたしますと、輸出の振興を中心として、今後わが国経済を昨年と同様の歩調で伸張いたしますには少からざる努力が必要であると考えられます。
以下、昭和31年度計画について、その大要を申し上げます。
まず、貿易及び国際収支につきましては、輸出は約22億ドルまで伸張せしめ、他面、特需は約4億5,000万ドルに減少を見込んでおりますが、国際収支全体としては若干の黒字になるよう計画しております。
また、輸出の伸張、国内における投資及び個人消費の増大に対応して、鉱工業生産は昭和30年度に比べ約7%の上昇を予定するとともに、農業生産は平年作として考え、物価は横ばいに維持することとして、国民総生産を約8兆2,600億円と、昭和30年度に比し約4%増加させることを企図しておるのであります。
昭和31年度のかような計画を達成いたしますためには、現在の経済正常化傾向を一層促進しつつ、安定経済の基調のもとに、経済基盤の強化をはかり、積極的な輸出振興のための施策を講ずるとともに、雇用問題の重要性にかんがみ、就業機会の増大をはかることに施策の重点を置いて参りたいと考えるのであります。
まず、輸出の振興につきましては、対外的には、わが国の重要な輸出市場である東南アジア、中近東及び中南米の諸国との経済外交をさらに推進し、国際経済協力並びに海外投資を積極化いたしたいと考えます。ことに、賠償問題のある諸国とはその合理的な解決に努め、正常な通商関係を確立して参りたいと存じます。さらに、今後は、米国、カナダ等の市場につきましては、輸出取引の適正をはかる措置を講じ、その維持、拡大をはかって参る所存であります。
また、対内的には、輸出企業の合理化並びに輸出原材料の確保とその価格の安定に努めて、輸出品のコストの引き下げ、品質の改善を引き続きはかって参りますとともに、輸出入取引法等の強力な運用によって、輸出入体制の整備、取引秩序の確立を促進し、もって過当競争を防止することに努めたいと存じます。プラント輸出、海外投資の促進につきましては、輸出後における各種サービスの強化、日本輸出入銀行の資金の確保、海外投資保険制度の新設等の措置を講じたい所存であります。
また、国際収支の改善に資するため、引き続き外航船の建造を促進いたしまして、一方観光事業の推進をはかる等、外貨の節約、貿易外収支の改善に努めるほか、ドル地域からポンド及びオープン勘定地域への輸入転換についても、今後とも努力したい考えであります。
経済基盤の強化につきましては、一般的に設備の合理化、近代化を一段と推進し、技術の向上、経営の健全化、科学的管理方式の普及、労働能率の改善並びに労使協力態勢の確立によりまして、生産性の向上に努めることといたしたいのであります。また、将来における産業基盤の強化、重化学工業化の要請をも考慮しつつ、基幹産業の合理的再編成、特に機械工業等の近代化を強力に推進するとともに、新規産業の育成、地下資源の開発に努める所存であります。
なお、繊維産業につきましては、設備の制限、転換、買い上げ等の措置を講ずるつもりであります。
科学技術の振興につきましては、新たに科学技術庁を設置いたしまして、試験研究態勢の充実に努め、特に原子力の平和利用については、これを強力に推進いたしたいと考えます。
中小企業につきましては、わが国経済に占める重要性にかんがみまして、その経済的地位の向上をはかるため、関係法規の整備、百貨店法の制定等により、中小企業の組織化、安定化を一そう推進いたしますとともに、輸出適格産業を中心といたしまして、設備の近代化、技術の向上、経営の合理化等を促進し、特に中小企業金融につきましては、資金源を充実して金利低下の促進と金融の円滑化をはかり、信用保険制度の改善に努めたいと存じます。
農林水産業につきましては、畜水産物を含めた総合的な食糧の自給度向上の基盤を強化するほか、新たに農業改良基金制度を設けて、農業者の自主的な営農改善を助長するとともに、農山漁民の経済の安定と生活の向上をはかるため、その自主性と創意に基く新農村建設計画を強力に推進して参る考えであります。
以上申し述べました産業の育成策と相並行して、わが国産業の基盤を強化するため、公共事業につきましては、国土総合開発の観点から総合調整をはかって計画的に実施するとともに、工業用水等、産業関連施設の整備、森林資源の開発をはかり、道路につきましては、その現状にかんがみまして、一般道路整備事業の一そうの促進と有料道路の整備、拡充をはかって参る考えであります。
特に、北海道につきましては、資源の未開発、人口収容力の現状にかんがみ、未開発資源の開発を促進し、産業振興の基盤となる基礎施設の整備、拡充に一段と努力いたしますとともに、北海道開発公庫を新設し、各種産業の振興をはかり、国民経済の伸張に寄与いたしたいと存じます。
また、東北地方につきましても、同地方の特殊性にかんがみ、総合的開発を促進するため、特段の措置を講じたい所存でございます。
雇用機会の増大と民生の安定につきましては、輸出の伸張、経済基盤の強化をはかりつつ、経済規模を拡大して雇用機会の増大をはかって参りたいと存ずるのでありますが、特に、公共事業等の実施に当っては、経済効果とあわせて、極力雇用の増大に役立つよう努めて参る所存であります。なお、これと並行して、失業対策事業を一そう充実して参りたいと考えております。また、就業機会の増大に資するため、職業紹介、職業補導等の事業を引き続き強化していく考えであります。
さらに、民生の安定につきましては、社会保障の充実及び公的扶助の強化をはかるとともに、家族計画の推進に努める所存であります。住宅につきましては、その質の向上と適正な住居費負担を配慮しつつ、民間自力建設をも含めて、約43万戸の建設を実現いたすことにしております。
以上、昭和31年度計画達成のための主要な施策について申し述べたのでありますが、これら施策の実効を確保いたしますため、物価の安定をはかり、相当多額の民間資金の活用をはかる所存でありますので、一段と貯蓄の増強に努める必要があり、国民各位の理解ある御協力を念願してやまないのであります。
私は、以上のような諸施策を総合的かつ重点的に実施し、昭和31年度経済計画の目標を達成するにとどまらず、目標を突破せんことを念願するものであります。ここに、決意を新たにして、国民各位とともに、日本経済の自立と発展のために最善の努力をいたす覚悟であります。