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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第56代第1次岸(昭和32.2.25〜33.6.12)
[国会回次] 第28回(常会)
[演説者] 河野一郎国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1958/1/29
[参議院演説年月日] 1958/1/29
[全文]

 ここに、昭和33年度を迎えるに当り、最近における内外経済情勢とこれに対処すべき経済政策の基調を明らかにいたしまして、国民各位の十分なる御理解と御協力を得たいと存じます。

 まず、わが国の経済がここ1年間いかに推移したかを顧みたいと存じます。

 御承知のように、昭和30年以来、昨年当初に至るまで、わが国の経済は実に目ざましい発展を遂げましたが、反面、経済拡大の速度が早過ぎたため、輸入は急増し、国際収支は著しい逆調を示すに至りましたので、昨年5月来、金融引き締め措置を初めとして、いわゆる緊急総合対策を実施して参りました。その後、本施策の影響が各方面に浸透するに伴いまして、まず、卸売物価が低落をいたしますとともに、逐次生産調整が進展し、国際収支は当初の予想以上に改善せられるなど、全般的には、順調に所期の成果をおさめてきたものと考えられます。

 すなわち、民間投資は、一時の行き過ぎ状態から脱却して、最近はようやく落ちつきを見せております。また、鉱工業生産も、年度当初の急激な生産上昇が鈍化し、年度間を通じ、ほぼ前年度に対し10%程度の増加となる見込みであります。この間、消費者物価はほぼ横ばいで推移いたしましたが、卸売物価は、最近におきましては、昨年4月の最高時に比較して、食料を除き、1割程度の下落を示すに至っております。しかして、国際収支につきましては、輸出は約28億3,000万ドルと、前年度に比し約13%の増加となり、反面、輸入は漸次減少いたしまして、実質1億3,000万ドル程度の赤字にとどまるものと見られるに至りました。

 かように、緊急総合対策による調整効果は具現せられつつありますが、最近の海外経済情勢は複雑微妙な段階に立ち至っておりますので、政府といたしましては、今後の経済動向には一そう周到な注意を払い、雇用や企業経営に及ぼす影響をも考慮しつつ、政策に弾力性と機動性を持たせて、調整過程にある経済の円滑な運営をはかっていきたいと所存いたしております。

 しかし、このような短期的調整措置もさることながら、わが国経済が長期にわたって安定した発展を遂げますためには、長期的観点からわが国経済の特質に基く問題点とその解決の方向を把握して、所要の施策を着実に実施して参らなければなりません。特に昨年来の経験にもかんがみまして、過度の景気動揺を避けつつ、適正な規模と速度の経済成長を確保いたしますためには、政府の政策や民間の企業活動のよるべき基準が必要であります。

 かような見地から、政府は、新たなる構想のもとに、昨年12月「新長期経済計画」を策定し、今後5カ年間の長期経済政策の基本方向を樹立したのであります。

 すなわち、本計画におきましては、完全雇用への接近と国民生活水準の向上を念願といたしまして、昭和33年度から37年度に至る5ヵ年間において、年平均6.5%の割合で経済を成長させ、最終年度において、昭和31年度に比し、国民所得で40%、1人当り消費水準で38%の上昇をはかることといたしております。

 もとより、かような経済成長率は、極力引き上げることが望ましいのでありますが、国際収支や資本蓄積等の制約がありますので、安定的な経済発展のためには、この程度の成長割合が限度と考えられるのであります。しかも、本計画の成長率を維持して参りますためには、なみなみならぬ努力が要請されるのでありまして、今後政府も国民も計画の諸目標実現にあらゆる努力を傾けなければならないのであります。

 翻って、わが国の輸出の伸張に密接な関係にある海外経済情勢を見まするのに、まず、米国経済は、好況下に推移した1昨年のあとを受け、昨年半ばころから、消費者支出は、非耐久財及びサービス部門を中心に若干の上昇はありましたが、政府支出は停滞し、設備投資は減少いたしましたため、これらの事情を反映して、工業生産はかなりの減少を示し始めました。今後の米国経済の見通しにつきましては、景気調整政策も講ぜられることと思われますので、本年中には景気の好転も期待されておりますが、なお今後の情勢の推移に待たなければならないと存じます。

 他方、西欧諸国におきましても、大多数の国々は、既住の過大成長のあとを受け、ドル不足に直面して、経済調整対策を持続いたしておりますので、全般的には経済の拡大は停滞しておりますし、東南アジア諸国を初め、大部分の後進諸国におきましては、国際商品相場の低落等による外貨収入の減少のため、購買力の不足は避けられない模様であります。

 かように、世界経済の前途には、相当警戒を要する要因が表面化しつつありますので、今後世界各国の輸出競争は、一層熾烈になることと覚悟いなければなりません。

 かような海外情勢を考慮いたしますと、わが国経済発展のかぎである輸出の増大は必ずしも安易な楽観を許しませんが、さきに政府が決定した輸出目標31億5,000万ドルは、あらゆる努力を結集してこれを達成いたしたいと考えます。しかし、この輸出目標を達成いたしましても、過年度来の急激な成長の後に引き続きまして、経済の安定と均衡を保持して参りますためには、昭和33年度の経済の成長は自然控え目とならざるを得ないのであります。

 かような見地から、昭和33年度の経済政策は、輸入の増加または輸出の阻害を来たすような国内需要はこれを抑制することを主眼とし、財政金融政策もこれに沿って健全な基調を保持しなければなりません。しかも、そのうちにおきまして、新長期経済計画の要請する重点施策、すなわち、貿易の振興、輸送力及びエネルギー供給源の拡充、科学技術の振興、中小企業及び農業対策について、格別の配慮を加えることが必要と存ぜられるのであります。昭和33年度予算がこのような観点に基き編成されておりますることは、先ほど来、関係大臣より演説があった通りであります。

 財政投融資につきましては、特に民間の投資活動の動向等をも考え合せて、適正な投資水準を維持しつつ、重点部門に対する資金の供給を確保するよう配慮いたした次第でありますが、その実行に当りましては、経済情勢の推移とにらみ合せて、慎重、かつ弾力的に運用して参らなければならないと存じます。

 また、雇用面におきましては、経済成長に伴いまして、新規労働力の吸収が期待されるのでありますが、他面、過渡的に発生を予想される離職者等に対しましては、適切な処置を講じていく所存であります。

 以上、私は、昭和33年度経済運営の基本的態度について申し述べたのでありますが、この際特に付言いたしたいことは、将来ややもすればわが国経済の発展に取り残される懸念のあった中小企業と農山漁村の経済水準の向上についてであります。今後、経済の発展に伴い、国力は充実し、一般の生活水準は向上することと存じますが、それは必ず中小企業や農山漁村の向上をも伴うものでなければならないのでありまして、私は、今後この点について十分配慮を加えていきたいと存ずる次第であります。

 以上のような経済運営を前提といたしまして、昭和33年度の主要経済目標は次のごときものとなることと考えます。

 すなわち、貿易及び国際収支については、輸入は32億4,000万ドル程度を見込まれ、他方、輸出は31億9,000万ドルを確保いたしまして、国際収支は、貿易外収支を考慮いたしますと、実質で1億5,000万ドル程度の黒字を期待することに相なります。また、民間投資は多少の減少を来たしますが、政府支出は若干増加し、消費も健全ながら所得増加に伴って幾分増大し、輸出の伸張と相待って、鉱工業生産水準は昭和32年度に比べ4.5%程度の上昇になるものと考えます。卸売物価はなお調整の過程にあるにいたしましても、年度間を通じて、おおむね現在程度の水準で推移するものと考えております。この結果、昭和33年度の国民総生産は約10兆2,000億円となり、昭和32年度に比し、実質3%程度の経済成長を見ることとなりますが、この国民総生産の規模は、新長期経済計画が想定しております昭和33年度の水準にほぼ合致するものであります。

 以上、私は、内外の経済情勢と経済政策の基調について概略申し上げたのでありますが、わが国経済の発展は、何と申しましても輸出の伸張が中核であることを痛感いたしますので、政府といたしましては、もとより、輸出振興のため諸般の施策を強力に実施して参りますが、国民各位におかれても、それぞれの立場において、政府の施策に格段の御協力あらんことを重ねてお願い申し上げる次第であります。