[内閣名] 第58代第1次池田(昭和35.7.19〜35.12.8)
[国会回次] 第36回(臨時会)
[演説者] 迫水久常国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1960/10/21
[参議院演説年月日] 1960/10/21
[全文]
池田内閣の政策の大綱につきましては、すでに池田総理大臣が申し述べられました。私は、これに関連して、わが国の経済に関する若干の政府の考え方を申し上げまして、国民各位の御理解と御協力を得たいと存ずるのであります。
わが国の経済が、ここ数年来、まことに目ざましい成長を遂げて参りまして、昨昭和34年度にはその成長率は17%にもなり、さらに本年度においても10%をこえるであろうと見込まれるような順調な成長をいたしておりますことは、すでに御承知の通りであります一面、これに対応する需要の面におきましても、産業の合理化、近代化のための設備投資が活発に行なわれ、輸出も大いに伸張いたし、個人消費の支出も個人可処分所得の上昇によって著しく増加いたしました結果、生産と需要が均衡し得たことによるものでございます。その結果、卸売物価は安定いたし、外貨準備高も今や16億ドルをこえることになりまして、わが国経済は著しく充実し、安定して参ったのであります。
このような落ちついた経済の拡大基調は、今後も引き続き得るものと考えられますので、この経済の拡大を安定的に確保いたしますため、政府におきましては、国民所得倍増計画と名づけまして、国民総生産を実質額において倍増するについてとるべきもろもろの方策の策定を進めておるのであります。この計画は、現在、経済審議会において、今後およそ10年間に国民総生産を倍増することを目標として作成中でございまして、近く答申がある予定になっております。倍増をかりに10年間で達成するとすれば、年平均の成長率は7.2%となるのでありますが、最近の経済の推移にかんがみまして、ここ当分の間は、相当高い成長を期待し得るものと思われます。従って、政府は、少なくとも昭和36年度以降3ヵ年間においては、年平均9%の経済成長は可能であると考えまして、これを政策実施上の目標とすることにいたしたのであります。
従来の経済運営の態度を反省いたしてみますと、わが国経済の体質が弱く、底が浅いという面が強調されました余り、とかく、経済の成長を控え目に見て参りました。そのため、勢い財源の見積もり等も控え目になりまして、政府の施策もおのずから制約を受けざるをえなかったのであります。これがため、政府のもろもろの施策が結果から見ますれば、国民経済の現実の動きに必ずしも即応していない面も見受けられたのであります。よって、政府におきましては、民間部門の経済の動きと政府の施策とが歩調の合ったものにいたしますために、実勢と認められる目標を設定することにしたのであります。従って、この9%の成長率を目標として設定しました意味は、池田総理大臣も申されました通り、わが国経済を引っぱって、無理にでもこの程度の成長を遂げしめようというのではなくて、政府施策と経済の動きとの間に大きな食い違いを生ぜしめないために必要であるということにあるのであります。
世上、この9%の成長率を見込むことが無理ではないかという議論を往々にして聞くのでありますが、これに対しては、まず、過去5ヵ年間の成長率が平均9%以上に達しているという事実に着目いたしますと同時に、以下申し上げるようなわが国経済の根強い成長要因を十分考えてみる必要があると思います。なお、日本社会党及び民主社会党におかれても、目標を達するための手段は異なるようでありますが、ほぼ同程度の成長を見込んでおられるのでありまして、まことに意を強うする次第であります。
わが国経済の今後の成長要因を考えますにあたりまして、まず、世界経済の動向を考えてみますと、米国における景気の見通し等から、世間では、その先行きを心配する見方もあります。しかし、米国については、工業生産は停滞しておりますが、これは主として在庫調整によるものでありまして、最終需要は、個人消費も政府支出も減少することなく、また、財政、金融面からも、てこ入れがなされておりますので、私は、米国景気の先行きについては悲観的な見方をする必要はないと考えております。また、西ヨーロッパ諸国の経済も、全般的には先行きが悪くなると判断すべき要素は特に認められません。このような実情から、私は、世界経済の先行きについて心配する必要はないと思いますが、たとえそのような徴候が現われましても、最近では、各国とも、政府、民間を通じて景気変動を回避し得る体制が漸次整えられつつありますので、世界経済の動向については、総じてこれを不安視する必要はないものと考えます。
一方、わが国経済は、ここ数年の成長によってその体質は大いに改善され、底は深くなって参りました。これは、国民の勤勉と新しい技術を消化するすぐれた能力がその基本になっておるのでありますが、企業設備の近代化、合理化がまことに驚異的な速度で振興いたしたことによるのであります。このため、いわゆる生産性の向上は目ざましいものがあるのでありまして、貿易の自由化にも耐え得られるよう、国際競争力は逐次強化せられつつあるのであります。この傾向はまず大企業に始まったのでありますが、今後、政府の施策と相待って、中小企業の分野にも浸透いたし、経済の各部門に行き渡ることは間違いございません。
このように、わが国経済の力は、生産の面においては、質的にも量的にも著しく拡大されたのでありまして、むしろ、問題は、これに対応する需要の側にあるのであります。需要の項目は、申し上げるまでもなく、公共投資を中心といたしまする財政支出、民間設備投資、個人消費、輸出などでありますが、その各項目について検討してみたいと思います。
まず、公共投資でございますが、公共投資は、率直に申しまして、従来おくれがちでありました。このことは識者の認めるところであり、われわれも身近かにこれを感じているのであります。しかし、今後は、この公共投資を経済の成長におくれないよう、むしろ先行するような心がまえで拡充するようにいたしたいと思うのであります。なお、公共投資は、最も必要な部門から重点的に実施し、効率的な運用をはかる必要のあることはもちろんでございますが、その目的は、すべての産業活動の基礎となるべき産業基盤の整備とあわせて、国民生活向上のための生活環境の改善にあるのであります。従って、公共投資が大企業など一部の産業に特に有利になるのではないかと見る見解は、全く当を得ておません。
次に、民間設備投資については、最近における急速な伸び率が今後においてもそのままの勢いで継続するとは当然考えられないところでありますが、日進月歩する技術の進歩に伴いまして、今後とも、その額は相当な額に達するものと思われます。設備投資は、現在においてもすでに過剰あるいは重複の状態にあり、その傾向は今後ますます増大するのではないかと心配する向きもありますが、私は、わが国の企業家並びに金融当局者はきわめて高い良識を持っていると信じますがゆえに、鹿を追う者山を見ずといった愚かなことは決してしないことを信ずるのであります。近く策定せられる国民所得倍増計画は、この場合の道しるべとしての役目も果たすことと思いますし、国民所得倍増計画を策定する意義も実はこの点にあるのでございます。
今後需要の側において最も重複しなければならないものは、総需要の半ば以上を占める個人消費であります。経済の成長に伴いまして雇用は着実に増大いたし、それによって個人消費が増大することは当然でありますが、同時に、所得倍増の道程において、経済の成長に照応して、賃金給料等の労働の対価が次第に上昇していくことが予想せられ、このことは、政府としても好ましいことと考えておるのであります。しかして、今後さらに行なわれるであろうと考えられる減税並びに計画的に拡大せられていくところの社会保障も、この個人消費の増加のためにきわめて大きな役割をすることと思うのであります。このように個人消費の着実な伸びは、とりもなおさず、国民生活内容が質も量も充実向上することを意味するものでありまして、わが池田内閣が目標としている福祉国家完成の基本的方針にも沿うものであります。
次に、輸出の伸張であります。今後の経済の拡大に伴って、原材料、燃料及び国民生活の向上のための消費物資の輸入が増加することは当然予想されるところであります。従って、これに見合うように輸出をふやしていくことは必要欠くべからざることでございますが、このことは、同時に、経済成長のための需要要因として重要なのであります。輸出増進の基本は、もちろん、わが国産業の国際競争力の強化にあるのでありますから、各企業が、さきに述べたように、労働対価の上昇を生産性の向上によって吸収するよう努力することが絶対必要でありますが、輸出品を付加価値の小さいものからより大きいものに転換するよう努めることも肝要であります。政府においても、経済外向の推進、低開発国に対する経済協力、金融の円滑化、企業の体質改善等のための租税政策など、各般の適切な措置を講じまして、世界の各地域に対して輸出の増進をはかりたいと思うのであります。貿易の自由化もこの意味からぜひ促進しなければならないと考える次第であります。このように、政府と民間が一体となって協力するならば、世界経済の変化に対処しながら、今後引き続き必要な輸出を確保することができると信じております。
以上述べましたところによって明らかなごとく、将来、需要と供給とは十分に均衡を保ちまして、わが国経済は円滑に成長していくものと考えるのであります。これがためには、もちろん、政府の施策がよろしきをえることが肝要でありますが、以下、今後における経済運営の基本的問題について若干申し上げたいと存じます。
第1は、産業構造の高度化の促進であります。高度の経済成長を達成するためには、個々の企業の生産性を上げると同時に、産業構造の比重を生産性の低い部門から高い部門に移す必要があります。すなわち、第2次産業及び第3次産業を中心として経済の発展を考えなければならないのであります。中でも重工業及び科学工業を重点といたし、ことに、雇用吸収力が高く、附加価値も大きく、将来輸出産業として最も期待される機械工業を重視すべきであると考えておるのであります。
もちろん、これは、第1次産業を軽視する意味では決してありません。たとえば農業についても、その所得の向上をはかるために農業経営の近代化を積極的に推進する必要があるのでありまして、この点については、すでに池田総理大臣から詳細に申し述べられておるのであります。
第2は、全国総合開発の促進であります。わが国において産業の発達が地域によりまして著しく異なっておりまして、一部の地帯ではすでに工業が飽和状態に達しておるのに対して、他面、低開発地域も存在することは、御承知の通りであります。従って、資源、土地、人口、産業関連施設など、産業の基礎要件を考えながら、産業の分散をはからなければ、今後の産業の円滑なる発展はとうてい期し得られないと思うのであります。よって、総合的な観点から全国開発計画の樹立に努めまして、低開発地域の開発を促進しようと思うものであります。
第3は、所得格差の是正であります。所得格差は、地域間、産業間及び階層間に見られるのでありますが、地域間の所得格差については、ただいま述べました全国総合開発の促進によってこれを縮小しようとするものであります。産業間の所得格差のおもなる問題は、第1次産業と他の産業との間並びに大企業と中小企業との間の問題であります。前者につきましてはすでに述べましたが、中小企業に対しましては、特段にきめこまかく意を用いる方針であります。すなわち、中小企業の協調体制を整えまして、金融政策並びに財政及び租税上の措置をおもな手段といたしまして、その近代化、合理化を促進し、生産性を向上し、もって中堅産業としてわが国経済成長の重要な部門を担当せしめんとするものであります。
なお、所得格差の是正について、労働条件の改善、社会保障の計画的拡充が階層間の所得格差の是正に重大な寄与をするものであることを申し上げておきたいと思います
第4、科学技術の振興と人的能力の向上であります。わが国産業の生産性向上も、また国際競争力の強化も、究極においては、科学技術の振興と人的能力の向上が最大の要件であることは、申すまでもございません。西ドイツにおきましては労働力の不足のために経済の成長が鈍化してきたといわれておりますが、わが国においても、長い期間には労働人口の増加が鈍化し、その不足が予想せられるとともに、今後における産業高度化の進展を考えますときは、人の質の向上は真剣に考えていかなければなりません。従って、技術系統の学校、研究施設の拡充、技能者育成のための画期的な施策を講ぜんとするものであります。
第5は、消費者の立場に立った行政の推進と物価の安定であります。戦後、わが国経済は、長らく需要が供給を上回る状態にありましたので、経済政策は供給力を増大することを重点として運営されてきたのでありますが、前に述べました通り、今後は需要の面を重視しなければならないのであります。ことに、その場合、個人消費が重要な項目となるのでありますが、経済成長を円滑に達成し、同時に、国民生活の内容充実をはかりますためには、消費者の立場に立った行政を推進することの必要性を痛感するものであります。今後の経済は、申さば買手市場になるのでありますから、おのずから消費者の立場は有利になるわけでありますが、消費者の利益の擁護等について一そうの施策を講じなければならないと思います。
この場合、最も重要な問題は物価であります。現在、経済の高度成長を推進する場合には、物価が上昇するのではないかという心配をされている向きもありますから、少しこの点について申し述べたいと思います。
インフレ的な物価の上昇は、申すまでもなく、需要が供給を超過する場合に起こるのでありますが、現在のわが国経済の実勢から見て、局部的または一時的の場合を除きまして、総体的には需要が供給を超加する危険は、まず全くないと申してよいと思います。従って、インフレ的な物価の上昇は起こり得ないのであります。問題は、局部的または一時的の需給関係の変化に基づく物価の上昇、並びに、労働対価の上昇を生産性の向上によって補い切れない部門における物価の上昇であります。
最近、世上関心の的である消費者物価の上昇は、主としてこの種のものでありまして、局部的または一時的要因によるものにつきましては、わが国は相当額の外貨を保有しておりますから、機動的な輸入などによって需給の調整をはかることが可能であり、現にそのような措置によって、大部分解決の方向に向かいつつあるのであります。また、業者間申し合わせ等の形によって独占価格的なものが形成されるおそれのあるものにつきましては、独占禁止法などによって厳重に監督しておりますし、政府が直接関与し得る公共料金については、この際努めてその値上がりを抑制する方針であります。
なお、私は、消費者物価について将来最も重視すべきは居住費関係であると考えますから、この点については十分対策を講ずることにしたいと思います。
概括的に申しますれば、消費者物価は今後若干ずつ上昇の傾向を持つものと思われます。これは、価格構成の内容において労働対価の占める部分が多いものもあり、また、物資自身の質が高級化いたしましたために価格が高くなるものもあるからであります。なお、生活内容の向上に伴ないまして、より高級なものを消費するための家計費の増加を、消費者としては物価の上昇と錯覚している場合もあるような気持がいたします。政府としては、今後、消費者の立場に立って、消費者物価の動向については、こまかい関心を持ちまして、総合的に十分に対策を講ずる所存でございます。総体的に見まして、個人の収入の増加は、はるかにより高い割合をもって進行いたしますから、今後、国民生活は、実質的に着々と充実向上していくものと申しまして決して過言ではないのであります。
政府は、以上述べましたところに基づきまして、今後慎重の経済運営の方策を進めたいと考えております。しかし、経済は生きものでありますので、経済の成長の道程において、ときどきの変化は当然ございましょう。従って、常時経済の動きを見詰めながら、景気の変動をできるだけ回避する措置を講じつつ、民間部門の創造能力と活動力が十分発揮されるよう適切な誘導を行ないまして、経済成長の目的を達成したいと思うのであります。私は、将来の国民生活の内容が、衣食住についても、また、文化生活についても、いかに充実し、高度化するかということを考えますとき、輝かしい希望のわくのを禁じ得ません。国民各位におかれましても希望と自信を持って邁進せられんことを切望してやまない次第でございます。