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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第61代第1次佐藤(昭和39.11.9〜42.2.17)
[国会回次] 第50回(臨時会)
[演説者] 藤山愛一郎国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1965/10/13
[参議院演説年月日] 1965/10/13
[全文]

 私は、当面する内外の経済情勢と、これに対処する所信を明らかにいたしまして、国民各位の御理解と御協力を得たいと存じます。

 最近のわが国経済を見ますと、輸出は引き続き好調を持続しておりますし、また、株式や商品の1部には、このところ一高一低ながらも市況立ち直りの気配がうかがわれますが、他方、個人消費の伸びの鈍化、設備投資の沈滞などから、依然、国内需要は伸び悩み、産業活動も横ばいぎみに推移しております。したがって、一時のような深刻な不安感は薄らいできているものの、景気はなお停滞の域いきを脱したとは言いがたい状況にあると思われます。

 政府は、先般来、不況の早期回復をはかりますため、財政及び金融面の諸措置、中小企業対策の強化、輸出振興策の充実など、一連の景気対策を講じてまいりましたが、その施策は逐次推渉しております。

 これを財政関係について見ても、本年度当初計画の財政投融資の繰り上げは、すでに目標を若干上回る実績をおさめており、また、やや出おくれていた公共事業費等の繰り上げ支出も、目下次第に活発化しつつあります。さらに、2,100億円の財政投融資対象事業の拡充も、着々と実施に移されつつあり、年度中にその計画を達成することはもとより、年内においても半ばに及ぶ進捗を示す見込みであります。また、金融面につきましても、これら財政支出の促進に加えまして、本年度産米代金の支払をはじめとし、今後例年以上の政府資金の散布が見込まれますので、市中資金の需給関係は一段と緩和され、金利水準もさらに低下すると考えられます。

 このように、政府としては、諸般の景気対策がすみやかに浸透し、機を失することなく所期の効果をおさめるよう、万全の努力を払っております。

 しかし、不況を克服するためには、民間経済界におきましてもまた、みずから積極的にこれと取り組む心がまえが必要であります。現在、経済界においては、生産調整の強化、冗費の節減、不採算部門の整理など、不況対応策が講ぜられておりますけれども、今後とも、経営の合理化に徹し、企業体質の強化につとめるとともに、企業間信用の改善についても、より一そう努力が払われるよう期待するものであります。

 私は、以上のような政府の景気対策並びに民間の対応策が逐次進展するに伴いまして、景気は次第に本格的な回復過程をたどっていくものと期待しており、また、その条件はすでに整いつつあると考えるものでございます。

 しかし、今回の不況は、従来になくその根ざすところが深く、過去の高度成長において生じた、いわゆる構造上の不均衡に起因する面が大きいと考えます。したがって、景気を回復する過程におきましても、単に国内需要を喚起して需給の均衡をはかるだけではその根本的解決にはなり得ず、企業経営基盤の強化、低生産性部門の近代化など、経済のひずみの是正につとめ、その質的強化をはかっていくことが肝要であります。

 もとより、経済政策の基本は、景気の変動を最小限にとどめ、経済の均衡ある成長をはかるとともに、その成果が真に国民の福祉に結びつくよう社会開発を推進し、もって豊かな福祉社会をつくり上げていくことにあります。

 政府は、このような観点に立って今後の経済運営をはかってまいりますが、特に、財政面におきましては、長期的観点からの減税構想や健全な公債政策の導入について、その準備を進めております。

 ひるがえって、最近における国際経済の動向を見ますと、米国の景気は引き続き上昇を続け、西欧諸国の経済もおおむね順調な発展を続けております。このような情勢を背景に、わが国の輸出は引き続き好調を持続しており、特に本年に入りましてからは、昨年に比べ30%をこえる飛躍的な拡大を示していることは、まことに心強い限りであります。

 しかしながら、他面、英国におけるポンド防衛措置、米国における国際収支改善対策の強化、さらには低開発国における外貨不足など、幾多の問題があり、必ずしも明るい局面ばかりではございません。

 開放体制下、今後ますます激化が予想される国際経済の中で、その波動を乗り越えて進むためには、わが国としては、科学技術の振興、産業体制の整備など、経済の質的強化を通じて輸出振興の基盤を確立することが必要であります。また、世界経済の発展なくしては真のわが国の繁栄があり得ないという認識のもとに、わが国の経済力に相応して国際経済協力を推進してまいりたいと考えております。

 次に、消費者物価の安定について申し上げます。

 消費者物価が大幅な上昇を続けていることは、国民生活にとって重大な問題であるとともに、経済の健全な発展を阻害する要因ともなります。政府は、一そう強い決意をもって物価の安定をはかってまいる覚悟でございます。

 今日、不況下にあっても、消費者物価は依然根強い上昇を続けておりますが、この事実に見られるように、その上昇は、経済の高度成長に伴う急激な構造変化に基因するところが大きいと考えられます。したがって、消費者物価を長期にわたって安定させるためには、基本的には経済の安定した成長が必須の条件であります。同時に、農業、中小企業等における生産性の向上、流通機構の合理化、労働力の流動化、並びに公正な価格形成のための条件の整備など、総合的な対策を着実に積み重ねていくことが重要であります。

 特に、家計に直接つながる生鮮食品につきましては、野菜の集団産地の育成による生産体制の近代化と供給の安定、冷凍形態の普及による鮮魚の流通改善など、各種の対策を積極的に推進してまいります。また、肉類などの食料品につきまして、国内の供給が不足する場合は、機を失することなく緊急輸入の手段も講じたいと思います。

 公共料金等につきましては、その値上がりが特に国民生活に影響するところが大きいので、政府としては、一そう経営の合理化につとめるなど、値上がり要因をできる限り吸収するよう措置してまいります。また、値上げが真にやむを得ないものにつきましても、極力これを低位にとどめるとともに、その時期についても十分配慮したいと考えます。消費者米価、国鉄運転{前2文字ママ}については、このような方針に従いまして慎重に検討し、いずれ今国会中にはその取り扱いを明らかにいたしたいと考えております。

 なお、高騰を続けております地価の問題につきましても、その重要性にかんがみ、地価対策閣僚協議会を中心に、適切な対策を確立すべく、鋭意ただいま検討を進めておるのでございます。

 以上のように、政府は、物価を安定させるため真剣な努力を払ってまいりますが、真に消費者物価が落ちつくまでには、ある程度の期間を要すると思われます。したがって、物価上昇による家計への影響を考慮し、所得税の減税や社会保障の充実など、低所得者層に対し十分に配慮していく所存でございます。

 この際、国民各位に御理解願いたいことは、国民各層の御協力がなければ消費者物価を安定させることができないということであります。経営者といい、勤労者といい、また農業者といっても、立場をかえれば、すべてこれ消費者であります。私は、国民各位が、消費者の立場に立って、できるだけ物価の値上がりを防ぐよう、各面から配慮されることを期待するものであります。

 近年、国民生活は経済の発展に伴い顕著に向上してまいりました。しかし、住宅、上下水道、交通施設等の立ちおくれが目立ち、ばい煙、汚水等の公害が発生するなど、国民福祉の向上を阻害するような問題が生じてきております。このため、今後は、経済の成長と国民福祉の向上とが調和するよう、経済の発展と社会開発を均衡的に進め、国民生活における各種の阻害要因を除去していくことが、緊急の課題となっております。

 政府は、このような要請にこたえ、国民のより豊かな生活を築き上げるため、経済の発展段階に応じた国民生活の望ましい姿を究明するとともに、めまぐるしい経済変動の中でともすれば忘れられがちな個人生活を守る立場から、消費者保護と日常生活の改善に資する施策を積極的に推進してまいる所存でございます。

 さらに、国民生活の向上と経済社会の均衡ある発展をはかるためには、地域開発を促進して地域格差を是正し、過密都市の弊害を除去することが緊要な課題でございます。このため、政府は、長期的な視点に立って、地域の特殊性に応じた開発方式に立脚し、これを計画的かつ強力に推進していく考えでございます。

 以上、わが国経済が直面いたします諸問題と、これに対する所信を述べてまいりましたが、私は、今後とも、経済の動向を的確に把握し、機に応じ適切なる経済運営を進めてまいる所存でございます。

 幸いにして、わが国経済は、基本的には、若い体質に恵まれ、強い底力を蔵しております。この若さと底力に加うるに、政府の適切なる施策と国民の創意、努力とをもってすれば、今日の事態を早期に克服し得るばかりでなく、近い将来に必ずや調和と安定のとれた豊かな成長の道が約束されるであろうことを、私はかたく信ずるものであります。