データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第61代第1次佐藤(昭和39.11.9〜42.2.17)
[国会回次] 第51回(常会)
[演説者] 藤山愛一郎国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1966/1/28
[参議院演説年月日] 1966/1/28
[全文]

 私は、当面する経済情勢と、これに対処する所信を明らかにいたしまして、国民各位の御理解と御協力とを得たいと存じております。

 顧みますと、昨年は、従来にない深刻な不況に終始し、しかも、その中にありまして依然消費者物価は上昇を続け、企業にとりましても、また家計の面でも、まことに苦しい1年でございました。しかし、本年の経済は、昨年の暗い経済の延長であってはならないのであります。

 私は、昭和41年の経済運営の目標を、次の3点に置き、これに積極的に取り組んでまいる所存でございます。

 第1は、不況は一刻も早く克服し、第2は、消費者物価をすみやかに安定させ、第3には、わが国経済が長期にわたり均衡がとれ安定した成長を続け、豊かな社会を実現するための基盤を築いていくことでございます。

 政府は、昨年来、公共事業の促進、財政投融資の拡大など、一連の景気対策を実施してまいりましたが、現在ようやくその効果をあらわし始める時期にさしかかっております。

 さらに、昭和41年度の予算におきましては、本格的な公債政策を導入し、財政支出を大幅に増加するとともに、画期的な大幅減税を実施して、有効需要の積極的な拡大をはかることにいたしました。また、予算の実施にあたっても、公共投資関係事業の早期施行を促進すること等により、でき得る限りすみやかに不況を克服する決意でございます。

 このような政府の決意と対策に民間経済界の経過対応策が相まちますならば、わが国経済は徐々に明るさを取り戻し、本年下半期までには景気の順調な上昇局面を迎え得るものと考えます。この結果、昭和41年度のわが国経済は、実質7.5%程度の堅実な成長を実現するものと期待いたしておるのでございます。

 今日、不況下にありながら消費者物価は依然根強い上昇を続けており、まことに憂慮すべき状態でございます。近年における消費者物価の高騰は生産性格差の存在する中で急速な経済の成長が行なわれた結果、農業、中小企業、サービス業など生産性の低い部門におきまして賃金、所得の上昇したことに起因する面が大きいと考えられます。これらの部門における賃金、所得が上昇し、そこに働く人々の生活水準が向上していきますことは、好ましい現象であり、それによって消費者物価がある程度上昇することには、やむを得ない面もございます。しかし、今日このように消費者物価が年々大幅な上昇を続けることは、国民生活にとりまして重大な問題であるばかりでなく、経済の健全な発展を阻害する要因ともなるのでございます。

 政府は今日まで諸般の物価対策を実施してまいりました。しかし、消費者物価の上昇が構造的要因による面が大きいだけに、その解決は決して容易ではございません。困難な道ではございますが、1つ1つ問題を解決して進以外に方法はないと考えられます。

 国民各位におかせられましても、経営者、勤労者、農業者、すべて消費者であるという自覚の上に立って、政府の施策に理解と協力をいただきたいと存じます。賃金問題につきましても、労使ともに、国民経済的視野に立ち、良識ある態度でこの問題に対処されんことを望むものでございます。

 この際、私は、国民の皆さまとともに喜べる日の1日も早からんことを期し、新たな決意をもって物価問題と取り組んでまいる所存でございます。

 その第1歩といたしまして、広く国民的基盤に立ち、物価問題を各面から深く掘り下げて検討するため、先般経済企画庁に物価問題懇談会を設けました。この懇談会はすでにその活動を開始いたしておりますが、ここで得た結論につきましては、臨時物価対策閣僚協議会の議に付しまして、必要な措置は直ちに実行に移してまいる所存でございます。

 また、昭和41年度の予算におきましては、物価の安定を特に重要な政策目標として、各般の施策を財政面から積極的に推進することといたしております。特に、家計に直接つながります生活必需品につきましては、野菜の集団産地の育成と価格安定制度の拡充、鮮魚の冷凍形態の普及、食肉の増産、商品の流通機構の改善など、諸対策の拡充強化をはかることにいたしました。さらに、物価上昇による家計への影響を考慮し、所得税などの大幅減税や社会保障の充実につきましても十分配意いたしております。

 なお、不況対策と物価問題との関連について見ますと、今日の消費者物価の上昇は経済構造に根ざす面が大きく、財政規模が拡大いたしましても、低生産性部門や社会資本に多くそれが振り向けられます限り、長期的に見て、消費者物価の安定に寄与するものと考えております。

 以上のように、政府は、消費者物価の安定をはかるため、今後あらゆる努力を傾注してまいりますが、昭和41年度は、その上昇を5.5%程度にとどめたいと考えております。

 ここで、公共料金の問題につきまして申し述べ、国民各位の御理解と御協力を得たいと存じます。

 政府は、このたび、米価、国鉄運賃、私鉄運賃、郵便料金などにつきまして、その値上げを認めることにいたしました。私は、この点につきまして、国民各位が強い関心を示され、家計の立場から政府の措置に不満を示されていることを十分に承知いたしております。政府としても、今回のようにほぼ同じ時期に集中して値上げを行なわざるを得なくなった事態につきましては、反省すべき点があると考えております。

 しかし、経済全般の立場から考えた場合、これらの公共料金を据え置くことには、きわめて大きな無理がございます。経済の発展に伴って、これら関係事業がその社会公共の責務を遂行するためには、その施設の整備拡充等が急務であり、他面、政府ができるだけの財政負担を考慮するにいたしましても、そこにはおのずから限度があることは、いまさら申し上げるまでもございません。政府としては、これら各面の事情を慎重に検討し、国民生活に与える影響も十分勘案の上、最低限度の幅に限って料金の値上げを認めることにした次第でございます。しかし、国鉄運賃、私鉄運賃、郵便料金などにつきましては、経営の合理化に徹し、コスト増加要因を吸収して、今回の値上げに伴ない、今後数年間は値上げをしないで済むよう措置してまいる所存でございます。

 経済運営にあたりましては 当面する課題の解決をはかりながらも、常に長期的観点から経済社会のあるべき姿を求め、それを実現する基盤をつくっていくことが肝要でございます。

 さきに政府が策定いたしました中期経済計画につきましては、財政の新たな展開、消費者物価の予想を越える上昇など、その後の経済情勢の変転から、その改定が要請されており、近く新しい長期計画の検討に着手することとしておりますが、私は、さしあたり、今後3年程度の経済運営を、次のような考え方に立って行なってまいる所存でございます。

 まず第1に、基本的な問題として、経済発展の姿は、あくまでも、均衡がとれ安定した成長でなければなりません。均衡なき成長は、いたずらに経済社会の各面に混乱とひずみを生じ、かえってその発展を長続きさせないという現実の教訓を十分に生かす必要があるのでございます。

 いまさら申し上げるまでもなく、現在、わが国経済は、設備の過剰、農業や中小企業における生産性の立ちおくれ、社会資本の不足など、各種の不均衡を生じております。私は、今後3年程度の間、わが国経済の課題は、政府民間相協力して、この問題の解決に真剣に取り組んでいくことにあると考えております。

 それにつきましても、経済者各位に特に要望いたしたいことは、その経営態度の一そうの健全化であります。すなわち、景気が回復し、経済活動が活発化した後におきましても、過度の競争意識から行き過ぎた設備拡張に走ることは厳に慎み、いたずらに政府にたよることなく、自主的な立場から、秩序ある競争と協調によって、常に適正な操業状態を確保し、生産性の向上につとめていくことが何よりも必要であります。同時に、資本構成の是正につとめ、過度の企業間信用を解きほぐすなど、企業体質の根底からの強化に意を用いなければならず、また、国際競争に対処するためにも、経営規模の適正化をはかり、技術の開発に力を注いでいかなければなりません。金融機関におきましても、企業基盤の健全化のため、適正な融資態度を堅持するよう期待するものでございます。

 さらに、経済全体の効率を高めるため、農業、中小企業など生産性の低い部門におきましては、設備の近代化はもとより、農業構造の改善や事業の協業化などを積極的に推進していくことが急務であります。その際、中小企業の近代化につきましては、大企業の側におきましても、その経営合理化の一環として、親身になってこれを支援されんことを望むものであります。

 政府としては、このような企業体質の強化、産業体制の整備のため、諸般の施策を今後とも強力に実施してまいります。他方、立ちおくれている住宅、道路などの社会資本につきましては、計画的に、より一そうの充実をはかってまいる所存でございます。

 今後、財政がわが国経済に果たす役割りは、公債発行という新たな展開と相まちまして、一段と重要なものとなってまいります。すなわち、以上のような財政需要に応ずるとともに、他面、財政と金融が相互に相補い、積極的かつ弾力的に景気調整機能を働かしていくことが肝要でございます。

 このように、経済社会の各分野の均衡をとり、景気の変動を最小限にとどめ、かつ、できるだけ高い成長を確保するという考え方に立って今後の経済運営を行なっていきますならば、この3年程度の間、わが国経済は、おおむね実質7ないし8%程度の成長となることが見込まれます。

 第2の問題として、開放経済体制のもと、わが国経済の運営にあたりましては、常に世界経済の動向を見守りつつ、競争と協調を通じ、国際経済社会に貢献してまいらなければならないのであります。

 今日、わが国の国際収支は、世界経済の順調な拡大を背景として、きわめて好調に推移いたしております。しかしながら、今日までのような国際経済の好調がいつまでも続くと期待することは問題であり、また、開発途上国におきます外貨不足や先進諸国における合理化投資の進展などを考え合わせますと、輸出競争は今後ますます激化するものと予想されます。さらに、国際金融の面でも、幾多の問題をはらんでおり、予断を許さない状況にございます。したがって、今後とも、経済の質的強化をはかって、輸出の振興に一そうの努力を払わなければなりません。

 また、南北問題は、今日世界経済における需要な課題であります。開発途上国の発展がなければ世界全体の平和と繁栄が望めないという認識のもとに、わが国といたしましても、国力に応じて国際経済協力を積極的に推進していくことが必要でございます。

 第3の問題として、経済発展の成果が国民生活の向上に結びつくよう、社会開発をより一そう積極的に推進してまいらなければなりません。

 このため、国民生活の実質的な向上を阻害いたしております消費者物価の問題については、政府各部門のあらゆる対策を傾注いたしまして、今後3年以内に3%台までに落ちつかせたいと考えておるのでございます。

 また、国民の生活の基盤をなす住宅及び生活環境施設の整備拡充に特に力をいたすとともに、社会保障のより一そうの充実をはかってまいらなければなりません。

 さらに、地域格差を是正し、過密都市の弊害を除去するため、都市及び農村を通じ、地域の特性を生かした地域開発を進めて、恵まれた自然と産業の発展との調和をはかりながら、美しく住みよい国土を築いてまいりたいと考えております。

 政府は、以上申し述べましたことにつきまして、これを積極的に実行に移してまいる考えでございます。わが国経済は、今日、揺れ動く国際政治経済情勢の中にありまして、きびしい試練に直面しております。われわれは、この事実を直視しながら、戦後の苦難を乗り切った経験をもう1度思い起こしながら、政府民間相協力してこの難局を乗り越え、あすへの躍進と繁栄をかちとりたいと念願をいたすものでございます。