[内閣名] 第62代第2次佐藤(昭和42.2.17〜45.1.14)
[国会回次] 第58回(常会)
[演説者] 宮澤喜一国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1968/1/27
[参議院演説年月日] 1968/1/27
[全文]
昨年秋以来、財政金融両面にわたる一連の景気調整措置が実施され、さらにその効果の一そうの浸透をはかるため、本月初めには、公定歩合の再引き上げが行なわれました。このような措置がとられておりますものの、いまだわが国経済の基調に大きな変化はあらわれておりません。本年度のわが国経済は、民間設備投資が前年度に比べ30%に近い大幅な増加となり、消費支出もかなり増加するものと思われますので、経済全体としては、予想を上回り、実質11.6%程度の成長が見込まれます。このような国内経済活動を反映して、輸入は20%を上回る大幅な増加が見込まれますが、反面、輸出は海外景気の停滞もありまして、8%程度の伸びにとどまるものと思われ、総合収支では7億ドルに及ぶ赤字が避けられない情勢にございます。
他方、国際経済の動きに目を転じますと、去る11月、英国はポンド平価の切り下げ、公定歩合の引き上げ等、強力な国際収支改善策をとり、米国は、これに伴って、公定歩合の引き上げを行ない、さらに、本年に入ってから、ドルの価値を維持強化するため海外投融資及び海外旅行の制限など、きわめてきびしい措置をとることを明らかにし、今後逐次具体化されるものと思います。国際通貨の価値の安定は、世界経済の健全な発展及びわが国通貨価値の安定に基本的に重要でございますが、国際経済の最近の動きは、世界景気の先行きに不安定な要因をもたらし、世界貿易及びわが国国際収支の前途を険しいものにいたしております。
このような国際経済環境の中にありまして、今後、わが国としては、国際収支の改善と物価の安定をはかり、長期にわたる経済発展と国民生活向上の基礎をつちかってまいらなければなりません。
政府は、昭和43年度の予算編成にあたり、総需要の抑制をはかるため、財政規模及び公債発行額を極力押えるとともに、限られた財源を重点的に配分し、輸出の振興、生産性の低い分野の近代化、生活基盤の充実などに留意いたしました。
現在行なわれております景気調整措置の効果は、次第に経済の実体面にも浸透いたし、それに伴って国内経済はやがて鎮静化し、国際収支もやがて改善していくものと考えます。政府は、今後とも、国内経済と国際収支の動向を注視しつつ、経済政策の弾力的運用をはかり、経済社会発展計画が目ざす持続的な安定成長への足固めを行なうよう経済を運営してまいる考えでございます。
その結果、明年度、わが国経済の成長率は、実質で7.6%程度になるものと見込まれます。
国際収支につきましては、現在の赤字基調はなおしばらく継続するものと思われますが、漸次改善され、おそくとも明年1—3月期には、均衡するようになるものと期待しております。しかし、年度を通じますと、明年度においても3億5,000万ドル程度の赤字は見込まざるを得ないと考えております。
これは、赤字としてはなおかなりの額でございますが、国際収支をこの程度に改善することさえ、決して容易ではございません。明年度においては、貿易収支で20億ドル程度の黒字を出すことを目標としておりますが、これは輸入を8%台の増加にとどめるとしても、輸出が15%程度増加しなければ実現することはできません。このことは、わが国の輸出を、他の諸国の2倍以上の増加割合で伸ばすことでありまして、これを達成するためには格段の努力が必要でございます。
政府は、明年度におきましても、輸出振興のため、税制面、金融面などにおいて特段の配慮をすることといたしました。民間経済界におかれましても、特に明年度は、輸出の大幅な増加を実現しない限り、わが国経済の運営が円滑に行なわれがたいことを十分に認識されて、輸出を第1の目標として、一そう努力されることを強く期待いたすものであります。
国際収支の改善と並んで重要な政策課題は物価の安定であります。
消費者物価は、昭和30年代の後半には年率6%という高い上昇を示しておりましたが、昭和41年度には4.7%の上昇にとどまり、さらに、本年度におきましては、政府が当初見通した4.5%の上昇の範囲内におさまるものと見込まれます。
しかしながら、本年度における動向を見ますと、上期は比較的安定的に推移をして、前年度の上期に比し3.1%の上昇にとどまりましたが、昨年秋以降、再び騰勢を強めておりまして、下期においては、前年度の下期に比して、6%近い上昇が予想されます。したがいまして、明年度は、この影響を受けまして、たとえ年度中横ばいに推移するといたしましても、本年度と比べますと3%余りの上昇になりますので、年度中における上昇を最小限度に押えるようにつとめまして、4.8%程度の上昇にとどめたいと考えております。
他方、卸売り物価につきましては、本年度は1.5%程度の上昇が見込まれますが、今後、景気調整措置の効果が次第に浸透をいたして、明年度においては、1%程度の上昇になるのと考えます。
このような物価上昇の見込みは、決して低いものでばございませんが、上昇をこの程度に押えることもなかなか容易ではございません。
政府は、今後とも農業、中小企業、サービス業など生産性の低い部門の近代化、流通機構の改善などの構造対策を引き続き強力に推進してまいります。さらに、若年労働力を中心とする労働力の不足が次第に本格化し、賃金や物価に対する影響を強めておりますので、その流動化対策には一段と努力する必要がございます。他方、景気調整が進むにつれて、競争制限的な行為がふえがちでございますが、そのような行為が安易に行なわれることのないようにする必要がございます。また、野菜、食肉、牛乳など家計に直接つながる生活必需物資については、価格を安定させ、円滑な供給が行なわれますよう一そう努力してまいります。
政府は、昭和43年度の予算編成にあたりまして、たばこ、国鉄定期運賃、間接税の一部について最小限度の引き上げを行なうことといたしました。これは、一方で国民負担の現状にかんがみて、明年度におきましても1,000億円にのぼる所得税の減税を行い、また、地方、財政体質の改善をはかるため、他国に比べて著しく高い公債への依存度を引き下げることにしたのに伴いまして、やむを得ずとった措置であります。もちろん、このような措置が、当面、物価に好ましくない影響を与えることは否定できません。しかしながら、他方で、政府が、従来の財政のあり方を反省し、その体質の健全化に積極的に取り組んだことは、長期的には物価問題解決への糸口になるものと考えております。
物価の長期的な安定をはかり、経済の健全な発展を期するためには、その背後にある旧来の制度・慣行に再検討を加えることが基本的に重要であると考えます。今日行なわれている制度、慣行を見ますと、きわめて多くのものが弾力性を失い、経済や行財政の効率化を阻害し、物価の上昇をもたらす根源にもなっていると考えられます。
このような認識のもとに、政府は、昭和43年度の予算編成にあたり、財政規模を極力圧縮するとともに、新たに総合予算主義をとり、公務員給与及び米価の改定のため、毎年年度途中において、巨額の補正予算を組まなければならないという慣行を排除し、さらに、公債発行額を削減し、財政体質の改善をはかることといたしたのであります。
昭和43年度は、行政及び財政の硬直化をもたらしている諸問題について、その解決をはかる第一歩を踏み出すべき年と考えます。今後早急に再検討を行なう必要のあるものとしては、米価、医療保険、国と地方の行政のあり方など、数多くのものがございます。私は、これらの問題について、国民各層が国民経済的な視野に立って十分議論を行ない、新しい時代に即応した制度を国民的合意に基づいて確立し、昭和44年度を目途に新たな制度が発足することを念願いたすものでございます。
以上、わが国経済の当面する諸問題について私の所信を申し上げました。
国民各位の御理解と御協力を切望いたします。