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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第63代第3次佐藤(昭和45.1.14〜47.7.7)
[国会回次] 第63回(特別会)
[演説者] 佐藤一郎国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1970/2/14
[参議院演説年月日] 1970/2/14
[全文]

 私は、1970年代への第一歩を踏み出したこのときにあたりまして、長期的な展望に立ちつつ、わが国経済の当面する諸情勢とこれに対処する所信を明らかにし、国民各位の御理解と御協力を得たいと存じます。

 1960年代は、わが国の経済力が著しく充実し、国際的地位が急速に高まった時代であります。すなわち、この間に、実質国民総生産は、約3倍となり、規模において自由諸国第2位の大きさとなるとともに、国民の消費水準は大幅に上昇し、これまで成長の制約要因でありました国際収支も急速にそのゆとりを増し、わが国経済の世界経済に与える影響力も大きくなってきているのであります。

 しかしながら、その反面におきまして、国内的には、経済的社会的不均衡が表面化し、これに伴う社会的緊張の高まりが見られることも否定できません。すなわち、農業、中小企業などの近代化が相対的におくれ、これが1つの要因となって諸物価の高騰を招いているとともに、住宅、下水道等の社会資本の整備が立ちおくれ、公害、交通災害等の問題が深刻化しつつあります。また、国際面では、経済力の充実に伴いまして、わが国の対外的諸政策に対する海外の期待や要請も、急速に強まってきているのであります。

 私は、70年代を迎えるにあたり、まず、これまでの急速な成長過程で生じてきました国内、国際両面での諸問題の解決に全力をあげて取り組むことが緊要であると考えております。さらに、今後の経済社会の発展と、その高密度化、国際化、労働力不足の本格化といった変貌に意欲的に対処しながら、より豊かな蓄積の上に、わが国経済社会の真の繁栄を築いていくことが、われわれに与えられた大きな課題であると考えております。特に60年代に、成長と国際収支の両立という課題を達成しましたわれわれは、70年代においては、成長と物価安定の両立という困難な課題について、その解決を求められているであります。この場合は、特に労働力不足の本格化という事態を考えますると、企業の経営体質の改善や、労働力の有効利用に積極的に取り組むことが重要であり、賃金引き上げのみで労働力を確保していこうということでは、もはや、この新しい時代を乗り切ってはいけないと考えるのであります。

 政府といたしましては、このような課題を解決しつつ、今後わが国経済社会が進むべき方向を明らかにする必要があると考え、現在、新しい経済社会発展計画の策定を進めているところであります。

 ここにおいて、私は、70年代の第1年である昭和45年度の経済運営を特に重視し、そのあり方について申し述べたいのであります。

 わが国経済は、40年度の不況の後、予想を上回る急速な成長を続け、ここ3年実質13%をこえる高い成長を持続しております。

 この間、年率20%をこえる設備投資の増加と輸出の好調にささえられて、経済活動が急速に拡大し、また物価の騰勢も顕著となるなど、景気の動向に懸念すべき現象があらわれてまいりましたので、昨年9月、公定歩合の引き上げ等の金融調整措置が実施されたのでございます。その後、金融面におきましては、調整措置の影響があらわれてきておりますものの、実体経済の基調にはさほどの変化が見られないのであります。また、物価面においても、なお根強い騰勢が続いております。すなわち、44年度の消費者物価は、5.7%という大幅な上昇が見込まれます上、従来ほぼ安定してきた卸売り物価も、国際的インフレを反映した輸出入価格の上昇が1つの要因とはいえ、なお騰勢を続けており、いまや、物価の高騰は、国民生活を脅かす大きな要因となるとともに、経済の健全な発展の妨げになるというまことに警戒を要する局面を迎えております。

 他方、国際収支は、好調な世界経済の拡大を背景に、大幅な黒字を続けており、44年度は20億ドル程度の黒字となるものと見込まれます。今後、米国景気の沈静や、西欧諸国の引き締め政策の効果浸透の影響を受けまして、わが国の輸出の伸びも鈍化を予想されますが、しかし、45年度の国際収支は、なおかなりの黒字で推移するものと見込まれております。

 以上のような内外の諸情勢から見まして、政府といたしましては、今後、適正な成長を長期にわたって確保しますることを経済運営の基本的態度としつつ、財政金融政策の慎重かつ機動的な運用により総需要を適正な水準に維持し、物価の安定を当面の最重点課題として積極的に取り組みますとともに、社会開発の強力な展開、経済の一そうの国際化、効率化等に力を注いでまいる所存であります。

 このような経済運営のもとにおいて、45年度の経済成長率は、これを実質11%程度と、44年度に対しかなり控えめに見込んでおります。

 当面の物価安定対策について申し上げます。

 まず、公共料金につきましては、その引き上げが直接国民生活の負担となるばかりでなく、政府の物価問題に取り組む姿勢を示すものとして影響は大きいものがあります。したがって、45年度においては、米麦価水準を据え置く方針とし、その他公共料金につきましても、44年度に引き続き、極力抑制することといたします。

 さらに、物価の上昇は、経済の急激な発展に伴う経済各部門の生産性上昇の格差に基づくところが大きいので、この面からも、農業、中小企業、流通部門等生産性の低い分野における構造政策を一そう充実するとともに、輸入政策の積極的活用、競争条件の整備等の諸施策を推進してまいりたいと存じます。

 とりわけ、最近の生鮮食料品の値上がりが、消費者物価の高騰をもたらす大きな原因となっていることにかんがみ、政府といたしましては、45年度予算において、これら物資の需要に見合った生産の促進と安定出荷体制の整備をはかるとともに、卸売り市場の充実等流通機構の整備に特に意を用いておりますが、今後とも、各般の施策を一段と充実するつもりでございます。

 次に、国民の住宅の願望は、近年ますます強まっておりますが、その達成は、地価の高騰により、一段と困難になりつつあります。土地問題の解決は、今日焦眉の急となっておりますので、強力な総合的土地対策を進め、地価の安定を達成することにより、国民の期待にこたえてまいりたいと存じます。

 いまや、インフレとの戦いに安易な態度は許されないのであり、この戦いに勝つことなくして、今後のわが国の発展はあり得ないと考えるのであります。そして、物価問題の解決は、議論の段階から、これをいかに実行するかの段階にきていると考えます。また、これは、ひとり政府の施策のみでたっせいされるものではなく、国民各層の理解と協力を得て、初めて実効を期し得るものであります。

 このような観点から、政府といたしましては、以上述べました諸施策を強力に進めてまいりますが、民間におかれましても、物価安定のため、いわゆる便乗値上げは厳にこれを慎むとともに、企業の生産性向上の成果を、その配分にあたって、価格引き下げにも充てるよう強く要望いたすものであります。

 以上によりまして、45年度の消費者物価上昇率を4%台にとどめますとともに、卸売り物価の沈静化につとめ、これを端緒として、今後長期的な物価の安定をはかってまいる所存であります。

 今後、わが国経済の、発展に伴って、経済の質的内容を充実し、真に豊かな国民生活を築いていく必要がありますが、このためには、これまでの成長の過程で、所得の上昇や私的消費の充実に比べて、相対的に立ち遅れの見られる住宅、下水道等の生活環境を中心とした社会資本の整備をはかり、また、近年特に深刻化しつつあります公害、交通災害、有害商品の解消・除去等につとめることにより、国民の健康と安全を確保する等、いわゆる社会開発の推進に最大限の努力を傾注していかねばなりません。

 この課題の解決は、決して容易ではありませんが、政府、企業、国民が一丸となって当たるという強い共通の決意のもとに、政策を進めてまいりたいと存じます。

 なお、政府といたしましては、市民の直面する消費生活上の諸問題を中心に、国民との対話の場をつくり、情報、意見の交流を通じて、政府、国民が一致協力しながら問題の解決をはかることが肝要であると考え、45年度予算において、国民生活センターの設立等、所要の施策を推進することといたしました。

 次に、今後予想される労働力不足の本格化や、わが国経済の国際化の一そうの進展等の急速な環境条件の変化に対応しつつ、わが国経済の体質を強化し、その持続的成長を確保していくには、従来の国内中心的な視野にとどまらず、国際的視点に立って、経済の効率化を強力に進めてまいることが要請されているのであります。

 そのためには、引き続き総合農政の推進、中小企業の構造改善等に取り組むとともに、今後の経済発展の方向を展望しつつ、新規産業の振興、新技術の開発等を進めることにより、わが国産業の質的内容を総合的に高め、産業構造の絶えざる改革を進めていく必要があります。

 これとともに、労働力の流動化、その質的内容の充実等に積極的に対処してまいらなければなりません。

 このようなわが国経済の体質改善を踏まえ、また、わが国の国際的地位の向上にも即応しつつ、従来にも増して対外経済政策を積極的に推進してまいることが必要となってきております。

 このことは、これまでの保護政策になれたわが国産業に対し、少なからぬ影響を与えることが予想されておりますが、わが国経済のより一そうの発展のため避けられぬことでありますので、各界の合意を得て、積極的に展開してまいりたいと存じます。

 この観点から、政府といたしましては、残存輸入制限の撤廃の促進、関税率の引き下げ等、輸入政策の弾力的運用をはかりますとともに、経済協力の充実、資本及び為替の自由化、海外投資の促進等の諸施策を一そう積極的に進めてまいる所存でございます。

 以上、わが国経済の当面する諸情勢について私の所信を申し述べました。

 国民各位の御理解と御協力を切望いたします。