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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第63代第3次佐藤(昭和45.1.14〜47.7.7)
[国会回次] 第65回(常会)
[演説者] 佐藤一郎国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1971/1/22
[参議院演説年月日] 1971/1/22
[全文]

 私は、当面する経済情勢とこれに対処する所信を明らかにし、国民各位の御理解と御協力を得たいと存じます。

 わが国経済の最近の動向を見ますると、昨年夏ごろから景気は次第に落ち着きの方向に向かい、昨年10月には公定歩合の引き下げが行なわれましたが、需要の停滞と供給力の増大を背景に、製品在庫の増加、設備投資の繰り延べが進む中で、景気はこのところ鎮静化の度を強めております。

 物価面では、卸売り物価が工業製品を中心とする国内需要供給の緩和に、海外市況の軟化も加わりまして、安定基調を取り戻してまいりましたが、消費者物価は生鮮食糧品、中小企業製品、サービス料金を中心に、依然騰勢を強めております。

 他方、国際収支面では、インフレ基調下の世界貿易の拡大を背景として、輸出入とも高水準にあり、国際収支は、かなりの黒字基調で推移しております。

 目を世界経済の動向に転じますると、1970年は世界経済にとって景気停滞と物価上昇が併存するという、いわゆるスタグフレーションとの戦いの1年であったといえましょう。アメリカ経済は、1970年において、実質成長率がほぼゼロに対し、総合物価指数は5%をこえる上昇が見込まれております。従来、欧米諸国において、最も安定した経済発展を遂げてまいりました西ドイツでも、実質成長率4.5%に対し、総合物価指数は7%の上昇が見込まれるなど、各国ともきわめてきびしい現実に直面していると申せましょう。

 わが国経済が当面しております問題、欧米のようなスタグフレーションではありません。むしろ持続的成長と、均衡ある経済発展をはかるため、経済成長を従来の著しく高い成長から、物価安定と成長が両立し得るような、安定成長路線に移行することであり、その過程で生ずる問題にいかに対処するかであります。

 このようなわが国経済の現状について思いをいたしますとき、急激に変化する内外の経済情勢に適応するためには、いまやわが国経済が大きな転換期に差しかかっており、政策運営についての発想の転換が必要であることを痛感するものであります。

 まず第1に、国民総生産が2000億ドルをこえる規模に達しているわが国におきましては、成長のスピードだけが問題ではなく、成長そのものの軌道の修正が必要となってきているということであります。

 第2に、とかく名目的に所得が増大すればよいという、所得至上主義的な考え方から脱却することであります。これまでは、かなりの消費者物価の上昇も、所得上昇が早いから許されるという通念もあったと思われるのでありますが、所得上昇が早過ぎるということに、物価上昇の一因があった点に留意せねばなりません。

 第3に、賃金、所得の面では平準化が進み、いわゆる二重構造の解消が進みながら、生産性の面では、工業と農業、大企業と中小企業の間に、なお著しい格差が存在し、資源の適正配分がゆがめられている現状を是正する必要があるということであります。

 第4に、これまでの成長の過程で、とかくおくれがちであった社会開発を推進するために、社会資本の充実、公共財部門の拡大を可能にするような資源配分の道を積極的に切り開いていくことであります。

 第5に、国際経済のインフレ化が進行している現在、国際収支にゆとりが増大したわが国において、経済の安定成長をはかるためには、輸出は国内需給の動向に十分配慮して行なうとともに、輸入を積極的に進めることにより、資源の内外配分の均衡を保持することが必要であります。

 以上のような基本的、長期的方向を踏まえつつ、46年度の経済運営にあたりましては、景気の過度の落ち込みを避けつつ、わが国経済を、新経済社会発展計画の線に沿って、安定成長路線に乗せることが当面の課題であります。

 このため、財政金融政策を、内外の景気動向に即応し、弾力的かつ軌道的に運用することとし、極力景気変動の幅を小さくし、46年度の経済は、これを実質10.1%程度の安定成長にいたしたいと存じます。

 次に、当面する最重要課題である物価安定について申し述べます。

 最近の消費者物価は、景気鎮静下にありながら、上昇傾向を一そう強めており、この強い基調は、今後においてもなお持続することが懸念されます。

 物価の上昇は、先にも申し上げましたように、先進諸国がひとしく悩むところであります。そして、各国においても、可能な限りあらゆる政策手段を動員して、このインフレを克服すべく努力いたしております。

 これは一言でいえば、完全雇用の維持を重大な政策目標とする経済社会において、経済成長と物価安定を同時に達成することが、いかに困難であるかを示すものであります。わが国も総力をあげて物価安定に取り組まない限り、諸外国と同様、景気停滞下における物価高という、最も憂慮すべき事態に立ち至ることが危惧されるのであります。

 政府といたしましては、各般の物価安定政策をさらに充実させ、46年度の消費者物価上昇率をぜひとも5.5%以内にとどめ、現在の強い物価上昇基調を払拭したいと考えます。国民各層におかれても、その消費者としての立場をさらに物価安定に反映させるよう、格段の御協力をお願いする次第であります。

 当面する物価安定対策としては、まず、消費者物価高騰の大きな要因をなしておる生鮮食料品の著しい値上がりに対し、抜本的対策を講ずる必要があります。

 このためには、生鮮食料品について、国民の消費需要を的確に把握し、これにこたえる長期安定的な生産体制を確立するとともに、消費者の立場に配意しつつ、流通機構の改善を意欲的に進めることが、何にも増して急務であります。

 さらに、政府が率先して物価安定のための強い決意を示し、現在の全般的物価上昇ムードを断ち切るため、公共料金についてきびしい抑制方針をとってまいります。なお、消費者米価につきましては、消費者の選択に応じた米の価格形成ができるよう、物価統制令の適用を廃止する方針でありますが、米穀販売業者の新規参入規制の緩和等、米穀の需給の実情が販売面に十分反映し得るよう、流通面の合理化を進め、消費者価格の安定をはかってまいる所存であります。

 また、近年値上がりの著しい地価につきましては、公共宅地開発及び民間宅地造成事業に対する財政措置を飛躍的に拡充しており、市街化区域における農地の保有課税の適正化等の施策の推進と相まって、その安定をはかりたいと考えております。

 物価安定との関連で留意すべきことに、最近における物価の上昇と賃金の関係があります。ここ数年間、長期にわたる好況、企業収益の好調、労働需給の逼迫という事情を背景に、賃金の加速度的な上昇が行われてまいりました。

 しかしながら、最近のように景気が鎮静化する中で、これまでのような大企業を中心とする賃金の上昇が、今後も引き続いて生ずるとすれば、賃金コストの上昇とその価格への転嫁という形で、物価情勢はさらに深刻化するおそれが強いのであります。今後の賃金や価格の決定に際しましては、労使とも、国民経済的観点から節度ある行動をとられるとともに、それによる価格形成が消費者の利益を十分配慮して行なわれるよう、強く期待する次第であります。

 この意味で、各種の競争制限的要素を排除し、価格が競争機能を通じて、適正に形成されることが必要であります。このため、独占禁止政策の強化、価格支持政策、事業認可制の再検討等の施策を引き続いて実行してまいります。

 物価安定のための対策としては、輸入政策の重要性を協調したいと思います。このため国内物価との関連を十分考慮するとともに、国内体制を整備しつつ、輸入の自由化を積極的に推進する必要があります。特に食料品等の国民生活に密接な関連のある物資の輸入につきましては、国内供給体制の現状からみて、思い切った施策の展開が必要であります。この意味で、残存輸入制限物資についても、輸入割り当ての弾力化を進め、また、円滑な輸入を可能ならしめるよう、長期輸入契約の促進等、適切な措置を講ずるとともに、さらに、関税率につきましても、物価安定の見地から、極力その引き下げを促進してまいる必要があります。

 しかしながら、物価問題の根本的な解決をはかるためには、わが国経済の構造問題に積極的に対処し、長期的な視野から、たゆまぬ努力を続けねばなりません。

 わが国における消費者物価の上昇や、卸売り物価と消費者物価の乖離という現象が、経済の二重構造、生産性格差に起因していることは、つとに指摘されているところであります。

 したがって、農業、中小企業、流通部門などの低生産性部門の近代化と構造改善のため、さらに投資を拡大するなど、格段の政策努力を払わねばなりません。その場合、すでに硬直化した制度慣行が、とかく資源配分をゆがめがちであることに留意し、勇気をもってこれを改善していくことが必要であります。

 次に、環境保全と国土開発の問題について申し述べます。

 わが国経済は、戦後25年間一貫して高い経済成長を遂げ、経済規模は飛躍的に拡大しました。しかしながら、その過程で、国土利用は太平洋ベルト地帯に著しく片寄り、過密過疎問題の激化、公害問題の深刻化などの現象を生じております。そしてこのままに推移するならば、環境の破壊が全国土に広がり、祖先から受け継いだ美しい自然や歴史的遺産が失われることも憂慮されるのであります。

 これは、あまりにも急速な成長と急激な都市化によるところが大きいのでありますが、もとより経済成長の単なる抑制だけでは問題の解決にはならないのであります。適度な経済成長のもとで、社会資本の充実等資源配分の適正化をはかり、環境改善を進めていくことが今後の大きな課題であります。

 いまや政府といたしましても、公害対策の充実強化、生活関連社会資本の整備等、真に豊かな国民生活を実現するための努力を、着々と進めているところであります。

 環境問題は、世界的規模においても問題となっており、このための国際的協力も必要であります。環境保全という人類共通の課題を解決するため、諸外国との情報交換、協同研究など国際的な協力を進めてまいりたいと考えております。

 環境問題は、経済成長や産業構造、技術体系などと深い関連を持つものでありますが、経済社会の高密度化が急速に振興しているわが国におきましては、国土利用のあり方や産業配置、都市整備など、国土開発的な観点からの対応が基本的に重要であります。

 この意味で、国土利用の抜本的再編成によって、豊かな環境の創造を目ざした、新全国総合開発計画の目標の達成は、今日ますます重要な課題であります。この計画に沿って、日本列島に北海道から九州まで縦貫する交通、通信の主軸の形成を促進し、37万平方キロの国土の全員に開発可能性を拡大して、地域の特性に応じた、大規模な工業基地、畜産基地の建設、レクリエーション地区の整備を進めるなど、長期的な観点から、新時代にふさわしい総合的な国土開発に取り組んでまいりたいと考えます。

 なお、現在、道路、鉄道、海運及び航空を一体とした総合的な交通対策を樹立することが急務となっておりますが、長期的視野のもとに、わが国将来の交通体系のあり方について、鋭意検討を進める所存でございます。

 次に、わが国経済の当面する課題の1つである国際化への対応について申し述べます。

 経済の拡大に伴う国際的な影響力の増大とともに、今後の経済政策は、世界経済の秩序ある発展にも十分留意せざるを得なくなっております。そして、世界経済の発展と調和したわが国経済の発展をはかるためには、自由貿易の原則と国際協調の理念に立って、対外経済政策を積極的に展開することが不可欠であります。

 このため、秩序ある輸出の促進、輸入の積極化という考え方に立って、輸出入の均衡のとれた拡大をはかる必要があり、また、世界経済的視点に立って、内外資源配分の適正化をはからなければなりません。

 現在進められている残存輸入制限の撤廃、関税率の引き下げなどは、まさにこのような方向に沿ったものであります。さらに本年秋には、第4次資本自由化の実施が予定されております。

 ゆとりのある国際収支のもとで、発展途上国に対する経済協力を強化することも、わが国が国際社会において果たすべき重要な役割りであります。

 わが国の経済協力額は、経済力の充実に対応して近年著しく増大し、1969年には国民総生産の0.76%に達し、アメリカ、西ドイツ、フランスと並んで、世界4大援助国の1つとなっております。政府といたしましては、1975年までに、経済援助額を国民総生産の1%とするよう努力する方針のもとに援助額を増大し、また、援助条件の緩和に一段と努力を払ってまいる所存であります。

 さらに、本年7月を目途として、発展途上国に対する特恵関税の供与に踏み切る等、諸般の施策を鋭意遂行してまいります。

 以上、わが国経済の当面する諸情勢について、所信を申し述べたのでありますが、経済政策の目標が、国民全体にとって明るい豊かな社会を実現することにあることは申すまでもありません。

 政府といたしましては、国民生活優先の原則に立って、じみちに、しかも勇断をもって、政策運営に当たり、激動する1970年代を、国民福祉向上の時代とすることを期したいと考えます。

 国民各位の一そうの御理解と御協力を切望する次第であります。