[内閣名] 第63代第3次佐藤(昭和45.1.14〜47.7.7)
[国会回次] 第68回(常会)
[演説者] 木村俊夫国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1972/1/29
[参議院演説年月日] 1972/1/29
[全文]
わが国経済の当面する課題とこれに対処する所信を明らかにし、国民各位の御理解と御協力を得たいと存じます。
わが国経済は、昨年、景気停滞下における国際通貨の動揺という困難な局面に遭遇いたしました。幸い、昨年末に実現した多角的調整の成功により、通貨に対する不安感は取り除かれ、国際経済の均衡回復のみならず、わが国の景気の先行きにつきましても、次第に明るさが取り戻されることが期待されます。
しかしながら、当面の国内経済情勢は、なお低迷の傾向を続けており、昭和47年を迎えて、国内景気の早期回復をはかることは急務であります。
このため、まず、政府といたしましては、国債政策の活用を中心とする積極的、かつ、機動的な財政、金融政策を推進することにより、景気の浮揚をはかることとしております。したがって、これらの効果が浸透し、さらに、新しい為替レートに対する企業の適応努力が実を結べば、年度の後半には景気も回復し、経済成長率は実質7.2%程度になるものと考えられます。この結果、昭和47年度の国民総生産は、沖縄を含め90兆5,000億円程度となり、1人当たりの国民所得は、2,000ドルのラインをこえることとなりましょう。
国内需要面では、個人消費支出は底かたい伸びを示し、民間住宅投資もかなり伸長し、民間在庫投資も次第にゆるやかな回復過程に入るものと見込まれます。これに対し民間設備投資は、製造業における不振により低い伸びにとどまるものと想定されますが、総じて民間総需要は、次第に回復するものと思われます。
一方、政府支出は、景気振興と国民福祉の充実を目ざした政府の強力な施策を反映いたしまして大幅に増加し、その国民総生産に占める比率も、近年最高の19%台となりましょう。
国際収支につきましては、円の切り上げ、世界貿易の停滞、景気の回復などの要因によって、輸出の伸びが鈍る一方、輸入の水準は回復に向かうことが期待されます。この結果、貿易収支や経常収支の黒字幅も、次第に縮小する方向をたどるものと考えられます。
物価につきましては、卸売り物価はほぼ横ばいに推移するものと見込まれますが、消費者物価は、依然その騰勢が根強いものと予想されます。政府といたしましては、まず、円切り上げの効果による輸入価格の低下を消費者物価の引き下げに結びつけ得るよう、輸入品の追跡調査を行ない、その監視、指導体制の強化につとめます。同時に、消費関連物資の積極的な輸入拡大と輸入物資の流通機構の整備簡素化を進めてまいりたい考えます。今後、関税政策や輸入制度等の運用にあたりましても、物価対策の観点から十分配慮することが必要であります。
また、日常生活に密接な関連のある生鮮食料品の価格問題につきましては、野菜生産の合理化、秋冬期を中心とする重要野菜の価格安定事業などの対策を画期的に充実するとともに、食品流通局の新設を通じ、その実施体制の確立をはかることとしております。
次に、公共料金につきましては、物価全般に及ぼす影響を考慮し、引き続き極力抑制する方針でありますが、同時に、長期にわたる固定化によって国民経済全体の適正な資源配分に支障を来たしたり、公共サービスの量的不足と質的低下によって国民の福祉が阻害されることのないよう配慮していくことも必要であります。
国鉄運賃の改定につきましては、国鉄自身の合理化努力と1,100億円を上回る財政措置を前提にしまして、その再建のため真にやむを得ない範囲にとどめることとしております。
消費者米価につきましても、物価統制令の適用廃止と関連いたしまして、小売り業者の新規参入の促進と営業区域の拡大などによる競争原理の導入、標準価格米の常時店頭販売措置などを通じて、消費者米価水準の安定を期することといたしております。
私は、昨年11月、第27回ガット総会に日本政府代表として出席し、各国の指導的立場の人々と親しく意見を交換してまいりました。その際、私は、世界の戦後経済体制の動揺と変革に続く新しい時代の幕明けにあたり、わが国に対する世界の期待が、これまでになく高まっていることをはだに感じたのであります。わが国が、関税引き下げに関する新たな国際ラウンドの提唱を行ないましたのも、こうした世界の期待を背景としたものにほかなりません。
いまこそわが国が、その充実した経済力を背景といたしまして、高まりつつある保護主義的機運の打開につとめ、先進諸国と相携え、率先して自由貿易の擁護、積極的な経済協力の推進等に全力を傾注すべきときであります。このことは、同時に、わが国経済構造の改善と転換とを強く迫るものであります。農業や労働集約型の産業をはじめとして、わが国産業全体が、開放経済のもとにおける国際競争にたえ得る体質を持つことができるよう、政府と国民が一丸となって努力していくことが強く要請されるのであります。
このような施策の推進によって、初めてわが国が国際経済社会の重要な一員としての責任と役割りを果たすとともに、わが国経済の長期的な発展をはかることが可能となるのであります。
顧みますと、戦後4半世紀、わが国では、産業の重化学工業化と結びついて高成長経済が形成されてまいりました。その結果、いまでは世界の経済大国といわれるまでになり、1人当たり国民所得でも英国の水準に到達したのであります。経済社会のあらゆる分野において西欧諸国と肩を並べるという多年の目標は、いまや、経済面ではようやく達成されたかに見受けられます。
しかしながら、急激な成長は、わが国の経済社会の多くの部門に幾つかの問題を残したのであります。
その第1は、高度成長のもたらしたひずみであります。特に、公害や自然破壊など人間環境のバランスをそこなう深刻な問題のほか、民間設備投資に比較して、社会資本や福祉面での立ちおくれが目立っております。
第2に、今後のわが国の発展の前に立ちふさがる幾多の制約条件がきびしさを増していることであります。経済の大型化に伴う労働力、資源、土地の制約や海外市場における制約がそれであります。
さらにまた、1つの目標の達成によって新たに生じた課題があります。所得水準の向上に伴う国民の価値意識ないし価値体系の変化がそれであります。単なる所得の増大よりも、きれいな空気に代表される快適な生活、危険から解放された安全な生活、社会保障によって裏づけられた不安のない生活、さらには、週休2日制に見られるような余暇の増大とその充実など、国民の価値観の多様化によって、個性的で実りのある生活が求められる時代を迎えたのであります。
経済運営のあり方について、以上のように基本的な問題が提起された今日、政府といたしましても、わが国経済社会の発展の方向と仕組みに大きな修正を加える必要があると考えます。そのためには、まず、福祉と成長との関連をこの際基本的に考え直してみることが必要であります。
国民の福祉の向上は、経済成長のみによって達成できない面が多少あります。福祉が経済活動の大きさのみによって表現されるものでないことも、また明らかであります。経済企画庁といたしましては、単なる経済活動の指標としてGNPを越えて、国民福祉のものさしともいえる新しい指標の開発に取り組むことといたしております。
このような考え方に立つとき、資源配分のあり方や国土の利用方法についても、大きな変更が要請されます。それは、国際的広がりを前提に、各種の制約条件を克服し、過去のひずみを正し、多様化した価値観にこたえるものでなければなりません。
政府といたしましては、国民福祉の画期的拡充を内容とする新しい長期計画を、本年中にも策定することといたします。これにより、わが国の発展の具体的な方向を明らかにするとともに、今後の政府の諸施策の基本として、その内容を実現する決意であります。
また、昭和44年に策定されました新全国総合開発計画は、流動化し拡大した現代社会の人間活動に対応し、自然環境を配慮しつつ、人間尊重の視点から望ましい環境を創造することをねらいとした国土利用の画期的な基本計画であります。しかしながら、わが国経済が新しい発展の時代に向かって第1歩を踏み出すべきときにあたり、とみに高まった国民の自然環境保全の要望と価値観の多様化をも踏まえ、政府といたしましては、この際、国土利用のあり方について総点検を行なうことといたします。
具体的には、地方の中核都市を周辺農村地域と有機的に結びつけながら、機能的に整備された、豊かで魅力ある地域社会を育成してまいりたいと思います。また、大都市に集中し過ぎた産業の再配置を促進し、居住環境の積極的改善を進めることが必要であります。
全国土の総合的利用をはかり、住宅、交通あるいは生活関連施設などの社会資本を充実するためには、土地対策は欠くことのできない重大な問題であります。われわれは、この土地問題について、所有権のあり方を含めた基本的対策を早急に確立する必要があると考えます。
多年にわたってつちかわれた経済社会発展の仕組みを変えようとすれば、そこには障害や抵抗の多いこともまた事実であります。しかしながら、われわれは、従来の行きがかりにとらわれない発想と行動の転換を通じ、福祉と成長との調和を目ざした新しい目標を実現するため、勇気と英知をもってこれらの問題に取り組んでまいらなければなりません。
以上、私は、昭和47年度のわが国経済の見通しと今後の経済運営のあり方について所信を述べた次第であります。
国民各位の御理解と御協力を切望いたします。