[内閣名] 第65代第2次田中(昭和47.12.22〜49.12.9)
[国会回次] 第71回(特別会)
[演説者] 小坂善太郎国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1973/1/27
[参議院演説年月日] 1973/1/27
[全文]
第71回国会にあたりまして、私は、わが国経済の当面する課題とこれに対処する所信を申し述べ、国民の皆さまの御理解と御協力を得たいと存じます。
わが国の経済は、景気後退下の大幅な円切り上げという試練を乗り越えまして、昨年以来景気は上昇の過程をたどっております。個人の消費、住宅投資、財政支出などの需要の増大を背景として、生産は順調に増加を続け、企業収益の面にも改善が見られます。
しかしながら、このような景気上昇下において、わが国経済は、大きな試練に直面しつつあります。すなわち、地価、株価及び商品相場に端的にあらわれているインフレ機運を解消するとともに、国際協調を推進する上での障害ともなり、また、国内では過剰流動性の一因となっている大幅な国際収支の黒字を縮小し、さらに、基本的には、生産、輸出に傾斜した経済社会構造を福祉中心型構造へ転換するという課題であります。
政府は、わが国経済を福祉指向型の安定した成長路線に定着させるように、財政金融政策をはじめとする機動的な経済運営を行なっていく考えであり、これによりまして、昭和48年度の実質経済成長率は10%余、国民総生産は110兆円程度に達するものと見込まれます。
さて、昨年の消費者物価は、野菜や、くだものなどの季節商品の価格の安定や1昨年の不況の影響もあって、比較的落ちついた動きを示してまいりました。しかしながら、最近に至りまして、卸売り物価の騰勢が強まっており、それがやがては消費者物価にはね返る懸念もありまするので、今後の物価動向につきましては十分警戒を要するものと考えられます。政府は、このほど決定した48年度経済見通しの中で、消費者物価の上昇率を5.5%と見込みました。これは単なる見通しの数字ではなく、政府、国民がともに努力することによって達成される政策目標であります。
物価の急激な上昇は、経済社会に大きな混乱をもたらすものでありまして、とりわけ、年金生活者、母子家庭等、成長に取り残された人々にとりまして、その生活基盤を脅かすのでありまして、したがって、政府は、特にこの点に留意し、今後の物価安定に最大の努力を尽くします。
このために、まず、生活必需品物資の価格の安定をはかるために、生鮮食料品につきまして、卸売り市場の整備、総合食料品小売センターの増設、大規模冷蔵施設の設置など流通機構の改善に努力するとともに、特に、日常野菜については、生産合理化、価格安定の施策を強化いたします。また、生活関連物資を中心に関税を引き下げ、輸入ワクを拡大して、さらには、輸入自由化の計画的推進をはかるなど、安い物資が豊富に消費者の手元に届くように努力をいたします。
公共料金につきましては、物価全般に及ぼす影響、特にそれが低所得者層に及ぼす影響を考慮いたしまして、極力抑制の方針でありますが、同時に、公共サービスの低下を来たし、国民の福祉が阻害されることのないように配慮していくことも必要であります。
最近におきまする土地問題、とりわけ地価問題の重要性にかんがみ、政府は、全国的な土地利用計画の策定、土地取引の届け出制、開発行為の規制を行なうことにより、限られた国土の有効利用をはかるとともに、土地税制を強化して、法人などの投機的な土地取得を抑制し、適正な地価の形成が行なわれるようにつとめます。さらに、企業による土地取得に対する過当な融資を抑制するため、金融機関に対する指導を強力に推進してまいります。
なお、経済が全般的にインフレ傾向に向かうことのないように、政府としては、不断の努力と監視を続け、財政金融政策の一体的な運用を心がけてまいりたいと存じます。また、いわゆる過剰流動性との関連におきましては、先般、日本銀行により預金準備率の引き上げが行なわれたところでありますが、今後とも、金融面において、適切な措置を機動的に講じてまいりたいと存じます。
政府は、物価対策を一そう強力に推進するために、経済企画庁に物価局を新設することといたしました。これによりまして物価に関する企画調整機能を充実し、物価安定のため、関係各省庁との連携を密にして、国民の声を反映させながら、物価問題に取り組んでまいります。
さらに、物価の安定とあわせて消費者のための行政にも特に力をいれることとし、PCBなど有害な化学物質の規制、家庭用品の安全性の確保等、消費者の保護対策を一そう強力に充実いたします。
多角的な通貨調整の実施後1年有余を経過いたしましたが、わが国をめぐる国際経済環境は、依然きびしいものがあります。輸入は、景気の回復に伴い、特に昨年夏以降急速な増加を示しておりますが、輸出もまた、国際的インフレ傾向の影響もあって、依然強含みに推移いたしております。このために、国際収支の黒字は、なおかなりの水準にあり、その均衡化を促進するためには、引き続き格段の政策努力を行なうことが必要であります。
こうした見地から、昨年末、わが国は、いわゆる第3次円対策を策定し、輸入の拡大、輸出の適正化、資本の自由化、海外投資の促進等をはかっているのでありますが、今後とも一そうこれらの施策を推進するとともに、その基盤となる産業構造、貿易構造のすみやかなる転換をはかってまいります。
本年、新しい国際ラウンドが発足しようとしておりますが、わが国は、世界が保護主義の流れに巻き込まれることのないよう、みずからも開放経済へのきびしい努力を進めながら、世界貿易の発展と国際協力の推進に積極的な役割を果たしていく所存であります。
また、わが国が、今日達成されました経済力にふさわしい開発途上国援助を行なうことは、国際的な責務であると考えます。政府は、今後、政府開発援助の量的拡大に一そうの努力をいたしまするとともに、援助条件の緩和、いわゆるひものつかない援助の拡大等その他の質的な改善にも努力してまいりたいと考えております。
また、待望久しかったベトナム和平協定の発表は、まことに喜びにたえないところでありますが、政府といたしましては、インドシナ全域の復興、建設のため、できる限りの努力を尽くしてまいりたいと考えておる次第であります。
政府は、近日中に、国民福祉の充実と国際協調の推進を軸とした新しい長期経済計画を決定いたします。この計画は、長期的展望を踏まえつつ、48年度に始まる5年間について、わが国経済社会の発展の方向と政策体系の具体的あり方を明らかにし、活力ある福祉社会の実現を目ざして、従来の生産・輸出優先の政策を福祉優先に転換していこうとするものであります。
これからの経済社会の発展は、国民生活の安定、向上に結びつき、それぞれの創意工夫が発揮され、社会的公正が尊重されるもでなければなりません。こうした基本路線に立ち、この計画は、公害を排除し、自然環境が豊かに保たれるように配慮し、教育や社会保障の充実にも意を用いつつ、国際社会との協調を保ちながら、長期的に発展を続ける経済社会を実現するための方途について、国の長期的な指針を示すものであります。
なお、このような福祉社会を目ざした政策転換を行なうにあたり、GNPという従来の経済指標のほかに、国民福祉を直接に把握し表現する諸指標の研究、開発をいたしてまいりたいと考えております。
過去4半世紀のわが国経済の歩みは、まさに成長の歴史でありました。これを可能といたしたものは、とりもなおさず、わが国民のすぐれた資質と旺盛なるエネルギーであったと思います。狭い国土の上に、1億の国民が営々として働き、競い合い、今日の繁栄をもたらしたのであります。しかしながら、急激な成長の反面、公害、過密過疎、海外市場での摩擦など今日さまざまなひずみを生んでいるのであります。いまわれわれは、これまでわれわれの活動をささえていた貧困の中の闘争の哲学を、豊かさを分かちあう協調の哲学に切りかえる必要があると思うのであります。
われわれは、いま静かに海外からの反響について耳を傾けながら、輸出に秩序をもたらし、輸入を増大し、援助の推進につとめるとともに、資源や環境の有限性に配慮いたしながら、設備投資競争と使い捨ての経済から、物を大切にし、浪費をしない、環境をよごさない経済に転換をしなければならないと思います。そして、戦後の経済の復興と発展をささえた経済合理性の論理の上に、人間尊重と調和重視の理念を打ち立てねばならないと思うのであります。単に物質面ばかりでなく、精神面についても、豊かな心情がみなぎり、連帯感に満ちた社会を築くことが必要であると思います。すべての国民が生きがいを感じ、人間としての可能性を発揮できるような社会を築くことが必要であると思います。
このような意識の変革を通じて、内に高度福祉社会が建設され、外にアジアと世界の平和に貢献する道が開かれると思うのであります。
今日の試練にたえ、これを乗り越えて、真に豊かで潤いのある社会を築くために、政府は十全の努力をいたします。しかしながら、同時に、国民の皆さまもまた、しあわせを求めるには何をすべきか、国家が持つ苦悩をみずからの問題として考えていただきたいと思うのであります。
国民の皆さまの御理解と御協力を切望いたします。