データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第65代第2次田中(昭和47.12.22〜49.12.9)
[国会回次] 第72回(常会)
[演説者] 内田常雄国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1974/1/21
[参議院演説年月日] 1974/1/21
[全文]

 第72回国会の再開にあたりまして、私は、物価の異常な上昇をはじめ激動する現下の経済情勢と、これに対処する基本的な考え方を明らかにし、国民の皆さまの御理解と御協力を得たいと存じます。

 いま、世界経済にとっても、日本経済にとっても、1つの時代が終わり、新しい時代が始まろうとしております。

 国際的には、IMFを中心とする通貨体制が動揺するなど、戦後の繁栄をささえてきた世界経済の秩序は、混迷の時期に逢着しております。

 加えて、近年世界的に深刻化している公害等環境破壊の問題並びに石油をはじめとする天然資源の有限性に対する認識は、われわれが、生産力の拡大に制約のあるグローバルな運命共同体の中に住んでいることを教えたのであります。

 さらに、1972年以来激しさを加えてきた世界的物価上昇は、各国においていまなお燎原の火のごとく燃えさかっております。今日の世界的物価上昇の原因は、基本的には生産力の限界をこえた需要と所得の膨張によるものと考えられます。しかも今日ほとんどの国が例外なくこのような現象を見せている結果、物価上昇が国境を越えて増幅している点に問題の複雑さがあります。

 このような世界的な物価上昇は、国内経済に混乱を生じさせているだけではなく、世界貿易の発展をはじめ経済の国際的連携にも著しい障害を与える要因となっております。今日、各国政府が、いずれも物価の安定を最大の課題として努力を払っているゆえんであります。

 戦後、世界経済が目ざましい発展を遂げた中で、わが国経済は特に高い成長を達成してまいりましたが、同時に現代社会が直面する困難が最も鋭い形であらわれることにもなりました。

 わが国の物価は、戦後の一時期を除いて、長期にわたって比較的安定を保ってきましたが、昨年は卸売り物価、消費者物価ともに著しい上昇を示しました。特に昨年後半に発生した石油危機は、エネルギーの大半を海外の石油に依存するわが国の経済に大きな衝撃を与えることとなり、物価の高騰に加えて生活物資の一部に品不足感が生じ、国民生活の安定が脅かされるに至ったのであります。

 政府は、このような事態に対処して、各般の施策による総需要の抑制を一段と強化し、また消費者米価、国鉄運賃等の引き上げを延期するとともに、昭和49年度の予算規模についてもこれを極力圧縮するなど、総合的な物価対策を実施しております。さらに、現在のきびしい需給状況のもとで、必要物資の安定した供給を確保するためには、個別物資対策としても最小限の法的措置が必要であるとの判断に基づきまして、昨年末に石油需給適正化法並びに国民生活安定緊急措置法の制定をお願いいたしたところであります。

 今後、これらの法律の機動的な運用によって、生活必需物資等の価格の安定と供給の確保につとめるなど、国民の生活を守るため、あらゆる措置を講じてまいる所存であります。

 しかしながら、今日の緊急事態に対処するためには、政府の努力はもとよりでありますが、これとともに、国民各層の一致した協力が不可欠であると考えます。特に企業にあっては、その社会的責任の自覚に徹して、いやしくも便乗値上げや買い占め、売り惜しみ等により国民の不安を助長することのないよう強く自粛を求めるものであります。政府としても、過当な利益を得る者に対しては、きびしい姿勢で臨む所存であります。

 また、当面のきびしい環境のもとにおいて、本年の経済の伸びは、これまでの年をかなり下回ることは明らかでありますので、実勢を無視した賃金上昇は、物価を刺激し、かえって実質所得水準の向上を妨げるおそれがあると考えます。それゆえ、特に本年は、これに関連して、労使関係者が国民経済的視野に立つ節度ある態度をとるよう切に望むものであります。

 昭和49年度のわが国経済は、石油問題については、その供給削減に緩和のきざしが見えてきたものの、価格引き上げを含めて依然流動的であり、このことが、物資の需給、雇用等さまざまな面になお少なからぬ影響を及ぼすことが懸念されます。しかしながら、政府の機動的な政策運営と国民各層の協力と相まって当面の緊急事態を乗り切り、年度の後半には経済活動が順調な回復を示すことを期しております。これによって、49年度においては、少なくとも実質2.5%程度の経済成長は確保できるものと考えます。また、政府は物価の安定を最優先課題として経済運営に取り組む所存であり、49年度中の物価動向は、卸売り物価、消費者物価ともに、かなりの落ちつきを取り戻すことを期しております。

 昨年来の激しい物価上昇と中東戦争勃発を機に訪れた石油危機は、わが国経済にきびしい試練をもたらすものでありますが、同時にわれわれに幾つかの貴重な教訓を与えております。

 すなわち、国際面については、現代の諸国家がお互いに深いかかわり合いを持っていること、特に主要な資源を海外に依存するわが国としては、あらゆる国との友好を保ちつつ経済交流を深めることなしには決して平和裏に生存することはできないものであることがあらためて明らかにされました。このような観点から、開発途上国に対しては相手国の立場に立った建設的な協力を一そう推進するほか、さらに国際通貨体制の再建等、新しい世界経済秩序の確立に対しましても積極的な貢献を行なうべきものと考えます。

 国内面についても、従来の考え方にとらわれない新しい理念に基づいての政策運営が必要となってきております。

 その1つは、今回の石油危機のような事態にも対応できる政策の理念と手法の確立であります。すなわち、不測の外部要因によって経済活動が撹乱される場合にも、そのショックを巧みに吸収し、弾力的に対応できる、いわば柔構造の経済をつくり上げなければなりません。そのためには、石油や食糧などの備蓄の確保、原子力の開発利用の推進をはじめとするエネルギー源の多様化等が望まれ、さらに変動に対して臨機に対応できるよう各種政策手段の整備をはかることが必要とされます。先般の国民生活安定緊急措置法等の制定もその一環でありますが、それらの法律の運用をはじめとして、自由な市場原理と政府による誘導政策の調和の問題が当面の具体的な課題として投げかけられておると考えます。

 次には、今後の経済政策の基本的な考え方を、量的成長から質的成長へ、また生産の論理から分配の倫理へ転換することが必要であると考えます。

 年々増加する人口に充実した生活を保障するためには、適度な成長が必要であることは言うまでもありませんが、そのため、環境、資源などの制約の中で、国民福祉の向上に対応する産業構造、すなわち、省資源、無公害、知識集約型の産業構造をつくることが急務となっております。

 また、完全雇用と豊かな社会をある程度達成した今日におきましては、パイを大きくすることを先決とする生産拡大第1主義から、社会各層間の分配の公正を政策の優先課題とする段階に来ておると私は考えます。物価の著しい高騰は分配の公正を傷つけるがゆえにも抑止されねばなりません。地価の抑制と宅地の安定供給も、土地を持つ者と持たざる者との公平を守るために実現しなければなりません。さらに、年金や各種社会保障の充実を思い切って行なう必要があります。

 いまためされているのは、われわれの社会に対する連帯感なのであります。

 自由経済がその活力を保持しつつ今後とも発展していくためには、いまこそ社会の連帯感を再構築し、新しい自由の秩序をつくり上げる必要があると信じます。

 われわれは、国際的にも国内的にも、もろもろの原因の相乗作用による経済的なむずかしさの渦中に立たされております。その端的なあらわれが物価問題であり、資源の問題であります。この2つの問題は、いま、われわれに課されている解決すべき最大の政治課題であると考えます。政府は、あらゆる施策を集中してこの問題の解決に当たり、難関を克服して、国民の現在の生活と国の将来とにあらためて明るい見通しを打ち立てるために、懸命の努力をいたす所存であります。

 国民各位の御協力を心から希望するものであります。