データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第66代三木(昭和49.12.9〜51.12.24)
[国会回次] 第75回(常会)
[演説者] 福田赳夫国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1975/1/24
[参議院演説年月日] 1975/1/24
[全文]

 わが国経済運営の基本的方向と、当面のインフレを克服し、経済を安定させるための諸施策について、所信を明らかにいたします。

 いまや20世紀は、あと4半世紀を残すだけとなりました。世界の人々は、来るべき21世紀への展望に強い関心を持つようになってきておるのであります。その展望の中で、21世紀は、このままにしておきますと、かつて想像され、また期待されていたような栄光の世紀ではなく、むしろ、より多難の世紀となることが恐れられておるのであります。その背景としては、われわれは、特に資源、環境等の問題が、きわめて大きな影を投げかけておることを発見するのであります。

 顧みますと、戦後30年間、世界は、平和と科学技術の進歩により、目覚ましい繁栄を享受してまいりました。そして、この地球上には、つくりましょう、使いましょうという、いわゆる使い捨ての大量消費社会が出現したのであります。

 しかしこの間、人類は、その貴重な地球上の資源を使い荒らしました。いまや、さほど遠くない将来におきまして、一部の資源が枯渇する事態もないとは言えないような情勢であります。かくして世界の人々は、地球と人類の将来を深く憂え、「資源有限時代」の到来を意識するに至っておるのであります。

 このような認識は、人類にとって革命的とも言うべきおおきな意識変化であります。これに伴って、国々の姿勢にも、この新しい事態に対応しようする大きな変化があらわれてきております。資源保有国におきましては、資源ナショナリズムの立場に立った動きが強くなり、特にその資源を政治的に使おうとする傾向も出てまいりました。このような傾向に対しましては、資源消費国側では、当面、省資源、省エネルギーという方向で対処せざるを得なくなることは、また当然であります。

 このような情勢を大観しますと、世界経済は、全体として、これまでのような繁栄の時代は終わりを告げ、低成長の時代へと移行せざるを得ないと思うのであります。しかも、それは安定したものではなく、資源ナショナリズムの動きなどを考えますと、反乱含みの低成長時代であると言わねばならないのであります。

 このような世界経済情勢の展望の中で、特に資源の大半を海外に依存するわが国は、従来のような高度成長を今後再び期待することはできないし、またそれは、物価、公害、国際収支など種々の観点から見て、適当でもないのであります。わが国としては、国際的にも調和のとれた静かで控え目な成長を旨として、慎重な経済運営を行っていくべきであると考えます。国も、企業も、家庭も、「高度成長の夢よ再び」という考え方から脱却し、経済についての考え方を根本から転換する必要があります。

 申すまでもなく、経済の成長発展は、それ自体が目的ではないのであります。いわば手段にすぎないのであります。われわれの目指すところは、国民に対し、物心両面において、安らかでゆとりのある暮らしを保護するための健全な環境をつくり上げることであります。

 ところで、経済成長が従来より低くなったからといって、国民福祉の向上が停滞することは許されません。これまでは、成長の成果を相当部分次の成長のために振り向けてまいりましたけれども、今後は、これをより多く国民福祉に振り向けなければならないと考えるのであります。

 同時に、成長の成果の配分が一部の人に偏り、不公正が拡大するということがあってはならないと思います。すべての人々が生きがいを感じ、互いにより強い連帯感で結ばれるよう、社会的公正の確保に格段の配意が必要であります。

 また、こうした落ちついた成長のもとでは、物を大切にする心組みが必要となります。使い捨ての時代は終わりました。国も、企業も、家庭も、物の合理的な消費を志向し、省資源、省エネルギーの経済構造をつくり上げることが、新しい資源有限時代に適応する道であります。

 このように、安定した成長のもと、緑豊かな国土、潤いのある生活、そして人間味あふれる社会をつくり上げることが、昭和50年代におけるわれわれの課題でなければならないと思うのであります。

 以上のような考え方のもとに、政府は、50年度において、その施策の根本的な洗い直しを行い、新しい経済運営と国土の総合利用の指針として、51年度を初年度とする新たな長期計画を策定することといたしました。

 さて、当面のわが国経済は、1昨年来の狂乱とも言えるインフレ状態を収束し、国際的にも調和のとれた静かで控え目な成長路線へ移行するその過程にあります。

 このような調整期間といたしましては、私は、昭和50年度と51年度の両年度を考えておりますが、この期間における最大の課題は、言うまでもなく、インフレを抑圧し、経済を安定軌道に乗せることであります。政府は、万難を排してこれを実現してまいる決意であります。

 わが国経済は、これまでの総需要抑制政策の効果浸透などにより、物価安定への手がかりをつかみ、インフレを克服するまでもう一息という重要な段階にあります。

 このインフレ克服の過程で生ずる摩擦的現象に対しましては、財政金融や雇用対策などにおきまして、きめ細かい配慮をしてまいりますが、現在は、このような重要な段階にありますので、なお引き締め基調を堅持しつつ、慎重な運営を行っていくことが必要と考えます。

 50年度におきましては、流動的な国際経済情勢に配意しながら、インフレを克服し、国民経済の健全な機能の回復を図ることを旨といたしまして、警戒、機動型の経済運営を行ってまいります。すなわち、インフレーションに対しましては警戒的運営、不況の深刻化に対しましては機動的運営で臨む所存であります。

 かくして、50年度経済の姿といたしましては、経済成長率は名目で15.9%、実質で4.3%程度と考えます。また、物価につきましては、年度末までに前年同月比で卸売物価7.7%、消費者物価で9.9%程度の上昇に抑えたいと考えます。

 他方、国際収支につきましては、50年度は、貿易収支がおよそ52億ドルの黒字、経常収支では17億ドル程度の、また基礎的収支では39億ドル程度のそれぞれ赤字となり、総体として49年度よりは若干の改善になるものと予想しております。

 このように、50年度の経済は、全体といたしますと緩やかな回復基調をたどり、年度後半にはかなり明るさを取り戻し、落ちついた状況が見られるものと考えております。

 最近の物価動向を見ますと、昨年春ごろまでの狂乱状態を脱し、漸次鎮静化の方向にあります。卸売物価の対前月の上昇率は、11月0.3%、12月0.2%と、先進諸国の中でもかなりよい状況にあります。また、消費者物価も、11月0.7%、12月、東京は0.4%と、比較的落ちつきを示しております。

 物価安定のプログラムといたしましては、さしあたり、本年3月の消費者物価を前年同月比で15%程度にすることとし、この目標達成のため、抑制的な総需要管理と生活必需物資の価格、需給等に対する適時適切な対策を講ずるなど、全力を尽くしておるところであります。

 また、50年度末の消費者物価上昇率は、さきに申し上げましたように、前年度末に比し、これを1けたにとどめるとともに、さらに、51年度中のできるだけ早い機会に、少なくとも定期預金金利の水準程度を目指すことにいたしておるのであります。

 この物価安定のプログラムを進めるに当たりまして、最も大きな問題は、物価と賃金の関係であります。今日のインフレーションは、需要インフレの時期を脱し、コストインフレの段階にあると考えます。コスト要因としては、海外要因もありますが、いまや最も注目されるには、賃金コストの問題であります。

 かつての高度成長期におきましては、賃金の上昇が生産性の向上によって吸収され得る状態でありましたが、現在のような低成長の時期になりますと、もはや生産性の大幅な向上は期待できません。したがって、賃金の大幅な上昇が、直接に物価の上に大きくはね返るということになるのであります。物価の上昇が再び賃金の上昇を呼び、賃金と物価の悪循環が定着するというようなことになれば、社会的不公正は激化し、国際競争力は失われ、わが国経済の破局につながることにもなりかねないのであります。

 このような物価と賃金の関係の新しい段階について、労使関係者が十分な理解を持つことは、きわめて重要なことであります。この理解の上に立つならば、賃金問題が両者の話し合いによって合理的に解決できないはずはないと思うのであります。当面する春季賃金交渉において、労使双方が国民経済的立場に立って、節度ある態度をもって臨まれることを、切に、強く期待してやまないのであります。

 もとより、賃金は、労使の自主的交渉によって決定されるべきものであり、政府は、これに介入する考えはありません。しかし、その合理的な解決のためには、政府もみずからなし得るあらゆる努力をなし、労使の円滑な話し合いが促進されるよう、必要な環境づくりを進めてまいる考えでございます。

 このため、さきに申し述べたとおり、本年3月末の消費者物価を、前年同月比で15%程度に抑えるよう全力を尽くすとともに、政府の物価問題に取り組む姿勢を示すものとして、50年度の予算編成に際しましても、主要な公共料金につき、厳しくその引き上げを抑制することとした次第でございます。

 労使双方におきましても、賃金引き上げについて、妥当な解決を図るべく努力されるよう、重ねてお願いをいたすとともに、経営者に対しましては、利潤、配当などにつきまして、節度ある態度をとり、価格の引き上げの抑制に努められるよう、切に期待をいたす次第でございます。

 現在、世界経済は、インフレと不況の谷間で、かつてない厳しい試練のときを迎えておるのであります。そうした中で、イギリス、西ドイツ、続いてアメリカでも、経済政策に一部の手直しが行われております。わが国におきましても、引き締め政策を転換すべしという声が強まってきておることも、よく承知いたしております。

 しかしながら、わが国経済を見ますと、ようやく物価の先行きにも明るいものが見られるようになり、国際収支も改善の兆しを示すなど、経済を安定軌道に乗せるまでに、もう一息という段階に立ち至っておるのであります。まさに理在{前2文字ママ}の段階は、インフレの克服、経済の安定に成功するかどうか、その天王山であり、わが国経済社会の将来を左右するきわめて重要な時期であります。

 あれだけの大混乱からの脱出でありまするから、摩擦もひずみも出てまいります。もとより、これらの摩擦やひずみに対しましては、臨機の措置をとり、その傷口を最小限にとどめます。

 ただこのとき、何よりも大事なことは、いましばらくのしんぼうです。このしんぼうの後にこそ、初めて、1億国民が要望するインフレのない社会、家庭でも企業でも落ちつきと希望を持って営みのできる安定した社会が実現されのであります。

 このような社会を、皆さん、一刻も早くつくり出そうじゃございませんか。

 私は、全力を尽くします。

 国民各位の御理解と御協力を切にお願い申し上げます。