データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第66代三木(昭和49.12.9〜51.12.24)
[国会回次] 第76回(臨時会)
[演説者] 福田赳夫国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1975/10/17
[参議院演説年月日] 1975/10/18
[全文]

 ここに、わが国経済の当面する課題と、これに対処する施策について所信を申し述べたいと存じます。

 1昨年秋の石油危機により、わが国経済が大変な事態に陥ったことは、なお記憶に新しいところでございます。特に物価は、49年2月のピーク時におきましては、前年同月を卸売物価で37%、消費者物価で26%上回るといういわゆる狂乱の状態となり、また、国際収支は、48年度わずか1年間で基礎収支130億円ドルという巨額の赤字を記録し、経済秩序は混乱し、日本経済はまさに崩壊寸前の危機に直面したのであります。

 この事態の克服は容易なものではありません。いわば、わが国経済は全治3ヵ年の重傷を負ったとも申せましょう。私は、燃えさかるインフレの火を静め、悪化した国際収支の傷をいやして、わが国経済を健康な姿に戻すには、3年の調整過程を必要とすると考えた次第であります。

 さて、調整過程の第1年目に当たる49年度を顧みますと、当時の最大の課題は、何と申しましても、インフレを克服し、国際収支の改善を図るということであったわけであります。

 このため、政府は、総需要抑制政策を強力に推進するとともに、個別物資対策を初めといたしまして、各般の措置を実施してきたのであります。

 その結果、物価は次第に安定し、49年度末には対前年同月比で卸売物価は4.9%、消費者物価は14.2%の上昇にとどめることができ、消費者物価15%以内という目標は達成された次第であります。また、国際収支につきましても、49年度は、基礎収支で44億ドルの赤字と、顕著な改善を見たのであります。

 このように、当面の混乱は一応収拾され、経済再建の希望をつかみ得るようになりましたが、このことは国際社会においても高く評価されております。

 さて、調整過程の第2年目にあるわが国経済の当面の課題は、物価の安定が次第に定着していくその中で、いかにして景気を浮揚させるかということであります。

 最近の経済動向を見ますと、本年春、景気が底入れした後、生産は趨勢として増加傾向にありますが、最終需要はいま1つ盛り上りに乏しいという状態でございます。すなわち、個人消費は伸び悩み、民間設備投資も沈滞を続け、輸出は世界経済の停滞から予想外の不振であります。

 一方、物価は、卸売物価、消費者物価とも落ちついた動きを示しており、8月の消費者物価は対前年同月比で10%と、1けたまであと一息という水準となってきております。

 このような物価の安定には、ことしの春季賃上げがなだらかであったことが大きく寄与していると考えます。労使双方の良識と節度ある態度に対し、ここに改めて敬意を表する次第でございます。

 こうした経済情勢の中で、政府は、2月以降3次にわたって財政と金融の両面から景気対策を実施し、機動的な政策運営に努めてまいりました。この結果、生産の増加など好ましい徴候もあらわれてきております。そのような中で、企業の操業度もまた上昇しつつあるのでありますが、なお依然として望ましい水準に達し得ない点に問題があるという状態であります。マクロ的に見た経済指標が改善されつつあるにもかかわらず、経済界全般に苦悩の色が濃いのはこの辺に理由があるものと思われます。すなわち、企業収益が低下し、雇用面に摩擦が生じておるのは、そこにその根源があるのであります。

 さきに申し述べましたとおり、物価にはすでに安定化の傾向が打ち立てられました。この物価安定の傾向を背景とし、基盤として、政府は、先般、景気の着実な回復と雇用の安定を図るため、積極的な景気対策を決定いたしたのであります。

 この景気対策のねらいは、停滞する最終需要を盛り上げ、企業の操業度を高め、需給のギャップを縮めることにあります。

 最終需要のうち最大のものは言うまでもなく個人消費であります。個人消費は伸び悩みの状態にありますが、インフレがおさまり、経済が安定するにつれ、いずれは徐々に正常化することでありましょう。しかし、新しい資源有限時代を迎えようとする今日、人為的にこれを刺激し、再び使い捨ての大量消費社会に復帰することは、これは許されません。また。{前1文字ママ}多額の国債発行のもとでの貯蓄の重要性から見ましても、消費を過度に刺激することは適当とは存じません。

 民間設備投資につきましても、企業がかなりの過剰設備を抱えておる現状から見て、当面、これに景気回復の主要な役割りを求めることはできません。輸出につきましても、なお工夫の余地がないとは申せませんが、世界経済の現状から見て、これまた大きな期待をかけることは困難であります。

 したがって、企業の操業度を高めるための最終需要の喚起は、この際としては、その主力は財政活動に待つほかないのであります。すなわち、第4次対策として、税収の落ち込みなど、財政非常の際ではありますが、公共投資を中心とする予算及び財政投融資の大幅な追加を行い、事業規模1兆6,000億円を上回る対策を講ずることといたしたのであります。このほか、中小企業向け融資の措置、雇用安定のための措置等を講ずるとともに、企業金融の円滑化と金利水準の引き下げを一層促進することといたしました。

 さて、私がここで特に強調したいのは、このような対策をとり得るに至ったのは、さきに申し述べたとおり、その背景として、物価安定の傾向が定着しつつあるからだということであります。物価の安定こそは、経済政策の基本であり、健全な社会の基盤であります。景気対策のゆえに物価の安定を乱しては元も子もないのであります。

 景気対策を実施するに際しましては、物価に対しましても、細心の注意を払ってまいります。私の期するところ、願うところ、それはインフレのない繁栄であります。

 今回の財政を中心とした景気対策による需要創出効果はは3兆円程度と見込まれます。これによって、景気は回復のテンポを速め、本年度下期には、年率で実質おおよそ6%程度の成長が期待されます。また、企業の操業状況を示す1つの指標である稼働率指数は、年度末には90に近い水準に戻り、景気には次第に回復感が出てくるものと考えております。

 次に、物価は引き続き安定基調で推移し、消費者物価1けたの目標につきましては、これを達成できる見通しであります。

 他方、国際収支につきましては、内外景気の停滞を反映して輸出入とも当初の予想をかなり下回りますが、基礎収支の赤字幅は若干の改善を見るものと予想しております。

 このように、わが国経済の石油危機によるショックからの立ち直りは順調に進むのと考えておるのであります。

 もっとも、あれだけの深手を負ったのでありますから、全快というまでにはなおしばらくのしんぼうを必要とします。今日、調整過程の道のり半ばに至っておりますが、企業の操業度が適正な水準に復し、雇用面での安定が確保されるなど、経済が正常な姿を取り戻すには、総仕上げの年である51年度まで待たなければならないと考えのであります。

 私は以上のような姿勢で当面の経済に対処しようと考えておりますが、それはわが国経済をもと来た道へ復元しようとするものではありません。

 われわれは、1昨年来経験した経済の異常状態の中で内外経済環境の変化をはだ身をもって感じてきたのであります。

 その第1は、これまで私が繰り返し述べてまいりましたとおり、資源の制約ということであります。資源が有限であるとの認識が世界的に広まるとともに、資源保有国をめぐる世界経済の動向には、なお予断を許さないものがあります。われわれは限られた資源を有効に使っていかなければならないのであります。

 第2は、国際経済社会における協調がますます必要となっている今日、その有力な一員であるわが国といたしましては、国際的に節度ある行動をとる必要があるということであります。

 第3は、国内的には、物価、雇用の安定、国際収支の均衡、環境保全などと並立できる経済を考えなければならないということであります。

 高度成長路線をひた走ることができた時代は終わったのであります。

 このような情勢を顧みるとき、わが国としては、今後、国内的にも、国際的にも調和のとれた安定的な成長を旨とし、慎重な経済運営を行っていくべきだと考えます。

 政府は、日本経済を立て直し、新しい安定した軌道に乗せるため、今後の経済運営と国土の総合利用の指針として、51年度を初年度とする新たな長期計画を策定することとし、鋭意、その作業を進めております。

 世界経済はインフレと不況の板ばさみに遭い、かつてない困難に苦しんでまいりました。

 そうした中で、先進諸国においては、インフレ鎮静化の動きが出てきております。アメリカにおきましては景気が回復過程に入り、西ドイツ、フランス等におきましても景気浮揚の努力が続けられております。

 わが国におきましても、物価の先行きに明るさが増してきており、いままた、強力な施策の展開によって景気も上昇過程に転じようとて{真栄6文字ママ}おります。

 物価も景気も—それがわれわれの目標であります。われわれは何としても、インフレのない繁栄を実現しなければならないのであります。

 いままさに大事な秋であります。政府は、全力を尽くします。

 国民各位におかれましても、自信をもって当面の困難克服に御協力ください。

 お願い申し上げます。