データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第66代三木(昭和49.12.9〜51.12.24)
[国会回次] 第77回(常会)
[演説者] 福田赳夫国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1976/1/23
[参議院演説年月日] 1976/1/23
[全文]

 わが国経済の当面する課題と経済運営の基本的な考え方につきまして所信を申し述べたいと存じます。

 昭和48年秋の石油危機によりわが国経済は深刻な打撃を受けたのであります。その傷をいやし健康体を回復するには、おおむね3ヵ年の調整期間を必要とするということは、私がしばしば申し上げたとおりであります。

 さて、調整過程の第1年目に当たる昭和49年度の課題は、燃え盛るインフレの火を静め、にわかに悪化した国際収支の改善を図ることでありましたが、総需要抑制の政策効果は浸透し、インフレは次第におさまり、国際収支も著しい改善を示し、ここにわが国経済は再建の基礎固めをすることができたのであります。

 調整過程の第2年目に当たる昭和50年度の課題は、物価の安定をさらに推し進めるとともに、景気を着実な回復軌道に乗せることにありました。

 その推移を顧みますと、物価安定の傾向はさらに確実なものとなり、消費者物価は昨年10月には前年同月比ですでに1けたの水準となったのであります。

 他方、経済活動は、昨年3月から微弱ながら次第に上向いてまいりましたが、世界経済の予想外の停滞から輸出が不振を続け、また、民間設備投資も大きな落ち込みとなったため、景気はなお盛り上がりの迫力に欠けるという状態であったわけであります。また、生産水準が大幅に低下しているため、操業度の低下が重荷となり、個々の企業の収益や雇用の面で厳しい事態も見られるのであります。

 このような情勢の中で、政府は機動的な政策運営に努めてまいり、特に、昨年9月には、財政需要の追加を主軸として、総合的な第4次対策を決定し、景気の着実な回復と雇用の安定を図ったのであります。

 この対策の効果の浸透には若干のおくれが見られるのは事実であります。けれども、今後、諸対策の実行を促進することにより、景気は次第に着実な回復軌道に乗るものと期待されるのであります。

 このような情勢の中で、われわれはいま、昭和51年度を迎えようといたしております。

 昭和51年度は、調整過程の総仕上げの年であり、インフレの再燃を避けながら、景気の順調な回復を実現し、これを長期的な安定成長の路線につないでいくべき重要な年柄であります。

 幸い、世界経済にはようやく明るい展望が開けてまいりました。石油危機を境に時を同じゅうして不況に陥った世界経済も、底入れから回復に転じようとしておるのであります。

 このような世界経済の回復基調を背景として、景気の順調な回復と雇用の安定を図ることが、この昭和51年度における再優先の政策課題であると考えるのであります。

 ところで、昭和51年度の経済についてその見通しを申し上げますと、まず、個人消費は前年度に引き続き増加を示すものと見込まれます。また、民間設備投資は増勢に転ずるとはいうものの、企業の抱えている過剰設備の状況から見て、これに多くを期待することはできません。他方、輸出につきましては、世界貿易の好転から、かなりの増加が期待されるのであります。

 このように、これら最終需要は総じて増加の傾向にはありますが、景気の浮揚を決定的なものとするには、いま1つ力不足と言わざるを得ないのであります。したがいまして、昭和51年度におきましても、引き続いて財政に大きな役割りを期待せざるを得ないという状況でございます。昭和51年度の財政におきましては、公共事業及び住宅に重点を置くことにより需要の増加を図るとともに、貿易の拡大のため輸出金融を拡充するなど、財政非常の際ではありまするが、景気浮揚のため格段の配慮をいたしておりますのはこのような考え方に基づくものであります。なお、その執行に当たりましては、景気情勢の推移に応じまして、金融政策とあわせ弾力的かつ機動的に対処してまいる所存でございます。

 この結果、昭和51年度におきまして、財政と輸出が牽引力となりまして、景気は順調な回復を示し、実質で5ないし6%程度の成長を実現し得るものと考えます。

 これに伴い、昭和51年度中には企業の生産活動も次第に適正な水準に戻り、また雇用情勢も改善されるなど、経済全般に明るい見通しと安心感が出てくるものと考えておるのであります。

 また、このような景気回復の過程で物価安定の基調が損なわれないよう細心の注意を払わなければならないことは、これはもちろんでございます。

 公共料金につきましては、さきの物価狂乱を収束するに当たりまして、非常の措置として、厳にこれが引き上げを抑制してまいりました。しかし、この状態を長く放置することは許されないのであります。企業経営の合理化を進めるとともに、料金につきましても、これを適正な水準に改定する必要があるのであります。ただ、その改定に当たりましては、物価政策の見地から、一挙大幅という性急な行き方は避け、極力段階的に行うよう配慮いたしたいと存じます。

 このようにして、昭和51年度の物価動向につきましては、卸売物価は、景気回復の過程におきまして、ある程度の上昇が見込まれますが、消費者物価につきましては、一層の安定化を図り、年度末には、前年同月比で8%程度の上昇にとどめるよう努力いたしたいと存ずるのであります。

 先般の石油危機によりまして触発された異常の事態は、わが国経済を取り巻く諸条件の変化を浮き彫りにいたしておるのであります。

 すなわち、対外的には、資源有限時代を迎えて、世界経済の構造は大きく変化しておるのであります。わが国は、今後、1960年代までのように豊富、低廉な資源の輸入を前提とした成長政策をとることは許されなくなってきておるのであります。

 また、国内的には、土地、水、環境など国土資源の有限性が明らかになってきておるのであります。これら国土資源の制約と調和を保った経済運営を行うことがますます必要となってきております。

 このような経済環境の変化に呼応するように、国民意識にも大きな変化が見られるのであります。すなわち、高度成長時代における大量消費と使い捨ての風潮から、より合理的な生活のあり方を求め、また、生活の質的向上を重視する傾向が強まってきておるのであります。

 しかも、現在なお、企業収益、雇用などの面で困難な情勢が続いておるため、企業や家計がわが国経済の先行きにはっきりした見通しを持ちがたい状況にあることもまた否めない事実であります。

 わが国経済は、いまや大きな岐路に立っておると申せましょう。

 われわれは当面する難局を切り抜けなければなりませんが、それと同時に、わが国経済のこれからの正しい進路をしかと見定め、新しい経済社会のあるべき姿を明らかにすることもまた重要な課題であります。

 政府が、このたび、昭和51年度を初年度とする新しい長期経済計画の概案を策定いたしましたのも、このような趣旨によるものであります。

 わが国経済は、さきに申し述べました内外諸条件の変化の中で、もはや、従来のような高度成長を続けることは許されません。

 新しい長期経済計画の対象となる今後5年間のわが国経済は、平均6%強の成長率をとるべきものと考えるのであります。このような安定的な成長路線のもとで、高度成長時代のひずみを是正し、社会的公正の確保に十分配慮し、バランスのとれた経済社会を建設していく必要があるのであります。

 新しい長期経済計画を貫くもの、それは成長中心から生活中心へという理念であり、インフレのない繁栄をという決意でございます。

 もちろん、わが国経済の歩む道は決してたんたんたるものではありません。今後、世界経済の荒波が強く押し寄せてくることでもありましょう。もとより、荒波覚悟の船出ではあります。

 しかしながら、この新しい長期経済計画を指針とし、国民が一致協力して努力すれば、いかなる困難にも打ちかつことができるものと確信いたします。

 このような展望のもとに、国民が相携え心豊かな日本社会を建設し、これを後代に引き継ぐ、これが今日のわれわれの使命と考える次第でございます。

 昭和51年度は、調整過程の最終年であるとともに、新しい長期経済計画の門出の年でもあるわけであります。

 すなわち、わが国経済の正常な姿を取り戻し、これを安定成長路線につないでいく記念すべき時代の幕開けの年でございます。

 時あたかも、世界経済は長い不況のトンネルを抜け出し、景気回復への道を歩み始めております。

 米国経済は着実な回復軌道に乗っております。ヨーロッパ諸国でも景気は回復に向かっております。

 わが国におきましても、ことしこそは、インフレも不況もこれでおしまいということにしようではございませんか。

 国民がその英知と総力を結集いたしますれば、それは必ずできることだと信じます。政府は全力を尽くします。

 国民各位の御理解と御協力をお願い申し上げます。