データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第67代福田(昭和51.12.24〜53.12.7)
[国会回次] 第80回(常会)
[演説者] 倉成正国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1977/1/31
[参議院演説年月日] 1977/1/31
[全文]

 私は、今後の経済運営についての所信を明らかにし、国民各位の御理解と御協力を得たいと存じます。

 いま、1970年代は、すでにその3分の2を経過いたしました。

 振り返りますと、わが国経済にとって、70年代は、文字どおり激しく厳しい変動の時代となりました。

 その発端となりましたのは、国際通貨危機であります。70年代当初に始まる一連の通貨調整は、先進諸国間の経済力を、いわば改めて評価し直すものであったと言えましょう。わが国経済も、こうした世界の新しい胎動の中で、新たな出発点に立つことになったのであります。

 激動の第2波は、3年前の石油危機であります。当時の経験を通じて、われわれは、従来豊富かつ低廉に供給されると考えがちであった資源が実は限られたものであり、その制約を意識することなく経済運営を図ることは、もはや不可能であることを改めて認識したのであります。

 こうして、戦後の世界経済体制を支えていた国際経済バランスが動揺した中で、世界経済は、ここ数年の間、新たな経済秩序と資源有限下における安定軌道を求めて模索を続けております。

 時あたかも、わが国経済は、70年代に入るとともに、みずからも量的拡大を目指した成長中心のものから、質的充実を重視した生活中心のものへと、大きくその流れを変えつつありましたが、これときびすを接して表面化した世界経済の激動の流れにさらされ、厳しい試練の時代を迎えたのであります。

 わが国経済は、交錯する内外2つの奔流の中で、狭い進路を誤りなくかじ取ることにより、変動のうねりを乗り越え、新しい発展の道を切り開いていかなければなりません。そのためには、政府も、企業も、家計も、従来にも増して幅広い視野に立ち、わが国経済の位置するところを正しく見定めながら行動することがぜひとも必要であります。すなわち、私は、今日の一歩があすにつながるという長期的視野に立ち、世界に広がるという国際的を失うことなく、経済を展開することが重要であると考える次第であります。

 まず、長期的視野から見たわが国経済という点についてであります。

 わが国経済は、石油危機以降の3年間にわたるいわゆる調整過程を通じて、マイナス成長と2けたインフレから脱却し、マクロ的に見れば、悩みを等しくした先進諸国の中で、多くの国に先駆けて激動の衝撃から立ち直りつつあると思われます。

 しかしながら、なお流動的な内外の動きの中で、将来に対しては、家計も、企業も、必らずしも確固たる展望を持ち得ない状況にあり、先行きに対する気迷いが見られることも事実であります。

 このような時期にあって最も重要なことは、わが国経済社会が長期にわたって進むべき発展の方向を明らかにすることによって、政府がとるべき政策の基本的方向を見定め、あわせて、民間における経済活動の指針となるべきものを示すことであります。政府が、昨年5月、昭和50年代前期経済計画を策定いたしましたのも、このような趣旨によるものであります。

 政府は、今後、同計画に示されている政策体系を踏まえ、所要の施策を着実に実施していくとともに、内外諸情勢が変化する中で、計画が常に「生きた計画」として働き得るよう、その前向きな展開に努めてまいります。

 同時に、私は、この際、次の点を強調いたしたいのであります。

 その第1は、まず、限られた資源、成長率の低下という厳しい現実を直視する必要があるということであります。

 今後、われわれは、量を競い、規模を誇ること自体が目的となるような「華やいだ経済」を期待するわけにはまいりません。使い捨てや大量消費を前提とする「みせかけの豊かさ」も過去のものであります。高度成長の条件が失われた現在においても、なお、過去の延長線上に今日を考えがちな面が残されているとすれば、いち早く脱皮し、省資源、省エネルギー化を強力に推進するとともに、産業構造の転換、企業経営基盤の強化に真剣に取り組んでいかなければなりません。同時に、経済活動が自然や環境や社会に与える影響に十分配慮しつつ、新しい時代に適応していくための態勢の整備に努めることが急務であると考えます。

 第2に、他方で、これから迎える時代においてこそ、民間の活力、前向きな経済活動が一層必要であります。

 わが国の過去の経済成長の歴史は、一言で言えば、いわば欧米先進諸国の水準を目標値と定め、その水準に到達するための努力の積み重ねでありましたが、いまや、その多くが達成されつつあります。これからのわが国経済は、よるべき過去の手がかりや世界の先例を求め得ない未知の時代を前にして、みずからの力でみずからの道を切り開いていかなければなりません。自由で公正な経済体制のもとで、創造性に富んだ企業家精神が発揮され、活力に満ちた経済活動が展開されることを期待するとともに、政府としても、適切な政策的対応に努めてまいる所存であります。

 以上、2つの命題は、わが国経済の長期的な発展基盤を確立していく上で、ぜひともやり遂げなければなりません。いま求められている最大のものは、これに取り組む勇気と英知であります。わが国経済が直面している試練がかつてなく厳しいものであるとしても、戦後の幾多の経済的困難を乗り切ってきた経験を思い起こすとき、将来に対し、いたずらに悲観的になる必要はないのであります。私は、わが国経済がこれまで培ってきた経済力を生かし、潜在的な成長力をさまざまな制約条件に適合させながら持続的に発揮していくことを通じて、安定成長経済のとびらを開き得るものと確信いたしております。

 次に、国際的視野の中でわが国経済を見詰めていく必要があります。

 わが国経済の安定的成長のためには、世界経済がインフレのない持続的成長を続けていくことが不可欠の条件であります。また、エネルギー、資源、食糧等、いずれの面をとってみましても、わが国経済が海外に依存する度合いはきわめて大きいものがあります。

 同時に、いまや、世界の総生産の8%、世界貿易の6%を占めるに至ったわが国の動きを抜きにしては、世界経済の諸問題—成長、貿易、通貨、援助等、いずれの問題も語ることはできなくなりました。われわれは、増大した国際的責任を認識し、経済政策を国際的視野に立って選択する必要に迫られております。

 このため、わが国としては、みずから、変動の少ない適正な経済成長の実現に努めるとともに、国際経済秩序の安定と発展に引き続き積極的な役割りを果たしつつ、各国に対し、保護貿易主義の回避等、世界経済の安定的拡大への協力を強く要請していかなければなりません。

 また、開発途上国に対する経済協力の推進は、国際的にも強く期待されているところであり、政府は、今後とも、政府開発援助の拡充に努力してまいりたいと思います。

 さて、わが国経済は、いま2つの課題に当面しております。その第1は、景気のより着実な、より持続的な回復を図ることであり、第2は、物価の一層の安定に努めることであります。この2つの課題を同時に解決し、国民の期待にこたえることが、新しい年の政府の責務であると考えます。

 わが国経済の最近の動向を見ますと、景気は、基調としては回復過程にあるものの、昨年の夏以降その回復テンポが緩慢化している中で、業種別、地域別に見ますと回復の進度に格差があるほか、企業倒産も高水準に推移し、雇用情勢の改善もはかばかしくない等、なお解決すべき問題が残されております。

 このような情勢の中で、今後の経済運営に当たっては、まず第1に、景気の回復を一層着実かつ持続的なものとし、特に、雇用の安定について十分な配慮を払ってまいることが最も緊要であると考えます。

 私は、このため、3つの指針を念頭において経済運営に当たってまいります。

 すなわち、第1に、安定的な成長を確保することであります。波の少ないなだらかな回復を図ることが重要であります。

 第2に、均衡のとれた成長を実現することであります。経済の諸指標がバランスをとりつつ回復し、各部門、各分野がそれぞれ足固めをすることが必要であります。

 第3は、その成長が将来に対する自信と活力に裏づけられていることであります。それによって、持続的な回復を期し得るものと考えます。

 このような観点から、政府は、昭和51年度補正予算及び昭和52年度予算の編成に当たり、財政健全化の基本方針に即しつつ、特に、当面の経済に好ましい需要創出の効果をもたらし、かつ、長期的に見ても、国民生活の充実と経済社会の基盤整備に役立つ公共事業費等の投資的経費に重点を置き、経済情勢に見合った財政規模と投資水準の確保に意を用いたところであります。

 以上、政府の施策の時期に適した機動的な運営と民間の自律回復力とが一体となって、昭和52年度のわが国経済は、実質6.7%前後の着実な成長を達成し得るものと考えております。このことを通じて、わが国経済は、内においては、昭和50年代前期経済計画で想定している長期的な安定成長路線に向かって、さらに着実な歩みを進めるとともに、外にあっては、世界経済の順調な拡大に寄与し得るものと考えます。

 さて、景気が回復しても、物価が上昇したのではバランスのとれた経済であるとは申せません。物価の安定こそ、真に豊かで落ちついた国民生活の基本であります。

 つましい生活の中で精いっぱい暮らしている方々や、年金や蓄えに老後の日々を立てている方々、母と子が肩を寄せ合って生活している方々の悩みに思いをいたすとき、私は、物価の高騰ほど社会的公正を損なうものはないと痛感いたします。国民の1人1人が不安なくあすを設計する上でも、物価が安定していることが何よりも必要であります。

 最近の物価動向を見ますと、卸売物価は昨年夏以降その騰勢が鈍化しており、消費者物価も概して落ちついた動きで推移しているなど、物価は、石油危機に始まるいわゆる狂乱期を脱し、安定的な基調が整いつつあると考えられます。

 しかし、その上昇率はなお高く、景気が息の長い上昇を続けていくためにも、引き続き一層の安定化を図っていく必要があります。

 このため、政府は、52年度においても、物価の安定が引き続き経済運営の重要課題であるという観点に立ち、今後とも、通貨供給の動向を注視しつつ、生活必需物資の安定供給の確保、輸入政策の積極的活用、低生産性部門及び流通機構の近代化の促進、競争政策の推進など、各般の施策を有効適切に運営してまいります。同時に、これらの施策の効果を十二分に発揮していくため、国民各層の御理解と御協力をいただきたいと期待するものであります。

 なお、公共料金につきましては、これらの関係事業がその社会公共の責務を遂行するためにも、経営の合理化の徹底に努めることを前提としつつ、受益者負担の原則により、適時適正な水準に定められるべきものであると考えます。しかしながら、一方において、その改定が国民生活に及ぼす影響についても十分考慮し、物価の安定化を阻害しないよう配慮してまいる所存であります。

 以上により、国民の最大関心事である消費者物価につきましては、52年度中の上昇率を7%台にとどめたいと考えております。

 あらゆる政策の究極の目標が、国民生活の安定とその充実向上にあることは申すまでもありません。国民の汗にこたえ、国民の夢をはぐくみ、国民の悩みに心する行政の一層の推進が図られていかなければなりません。

 景気の回復と、雇用と物価の安定は、国民生活の安定のためのいわば必要最少限度の課題でありますが、国民1人1人の「幸せ」の指標は、住宅を初め、健康や社会保障、教育、環境、安全など、きわめて多岐にわたっております。

 それらの充実のためには、個人個人の自主的な努力と、温かい心のきずなで支えられた社会的連帯にまつところも大きいものがありますが、同時に、国に期待される分野も多く、成長率が低下する中で、責任と費用をどのような形で分かち合うかについての一層の合意を図りながら、国民生活の質の向上のための施策をさらに推進していかなければなりません。

 このような観点から、私は、今後の経済運営に当たりましては、国民の実感に適確にこたえ得るよう一層努力いたしますとともに、消費者保護の推進など、総合的な国民生活行政の積極的な展開を図ってまいりたいと存じております。

 われわれが目指している安定成長経済は、また厳しい選択を要求する経済であります。「いつでも、どこでも、何でも」求め得るというわけにはまいりません。

 当面する景気問題の解決1つをとってみましても、物価問題、雇用問題、財政収支の問題、あるいは対外均衡の問題など、その波及関連するところはきわめて多く、しかも、そのおのおのには互いに矛盾する側面も少なくありません。

 こうした中で、いずれに重点を置くべきかを選択し、同時に、問題を相互に調和させつつ、ひとしくその解決を図っていくことは容易なことではないと思うのであります。それは、新しい年の経済運営に課せられたまことに厳しい試練であると考えます。しかし、そのことは逆に、その試練を克服していくことを通じて、この年が新しい時代を切り開く展望の年になり得ることを示すものであります。

 安定して均衡のとれた、しかも活力ある経済の確かな手ごたえをことしこそわれわれのものとするために、私は、課せられた試練に正面から取り組み、全力を尽くします。

 国民各位の御支援と御協力を切にお願いいたす次第であります。