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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第67代福田(昭和51.12.24〜53.12.7)
[国会回次] 第84回(常会)
[演説者] 宮澤喜一国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1978/1/21
[参議院演説年月日] 1978/1/21
[全文]

 ここに、わが国経済の当面する課題とこれに対処する施策について所信を明らかにいたしたいと存じます。

 わが国経済は、本年、200兆円規模の時代を迎えようとしております。

 過去30余年の歩みを振り返りますと、日本経済は、戦後の荒廃の中から立ち上がり、ほぼ5年ごとに規模を倍にする発展を続けてまいりました。

 この過程を通じて、われわれの生活は、今日かなりの水準にまで到達し、また世界経済の中におけるわが国の地位も重きを加えてまいりました。

 しかしながら、5年前、変動相場制への移行と石油危機の発生という経験の中で、100兆円の規模に達して以来今日に至るまでの道程はかつてない困難なものとなり、わが国経済は、内においても、外にあっても、まことに大きな試練を迎えるに至りました。

 過去5年間、国民生活は、その前半激しいインフレに苦しみ、最近においては、雇用問題が重要な課題となっております。企業の経済活動もまたきわめて苦しい状況にございます。設備の稼働率はなお低く、生産はようやく5年前の水準に立ち戻りつつある現状でございます。

 他方、国際関係にありましては、石油価格の高騰に伴う国際収支の赤字を克服し得たわが国は、現在一転して、その黒字のゆえに新たな問題に直面いたしております。通商問題が激化し、また急激な円高のもとで企業は厳しい対応を迫られております。

 こうした情勢のもとで迎えたこの年の経済運営に当たり、目標とすべきことはおのずから明らかであると存じます。

 最大の課題は、景気の回復を今年こそ確かなものとすることによって、国民生活安定の基盤である雇用の安定を確保することであります。国民がひとしく望むところもまたここにあると考えます。

 昭和53年度においては、このため、実現可能な限りの高い成長を目指しつつ、1日も早く家計や企業の現状に対する焦燥と将来に対する不安とを取り除くことが、政府のなすべき刻下の急務であると考えます。

 このような考え方の上に立って、政府は、53年度の経済成長を実質7%程度と見込みました。経済活動の沈滞に加えて急激な円高の影響が懸念される現状のもとで、これは必ずしも容易な課題ではございませんが、雇用の安定を確保し、あわせてわが国経済の将来の発展への足固めを図る上で、ぜひとも達成いたさなければなりません。対外均衡の改善にもこれが大きく寄与するものと考えます。政府は、あらゆる政策手段を動員してその実現を図る考えであります。

 その具体的内容を申し上げるに先立ち、本年の政策運営に当たって留意すべき他の2つの問題、すなわち、物価とわが国経済の中長期的な課題の2点について申し述べたいと存じます。

 まず、物価の動向には、引き続き細心の注意を払ってまいります。石油危機を契機とする物価の高騰が国民生活にもたらした混乱は、いまだわれわれの記憶に新しいところであります。現在ようやく定着しつつあるかに見える物価の安定化基調を推し進めることは、景気対策を思い切って進めていく上にも肝要でございます。

 このため、政府は、家計に直結する生活必需物資について、生産、流通、販売等の各般にわたる価格安定対策を強力に推進していります。円高の効果は、国内の販売価格により一層反映されなければなりません。同時に、中長期的観点に立って、輸入政策の積極的な活用、低生産性部門及び流通機構の近代化の促進、競争政策の推進等、各般の施策を着実に推進してまいる所存でございます。

 なお、公共料金につきましては、基本的には経営の合理化を進めることを前提として、受益者負担の原則により料金水準の適正化が図られるべきであると考えますが、その改定が物価や国民生活に及ぼす影響については、慎重に配意してまいります。

 昨年初めに9%台であった消費者物価の上昇率は、春には8%台、夏には7%台に下がり、本年度末には6%台に落ちつく見込みであります。53年度においては、これを年度平均で6%とし、物価の安定を求める国民の願いにこたえてまいります。

 次に、当面の問題に対応するに当たりましては、将来の展望の上に立った政策運営を心がける必要がございます。

 政府は、1昨年、中長期的な政策運営の指針として、昭和50年代前期経済計画を策定いたしました。

 わが国経済のその後の歩みを振り返りますと、設備投資等の民間需要や財政収支等、計画の想定しているところと異なった推移を示している点も少なくありません。物価については、物価抑制のためのこれまでの努力が、計画目標に向かって見るべき成果をおさめつつあります。完全雇用の確保や国際収支の均衡については、その実現への過程でさまざまな困難に直面をしております。しかし、ここで強力な内需振興を図ることによって、目標の達成に向かって努力をいたしたいと考えます。

 政府は、いま手がける政策の1つ1つが、これら計画の掲げる中長期的な課題とどう関連するかを十分考えながら政策選択を図り、長期安定成長路線への円滑な移行を目指してまいります。

 さて、7%の成長の第1の柱は財政であります。

 すでに長期にわたって需給の不均衡が続いているわが国経済の現状を見るとき、雇用の安定と企業経営の健全性の回復を、経済の自律的反転力にのみ期待することは困難であります。したがって、この際、政府の積極的な施策によって経済活動の水準を引き上げることが重要であり、特に、設備投資を始めとする民間需要が停滞している情勢のもとで、景気回復の起動力として財政の果たすべき役割りが大きいことは申すもでもありません。

 他方、財政は連年にわたり大量の公債に依存するきわめて苦しい状況にございます。このため、政府は、一方において経常的経費の節減合理化に努めつつ、投資的経費についてはあえて公債を増発することにより、いわゆる15ヵ月予算の考え方のもとに、公共投資を主軸として思い切った財政運営を行うことといたしました。

 わが国の社会資本は、先進諸国に比べて相対的に立ちおくれております。ここでその充実に力を注ぐことは、当面の景気浮揚のためばかりでなく、将来にわたって国民生活の基盤を整備し、住みよい環境をつくり上げていく上でも意義のあることであると存じます。

 今後、本年度の2次にわたる補正予算と53年度予算が切れ目のない実効を上げることにより、雇用を吸収し、直接的な需要の拡大となってあらわれるばかりでなく、その効果が広く経済全体に波及し、わが国経済の牽引車としての役割りを果たし得るものと信じております。

 次に、民間需要につきましては、まず住宅建設について、住宅金融公庫の個人住宅向け貸付枠を40万戸とするとともに、貸付限度額を引き上げる等、量質両面にわたり拡充を図ったほか、税制面において住宅取得控除制度を拡充することにより、わが家を求める国民の強い期待にこたえることといたしております。

 企業の投資意欲は、需給ギャップの解消がおくれていることに加え、過剰在庫が存在していることもあって、これまで低迷したままで推移してまいりました。現在なお、基礎資材産業や構造不況業種等を中心に、需給バランスの改善に時間を要すると見られる分野もございます しかし、全体としてみれば、このところ在庫調整がかなりの程度進行しつつあると見られることから、今後、生産が上向き、稼働率の改善が進む業種がふえていくものと期待されます。

 均衡のとれた内需の回復を期する上で、企業の投資活動が重要であることは申すまでもなく、わが国経済の長期的な発展基盤の培養を図る上でも、これを推進する必要があります。資源問題1つをとりましても、それは一方で経済活動の制約要因ではありますが、他方、エネルギー節約、資源の確保、技術開発等の新たな投資活動を求めるものでもございます。

 このため、政府としても、電源開発の促進、石油備蓄の推進を図るとともに、省エネルギー、公害防止等関連設備等に対する投資促進税制の実施を通じて、投資意欲の喚起に努めてまいります。

 景気の回復が必要とされるゆえんは、何よりも雇用の確保、失業の防止にあることは、すでに申し述べたところでございます。

 現在、100万人を超える人々が働く場所を求めております。それに加えて、企業は、苦しい経営環境のもとで、雇用の維持のため精いっぱいの努力を続けておりますが、構造不況業種を初め、厳しい雇用調整を迫られているものも少なくありません。連鎖倒産や円高の打撃の中で、中小企業を初めとする企業の倒産は依然高水準を続けております。

 政府は、失業の積極的防止はもとより、失業者の生活の維持、再就職の促進、また中高年齢層の雇用の安定等に格段の努力を傾注し、万全の対策を講じてまいります。

 また、中小企業や構造不況業種に対する施策の充実を期するため、中小企業円高緊急対策を講ずるほか、中小企業経営安定資金制度や債務保証基金制度の新設等、各般の対策を進めることといたしております。

 最終需要の中で最大のものは、申すまでもなく個人の消費支出であります。今後、雇用の安定と物価の鎮静化が国民生活に明るさと安心感を取り戻し、家計の消費活動に、堅実な中にも底がたい回復を期待することができるものと考えます。

 公共、民間両部門にわたって、景気浮揚のため、以上申し述べました施策を強力に推進することにより、現在、在庫その他各般の調整が着実に進展していることも背景に、53年度後半には、民間需要が回復の基調を強め、わが国経済が再び息の長い発展への第1歩を踏み出すことを期待いたします。

 この5年間のわが国経済の困難は、世界の国々にとってもまた同様のものでありました。各国の懸命の努力にもかかわらず、世界経済はなお石油危機の残した調整過程の中にあります。

 わが国の経済規模が拡大し、あらゆる分野で世界との相互依存関係が深まるにつれ、諸外国との間で利害の対立を生ずることも多くなり、また、わが国市場の一層の開放を求め、経済協力の拡大を期待する声もつとに高まっております。

 こうした見地から、わが国がいま取り組まなければならないことは、わが国市場の対外的な障壁を可能な限り低いものとすることによって、世界への門戸をさらに広げ、対外均衡の確保を図ることであります。このために何をなすべきかについては、昨年来ほぼ論じ尽くされておりますので、今後は、勇断をもってこれを確実に推進してまいる所存であります。

 53年度においては、特に年度後半、内需の振興を通じて輸入が拡大し、一連の対外経済対策の効果がこれに相まつことによりまして、経常収支はその黒字幅を縮減し、世界経済の立ち直りと保護貿易主義の回避に寄与し得るものと考えます。

 以上申し述べましたように、政府、国内景気の拡大がこの年こそ必ずや実現されるよう、実効ある政策を迅速に展開し、わが国経済の持つ潜在的な力を再び発揮する道を開きたいと考えます。

 過去30余年を顧みますと、未来が不透明でなかったときはかつてなく、内外の環境もわれわれにとって有利なものばかりだったわけではありません。しかし、わが国の経済は、その柔軟な適応力と豊かな創造性によって、時のいかんを問わず、常に時代の流れ、変革の波を乗り切ってまいりました。今こそわれわれの持っている力を改めて結集し、わが国経済の新しい時代に向かって前進するため、政府は全力を尽くします。

 国民各位の御協力を切にお願い申し上げます。