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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第68代第1次大平(昭和53.12.7〜54.11.9)
[国会回次] 第87回(常会)
[演説者] 小坂徳三郎国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1979/1/25
[参議院演説年月日] 1979/1/25
[全文]

 第87回国会の再開に当たり、わが国経済の当面する課題と経済運営の基本的な考え方について所信を申し述べたいと存じます。

 わが国の国民総生産は、昭和53年度において、約210兆円に達しております。これは共産圏諸国をも含めた世界の国民総生産のおよそ8分の1ないし9分の1に当たります。ちなみに、10年前におけるその割合は、およそ20分の1でありました。

 わが国の経済は、このような規模にまで成長したのでありますが、われわれはこれを国際経済社会における責務が重きを増したものと受けとめ、同時に、経済成長の成果をより豊かな国民生活のために生かしていくよう心を砕いてまいらなければならないと考えます。

 最近の国際情勢を見ますと、各国経済は、景気、物価等、経済の各面にわたり、相互にその依存性を強めております。

 また、欧州で経済統合が進展しているほか、中国経済は近代化を目指し、世界経済への参加の意欲を強めており、また、中進国の台頭が見られるなど、世界経済はさらに多元化の方向へと進んでおります。

 このような大きな流れの中で、今年の国際経済環境は、原油価格の引き上げや中近東諸国の政治情勢の複雑化など、なお厳しいものがありますが、わが国を含めて先進諸国間において、経済政策の強調的行動が進められ、世界経済を安定させるための精力的な努力が続けられております。

 このたび、主要国首脳会議が東京で開催される運びとなりました。その準備に万全を期したいと考えます。

 昭和54年は、石油危機後の調整をほぼ終えて、安定成長路線への移行を図るという新しい局面を迎え、いわば夜明けの年であるということができましょう。

 昭和48年末に起こった石油危機は、戦後わが国経済が体験した最大の衝撃であったと言っても過言ではありません。それによる経済的混乱は、まことに大きいものがありました。

 自来、わが国経済は、その衝撃からいかにして立ち直るかという課題に取り組んでまいったのであります。

 その後の動きを物価、景気、国際収支について見ますと、まず、物価は一ころの騰勢が影をひそめ、今日では安定した基調に推移しておりますし、景気の回復は緩やかながら息切れすることなく続いております。また、国際収支もすでに赤字から脱しております。

 経済成長を支える内容もかなり変ってまいりました。顧みますと、昨年は近年では初めて、国内需要を中心に景気回復が進んだ年であります。これは国内需要の拡大という、いわばみずからの力を主体として経済成長が行われたということであり、従来とは異なるものであります。

 企業、家計の対応も着実に進みました。

 企業はなおかなりの需給ギャップを抱えておりますが、石油危機前の収益の水準をほぼ回復しております。以前のような高い成長のもとでなくとも収益が確保できるというような体質を備えつつあるものと見られます。

 また、家計も、物価の高騰等の、将来に対する不安から徐々に解放されており、最近の消費は底がたい動きを示しております。

 しかしながら、その反面、財政が国難な事態に直面するとともに、雇用情勢にも依然として厳しいものがあります。また、国際収支も均衡回復への動きが国際的に強く期待される状態にあります。

 このような時期に当たり、政府は、中長期にわたる経済運営の指針として新経済社会7ヵ年計画の基本構想を取りまとめました。54年度の経済運営は、計画の基本的な考え方を踏まえて行うことといたしております。

 54年において当面する課題は、わが国経済を新しい安定した成長軌道に移行させるという中長期的な展望に立って、景気回復を確実なものとし、雇用、物価の安定を維持するよう努めるとともに、財政健全化への足がかりをつくることであります。さらには、対外協調の一層の推進を図ることであります。

 昨年は積極的な財政運営により、民間設備投資を初めとする内需に灯がともされた状態と考えられます。しかしながら、目下のところその灯は十分に強いとは言えません。

 そこで、昭和54年度予算においては、財政事情の許す範囲内においてできる限り積極的な財政運営を行うこととし、国民生活の充実に役立ち、かつ、需要創出効果の大きい公共事業の拡大に努めることといたした次第であります。

 このような財政面の動きとともに、最近における企業収益の改善、物価の安定等を背景として、民間経済の活力ある展開がなされるものと考えられます。

 以上、政府の諸施策と民間経済の活力とが一体となって、54年度の経済は、実質で6.3%程度の成長が見込まれております。

 なお、経済成長率などの経済見通しの数字は、わが国経済が民間を主体とする市場経済であり、また、特に、国際環境の変化には予見しがたい要素が多いので、ある程度の幅をもって考えられるべきことは当然であると存じます。

 次に、雇用の安定について申し述べます。

 最近の労働市場の動向を見ますと、景気回復に伴い、就業者の数は着実に増加しておりますが、他方、労働力人口が増加しており、また、企業の雇用調整が進んでいるところもあって、完全失業者数はかなり高水準で推移いたしております。

 特に、構造不況業種、不況地域等、特定の業種、地域は深刻な状況を呈しております。

 このため、54年度においては、雇用対策として、中高年齢者雇用開発給付金制度を抜本的に充実するほか、雇用保険受給者等を雇い入れ教育訓練を行う事業主に対し賃金助成を行う制度を新たに設けることといたしました。また、定年延長奨励金、継続雇用奨励金の大幅改善等の措置をあわせて講ずることといたしております。このように、中高年齢者あるいは生計中心者の雇用環境の改善に重点を置きつつ、雇用の安定のために格段の努力を払うことといたしております。

 さらに、地域別の雇用情勢に配慮しながら公共事業の重点的な配分を行う考えであります。

 これらの個別対策と並行して、54年度におきましては、主要先進諸国の中でも高い経済成長を目指し、雇用の安定のための基盤をつくり上げていくことといたしております。

 最近の物価動向は、円高の影響等から、卸売物価、消費者物価ともに近年になく落ちついた推移を示しており、西ドイツ、スイスと並んで安定した状態にあります。

 しかしながら、今後の物価動向は、物価の安定に大きく寄与してきた円高の影響が従前ほどには考えられないこと、原油価格の引上げに見られる海外物価の動き等、十分注意していかなければならない情勢変化が生じております。政府といたしましては、現下の物価安定基調を引き続き維持するよう全力を傾注してまいる所存であります。

 まず、家計に直結する生活必需物資について、その価格動向を監視するとともに、野菜、肉類、魚等の価格安定対策の機動的な運営を図るなど、生産、流通、販売の各面にわたる施策を推進し、良質で、低廉な商品を求める消費者各位の切実な願望にこたえてまいりたいと考えております。

 また、輸入政策を積極的に活用し、輸入品の増加を図るとともに、これまでの円高の効果が国内販売価格面に一層浸透するよう努力をいたします。

 さらには、中長期的な観点から、農業、中小企業等低生産性部門の近代化を図り、流通機構の合理化や競争条件の整備等総合的な対策を着実に積み重ねてまいります。

 通過供給の動向にも、注意を怠らないように努めてまいります。

 公共料金につきましては、経営の徹底した合理化を前提とし、物価、国民生活への影響を十分配慮しつつ、厳正に取り扱う方針であります。

 なお、54年度予算編成に際しましては、一部公共料金の改定を予定いたしましたが、これも真にやむを得ないものに限るとともに、その実施時期や値上げ幅の調整に極力配慮いたした次第であります。

 国民生活にとって、物価の安定と並んで消費者行政を一層充実していくことが肝要であります。

 政府は、新しい時代の要請にこたえ、消費者保護基本法の理念にのっとり、各種商品、サービスの安全性の確保、苦情処理体制の整備、消費者の商品選択に役立つ情報の提供、地方における消費者行政の拡充、その他所要の施策を行ってまいります。

 消費者行政については、消費者各位の問題提起を期待し、その声を生かしつつ、たゆみない前進を図ってまいりたいと考えるものであります。

 わが国経済の国際的な比重の高まりに伴い、その責務が一段と重くなってまいったことは、冒頭申し上げたとおりであります。また、わが国は、エネルギー、資源、食糧、その他の面で海外に依存するところが大きく、わが国経済の安定的発展のためにも、海外との協調を進めることが不可欠であります。

 このため、自由貿易体制の維持、強化を図りつつ、先進諸国間における経済政策上の協調的行動を積極的に推し進めるとともに、発展途上国への経済協力を拡充するなど、国際協調の一層の推進を図っていかなければなりません。

 その第1は、国際収支をめぐる課題であります。

 わが国の国際収支は、基礎収支においてすでに均衡を回復しており、また、経常収支も着実に均衡に向かいつつあります。しかしながら、国際的にはさらに努力を払うことが期待されております。

 このような情勢を踏まえ、政府は、内需振興を柱とし輸入の拡大を期するとともに、あわせて、引き続き緊急輸入に努めるなど、輸入促進のために力を注ぐことといたしております。

 第2は、経済協力の拡充についてであります。

 政府は昨年来、政府開発援助について、52年の援助実績を3年間で倍増することを目指し、その対GNP比を先進国水準にまで高めるよう努力いたしました。そして、政府開発援助の推進体制の強化を図るとともに、技術協力の充実や経済協力に従事する人材の要請、確保を行い、同時に、相手国の事情に応じて、きめ細かく、かつ、積極的にその推進を図る所存であります。

 次に、中長期の経済運営の基本的方向について申し上げます。

 戦後4半世紀にわたり、わが国の高度経済成長を支えてきた条件は、内外の経済環境の変化により大きく変容いたしております。ここに新しい時代を迎え、中長期的な視野から、確かな未来を築くための方向づけを行なうことがぜひとも必要であります。

 このため、政府は、昭和54年度を初年度とし60年度を最終年度とする新経済社会7ヵ年計画を策定することとし、目下鋭意作業を進めておるところでありますが、現段階で取りまとめた基本的な考え方を申し述べたいと存じます。

 この計画の課題の第1は、わが国経済を新しい安定的な成長軌道に乗せることであります。

 そのためには、物価の安定を維持しつつ、雇用、需給、財政などの経済各面論における不均衡を是正して、今後のわが国経済の明確な展望を開き、民間経済の活力ある展開を可能にすることが基本的な条件であります。

 そこで、計画期間を通じて経済成長を実質で年平均6%弱と想定いたしました。参考までに申し述べますと、昭和60年度の国民総生産は、53年度価格でおよそ310兆円程度と見込まれております。計画期間においては、厳しい財政事情のもとではありますが、7年間に240兆円に及ぶ公共投資を行うことを決定いたしております 

 民間経済におきましても、その潜在的な活力を最大限に発揮していただきたいと考える次第であります。

 これらを柱として、わが国経済を新たな安定した成長軌道に移行させるための構図をつくり上げてまいりたいと考えております。

 第2に、わが国経済の新たな発展にふさわしい方向へと産業構造の転換を進めていくことが重要な課題であります。

 わが国の産業構造は、厳しい資源・エネルギー事情、雇用の確保、国際分業の推進等の観点を踏まえ、知識集約化、高付加価値化に向けて転換を図っていかなければなりません。

 この過程は、自由な市場機構のもとで企業の自主的な行動を通じて推進されるべきものでありますが、政府としても、経済の持続的成長を図るとともに、急激な転換に伴う摩擦、特に、雇用、中小企業、地域経済等への影響を最小限にとどめるよう措置してまいる所存であります。

 産業構造の転換に関連いたしますが、今後、資源・エネルギーの安定的な供給体制を世界的な視野のもとに整えることが必要であり、また、総合的な食糧自給力の向上が望まれます。さらには、科学技術の自主開発を進める体制を極力充実していかなければなりません。

 第3に、新しい福祉社会を形成することであります。

 高度経済成長のもとで、われわれは個人として、また、職場において、その活力を十分に発揮してまいりました。しかし、反面、ともすれば家庭や地域社会の人間的なつながりを見失いがちでありました。これからの国民福祉は、家庭や社会における潤いのある人間関係の上に打ち立てていかなければなりません。

 今後は、長期的な視点に立って、都市と農村が一体として結合された、公害のない緑あふれる国土の建設を目指して田園都市づくりを進め、精神的、文化的なゆとりと落ちつきのある社会の形成に、かたい決意をもって取り組む所存であります。

 そして、個人の自助努力と、家庭や社会の連帯を基礎とし、効率のよい政府が、公的福祉を必要に応じて保障するわが国独自の新しい福祉社会への道を求めて、計画の実施元年に当たる昭和54年度にその第1歩を踏みだすことといたしたいと考えております。

 以上、わが国経済における課題の数々と、その取り組み方について申し述べました。そのいずれもが、容易ならざるものがあります。しかしながら、わが国経済は過去何回となく、まことに厳しい試練に直面してきたのでありますが、これを乗り切るたびに、新しい力、新しい発想を得てまいったのであります。

 今日の課題もはこれまでの歴史の中で培われたわが国経済の強靭な適応力と、国民の一致した努力をもってすれば、必ずや解決し得るものと確信をいたすものであります。

 政治の要請は、真撃な努力をする人々が十分に報われる社会をつくることであります。物価、雇用、所得など、今後の経済動向が、これらの人々の堅実な期待に反するものであってはなりません。安定した経済、人間味のある社会、心豊かな国民生活を確かなものとするために、政府は全力を尽くします。

 国民各位の御理解と御協力を切にお願いする次第であります。