データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第69代第2次大平(昭和54.11.9〜55.7.17)
[国会回次] 第91回(常会)
[演説者] 正示啓次郎国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1980/1/25
[参議院演説年月日] 1980/1/25
[全文]

 1980年代への第1歩を踏み出すに当たり、わが国経済の当面する諸情勢と、これに対処する所信を明らかにし、国民各位の御理解と御協力を仰ぎたいと存じます。

 顧みますと、1970年代は、世界経済にとって激しく、厳しい変動の時代でありました。国際通貨における変動相場制の発足や、2度にわたる石油危機の発生など、まさに激動の70年代を象徴する大きな出来事が相次いだのであります。わが国も、こうした世界経済の影響を直接、間接に受け、狂乱と言われた物価騰貴や、戦後最も長い不況を経験いたしました。このように、わが国経済は大きな試練を受けたのでありますが、反面、そこから貴重な教訓を学び取る機会を得たこともまた事実であります。

 1970年代を通じまして、各国経済の間の相互依存は一気に深まりました。それだけに、不測の外部要因によって経済活動が撹乱されることのないよう、衝撃を巧みに吸収し、弾力的に対応できる経済基盤をつくり上げていく必要性が一層増大しております。それは同時に、経済の安定的成長をいかにして実現していくかという課題なのであります。堅実な経済運営が要請されるゆえんであります。

 わが国経済は、実物資産と対外純資産を合わせ、およそ1,000兆円に及ぶ国富を基礎として、年々200兆円を超える国民総生産を生み出している巨大な経済であります。世界全体の総生産に対し、およそ1割を占める経済でもあります。

 このように大規模な経済であることにもかんがみまして、性急、かつ、急激に方向転換を行うのではなく、順次、着実に、安定成長路線への定着を図っていくことが肝要であります。そして、企業、政府、さらには家計に至る経済主体がわが国経済の安定成長への太い、大きな流れをみずからの問題として受けとめ、それに対処する正しい姿勢を見出していくことが要請されているのではないかと考えます。

 前回の石油危機の後、企業は生産性の向上を図り、省エネルギー化を進め、減量経営を推進し、安定した経営の方向を見出しつつあります。政府部門においてももとより例外は許されません。不退転の決意のもとに、政府は行政の簡素化、効率化に最善努力を尽くすことといたしております。

 ここで、私は、安定した成長を念頭に置きつつ、わが国経済の今後のあり方について考えてみたいと存じます。

 その第1は、物価の安定を図ることであります。物価の安定こそは経済運営の成否を決するものであります。最近に至るまでの消費者物価の安定は、堅実な消費活動を支え、今日の経済の拡大傾向の基礎をなしてまいりました。私は、物価の安定それ自体が国民生活安定の基本的条件であること、及び、それが持続的成長を生み出す源であることを、ここで改めて強調いたしたいと存じます。

 第2は、経済各部門における均衡を実現することであります。雇用、需給、国際収支、財政等の経済各面において、それぞれ均衡を実現していかなければなりません。

 第3に、景気が大きく変動するものであってはならないと考えます。昭和51年度以降4年間の実質成長率は、おしなべて年率5ないし6%程度の水準を保ってまいりました。内外の諸条件から見て無理のない成長率のもとに、雇用の安定、産業の発展、及び国民生活の着実な向上を実現することが肝要であります。このためには、なだらかな成長が維持されなければなりません。

 第4に、わが国が、その国際的地位にふさわしい責任と役割りを分担する必要性が一段と高まっております。このため、貿易の安定的拡大を図るとともに、発展途上国に対する経済協力の拡大、資源、国際金融面などにおける各国間の協調体制の推進に努めていかなければなりません。特に、経済協力につきましては、本年は政府開発援助3年倍増の目標年次であり、ぜひともこれを達成したいと考えます。

 第5は、経済面での安全保障を確保することであります。

 当面、石油情勢の変化から来る各種の衝撃をやわらげながら吸収していくことが焦眉の急務であります。まず、原油の量の確保でありますが、54年度においては、現在までのところ、ほぼ当初計画どおりの量を確保しております。国民生活上重要な灯油も十分な量を確保しております。しかし、国際石油情勢は、依然としてきわめて流動的な様相を呈しております。今後とも、原油の量の確保には万全を期する考えでありますが、それとともに、石油の消費節約を大いに推し進めていく必要があります。54年度についての5%、1,500万キロリットルの節約目標は、国民各位の御協力により、現在までのところかなり順調に達成されつつあります。このたび政府は、55年度については、節約の度合いをさらに高め、7%、2,000万キロリットル以上を目標に据えることとしており、新年早々から、資源とエネルギーを大切にする国民運動を一層強力に推し進めてまいりたいと考えております。

 なお、原子力、石炭液化など、石油代替エネルギーの開発を計画的に推進するとともに、石油供給源の多様化にもさらに積極的に取り組んでいかなければなりません。私は、本年は、省エネルギー化を進め、脱石油型社会に向けて産業構造や生活様式を改め、これまでの量的拡大から質的充実へ転換していく新たな出発の年にしなければならないと考えております。

 次に、わが国経済の現状、及び昭和55年度における経済運営の基本的な考え方について申し述べたいと存じます。

 最近のわが国経済は、内外の厳しい環境のもとではありましたが、52年度以降における公共投資の大幅な拡大による景気浮揚政策がここに実を結び、国民の堅実な消費態度、企業の経営努力と相まって、景気は、国内民間需要を中心に自律的な拡大を続けております。この結果、54年度の実質成長率は6%と、おおむね当初経済見通しどおりになるのと見込まれます。また、鉱工業の生産、出荷は堅調な増加を示し、企業収益も高い水準を維持しております。雇用情勢もなお厳しいものの緩やかな改善傾向にあります。しかし、今後の経済動向につきましては、原油価格上昇に伴い実質需要が減少する面も考えていかなければなりませんし、また、アメリカを初めとする世界景気の先行きにも厳しいものがあります。これからは、53年後半から54年にかけての拡大基調に比べれば、やや緩やかな上昇局面になっていくものと考えられます。

 政府は55年度の名目成長率を9.4%程度、実質成長率4.8%程度と見込んでおります。この実質成長率の水準は、先進各国の中では最も高く、さきに述べた安定的成長の趣旨にも沿ったものであり、雇用の維持に資するものであります。 

 ここで、物価の動向に目を転じたいと存じます。

 このところ経常収支が大幅な赤字となっており、また、卸売物価の急激な上昇が続いておりますが、これは、ともに原油を初めとする海外産原材料価格の高騰という、共通の要因に根差すものであります。海外産原材料高そのものが卸売物価を引き上げるとともに、経常収支の赤字を拡大し、それが円安をもたらすことによって、卸売物価をさらに押し上げるという状況でありました。他方、消費者物価は、主要先進国中、西ドイツと並び最も安定した推移を示しております。海外産原材料価格の大幅な上昇や、各国からのインフレーションの波に洗われながらも、わが国では、企業、消費者の冷静な対応に加え、賃金の穏やかな増加や生産性の高い上昇等により、消費者物価は台風等の影響による野菜価格の高騰が見られるものの、基調としては比較的落ちついた動きを示しております。しかしながら、卸売物価上昇の影響が漸次消費者物価に及びつつありまして、今後の消費者物価の動向は十分警戒を要するものと考えます。卸売物価上昇の影響を最小限にとどめるよう極力努力していく必要があります。

 このため政府は、昨年11月、8項目にわたる総合的な物価対策を定め、鋭意その実施を図ってまいりました。

 まず、54年度の今後の公共事業の施行に当たっては、物価の動向に配慮し、公共事業等歳出予算現額の5%を当面留保いたしました。国、地方を合わせた事業費ベースでは1兆円を上回る金額であります。

 通貨供給量は現在安定した推移を示しておりますが、引き続きその動向を注視し、適切な金融調整を図ってまいらなければなりません。

 さらに、石油製品その他の生活関連物資について安定的供給の確保を図るとともに、便乗値上げ等、不当な価格形成の行われることのないよう、需給、価格動向を厳しく調査、監視することとしております。石油製品の価格安定のためには、需要に見合った供給の確保を図ることが重要でありますので、石油供給計画を基本として、実需に応じた供給の確保に努めております。また、石油の消費節約に向けての国民運動も石油製品の価格安定において重要な役割りを担うものと考えます。

 中長期の観点からの物価対策としては、農林水産業、中小企業等の低生産性部門や、流動機構の合理化の促進を行っております。輸入政策、競争政策についても十分努力してまいります。

 政府は、各般にわたる物価対策を推進し、54年度、55年度の消費者物価上昇率をそれぞれ4.7%程度、6.4%程度にとどめるよう最善の努力を傾けてまいりたいと考えております。

  言うまでもなく、重要なのは仮需の動きを封ずるとともに、インフレ期待を未然に防止することであります。前回の石油危機の際、在庫積み増しや買い急ぎが起こり、それが激しい物価高となってはね返るという苦い経験を味わいましたが、今回は、企業、消費者ともに冷静に対処しているところであります。政府としては、早目早目に時宜を得た物価対策を推進してまいる所存であります。

 次に、公共料金について申し述べます。

 政府は、公共料金については、経営の徹底した合理化を前提とし、物価及び国民生活に及ぼす影響を十分に考慮して、厳正に取り扱う方針で臨んでいるところであります。55年度の予算関連公共料金の改定に当たっては、真にやむを得ないものに限るとともに、その実施時期、及び値上げ幅について極力調整いたしました。また、その他の公共料金についても同様、厳正に取り扱う所存であります。

 ここで、消費者行政について述べたいと存じます。国民生活の安定と向上のためには、物価の安定と並んで消費者行政の積極的な展開を図っていくことが肝要であります。

 政府といたしましては、消費者の意識の一層の向上と企業の消費者志向体制の充実を期待するとともに、消費者を取り巻く環境条件の推移に的確に対応してまいらなければならないと考えております。このため、各種商品、サービスの安全の徹底、規格、表示の適正化、その他所要の施策を積極的に講じてまいります。

 以上、55年度の経済運営について申し上げましたが、基本的には、石油の価格、需給動向や世界経済の動きを的確に把握しつつ、物価の安定に極力留意して機動的な経済運営を行うことが大切であると考えます。

 ところで、市場機構を可能な限り活用していく自由主義経済が、最もすぐれた経済の仕組みであることは、改めて申し上げるまでもありません。自由主義経済の持つ、自由、競争、効率、活力といった長所は、これを堅持してまいらなければなりません。

 私たちはこれまで、世界の中でも最も高い水準に位する自由、効率等を享受してまいったのであります。それだけに、わが国経済のこのような長所は、あくまでも最大限生かしていく一方、国際経済との協調に努め、経済面での安全保障を確保しつつ、物価とか、成長、国際収支などの経済各面で大きく変動することのないよう、堅実に運営していくことが今後の経済運営のかなめであると考えます。

 わけても物価の安定につきましては、世界各国が等しくインフレーションとの苦しい闘いを強いられている現状にもかんがみまして、いまや国民的課題として、政府はもとより、国民1人1人が、冷静に、かつ全力を挙げて取り組む必要があると考えます。

 過去を振り返りますとき、わが国経済は困難に逢着するたびに、じみちな努力を旨として、驚異的とも言える適応力を発揮してまいりました。私は、この可能性に全幅の信頼を置くものであります。石油問題の深刻化を初め、その行く手には容易ならざるものがありますが、堅実、かつ安定した成長に向けて、いまこそわが国の英知と力を結集していこうではありませんか。政府は全力を尽くします。

 国民各位の御理解と御協力を切にお願い申し上げます。