データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第70代鈴木(昭和55.7.17〜57.11.27)
[国会回次] 第94回(常会)
[演説者] 河本敏夫国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1981/1/26
[参議院演説年月日] 1981/1/26
[全文]

 私は、わが国経済の当面する課題と、経済運営の基本的な考え方につきまして、所信を申し述べ、国民各位の御理解と御協力を得たいと存じます。

 波乱に満ちた1970年代がまさに終わろうとするとき、イラン革命に端を発する第2次石油危機が発生し、わが国の経済は、再び大きな試練に見舞われることとなりました。しかしながら、幸いにも、国民各層の賢明で冷静な対応に助けられて、わが国経済は、この試練に耐え、石油危機後の調整過程をほぼ乗り切ろうとしております。これは国際的にも高く評価されているところであります。

 昭和56年度は、この成果を踏まえて、わが国経済を中長期的な安定成長路線に定着させ、1980年代の展望を切り開くべき重要な年であります。

 このような年を迎えるに当たり、今後の経済運営上重視すべき課題として、私は、特に以下の諸点を指摘したいと存じます。

 まず、第1は、物価の安定を基礎として、適切な経済成長の維持を図ることであります。

 物価の安定は、国民生活安定の前提であり、均衡のとれた経済発展の基本的な条件でもあります。

 その上に立って、適度な経済成長を実現し、働く意思を有する人々に対し、その能力と適正に応じた就業の機会を提供することは、経済社会の安定にとって欠くことのできない要件であることは申すまでもありません。

 第2は、経済の活力を維持し、高度の教育によって陶冶されたわが国民性が、自由な経済体制を豊かな土壌として、わが国経済の活力を生み出してたと考えております。

 わが国の将来には多くの試練が予想されます。その中で、着実な経済発展と充実した国民生活を確保するためには、経済の活力を維持し、育てていくことがなによりも大切であると信じております。

 経済成長の成果は、国民福祉の向上に結びつけるべきものであります。この点でも自由な経済社会の持つ創造的な活力を積極的に生かすことが肝要であります。

 特に、今後、わが国の人口構成は急速に高齢化が進むことを考慮いたしますと、自由経済のすぐれた機能を生かしながら、効率よく適正な公的福祉を保障することが必要であります。

 第3は、国際社会への協調、貢献と経済的安全の確保であります。

 わが国経済の規模は、昭和56年度で国民総生産約265兆円に達すると見込まれ、世界全体の総生産の1割を占めるに至るものと思われます。また、貿易の面でも、わが国は、先進国貿易の1割程度を占めております。経済運営に当たっては、わが国経済の動向が世界経済に大きな影響を与えることを常に配慮し、世界経済の安定と発展のために、十分な責任と役割りを果たしていかなければなりません。

 他方、わが国は、資源・エネルギー、食糧など国民経済上不可欠な物資の多くを海外に依存しております。常に激動の可能性を免れない国際情勢のもとにおきまして十分な注意を払い、経済的安全の確保のため、各般の施策を多角的に進めていくことが必要であります。

 私は、国際的な協調と連帯に積極的に貢献することが、わが国の安全にとって不可欠であると信じております。

 また、これらの課題に対応し、経済の安定した成長を確実なものとするためには、わが国財政の再建を急ぎ、財政の対応力の回復を図るべきことは申すまでもありません。

 わが国経済の主要な課題についての所信の一端を申し述べましたが、1昨年8月策定いたしました新経済社会7ヵ年計画は、これらの課題に対する政策の基本的方向を明らかにしたものであります。

 このたび、計画策定後の経済情勢の変化を踏まえ、中長期的安定成長の中で、物価の安定、雇用の改善及び財政の再建をあわせて達成し得るような今後の経済の姿を検討いたしました。

 この結果、計画で示した公共投資額と社会資本の整備水準の目標は維持しながら、その達成時期を調整することにより、民間需要を中心とした年平均5.5%程度の実質成長が可能であり、全体として整合性のある経済が実現できるとの結論を得たところであります。

 このような経済の姿を達成することは、わが国経済の中長期の課題を解決していくために必要であり、また、わが国の活力から見て十分可能であると考えております。

 ここで、わが国経済の現状と昭和56年度における経済運営の基本的な考え方について申し述べたいと存じます。

 昭和55年の中ごろ以降、第2次石油危機のデフレ効果が経済各部門に浸透してきた上、冷夏の影響が加わったため、国内需要の拡大テンポが鈍化し、企業の生産活動も次第に弱含みとなりました。このような情勢に対処し、物価の安定と景気の維持を図るため、政府は昨年9月、8項目の経済対策を決定し、その推進に努めているところであります。

 この結果、昭和55年度のわが国経済の実質成長率は、当初の見通しどおり、4.8%程度を達成するものと見込まれます。

 昭和56年度は、第2次石油危機の影響を克服し、わが国経済を中長期的な安定成長路線に定着させるべき年であります。

 流動的な中東情勢に伴う国際石油情勢など懸念すべき材料もありますが、国内では第2次石油危機の影響が次第に吸収され、他方、国外では多くの先進諸国で年後半から景気の立ち直りが予想されるなど、全体として明るさが増すものと見られます。しかしながら、海外需要に過度に期待すること適当ではなく、また、財政に依存することもできません。

 このような状況のもとで、昭和56年度の経済運営の基本的態度としては、第1に、民間設備投資や個人消費など国内民間需要を中心に、景気の着実な拡大を実現することが必要であります。

 したがって、政府といたしましては、引き続き、適切かつ機動的な政策運営を行い、民間経済の活力が十分に発揮されるよう環境整備に努める所存であります。

 昭和56年度の名目成長率につきましては9.1%程度、実質成長率につきましては5.3%程度を見込んでおります。この実質成長率は、先進諸国の中で最も高く、雇用の安定にも資するものであります。

 第2は、物価の安定をより確実なものとすることであります。

 第2次石油危機の影響で高騰していた卸売物価は、昭和55年5月以降、目に見えて鎮静化をしてまいりました。

 消費者物価は、原油価格の高騰に異常気象の影響が加わり、昭和55年初め以来、前年比ほぼ8%台の上昇率で推移してまいりました。しかし、このところ卸売物価からの波及も鈍化するなど、消費者物価は落ちつきの方向にあり、今年度末にかけて、前年比の上昇率は顕著に低下するものと見込んでおります。

 物価の安定は、国民生活安定の基本条件であり、経済の持続的成長の基盤をなすものであります。政府といたしましては、引き続き、通貨供給量を監視するとともに、生活関連物資等の安定的な供給の確保、価格動向の調査、監視、輸入政策や競争政策の積極的活用など、各般の対策を総合的に、かつ、機動的に実施することといたしております。

 公共料金につきましては、経営の徹底した合理化を前提とし、物価及び国民生活に及ぼす影響を十分に考慮して厳正に取り扱う方針で臨んでおります。

 このような観点から、昭和56年度の予算関連公共料金の改定に当たっても、真にやむを得ないものに限るとともに、その実施時期及び値上げ幅について極力調査をしたところであります。

 政府といたしましては、昭和56年度の卸売物価については前年度比4.1%程度に、消費者物価につきましては前年度比5.5%程度の上昇におさめるよう、早目早目に時宜を得た物価対策を推進をしてまいる所存であります。

 もとより、物価対策が実効を上げるためには、国民各層の協力がぜひとも必要であります。御理解をお願いする次第であります。

 国民生活の安定と向上のためには、物価安定対策と並んで消費者行政を一層充実することが重要であります。

 消費者を取り巻く諸条件の変化に対応して、各種商品の安全性の確保、苦情処理体制の整備、消費者に役立つ情報の提供、その他所要の施策を進めてまいる所存であります。

 次に、今後におけるわが国の国際協調の推進について申し述べたいと存じます。

 現下の世界の国難の多くは、エネルギー問題と発展途上国における貧困の問題に起因していることは明らかであります。

 まず、エネルギー情勢につきましては、石油供給の不安定化、価格の上昇が、世界経済の順調な発展にとって重大な脅威となっております。このような制約を克服することが最も緊急な課題であります。エネルギー問題は世界各国の共通の課題であり、各国がそれぞれ努力することはもとより、国際的な協力を進めていかなければなりません。

 わが国は、自由世界第2の石油消費国で、しかも現状ではエネルギーの3分の2を海外の石油に依存しており、世界のエネルギー問題克服のために大きな責務を負っております。

 エネルギー問題を克服するためには、産業、民生、運輸等各部門の省エネルギー化、原子力や石炭など石油代替エネルギーの開発利用の促進のほか、核融合など新エネルギーの研究開発が特に必要であり、これら技術開発の役割りはきわめて大きいものがあります。

 わが国も、この分野において、国際的な協力関係の中で最大限の努力を傾けなければなりません。

 第2の問題は、経済協力の拡充であります。

 世界経済の安定的な発展のためには、発展途上国の経済開発が必要であります。しかし、現状を見ますと、これらの国の多くは依然として貧困から脱することができず、インフレや国際収支の赤字に悩まされております。特に非産油発展途上国の状況はきわめて深刻であり、経済協力の拡充が切望されております。

 同時に、経済協力の実施に当たっては、相手国の国情、ニーズ等を見きわめ、その自助努力を効果的に支援し、発展途上国にとって最も効果を上げるよう工夫を加える必要があることは申すまでもありません。

 わが国は、政府開発援助の3年間倍増目標を掲げてまいりましたが、昨年この目標をかなり上回って達成したところであります。今後ともわが国の国際的な地位にふさわしい貢献を行うよう強く期待をされております。

 このため、政府は、新しく開発援助に関する中期目標を設定したところであり、政府開発援助の一層の拡充に努めることといたしております。

 以上、わが国経済の当面する課題と経済運営の基本的考え方について、所見を申し述べました。

 わが国を取り巻く環境には、依然として厳しいものがあります。

 わが国のこれまでの経済発展の跡を顧みますと、幾多の困難に遭遇しながら、そのたびに、国民の英知を結集し、努力を重ね、国難を克服して、今日に至っております。

 引き続き、創意と工夫を積み重ね、長期的な展望のもとに、世界的な視野に立って、道を切り開くことが大切であります。

 昭和56年度は、そのための基礎を固めるべき重要な年であります。

 国民各位の御支援と御協力を切にお願いを申し上げます。