データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第70代鈴木(昭和55.7.17〜57.11.27)
[国会回次] 第96回(常会)
[演説者] 河本敏夫国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1982/1/25
[参議院演説年月日] 1982/1/25
[全文]

 わが国経済の当面する課題と経済運営の基本的な考え方につきまして、所信を申し述べたいと存じます。

 まず、世界経済の現状について申し上げます。

 第2次石油危機は、きわめて大きな混乱を世界経済にもたらしました。ようやく峠を越えたとはいえ、いまなお激動が続いております。

 各国が、その影響を克服するため、懸命な努力を続けた結果、世界的なインフレは上昇傾向が幾分鈍化し、石油需給も小康状態となってまいりました。

 しかし、インフレ抑制のためにとられた金融引き締めの政策の影響もあって、世界的に異常な高金利が発生いたしました。それが石油価格高騰の影響と相まって、世界経済に大きなデフレ圧力を及ぼしております。

 このため、欧米諸国の景気は、なお停滞ぎみに推移し、各国で失業が増大をしております。失業率が10%を超える国もあり、大きな政治問題、社会問題となっております。

 非産油発展途上国では、経常収支の赤字が拡大し、対外累積債務が急増している上、根強い物価の騰勢が続いております。

 こうした中で、わが国経済は、国民各位の賢明な対応もあり、第2次石油危機を比較的順調に乗り越えてまいりました。石油価格高騰のため、一時期、物価がかなり上昇いたしましたが、輸入インフレが国内インフレに転化することを避けることができたのであります。昭和56年春以降、物価は、落ちつきを取り戻しております。しかし、景気は、その回復のテンポが緩慢であり、力強さに欠けております。

 強い国際競争力や円安を背景に輸出が増加を続けたほか、大企業の設備投資は堅調であり、在庫投資の減少傾向もほぼ終わったと見られます。この中で、生産や出荷も、昨年秋以降増加を示しております。

 しかし、個人消費は、一進一退を続け、中小企業の設備投資も低調に推移しております。また、住宅投資は、54年末以降、前年水準を下回る状況が続いております。このように、内需の回復は鈍く、輸入需要が低迷しており、経済成長の多くを外需に依存した姿となっております。このため、インフレと失業に悩まされている欧米諸国との経済摩擦が深刻の度を増してきております。

 こうした情勢のもとで、わが国経済は昭和57年度を迎えようとしておるのでありますが、その経済運営に当たりましては、特に次の諸点を基本としてまいりたいと存じます。

 その第1は、内需中心の着実な景気の維持拡大を実現し、雇用の安定を図ることであります。

 現下の最重要課題である行財政改革を円滑に進めるためにも、わが国経済の着実な成長を図ることが肝要であります。また、内需を中心とした景気の維持拡大は、現在緊急の課題となっている対外経済摩擦の解決にも、大きく寄与するものと考えております。

 このため、昭和57年度予算においても、たとえば、社会資本の整備に当たって、民間資金の活用、効率的な財政配分等により事業量の確保に努めるなど、できる限りの工夫をこらして、景気に対する影響にも配意しておるところであります。しかしながら、財政に多くを期待し得ない現状において、国内需要の拡大を図るに当たっては、民間経済の活力が最大限に発揮されるような環境を維持整備することがきわめて重要であると考えております。このため、物価の安定基調を維持することによって個人消費回復の基礎を固めるとともに、引き続き、金融政策の適切かつ機動的な運営を図ることなどにより、設備投資の足取りをより確実なものとし、技術革新の推進、生産性の向上をもたらすことが大切であります。

 住宅建設は、国民生活向上の基礎となるものであり、かつ、民間需要喚起のためにも大きな効果が期待されます。このため、政府といたしましては、第4期住宅建設5ヵ年計画の的確な実施を目指し、住宅金融の充実、宅地供給の促進など諸般の対策をきめ細かく進めることといたしました。これらの対策の効果もあり、現在低迷している住宅建設も、今後、回復に向かうものと考えております。

 また、これまで景気回復の足かせとなっておりました在庫調整もほぼ終わり、今後は、在庫投資も増加に転ずるものと見込まれております。

 さらに世界経済の今後の動向につきましても、多くの先進諸国で第2次石油危機の影響が徐々に克服され、本年後半から景気の立ち直りが予想されております。

 以上延べましたように、政府の諸施策と民間経済の活力が一体となり、57年度のわが国経済は、実質で5.2%程度の成長が見込まれております。

 第2は、物価の安定を図ることであります。

 最近の物価動向を見ますと、卸売物価、消費者物価ともに、安定した動きを示しております。

 もとより、物価の安定は、国民生活安定の基本条件であり、経済運営の基盤をなすものであります。政府といたしましては、昭和57年度においても、現在の物価の安定基調を維持するため、機動的な政策運営を図っていく所存であります。

 このため、引き続き、通貨供給量を注視するとともに、生活関連物資等の安定的供給の確保及び価格動向の調査、監視、輸入政策、競争政策の積極的な活用など各般の対策を総合的に推進することといたしております。

 なお、公共料金につきましては、経営の徹底した合理化を前提とし、物価及び国民生活に及ぼす影響を十分考慮して厳正に取り扱う方針で臨んでいるところであります。

 政府は、57年度の物価は引き続き安定的に推移し、卸売物価は前年度比3%程度、消費者物価は4.7%程度の上昇を見込んでおります。

 第3は、調和ある対外経済関係の形成に努めることであります。

 いまなおインフレと失業の問題に悩む欧米諸国が、わが国の市場開放を求める態度には、きわめて厳しいものがあり、保護貿易の動きが強まることも懸念されるのであります。

 第2次世界大戦後の世界貿易は、IMF・ガット体制のもとで飛躍的な拡大を続け、世界経済の発展の原動力として大きな貢献をしてまいりました。戦後、わが国経済が目覚ましい発展を遂げた背景には、自由貿易体制下での世界貿易の順調な拡大がありました。また、わが国の貿易は、今日、世界貿易の1割もの比重を占めるに至っております。このため、わが国としては、保護貿易主義の台頭を防ぎ、世界経済の調和ある発展を推進するために大きな責務を背負っております。自由貿易体制を維持強化するための積極的な努力が必要であります。

 このような観点から、政府としては、内需の回復を基礎とし、貿易の拡大均衡を目指して昨年12月に決定した関税の段階的引き下げの繰り上げ実施、輸入検査手続の改善等の市場開放対策、緊急輸入外貨貸し制度の実施、石油やレアメタルの備蓄の推進、輸入ミッションの派遣等の輸入促進対策などの対外経済対策を積極的に推進をしてまいります。

 申すまでもなく、保護貿易への動きは、根本的には各国経済の停滞に根差しておるものと考えられます。私は、世界経済の最活性化のために、各国が相協力して、積極的な努力を重ねることが最も肝要であると考えます。 ここで、発展途上国に対する経済協力について申し述べたいと存じます。

 経済協力によって、発展途上国の経済発展を支援することは、平和国家であるわが国が、世界の反映と平和に貢献をし、国際社会の期待にこたえる道であります。また、これは同時に、発展途上国と緊密な相互依存関係にあるわが国の発展と安全にも資するものであります。

 このような考え方に立ちまして、昭和57年度予算においても、政府開発援助の新しい中期目標を着実に達成するため最大限の配慮をしたところでございます。

 次に、長期的な観点に立った経済発展の基盤整備について申し上げます。

 わが国は、第2次世界大戦後、恵まれた内外の条件に支えられて世界に例を見ない経済発展を遂げてまいりました。いまや、年間の国民総生産は280兆円にも達しようとする巨大な経済となっております。

 しかし、わが国をめぐる内外の諸条件は、資源・エネルギー制約の強まり、高齢化の進展、国際経済秩序の変貌など急激に変化をしております。

 このような中で、わが国経済を長期にわたり安定的に発展させるための基盤の整備が急がれております。とりわけ、わが国は、他の先進諸国と比較してエネルギーの海外依存度がきわめて高く、安定的なエネルギーの確保が急務となっております。

 このところ、石油需給は緩和をしておりますが、中長期的なエネルギー情勢は、依然厳しいものと見られ、不安定な要素を抱えております。小康状態にある現在においてこそ、エネルギー対策を強力かつ着実に進めることが大切であります。

 このため、引き続き石油の安定供給に努めるとともに、省エネルギー政策及び石油備蓄政策を一層強力に推進し、原子力発電、石炭利用等石油代替エネルギーの開発利用を促進する必要があります。さらには、21世紀に向けての核融合の研究など、新エネルギーの研究開発にも力を注がなければなりません。

 以上、わが国経済の当面をする課題と経済運営の基本的な考え方について所信を申し述べました。

 現在のような世界的な経済の激動期において、当面する多くの諸問題を解決をし、さきに申し述べましたような経済の姿を実現するためには、機敏、適切な経済運営が必要であります。政府は、全力を挙げて取り組んでまいります。

 国民各位の御理解と御協力を切にお願いをいたします。