データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第74代竹下(昭和62.11.6〜平成1.6.3)
[国会回次] 第112回(常会)
[演説者] 中尾栄一国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1988/1/25
[参議院演説年月日] 1988/1/25
[全文]

 我が国経済の当面する課題と経済運営の基本的な考え方について所信を申し述べたいと存じます。

 我が国経済は戦後40有余年、目覚ましい発展を遂げ、今や、国民総生産にして1日当たり約1兆円を生み出す規模にまで成長いたしました。また、対外面においても、我が国は、世界最大の債権国となるに至りました。

 しかしながら、我が国は、縮小しつつあるとはいえ、いまだに膨大な経常収支黒字を有し、各国との間に、種々の経済摩擦問題を抱えております。我が国といたしましては、今後、各国との政策協調、国内の経済構造の調整等を通じて、国際的に調和のとれた対外均衡の達成に努めるとともに、世界経済の調和ある発展のために、我が国の国際的地位にふさわしい貢献を果たしていくことが必要であると考えます。

 他方、国内においては、国民生活は、経済の発展に伴い着実な改善を遂げているものの、今後は、この経済発展の成果を、住生活の改善や労働じかんの短縮など、国民生活の質的向上により一層振り向けていくことが求められております。

 以上、内外の2つの課題を克服するためのかぎは、内需主導型の成長を達成する中で経済構造の調整を進めることであります。経済構造の調整は、これまで着実に進展してきているとはいえ、これをさらに進める上でいまだ数多くの困難が横たわっております。私は、これらの困難を乗り越えていくために何よりも重要なことは、我が国の次なる飛躍のために、たとえ痛みや負担が伴うものであっても、経済構造の変革が今こそ必要であるという共通の認識を国民1人1人がしっかりと持つことであろうと思うのであります。

 ここで、内外の経済の現状について申し述べてみたいと存じます。

 世界経済は、このところ緩やかながらも息の長い景気拡大を続けております。しかしながら、従来からの課題であるアメリカの財政赤字の縮減、主要国の対外不均衡の是正、発展途上国の累積債務問題等につきましては、今後も解決に努めるべき課題として残されております。また、最近の株価、為替等の変動とその影響についても、十分注視していく必要があろうと思われます。

 一方、我が国経済は、1昨年末に景気の転換点を迎え、昨年は、政府の緊急経済対策の効果も加わりまして、景気は回復から拡大への道をたどってまいりました。国内需要は引き続き堅調に推移し、鉱工業生産の増加、企業の業況判断の大幅な改善、雇用情勢の改善が見られるなど、景気は引き続き拡大局面にあります。また、輸出は一進一退で推移し、輸入は製品類等を中心に増加しており、経常収支の黒字幅はこのところ縮小している現状であります。

 このような内外の経済の動向を勘案いたしますと、昭和62年度の我が国経済は、経常収支の黒字を縮小させつつ、内需中心の景気拡大が維持され、実質経済成長率は、政府の当初見通しを上回る3.7%程度になるものと見込まれているわけであります。

 以上のような状況を踏まえ、私は、昭和63年度の経済運営に当たっては、特に次の諸点を基本的な柱としてまいりたいと思います。

 第1の柱は、景気回復2年目における景気の足取りを確実なものとするために、内需を中心とした景気の持続的拡大を図ることであります。同時に、雇用の安定及び地域経済の活性化にも努めてまいる所存であります。

 このため、最近における急激な為替レートの変動に対しては、主要国との協調的な経済政策の実施を推進しつつ、円レートの安定化を図る一方、急速な円高の進展等により影響を受けた地域などに十分配慮しながら、引き続き適切かつ機動的な経済運営に努めてまいる所存であります。

 具体的には、まず、内需拡大を図るために、昭和63年度予算におきましては、NTT株式の売り払い収入の活用等により、一般公共事業費は、前年度当初予算に対し20%の伸びを確保したところであります。また、既に実施が決まっている住民税減税のほか、住宅取得促進税制の拡充等の住宅建設促進施策を実施することとしております。さらに、民間活力が最大限発揮されるための所要の環境整備、中小企業の経営安定化、構造転換等のための各種中小企業対策、産業・地域・高齢者雇用プロジェクトなどの雇用対策等についても積極的に推進することとしております。

 金融政策につきましては、内外経済動向及び国際通貨情勢を注視しつつ、適切かつ機動的な運営を図る必要があると考えておる次第であります。

 土地問題につきましては、地価高騰に対処するため、昨年10月に決定した緊急土地対策要綱の着実な実施等土地対策の効果的かつ総合的な推進を図ってまいります。

 こうした内需拡大のための努力は、経済構造調整のための諸施策と相まって、我が国の対外不均衡の是正にも資するものと考えます。

 昭和63年度の我が国経済は、以上のような政府の諸施策と民間経済の活力が1つとなり、引き続き対外不均衡の是正を進めながら、内需を中心とした着実な拡大が図れるものと考えられます。この結果、昭和63年度の実質経済成長率は3.8%程度になるのと見込まれます。

 第2の柱は、自由貿易体制の維持強化に向けて率先して努力するとともに、調和ある対外経済関係の形成と世界経済への積極的貢献を図ることであります。 

 このため、まず保護貿易主義の抑止と貿易の拡大均衡を目指して、国際協調型経済構造への変革を推進する必要があります。その際、我が国市場の積極的な開放等による市場アクセスの改善を図るとともに、ウルグアイ・ラウンド交渉の一層の進展に貢献してまいりたいと考えておる次第であります。

 発展途上国への経済協力については、我が国の国際地位にふさわしい役割を果たしていくことが重要であります。このような観点から、政府開発援助の第3次中期目標については、その早期達成を図るとともに、発展途上国への資金の還流を拡大するため、積極的な役割を果たしていく必要があると考えております。

 第3の柱は、物価の安定と国民生活の質的向上に努めることであります。

 物価の安定は、国民生活の安定のための基本要件であります。物価の動向を見ますると、これまで累次にわたり円高差益還元策等が実施されたことに伴い、円高等のメリットは国民経済全体にかなり浸透してきているものと考えられ、こうした状況を反映して、我が国の消費者物価上昇率は、過去2年続けて1%を切るなど最近の物価動向は極めて落ちついた動きを示しておる次第であります。政府といたしましても、最近では、電気、ガス料金の3度目の引き下げ等に努めてきたところでありますが、今後とも、公共料金について円高差益の的確な反映を図るとともに、輸入の促進、消費者への情報提供等を通じて、円高等のメリットの一層の還元に努めることにより、物価の安定を図ってまいる所存であります。

 このような施策を推し進めることにより、物価は引き続き安定基調を維持するものと考えられ、昭和63年度の卸売物価はは0.3%程度、消費者物価は1.3%程度の上昇にとどまるのと見込んでおります。

 なお、私は、国民生活の質の改善を図る観点から、規制の緩和等経済構造の調整のための施策を推進し、内外価格差を縮小して国民が納得できる物価水準を達成していくという考え方が、今後の物価対策を進める上で重要であると考えておる次第であります。

 さらに、豊かで質の高い国民生活を実現するためには、住宅、社会資本、余暇時間等の面でまだまだ課題が残されております。こうした観点から、住生活の質的改善等国民生活の充実向上のための施策について、積極的に検討するとともにその推進に努力してまいる所存であります。

 また、国民が安心して充実した消費生活を送ることができるように、悪質な商法による被害の防止等の消費者保護施策を推進するとともに、消費者教育の充実を図ってまいりたいと考えておる次第であります。

 第4の柱は、新しい中長期的な経済運営の基本方針を速やかに策定することであります。

 我が国経済を取り巻く内外の諸情勢は、ここ数年の間、対外不均衡の大幅な拡大、円高の急速な進展等に見られますように大きく変化をしてまいりました。さらに、これまで述べてまいりましたように、我が国は、国民生活の質的向上、地域経済の活性化、経済摩擦の解消、国際社会への貢献等の課題に緊急かつ重点的に取り組んでいかなければなりません。

 このため、内外経済の中長期的展望の上に立って、新しい経済運営の基本方針を内外に明示することにより、国民や企業に自信と活力を与え、21世紀に向けて我が国経済のさらなる発展を期したいと考えておる次第であります。こうした考え方から、政府は、昨年11月新しい経済計画の策定について経済審議会に諮問を行い、これを受けて去る1月22日、経済審議会は、新計画の基本的考え方と検討の方向を取りまとめたところでございます。

 新しい経済計画においては、経済構造の調整を一層強力に推進し、内需主導型成長への転換、定着、それを進めることを基本方向としつつ、経済運営のあり方を検討してまいりたいと考えております。その際、主要な政策課題としては、まず第1に経済発展の成果を国民1人1人の生活に十分生かし、豊かさを実感できる国民生活を実現すること、第2に東京への過剰な依存から脱却し、第4次全国総合開発計画で示された多権分散型の国土を形成していくこと、第3に日本の豊かさと活力を生かし、世界に貢献していくことの3点が重点になるものと考えておる次第であります。

 今後、この新たな経済計画をよりどころに中長期的な経済運営を行ってまいる所存であります。

 以上、我が国経済が当面する主な課題と経済運営の基本方向について所信を申し述べました。

 政府の経済運営は、単なる経済諸指標についての数字合わせをもって足りるものでないことは言うまでもありません。世界経済の動向と我が国経済社会についての中長期的展望を踏まえて、常に国民生活の向上と人間性豊かな社会の建設を目指して行われるべきものであります。私は、そうした経済運営が、所得水準にふさわしい国民生活の質の画期的な向上と世界に開かれた文化的社会の実現を可能とし、国民が将来の生活設計を希望をもって描くことができる環境をつくり出すものと信じます。

 冒頭でも触れましたように、我が国は、今や1日1兆円の国民総生産規模となり、しかも、世界最大の債権国となりました。経済運営のかじ取り役としての責任の重大性を改めて痛感するものであります。私は、この演説の締めくくりとして、国民の皆様に、次のことを、特に、申し上げたいのであります。それは、我が国民は、我が国が世界経済の中で大きな地位を占めるに至った現状を十二分に認識し、開放社会の精神に徹し、世界の国々が同じように豊かさを享受できる環境づくりに、今後、積極的に貢献しなければならない立場に立ち至ったという点であります。我が国民生活のより一層の向上も、内需拡大も、経済構造の調整も、世界経済との調和も、すべては、国民の開放社会の精神に裏づけられてこそ、初めて意義のある成果が期待できるものと考えます。

 私は、こうした認識のもと、今後の我が国経済のかじ取りを行っていく所存であります。

 国民の皆様の御支援、御協力に切にお願い申し上げる次第でございます。