データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第77代第2次海部(平成2.2.28〜3.11.5)
[国会回次] 第120回(常会)
[演説者] 越智通雄国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1991/1/25
[参議院演説年月日] 1991/1/25
[全文]

 我が国経済の当面する課題と経済運営の基本的考え方について、激動する平成3年の初頭に当たり、所信の一端を申し述べたいと存じます。

 去る1月17日、アメリカ、イギリス、アラブ諸国を含む国連加盟国は、イラクに対する武力の行使に踏み切りました。我が国としては、国際の平和と安全を回復するための関係諸国の行動に対しできる限りの支援を行うこととしており、今般、90億ドルの新たな支援策を決定したところであります。イラクが国連安全保障理事会の決議を受け入れ、湾岸地域に1日も早く平和と安定が回復することを念願するものであります。

 政府としては、今回の事態が我が国の経済に及ぼす影響を最小限にとどめ、国民生活安定の確保に万全を期す所存であります。幸い、過去2回の石油ショックのときと比べると、我が国経済の石油に対する依存度の低下、石油備蓄の大幅な増加等が見られるところであります。政府、国民の適切な対応と相まって、国民生活に大きな影響を与えることなくこの事態を克服できるものと考えております。国民各位におかれましては、今後とも冷静な行動をお願いする次第であります。

 本年は、20世紀最後の10年に入る節目の年であります。我が国経済は、戦後多くの困難を乗り越え、世界で有数の経済大国となってまいりました。その経済規模では名目国民総生産が400兆円を超え、アメリカに次いで世界第2の地位を占め、また、1人当たり国民所得においても世界の最高水準にあります。

 こうした中で、我が国の国際社会における責任はますます大きくなり、直面する内外の課題に真剣にこたえていくことが求められております。

 まず、国際経済面では、自由と民主主義のもとで市場経済へ向かっての大きな流れが生じており、その中で、貿易、直接投資の拡大等を通じて世界経済の相互依存が強まっております。このような状況のもとで我が国としては、経済面は言うまでもなく、技術面、文化面等幅広い分野で我が国の持てる力を世界のために積極的に活用していく必要があります。

 また、国内経済について見ますと、景気の拡大は5年目に入っておりますが、これをできる限り持続させていくとともに、高齢化社会への対応を的確に進めるなど、その成果を国民生活の豊かさへ結びつけていく必要があります。

 さらに、21世紀までの残された10年を貴重な期間としてとらえつつ、新世紀の我が国社会の姿についての長期的な展望のもとに、経済構造の調整に積極的に努めていく必要があります。すなわち、全国的な経済成長の影に隠されている地域格差の問題、物価安定基調のもとで見落とされがちな内外価格差の存在、さらには、経常収支の黒字が着実に縮小する中での日米間の不均衡改善のおくれなど、長年にわたり指摘されてきている諸問題をこの際解決せねばなりません。

 すなわち、現在の我が国経済は、景気の持続的拡大と経済の構造調整という2重の課題に対し、同時に対応していくことを求められているのであります。私は、今こそ、政府の政策努力、国民の柔軟な対応力をもとに、我が国経済社会を国際社会の中でその地位にふさわしいより開かれたものとするとともに、生活の充実感を心から味わえるような社会につくり上げていかねばならぬときと考えております。

 次に、内外の経済の現状と平成3年度の経済運営の基本方針について申し述べたいと存じます。

 まず、世界経済の動向を見ますと、各国間の政策協調が進展する中で、8年を超える息の長い拡大を続けております。このような長期にわたる各国足並みのそろった景気拡大は、戦後の世界経済の歩みを振り返ってみても希有のことであります。先進諸国では、このところアメリカ、イギリス等で景気後退の様相があらわれてきておりますが、その他西欧諸国では、ドイツの統一が実現する中で、総じて好調な景気拡大が続いております。また、ソ連・東欧諸国は市場経済への移行に取り組む過程で、困難な経済状況の克服に努力しております。アジア・太平洋地域においては、やや鈍化が見られるものの景気拡大が続いております。

 一方、主要国間においてはなお対外不均衡が存在し、保護主義的な動きにも根強いものがあり、また、発展途上国の中には多額の累積債務を抱える国があるなど、引き続き解決を図っていかなければならない課題が数多く残されております。

 他方、我が国経済は、個人消費や設備投資を中心とした内需主導型の景気拡大が続いており、昭和61年12月以来の景気上昇は、今月で50ヵ月目に入っております。こうした中で、企業収益は引き続き増加しており、雇用者数は堅調に増加し、労働力需給は引き締まり基調が続いております。また、製品類等を中心に輸入が増加していることなどから、経常収益の黒字幅は縮小傾向にあります。

 これらの内外の経済動向を勘案しますと、平成2年度の実質経済成長率は、当初の見通しを上回り5.2%程度になるものと見込まれます。

 以上のような状況を踏まえ、私は、平成3年度の経済運営に当たりましては、特に次の諸点を基本的な柱としてまいりたいと考えております。

 第1の柱は、内需を中心とした景気の持続的拡大を図ることであります。

 このためには、今後とも、主要国との政策協調にも配慮しつつ、為替レートの安定を図るとともに、物価の安定を基礎とし、適切かつ機動的な経済運営に努めてまいりたいと考えております。また、我が国経済の調和ある発展のため、各地域の特性と創意を生かしつつ地域経済の進行を推進してまいります。

 公共事業につきましては、国土の均衡ある発展に留意しつつ、生活に密接に関連する事業の充実を図ってまいります。

 中小企業対策については、消費者のニーズの変化に的確に対応できる中小小売商業の育成等創意と活力のある中小企業の育成を図ってまいります。また、雇用面においては、中小企業や地域における人材の確保、定着や女子の就業環境の整備等を積極的に推進してまいります。

 金融政策につきましては、内外の経済動向及び国際通貨情勢を注視しつつ、今後とも適切かつ機動的な運営を図る必要があると考えております。

 平成3年度の我が国経済は、以上のような政府の施策と民間経済の活力が相まって、引き続き対外不均衡の是正を進めながら内需を中心とした着実な拡大を実現し得るものと考えられます。この結果、平成3年度の実質経済成長率は3.8%程度になるものと見込まれます。

 第2の柱は、保護貿易主義の抑止と自由貿易体制の維持強化に向け率先して努力するとともに、調和ある対外経済関係の形成と世界経済活性化への積極的な貢献を行っていくことであります。

 このため、まず、貿易の拡大均衡による対外不均衡の着実な改善を目指して、市場アクセスの改善を図るとともに、輸入品の我が国市場への定着等に努めてまいります。また、投資受け入れ国との調和に配慮しながら海外直接投資の推進を図るとともに、投資の交流を通じて相互依存関係の深化を図るため、対日直接投資についてもその促進に努めてまいります。

 さらに、ウルグアイ・ラウンド交渉の成功に向けて一層の貢献を行い、交渉が成功裏に終結した後は、その成果の着実な実施に努力してまいりたいと考えております。

 日米構造問題協議の最終報告に盛り込まれました措置については、両国の構造調整の推進に資するものであり、我が国としては、国民生活の質の向上という観点からもその着実な実施に努めてまいりましたが、なお一層の努力が必要であります。

 発展途上国への経済協力につきましては、我が国が世界経済の持続的発展等に貢献していく上で極めて重要な施策であり、その拡充と効果的な推進を図り、政府開発援助の第4次中期目標の達成に向けて努力するとともに、累積債務国等に対する資金還流を促進してまいります。なお、湾岸危機により経済的な困難を抱えるに至った域内周辺諸国に対して適切な経済協力を実施すべく努めてまいります。

 さらに、相互依存関係が強まっているアジア・太平洋諸国との協力関係を強化するため、アジア・太平洋経済協力を推進するとともに、域内の経済情勢、政策課題等について対話を進めてまいります。

 東欧諸国については、各国の変革の方向や状況を見きわめつつ、適切に市場経済への円滑な移行を支援してまいります。

 地球環境については、その維持改善が世界経済の持続的、安定的発展にとって不可欠であることを認識する必要があります。我が国として、地球環境問題についての知識、経験等を活用しつつ、国際的協調のもとに、総合的かつ長期的な観点から技術開発を推進すること等により、世界的問題の解明と解決に貢献するとともに、発展途上国への協力を進めてまいります。

 第3の柱は、物価の安定基調を維持していくことであります。

 物価の安定は、国民生活安定の基礎であり、均衡のとれた経済発展の基本条件であります。

 最近の物価の動向を見ますと、昨年9月以降、石油価格の上昇の影響が見られたものの、総じて物価は安定基調にあります。平成2年度の卸売物価は2.0%程度の上昇、消費者物価は3.1%程度の上昇となるものと見込まれます。

 平成3年度についても、物価は引き続き安定的に推移し、卸売物価はほぼ横ばい、消費者物価は2.4%程度の上昇となるものと見込まれます。今後とも、原油価格、為替レート、労働力需給等の動向を十分注視しつつ、価格動向の調査、監視に努めるなど物価の安定に最善の努力を尽くしてまいる所存であります。

 また、内外価格差問題につきまして、政府及び与党の内外価格差対策推進本部の決定に従い、着実に施策が実施されております。内外価格差の実態把握、流通についての規制緩和、独占禁止法の厳正な運用、輸入の促進等が実施されるとともに、電話料金などが引き下げられたほか、消費者への情報提供も積極的に進められております。今後とも内外価格差の是正、縮小のための各般の施策を推進してまいる所存であります。

 第4の柱は、地価の適正化、労働時間の短縮等国民生活に関連する分野を重視し、消費者の視点に十分配慮しつつ、経済構造調整を積極的に進め、国民生活の一層の充実を図っていくことであります。

 近年の地価高騰に伴い、首都圏等においては一般の勤労者の住宅取得が著しく困難になっているなど、大都市圏を中心として土地問題の解決は現下の社会的急務となっております。政府としては、土地基本法の理念のもとに、地価の適正化を図るため、大都市地域における住宅宅地供給の促進、土地税制の総合的な見直し等を速やかに実行してまいります。

 社会資本の整備につきましては、近年、その整備状況が向上してきているものの、なお立ちおくれている分野が残されております。国民生活の豊かさを実感できる経済社会の実現を図っていくためには、今後とも、社会資本の一層の充実に向け積極的、計画的に取り組んでいくことが重要であります。このため、昨年取りまとめた公共投資基本計画を指針として、21世紀に向け着実に社会資本整備の充実が図られるよう適切に対応してまいる所存であります。

 労働時間の短縮につきましては、国民的コンセンサスの形成と労使の自主的努力に対する指導、援助等を通じ、週44時間労働制等を踏まえた完全週休2日制の普及、連続休暇の普及拡大等に努めてまいります。

 消費者行政につきましては、国際化、情報化、サービス化、高齢化の進展など、消費者を取り巻く環境の変化に適切に対応しつつ、引き続き積極的に取り組んでまいります。悪質な商法による被害の防止や商品、サービスの安全性の徹底を図るとともに、消費者の選択の幅を広げ、より豊かな生活を営むことができるよう、消費者の主体的な役割を支援する観点から、国民生活センター等を通じ積極的に情報提供を行うとともに、青少年期からの消費者教育の充実に取り組んでまいります。なお、製造物責任制度については、国際化の進展に対応した制度の調和を図る観点からも総合的な検討が必要と考えており、国民生活審議会に専門的に審議する場を設け、早急に具体的検討を進めてまいる所存であります。

 また、現下の国際石油情勢、中長期的なエネルギー需給の動向並びに地球環境問題や廃棄物処理問題等の課題に対応するとともに、限られた資源エネルギーを有効に活用し、質の高い生活の実現を図っていくため、省資源、省エネルギー対策を積極的に推進してまいります。

 以上、我が国経済が当面する主な課題と経済運営の基本的方向について所信を申し述べました。

 これらの諸施策を進めていくに当たっては中長期的な展望が必要なことは言うまでもありません。現在、昭和63年に決定された経済計画「世界とともに生きる日本」に沿って、内需主導型経済構造の定着を図るための諸般の施策を進めているところでありますが、さらに長期間にわたって我が国経済社会が進むべき道筋を視野に入れて経済運営を行っていくことも必要であります。こうした観点から、経済審議会の2010年委員会において、我が国経済とこれを取り巻く国際環境等についての長期展望作業を進めております。

 我が国経済は円高不足を克服し、力強い成長を続けてきました。その原動力は、企業や国民が変化に対し積極的な対応を行ったことにあると考えます。しかしながら、そのような努力に成果が単なる経済の量的な拡大にとどまることがあってはなりません。国民の努力の成果を国民1人1人の生活の豊かさ、ゆとりの広がりに結びつけていかなければなりません。

 私は、個人の能力が十分に開発され、国民1人1人の個性が自由に発揮されるとともに、将来に向けての我が国の発展力の基礎が整備されていくような豊かで潤いのある経済社会の形成を目指してまいります。

 また、米ソ2大国がそれぞれの主導的役割を果たしてきた戦後の国際経済社会の構造は、今日大きな変貌を遂げ、各国は新たな国際社会の秩序と連帯を求めて真剣に模索を続けております。この中で、経済的に大きな地位を有する我が国は、新しい枠組みの構築に向けて積極的な貢献を行っていくことが強く期待されております。そうした枠組みの形成に当たっては、自由な市場経済の原則を尊重し、保護主義の動きを排し、自由主義経済体制を堅持していくことが特に重要と考えます。

 激動する今日の世界情勢の中にあって、国際社会の持続的な発展のために価値ある貢献を行い、世界から敬愛される国家となるよう、努力を傾注しようではありませんか。

 国民の皆様の御支援と御協力を切にお願い申し上げる次第であります。