データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第83代第2次橋本内閣(平成8.11.7〜平成10.7.30)
[国会回次] 第140回(常会)
[演説者] 麻生太郎国務大臣(経済企画庁長官)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1997/1/20
[参議院演説年月日] 1997/1/20
[全文]

 日本経済の直面する課題と経済運営の基本的な考え方について、所信を申し述べさせていただきます。

 敗戦後五十年を経た日本経済は、現在、まさに歴史的な転換期にあると存じます。従来の追いつき追い越せ型経済からの脱局、情報通信革命時代への対応、少子化に伴う高齢化の進展、バブル経済の崩壊に伴う調整、円高や大競争と言われる時代の中での生き残りなど、過去、現在そして未来からの挑戦を日本経済は受けております。

 例えば、財政、社会保障につきましては、先に経済審議会が行った試算によりますと、現行制度のままでは、国民負担率に財政赤字を加えた潜在的な国民負担率は、一九九四年度の三九・二%から、三十年後の二0二五年度には実に七0%を超えるとの数字が示されております。また、この試算から、社会保障基金は二0二五年度までには底をつき、一般政府債務残高は資金調達が困難なほど膨れ上ります。さらに、二十一世紀初頭には、我が国は財政のみならず国際収支も赤字になるという双子の赤字の状態に陥り、純債務国に転落することなどの予測が示されております。

 我が国が直面しているこれらの問題を解決し、未来を切り開いていくためには、行財政改革とともに経済構造改革、すなわち日本経済を支えてきたこれまでの制度や慣行を根本から見直すことが必要であります。経済構造改革については、総論では理解されても、各論になるや、影響を受ける分野から反対の声が上がり、改革を進めることにしても既存の秩序を乱さないよう時間をかけて進めるべきであるとの意見が聞かれます。

 しかしながら、経済構造改革は、確かに特定の分野におきましては痛みが生じるものの、日本経済全体にとってはそれを上回る大きな利益が得られるものであるということを忘れてはならないと存じます。また、構造改革がおくれれば、改革によって享受できるはずの利益が得られないことになるばかりか、経済の各分野において既に見られる空洞化がさらに進み、現在の我が国の生活水準の維持さえも難しくなるおそれがあります。

 すなわち、これまでの経済社会の構造やシステムに安住していては、日本経済の前途は危ぶまれるということであります。現在日本を覆っている閉塞感を払拭し、日本経済の活力を復活させるためには、改革が展望を切り開くという認識のもと、政府と国民が相携えて、変化を恐れず、勇気を持って経済社会の構造改革を推進していくことが必要であると確信をいたしております。

 次に、内外の経済状況について申し述べたいと存じます。

 世界経済は全体として拡大基調が続いております。米国経済は安定的に拡大をいたしており、西ヨーロッパ経済も総じて緩やかに改善しております。また、アジア経済は、東アジアにおいては一部に減速の動きが見られるものの、総じて拡大を続けております。

 他方、日本経済の最近の動向を見ますと、設備投資は回復傾向にあり、住宅建設は高い水準で推移をいたしております。個人消費も緩やかな回復傾向にあります。また、純輸出は、円高是正などもあり、このところおおむね横ばいで推移をいたしております。こうした需要動向を背景として、生産は増加傾向にあります。このように景気は回復の動きを続けており、そのテンポは緩やかでありますが、民間需要が堅調さを増しております。また、雇用情勢につきましては、なお厳しい状況が続いておりますが、最近におきましては、雇用者数が増加するなど明るい動きが見られるところであります。

 以上のような状況を踏まえ、私は、平成九年度の経済運営に当たりましては、次の基本的な考え方に沿って対応してまいりたいと存じます。

 基本的な考え方の第一は、適切かつ機動的な経済運営を行いつつ、このところ堅調さを増しております民間需要が主導する自律的な景気回復を実現することであります。

 政府は、平成九年度予算におきまして一般歳出を厳しく抑制し財政健全化に取り組む中で、創造的、基礎的な科学技術研究の充実、情報通信基盤の整備など、二十一世紀に向けて日本経済の発展基盤を整える施策を推進することといたしております。

 金融政策につきましては、内外の経済動向や国際通貨情勢を注視しつつ、適切かつ機動的な運営を図ってまいります。

 また、我が国産業の国際競争力の源泉でもある物づくりを支え、地域の経済と雇用を担っております中小企業につきましては、その活力が失われることがないよう、技術開発、新規創業などに対する支援を中心とする総合的な施策を推進してまいります。

 物価の安定は国民生活安定の基礎であり、経済運営の基盤となるものであります。物価はこのところ安定いたしておりますが、今後ともその安定に努めてまいります。また、本年四月からの消費税率の引き上げに伴い、税負担の円滑かつ適正な転嫁について、消費者及び事業者の皆様の十分な理解が得られるよう努めるとともに、便乗値上げの発生を防止するため万全の対応を図ってまいる所存であります。さらに、高いという御指摘もあります公共料金につきましては、事業の効率化を通じてその低廉かを図ることが重要であります。このため、参入規制の緩和、価格設定方式の改革、情報公開の徹底などを積極的に推進いたしてまいります。

 以上申し上げた施策や次に申し上げる経済構造改革の推進などにより、平成九年度におきます日本経済は、税制改正の影響などにより年度前半は景気の足取りは緩やかとなるものの、次第に民間需要を中心とした自律的回復が実現されるとともに、持続的成長への道が開かれるものと見込まれております。

 こうした経済の推移により、平成九年度実質成長率は、平成八年度の二・五%程度から一・九%程度と、引き続き内需中心の成長になるものと見込んでおります。具体的に申し上げますと、まず、個人消費は、雇用者所得の緩やかな回復が持続すると見込まれ、消費税率の引き上げに伴う駆け込み需要の反動などが見られるものの、総じて見れば緩やかな回復を続けてまいります。

 次に、民間設備投資については、生産の増加や企業収益の改善による好影響が見込まれるとともに、経済構造改革の動きなどをにらんだ新たな投資も期待されることから、全体として見れば、大企業、製造業を中心に始まった回復が中小企業や非製造業に広がりを見せるなど、増加傾向が続いてまいります。

 住宅投資も、駆け込み需要の反動はあるものの、高水準を維持いたします。また、公的需要につきましては、財政構造改革を反映して横ばいで推移いたします。

 国際収支につきましては、貿易・サービス収支及び経常収支の黒字が引き続き減少するものの、そのテンポは緩やかなものとなります。

 雇用情勢は、厳しさが続きますが、景気の回復につれ徐々に改善していくと思われます。

 基本的考え方の第二は、経済構造改革の推進であります。

 構造改革は、もはや議論をしている段階ではなく、実行に移していく段階に来ております。

 構造改革の重要な柱の一つである規制の見直し、緩和・撤廃につきましては、昨年十二月に経済審議会から建議された六分野の経済構造改革の提言を初め、物流、金融、雇用・労働、高度情報通信、医療・福祉などの分野において、各種の施策に関する方針が打ち出されました。また、新規産業の創出、国際的に魅力のある事業環境の創出などを推進するため、経済構造改革に資する規制緩和の措置の充実を含めた経済構造の変革と創造のためのプログラムを閣議決定いたしたところであります。

 これらの施策の具体例を申し上げますと、物流の分野におきましては、目標期限を定め、原則として需給調整規制を廃止するための施策を講ずることといたしております。金融につきましては、二00一年までに東京市場をニューヨーク、ロンドンと並ぶ国際金融市場とすることを目指して金融システムの改革を行うことといたしております。雇用面では、労働市場の流動化が進んでいる現状を踏まえ、労働者と企業双方の要求をより適切に合致させるため、民間有料職業紹介事業の取扱職業の範囲を見直すなどの施策を進めてまいります。

 今後は、政府として、これらの規制緩和等についてより実効性を高めるべく、経済構造の変革と創造のためのプログラムの具体化作業及び規制緩和推進計画の改定作業を鋭意進め、経済構造改革を協力に推進していくことが重要であります。

 このような規制緩和を初めとする経済構造改革の推進を通じて、内外価格差に象徴される日本経済の高コスト構造が改善され、国民経済全体に大きな利益がもたらされるものと確信をいたしております。政府としても、内外価格差の是正、縮小の進展状況を的確に把握するとともに、規制緩和の経済効果を可能な限り定量的にお示しすることにより、国民各層の御理解、御協力を得られますよう努めてまいりたいと考えております。

 基本的な考え方の第三は、安全で安心な生活の再設計を図ることであります。

 日本におきましては、これまで、経済的には繁栄し、かつ危険が少なく、加えて安心して暮らせる国をつくってきたと信じておりました。しかしながら、近年の国民の意識を世論調査などで見ると、教育、雇用、犯罪、医療や年金について不安や不満を感じている人がふえてきております。少子化に伴う高齢化の進展、日本的雇用の変貌などにより、国民の将来の生活への確信に揺らぎが生じるように思われます。

 これは、これまで社会の各分野を支えてきたシステムが時代に合わないものになってきていることによるものと考えられます。このような状況に対応していくためには、経済構造改革や社会保障構造改革を推進していくとともに、日本型社会システムの見直し、改革もあわせて進め、従来のように安全で安心して暮らすことができるに本社会の再構築を図っていくことが必要であると考えております。

 また、特に大都市の住宅事情に見られる、遠い、高い、狭い、醜い、危ないといった五重苦の解消を図るため、土地の有効利用を図るなどの施策を通じて、ゆとりがあり、災害に強い住宅・都市構造の形成を図ってまいらなければなりません。

 さらに、規制緩和が進展する中で一層多様な選択を行い得るようになってまいりますが、同時に、消費者が自己責任を持つことが求められます。このため、消費者の自立を支援するべく諸施策を推進してまいります。とりわけ、消費者と事業者との間の情報力や交渉力の格差を是正し、消費者、事業者双方の自己責任に基づく行動を促すための条件を整えることにより、消費者取引の適正化を図ってまいります。また、製造物責任法が施行されましてから一年余りが経過し、同法が国民の間に浸透しつつあるところであります。今後とも、都道府県などの自主的な裁判外紛争処理体制の設備に対する支援、消費者安全教育の充実など、関連する諸施策を実施し、消費者被害防止・救済策の推進を取り組んでまいります。

 市民活動につきましては、国際化や高齢化の進展など我が国の経済社会を取り巻く環境が変化していく中で、ボランティア活動などに対する国民の意識が高まり、福祉、国際協力、環境といったさまざまな分野で実際に活動されている方がふえてきております。ボランティアなどによる市民活動が社会に根づき、健全な発展を遂げていくためには、法制面を含めた枠組みを構築していくことが必要であり、このための環境整備を積極的に推進してまいります。

 基本的考え方の第四は、市場経済化、一体化が進んでいる世界経済への貢献であります。

 日本が世界とともに共存共栄していくためには、対外的にも一層開かれた経済社会を形成するとともに、人口、環境などを含む国際的な問題への取り組みに積極的に参画することになり、世界経済の持続的発展に貢献することが求められております。

 そのため、WTOを中心とする制度的枠組みの中で、多角的自由貿易体制の一層の強化に貢献するとともに、APECにおける貿易・投資の自由化、円滑化のためのマニラ行動計画を着実に実施すると同時に、その内容の充実に努めてまいります。

 さらに、市場開放や政府調達に関する苦情処理体制の積極的な活用、対日投資促進を図る対日投資会議などの活動を通じて、諸外国らら我が国への市場アクセスの改善、さらに国際的に魅力ある事業環境の創出を図ってまいります。

 また、地球環境問題や人口問題への対応、民主化・市場経済化促進のための知的支援の強化など、経済協力の新たな課題にも取り組んでまいります。

 敗戦後の日本の飛躍的な発展を支えてきた先進国に追いつくためのシステムは、二十一世紀を間近に控え、大幅に見直し、改革を行うことが求められております。改革に伴う苦痛を避けて通ることはできません。仮にその苦痛を避けようと改革を先送りしたとしても、いずれは改革を避けることができなくなり、そのときの苦痛はより一層大きなものとなると考えられるからであります。

 二十一世紀に向けて我が国経済社会の新たな展望を切り開いていくためには、行政改革、経済構造改革、金融システム改革、社会保障構造改革、財政構造改革及び教育改革という六つの構造改革を推進していく上で大きな一歩を踏み出す構造改革元年とならなければなりません。

 私たちは、先人の努力によりこれまで蓄積してきた資本、人的資源、高度な技術基盤やそれを支える文化的基盤など多くを有しております。また、人口約一億二千五百万人を擁し、その一人当りの国民所得は世界トップクラスを誇るという、世界に冠たる国内市場を有していることを忘れてはなりません。これらの財産を活用していくことにより、豊かで安心して暮らせる活力ある高齢化社会を構築していくために、微力ながら精いっぱい努力をしてまいります。

 国民の皆様並びに各党各会派議員各位の御支援と御協力を心からお願い申し上げます。