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政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第83代第2次橋本内閣(平成8.11.7〜平成10.7.30)
[国会回次] 第142回(常会)
[演説者] 尾身幸次経済企画庁長官
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1998/2/16
[参議院演説年月日] 1998/2/16
[全文]

 我が国経済の当面する課題と経済運営の基本的考え方について、所信を申し述べます。

 我が国経済は、最近の株価等の動きに見られるように、市場心理には一部好転の兆しが見られるものの、金融機関の経営破綻、アジア地域における通貨・金融市場の混乱等を背景に、家計や企業の景況感の厳しさが個人消費や設備投資に影響を及ぼしているなど、景気はこのところ停滞しております。

 このような現状の背景には、我が国経済が直面している次のような構造的な問題があり、これらを早急に解決する必要があると考えます。

 第一に、金融機関や企業の不良債権問題であります。

 バブルの後遺症である不良債権処理のおくれと金融システムの安定性に対する信頼感の低下が景気回復の足かせとなっており、これらの問題の解決が急務であります。

 第二に、日本的な経済システムの制度疲労の問題であります。

 グローバル化の進展、少子・高齢社会への移行、情報通信の高度化といった内外の環境変化の中で、我が国経済のさまざまな制度や慣行の変革が求められております。過剰な規制の存在は、民間企業の事業機会をそぎ、高コスト構造を通じて経済の活力を低下させるなど、規制緩和を初めとする経済構造改革の推進が重要課題となっております。

 第三に、産業の空洞化の問題が挙げられます。

 経済のグローバル化が進展し、企業が最適な事業環境を求めて国際展開を進める中で、海外に生産拠点を移す動きが見られるなど、産業の空洞化が懸念されています。企業が国を選ぶ時代において、我が国が事業活動の拠点として選ばれる国になるためには、国際的に魅力ある事業環境を整備する必要があります。

 以上のような諸課題に対応し、私は、民間需要を中心として経済を順調な回復軌道に乗せ、自律的な安定成長を持続させ、もって豊かな国民生活の実現を図っていくことを経済運営の基本として取り組んでまいります。

 このため、政府として、経済の体質を改善強化し、民間の活力を十分に生かせる体制を整備するなどの観点から、次の五つの点を中心とした諸施策に取り組んでまいります。

 第一に、金融システムの安定性確保と不良債権問題の早期解決であります。

 金融システムは経済の根幹であり、その安定性確保が経済活性化の大前提であります。このため、預金者保護と金融システムの安定を図る観点から、合わせて三十兆円の資金を活用できるよう、九年度補正予算及び関係法律において措置されたところであります。

 他方、バブルの後遺症として、担保不動産の処分が滞っていることが不良債権処理の障害となっており、土地の有効利用の促進や土地取引の活性化が必要と考えられます。このような状況にかんがみ、地価税を凍結し、また、法人の土地譲渡益追加課税の適用停止等、バブル期に導入された措置を停止するなどの土地税制の改正を行うこととしております。

 さらに、いわゆる貸し渋りの問題があります。

 本年四月の早期是正措置の実施を控え、民間金融機関において貸し出しに慎重さが見られる中、中小企業を初めとして経済を支える健全な企業に対する必要な資金供給が妨げられることがないよう、適切な措置を講じてまいります。このため、前述の金融システム安定化策に加えて、中小企業金融公庫等の政府系金融機関に新たな融資制度を創設するなどにより、信用保証分を含めて総額約二十五兆円の資金を用意し、その積極的な活用を促進してまいります。

 第二に、規制緩和を初めとする経済構造改革の推進と新たな発展基盤の整備に努めてまいります。

 規制緩和は、企業の自由な創意工夫を引き出すことによって新規事業、ベンチャー企業の創出を実現するなど、経済全体の体質強化につながるものであり、我が国が目指すべき民間活力中心の経済構造を構築する上で不可欠であります。

 政府は、昨年十一月に、規制緩和を中心とする経済構造改革等を柱とした「二十一世紀を切りひらく緊急経済対策」を取りまとめました。

 一例を挙げれば、情報通信分野について思い切った規制緩和を行うこととしたところであり、これが料金の低廉化、サービスの多様化などを通じて電気通信分野の国際競争力の向上につながるほか、情報通信の高度化は、さまざまな分野における生産性の向上と新規事業の創出を通じ、経済構造改革を推進する原動力となるものと考えております。

 また、土地の有効利用に関連して、都心の商業地域などにおける容積率の抜本的緩和、農地転用の円滑化、市街化調整区域における開発許可の弾力化などの措置を講ずることとしたところであります。

 さらに、介護サービスへの民間参入の促進、労働者派遣事業の対象事業の拡大、活力ある証券市場を目指した金融システム改革の推進など、広範な措置を講ずることとしたところであります。

 政府としては、これらの経済対策の確実な実施に努めるとともに、経済構造の変革と創造のための行動計画の推進及び新たな規制緩和推進計画の策定を含め、今後ともさらに経済活性化のための具体的方策について検討を続け、より一層強力に規制緩和を中心とする経済構造改革を推進してまいります。

 また、我が国産業の革新的な展開を図り、二十一世紀の新しい経済社会の発展を実現するためには、独創的で幅広い産業のフロンティアを開拓する環境を整備することが必要と考えます。科学技術は、新たな成長のフロンティアを生み出す源泉であります。創造的な研究開発を推進するため、産学官連携による研究開発環境の整備を進めるなど、科学技術創造立国を目指して科学技術の発展に重点的に取り組んでまいります。

 さらに、研究開発力を有する将来有望なベンチャー企業を初めとする新規産業の創出は、良質な雇用機会の確保、本格的な高齢社会における我が国経済の活力維持の観点からも重要であります。このため、規制緩和の強力な推進に加えて、リスクマネーの供給、人材の育成と移動の円滑化、適切な知的財産権の保護の強化などに力を注いでまいります。

 なお、経済構造改革とともに、財政構造改革も車の両輪として推進していく必要があります。財政構造改革を進めていくためにも経済の活性化が重要であり、また財政構造改革は、中長期的には国民負担率の上昇の抑制、公的部門の簡素化等により、経済の活性化に資するものと考えます。

 こうした構造改革後の我が国経済社会の将来展望につきましては、現在、経済審議会において審議を進めておりますが、透明で公正な市場経済システムのもとに環境に調和した社会を構築し、プラスの蓄積を未来に発展、継承していくとの方向で、本年六月を目途に取りまとめを行う予定であります。

 第三に、企業にとって魅力ある事業環境を整備し、産業の空洞化に対応してまいります。

 法人課税については、その水準を国際水準に近づけていくことが重要であり、十年度税制改正においては、企業の活力を高め、国際競争力を引き続き維持していくため、国、地方を合わせた法人課税の実効税率を約三・六%引き下げることとしております。

 また、金融のグローバル化等に対応し、東京をニューヨーク、ロンドンに匹敵する国際金融市場として発展させていくなどの観点から、有価証券取引税の税率を当面二分の一に引き下げるなど、金融・証券関係税制を改正することとしております。

 さらに、我が国の制度や仕組みをより国際的に調和のとれたものとするため、政府の苦情処理機能を活用しながら諸外国からの要望にこたえていくなど、貿易・投資環境の整備に努めてまいります。

 第四に、豊かで安心できる国民生活の実現であります。

 我が国は、戦後の目覚ましい発展を経て、国民一人当たり国内総生産は平成九年度で三万三千ドル程度とOECD加盟国中のトップクラスとなっておりますが、国民が真に豊かさを実感できる経済社会の形成に向けてなお一層の努力が必要であります。少子・高齢化の進展、日本的雇用システムの変貌などにより、国民生活の将来に不安の生ずることのないよう、社会保障制度の整備や雇用の確保に努め、経済活性化の成果が生活に反映される豊かで安心できる経済社会の構築を着実に進めていく必要があります。

 我が国は、都市における地上過密、空中過疎の問題と、都市と地方の間の過密過疎の問題を抱えております。これに対し、長期的な視野に立って、ゆとりある居住スペースやオフィススペースの実現、国民の行動範囲の拡大など、スペース拡大を図ることは、豊かな国民生活の実現とともに、経済の活性化にも資するものと考えます。このような観点を踏まえ、昨年十一月の経済対策においては、土地の有効利用に資する規制緩和や郊外型住宅の取得促進等の措置を講ずることとしたところであり、今後ともその一層の推進を図ってまいります。

 また、消費者の自立を支援し、消費者と企業が自己責任に基づいて行動できるような市場ルールを整備することが不可欠であります。現在急増している契約をめぐるトラブルに対応して、消費者利益の擁護、増進を図るため、消費者と事業者の間のあらゆる契約に関する具体的なルールの早期立法化に向けて努力してまいります。

 さらに、国際化や高齢化の進展などの環境変化の中で、民間非営利団体、いわゆるNPOによる社会貢献活動が活発化しており、今後、活力ある豊かで安心できる社会を築いていく上で重要な役割を果たすものと考えられます。このため、NPOの活動を促進するための環境整備を積極的に図ってまいります。

 第五に、我が国が世界とともに繁栄していくため、世界経済の持続的発展に貢献してまいります。

 アジア諸国については、その長期的な成長力は依然として力強いと考えられますが、幾つかの国は通貨・金融市場に不安定性が見られるなど困難に直面しております。政府としては、IMFを中心とする枠組みの中で、できる限りの支援を行うとともに、経済協力につきましても、アジア地域に重点を置き、経済インフラの整備、人材育成、中小企業、すそ野産業育成等を重視した支援を行い、この地域の発展を一層促進するよう努めてまいります。

 また、地球温暖化防止京都会議の結果を踏まえ、経済の活性化の要請にも配慮しつつ、総合的な地球温暖化防止対策を講ずるなど、地球環境問題への対応に貢献してまいります。

 平成九年度の我が国経済は、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動、金融機関の経営破綻、アジア地域における通貨・金融市場の混乱などを背景とする企業や消費者の我が国経済の先行きに対する信頼感の低下等から、大幅に減速いたしました。この結果、平成九年度の実質経済成長率は〇・一%程度となるものと見込んでおります。

 このような状況に対し、政府としては、以上申し上げた金融システム安定化措置、規制緩和等の経済構造改革の推進、土地の取引活性化と有効利用、法人課税、有価証券取引税の引き下げなどの政策対応に加え、二兆円規模の特別減税を行うこととしております。

 平成十年度経済は、駆け込み需要の反動等の要因がなくなるとともに、これらの政策対応の効果が徐々に本格化し、また、平成十年度予算及び関連法案を早期に成立させていただくことにより、企業や消費者の我が国経済の先行きに対する信頼感の回復が期待されることから、次第に順調な回復軌道に復帰してくると考えております。こうした考え方のもと、平成十年度の実質経済成長率は一・九%程度と見通しております。

 もとより政府としては、今後とも、内外の経済、金融の実情に応じて、経済活性化に向けて、適時適切な経済運営に努めていくことは言うまでもありません。

 以上、我が国が当面する主な経済運営の課題と基本的考え方について所信を申し述べました。

 我が国経済は、二十一世紀に向けた新たな発展のために、従来の発想を抜本的に転換し、民間部門中心の強靱で活力に満ちた経済へとその体質を変えていくべき極めて重要な段階にあります。そして、政府の果たすべき役割は、規制緩和等を通じて、民間部門がその活力を最大限に発揮できるよう、経済の体質を改善強化し、競争を促進し、弱者の保護にも配慮しつつ自己責任の原則を貫徹する条件を整えるなど、発展のための基盤を整備することにあると考えます。

 我が国は、これまでに蓄積してきた八千億ドルの対外資産、二千億ドルを超える世界一の外貨準備、千二百兆円の個人金融資産等の資本、教育水準の高い人的資源、高度な技術基盤やそれを支える文化的基盤など、二十一世紀における新たな発展を実現するための高い潜在的能力を有しております。構造的諸問題を克服し、将来世代のためにこれらのプラスの蓄積を未来に向けて発展、継承していかなければなりません。歴史の転換点にあって、一時的に足踏みを経験しつつも、経済構造改革の必要性については国民的コンセンサスがあります。

 我が国経済は、一時的に霧に覆われた状況にありますが、経済の実情に応じた各種の施策の総合的推進により明るい展望が開かれ、一たん回復軌道に乗れば徐々に力強い足取りの景気拡大につながっていくものと考えます。改革と展望が生み出す活力ある二十一世紀を目指して、国民の皆様が元気を出して仕事に取り組んでいただけるよう、私は微力ながら精いっぱい努力してまいります。

 国民の皆様の御理解と御協力を切にお願い申し上げます。