データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第84代小渕内閣(平成10.7.30〜平成12.4.5)
[国会回次] 第145回(常会)
[演説者] 堺屋太一経済企画庁長官
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 1999/1/19
[参議院演説年月日] 1999/1/19
[全文]

 我が国経済の当面する課題と経済運営の基本的な考え方について、所信を述べます。

 我が国経済は、二年連続のマイナス成長という戦後最悪の不況に陥り、経済国難ともいうべき状況にあります。この不況を克服して我が国経済を再生することは、当面の最重要課題であります。

 今日の深刻な経済状況には、短期循環、長期波動、歴史的発展段階の転換という三重の波が重なっております。

 まず、短期の循環では、九七年初期を頂点として景気は下降局面に入っています。このため、景気拡大が続くと信じて行った財政構造改革は、その基本的考え方において誤りではなかったものの、極めて時期の悪いものになってしまいました。加えて、バブルの崩壊に伴う巨額の不良債権が負の遺産として残存していたため、企業の投資意欲も消費者心理も冷え込んでしまいました。

 次に、長期波動においては、戦後一貫して成長を拡大してきた我が国経済が、八〇年代末のバブル景気を境として、安定成熟局面に入っていることです。これには、人口の少子高齢化、国際競争の激化、地球環境問題の重大化など、物的成長に対するさまざまな制約条件が加わったことも影響しています。

 もう一つ、より大きな歴史的発展段階の転換です。我が国は、明治以来百年余、規格大量生産型の近代工業の育成強化に努めてまいりました。その目標は、一九八〇年代に達成したと申せましょう。

 ところが、世界経済と人類文化の歴史的潮流は、規格大量生産型の近代工業社会を超越して、多様な知恵の時代へと変わりつつあります。我が国民の欲求もまた、物財の量的充足だけではなく、情報の獲得や自己実現にも広がっています。このため、規格大量生産型社会の実現のためにつくられた我が国の制度や慣習の中には、今日の社会に不適合のものがふえています。

 以上の三重の波は、相互に絡み合い、経済の実態においては不況の環を、国民心理には未来不安を引き起こすことになりました。現下の経済国難から脱出するには、これら三重の波を同時に解消していかねばなりません。

 以上のような認識に立って、政府は、平成十一年度経済運営に当たって三つの目標を立てました。第一は、平成十一年度の経済をはっきりプラス成長にすること、第二は、失業をふやさないこと、そして第三は、経済における国際協調を進めることであります。

 これら三つの目標を達成するため、小渕内閣は、発足以来、不況の環を断ち切るべく全力を挙げてまいりました。

 小渕内閣が行った不況の環を断つ第一の手だては、金融システムの再生であります。これを行うに当たっては、守るべき四つの原則があります。一つは、倒産や失業など金融機関の破綻や信用収縮による社会的コストを最小に抑えること。二つには、これに要する国庫の究極的な負担を最小にとどめること。三つには、再生を最短の期間でなし遂げること。四つ目には、経営の倫理が守られることであります。

 これら四つの基準は、いずれも重要でありますが、まずもってなすべきことは、社会的コストを最低にとどめることでありましょう。こうした考え方に従って、小渕内閣は、昨年来、金融システムの再生のための法的整備や予算措置、中小、中堅企業等に対する貸し渋り対策などを行ってきました。

 今後は、用意された法的、財政的枠組みを的確かつ厳格に運用し、我が国金融システムの早期健全化に努める一方、このような枠組みの中で、金融機関に対しては厳しい効率化と情報公開を求めていく方針です。また、金融ビッグバンを緩みなく進めるとともに、特定目的会社の活用を含む証券化などの手法を通じて、資金調達の拡充、多様化を図ります。

 これらの施策は、一部に痛みを伴うものでありますが、それを乗り越えてこそ、我が国の持つ巨大な資金力と生産力を生かした輝かしい金融市場を築くことができるのです。

 不況の環を断つ第二の手だては、需要の喚起であります。今回は、アジア経済の不振などもあって、輸出から景気回復を期待することは難しい状況にあります。また、卸売物価の下落や国内市場の供給過剰感などにより、企業の投資意欲は極めて低調です。

 こうした中で、我が国の経済を下支えするためには、社会資本整備の拡大と減税による消費刺激で需要を喚起する必要があります。

 政府が昨年十一月に決定した緊急経済対策及び平成十一年度予算は、このような考え方でつくられています。緊急経済対策においては、総事業規模十七兆円超の事業を実施することにしました。これを受けて、平成十一年度予算においては、公共事業について、公共事業等予備費を含め、予算ベース、支出ベースともに前年度に比べて一〇%を上回る伸びを確保しました。

 また、税制面では、緊急経済対策で発表した六兆円を超える個人所得課税、法人課税の恒久的な減税に加えて、個人の住宅取得や個人事業者または法人の情報通信機器取得等に対する特別措置を初めとする政策減税を含め、国、地方を合わせて、平年度九兆円を超える減税を実施することにいたしました。

 不況の環を断つ第三の手だては、雇用及び起業の拡大であります。これからの日本経済では、企業別、産業別の盛衰には大きな格差が生じると見られ、より柔軟で適切な労働力の再配置が必要になります。

 雇用対策においても、新しい産業構造や就業形態に即した雇用の開発と創造に力を注ぐべく、さきの緊急経済対策及び平成十一年度予算においては、勤労者の能力開発を強化し、新規雇用創出に対する新たな助成制度を設けるなど、合計一兆円規模の施策を実施することといたしました。

 また、産業基盤整備基金に新事業創出等促進信用資金を設けるなど、新たに事業を起こそうとする者の資金調達を支援することといたしました。

 以上のような施策によって金融、需要、雇用の三つの点で不況の環を断ち切ることによって、来る平成十一年度には〇・五%程度のプラス成長を見込むことができます。

 重要なのは、これを平成十二年度までに本格的な経済再生につなげ、二十一世紀においても我が国が世界の先端を行く国であり続けるように、経済社会の構造と国民の心理を未来志向型に改革することです。

 そのために、緊急経済対策には、生活空間倍増プラン及び産業再生計画の策定を打ち出すとともに、二十一世紀先導プロジェクトを盛り込みました。二十一世紀先導プロジェクトとは、先端電子立国、未来都市の交通と生活、安全、安心、ゆとりの暮らし、高度技術と流動性のある安定雇用社会の構築の四つの柱のもとに、各省横断的な事業を展開するものです。

 こうした省庁の枠組みを超えた未来型プロジェクトを推進することは、二〇〇一年からの行政機構の抜本的改組と相まって、公共事業の重点配分と施行効率化を徹底することになるでしょう。

 また、民間の資金やノウハウを活用して公共の施設やサービスの充実を促進する手法、いわゆるPFIを推進することも重要と考えています。このためにも、民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律案の早期成立を期待するものであります。

 小渕内閣が進めるもう一つの重要な経済政策は、国際経済への貢献です。世界経済、中でも我が国とかかわりの深いアジア経済の安定には、我が国経済が果たす役割が極めて重要です。

 こうした認識に立って、緊急経済対策には、事業規模一兆円程度のアジア支援策等を盛り込むとともに、三年間で総額六千億円の特別円借款を創設いたしました。また、我が国の制度や慣習をより国際的に調和のとれたものにするために、市場開放苦情処理体制を活用しながら、諸外国の要望にこたえていくなど、輸入や対日投資の促進に取り組んでまいります。

 以上のような積極的な諸施策と大規模な減税の結果、平成十一年度の当初予算では、三十一兆五百億円の公債を発行することになります。

 財政の健全性は、もとより重要です。しかし、現下の経済情勢においては、何よりも急ぐべきは不況からの脱出であり、その成果を新しい産業の発展と意欲的な起業の増加につなげることでしょう。それができれば、経済拡大による歳入の増加、景気対策事業の縮小による歳出の削減、国有財産の売却など、財政再建の多様な選択肢が生まれてきます。経済は生き物であり、現在の財政赤字がそのまま将来の負担につながると考えるべきではありません。

 小渕内閣が行った重要な業績の一つは、官僚主導からの決別を知らしめたことであります。我が国の業界の中には、規制緩和や競争促進が言われながら、現実には業界横並び意識と官僚機構への依存感が色濃く残っていました。

 その中で、例えば金融の分野において、小渕内閣が発足以来とってきた透明かつ公正な金融行政への転換、推進、金融機関の検査監督、市場規律による不健全な金融機関の淘汰などは、政府が、言葉だけではなく、実際の政治や行政においても厳格な自由経済を志向していることを知らしめる重要なメッセージになっています。

 昨日、小渕総理大臣より経済審議会に対して、この歴史的な転換期に当たって、我が国経済社会のあるべき姿と、その実現に向けての経済新生の政策方針を策定いただくよう諮問がありました。

 総理大臣の諮問機関である経済戦略会議は、昨年十二月の中間報告で百六十四項目から成る経済改革案を提出されました。それは、才能と努力と幸運を持ち合わせた人々にはそれにふさわしい称賛が与えられると同時に、不運な人々にも安全で安心な生活が維持できる安全ネットが存在する社会を目指すものであります。経済審議会では、この提言をも踏まえて、今後十年程度の間に達成すべき我が国経済のあるべき姿と、それに至る道程を指し示していただけるものと期待しています。

 これからの時代が、人それぞれの好みと感性を充足されるような多様な知恵の社会であるとすれば、政府の経済運営でも、民間の経営や家計でも、速やかな判断と正しい選択が大事です。このため、政府としても、経済に関する統計や情報をより早く正しくわかりやすく発表できる体制整備を図ってまいります。

 選択の自由が広い市場経済では、公正な競争と事業者の情報公開が欠かせぬ一方、選ぶ者の自己責任も重くなります。それに対応して、消費者と事業者との間の契約に広く適用される民事ルール、いわゆる消費者契約法の制定も積極的に検討してまいります。また、人々の善意による活動の重要性も増すことでしょう。政府は、民間の非営利団体、いわゆるNPOの活動を促進するための条件整備を今後も続けてまいります。

 我が国は、今深い不況のやみに閉ざされています。しかし、我々の立つ基盤は揺るぎないものです。我が国には三千百兆円を超える実物資産があり、約一兆ドルの対外純資産があります。巨大な生産力と強力な競争力を持つ産業があり、国民各層に勤勉と秩序と教育を受ける習慣が行き渡っています。

 これからの日本が目指すのは、夢と安心がともにある世の中です。若者が夢膨らませる可能性があると同時に、高齢者や失敗者にも新たな挑戦の機会のあることが重要です。消費だけではなく、教育や住居や職業にも選択の幅を広げることが大切です。拡大する高齢者市場、歩いて暮らせる町づくり、育児や家事のアウトソーシングなど、これから広がると見られる分野は限りなくあります。

 世界に先駆けて高齢社会が現実となる日本は、その豊かさとすぐれた慣習とを生かして、これからの人類文化に積極的な貢献ができることでしょう。

 今、この国に必要なのは、みずからに対する自信と未来に対する夢、そして改革を実現する勇気ある実行です。国民の皆様方の御理解と御協力を切にお願いする次第であります。