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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第84代小渕内閣(平成10.7.30〜平成12.4.5)
[国会回次] 第147回(常会)
[演説者] 堺屋太一経済企画庁長官
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 2000/1/28
[参議院演説年月日] 2000/1/28
[全文] 

 日本経済の課題と運営方針の基本的考え方について、所信を申し述べます。

 一年前、私が経済演説をいたしましたとき、日本は経済国難ともいうべき状況にありました。国内総生産は二年連続で減少しており、金融システムは内外の信を失い、企業の業績は悪化を続け、雇用不安は高まりつつありました。

 このような状況に陥ったのは、一に、景気循環が下降局面にあり、二に、バブル景気崩壊以来の過剰設備と過剰負債という中長期的な問題があり、三に、規格大量生産社会の仕組みが時代にそぐわなくなったという構造的な問題があったからであります。

 これに対して小渕内閣は、財政、税制、金融、法制のあらゆる分野の施策を大胆かつ迅速に総動員して、景気の回復と構造改革とに尽力してまいりました。

 まず、景気回復のためには、一昨年十一月に緊急経済対策を決定し、需要の拡大と企業経営の安定化に努めました。そのため、平成十一年度上半期の国内総生産は、前期に比べて一・二%の伸びとなり、平成十一年度を通じて〇・六%程度の成長を達成し得る状況になっています。

 景気は、民間需要の回復力が弱く、なお厳しい状況は脱していないものの、各種政策効果やアジア経済の回復などによって、緩やかな改善を続けております。

 一方、構造改革の面では、金融システムの改革、産業競争力の強化、雇用の創出と労働市場の改革、中小企業政策の抜本的な見直しなど、さまざまな改革政策を実行しております。こうした小渕内閣の諸政策に民間の側も力強く反応し、金融機関の統合合併、各種企業の事業再編成や相互連携、ベンチャー企業向け株式市場の創設の動きなどが進んでおります。

 政府は、景気の回復と構造改革を一段と推進するために、昨年十一月、経済新生対策を決定し、目下その実施に全力を挙げているところであります。

 政府は、以上のような現状認識に立って、平成十二年度の経済運営に当たっては三つの目標を立てました。

 第一は、民需主導の本格的景気回復を実現すること、第二は、知恵の時代にふさわしい経済社会の構築を目指す構造改革を定着させること、第三は、多角的貿易体制の維持強化とアジア地域との経済連携を促進することであります。

 まず、第一の景気回復の実現であります。

 景気は、緩やかながら改善を続けているとはいえ、まだ自律的回復には至っておらず、平成十二年度の予算も景気回復を推進する観点に立って編成されております。

 また、税制では、住宅ローン税額控除制度や特定情報通信機器の即時償却制度の適用期限を延長するなど、民間投資を促進する措置を講じます。

 これらを含む諸施策によって、雇用不安を払拭して消費需要を拡大させるとともに、新規起業を活発にすることで公需から民需への円滑なバトンタッチを実現し、年度後半には民需中心の本格的回復軌道に乗せることを目指します。

 もとより、財政の健全化は極めて重要です。しかし、現在の日本では、景気回復、経済の健全化が最優先課題であります。経済の健全化なくして財政の健全化は期待し得ません。

 第二の目的の構造改革を定着させるためには、昨年七月に閣議決定いたしました経済社会のあるべき姿と経済新生の政策方針にのっとり、従来とは概念を転換して、ハード、ソフト両面の改革を進めていくことが不可欠であります。

 小渕内閣は、これまでにも多くの面で大胆な改革を実行してまいりましたが、少子高齢化、グローバル化、環境制約に対応するためには、さらにこれらを広げ、深め、経済社会の構造と発想を変革することが必要です。

 中でも重要なのは、多様な知恵の時代の主役ともなるべき創造的な中小企業の創業や成長を支援し、たくましい経済活力を発揮させることであります。また、地域経済の基盤となる多様な中小、中堅企業の振興も大切です。このため、ストックオプション制度の特例等による人材確保の支援や政策金融の拡充、特定中小会社の株式譲渡益課税の特例の創設などによる資金供給の円滑化を推進いたします。

 次に、情報化の飛躍的推進も構造改革のための喫緊の重要課題であります。

 このために、情報通信ネットワークの高速大容量化、電子政府の早期実現、電子商取引の法整備、情報コンテンツの開発などを推進します。

 特に、教育の情報化では、平成十三年度中にすべての公立小中高等学校等がインターネットに接続でき、平成十七年度を目途としてすべての学級でコンピューターを活用できるようにいたします。

 また、社会資本の整備においても、新たな発展基盤となるものを重点的に整備いたします。

 平成十四年度までには有料道路のノンストップ自動料金収受システムを約九百カ所設けるなど、高速交通体系を整えるとともに、都市、地域基盤の再構築、総合的な渋滞対策などを促進いたします。

 さらに、新千年紀における経済フロンティアの拡大の礎を築くために、ミレニアムプロジェクトとして決定した情報化、高齢化、環境対応の三分野での技術開発事業を促進いたします。

 二〇〇一年は新しい千年紀の門出の年に当たります。この年に政府は、インターネットの上で記念行事を行う計画を進めております。この行事は、地方自治体や民間企業、NPOなどの参加、協力によって、双方向性の情報受発信を行い、全国各地に情報発信機能と個性的な文化を育成しようというものであります。

 多様で活気と楽しみのある経済社会が構造改革の一方の目標とすれば、もう一方の目標は、安全で安心な国民生活の実現であります。

 近年、日本経済にはさまざまな不安が生じました。金融システムの不安、雇用の不安、環境への不安、そして少子高齢化による将来への不安などであります。

 政府は、そのそれぞれに具体的な解決方法を提示し、国民の暮らしと将来に対する安全安心を確実にするよう努めております。

 まず、金融不安に対しては、さきに金融再生の仕組みを設けましたが、平成十二年度予算では、預金者を保護するための交付国債の増額など、金融システムの安定化を一段と進めることとしております。

 第二に、雇用不安に対しては、雇用保険制度の改革、高齢者雇用対策の充実、新規雇用の創出、人材移動の円滑化などの施策を行います。特に、新規雇用の創出と労働需給のミスマッチの解消による就職の迅速化と、産業構造の変化に対応した職業能力の開発には力を注いでまいります。

 第三に、環境汚染に対する国民の不安に対しては、前述のミレニアムプロジェクト等の推進によって、ダイオキシン類の排出量を、平成十四年度までに平成九年に比べて約九割減にするなど、環境への負荷の少ない経済社会を目指します。また、林業、農業においては、環境保全的役割を重視する施策を行います。

 第四に、少子高齢化の不安を解くために、遠い将来にまで持続できる社会保障制度の構築に努めます。また、人生と家庭生活の不安をぬぐうために、介護保険制度を着実に実施いたします。

 日本では、少子高齢化が急速に進んでおります。これに対応するためには、経済社会の全般にわたる全体像を描き、必要な施策や制度の充実、技術開発や能力向上を進めなければなりません。そのような研究調査にも着手してまいりたいと考えております。

 さらに、安全安心で楽しみのある国民生活の実現のためには、生活環境の改善が大事です。このために、公共施設のバリアフリー化を進めるとともに、高齢者や男女共働き家庭が暮らしやすく、子育てにも便利な住、職、商、文化の混在した歩いて暮らせる街づくりを始めます。

 いま一つの重要な政策は、消費者主権の世の中にふさわしい市場ルールの整備であります。

 規制が緩和されるに伴い、消費者の選択の自由が拡大する反面、自己責任もまた重みを増します。したがって、今後は、消費者と事業者との情報量や交渉力の格差から生じる契約上の紛争を公正かつ円滑に解決することが重要になります。こうした視点から、昨年末の国民生活審議会の報告の趣旨に沿い、新たな民事ルール、いわゆる消費者契約法をできる限り速やかに成立させたいと考えております。

 本法の制定により、消費者利益が保護されるとともに、予見可能性の高いルールができることによって消費者と事業者との信頼感が増し、新たな経済活動や業態の創造が容易となり、活発化するものと確信しております。

 経済運営の第三の目標は、世界経済の持続的発展への貢献であります。

 日本経済の繁栄には、世界経済の持続的発展が必要であり、そのために日本の貢献も欠かせません。世界経済の仕組みの中で最も重要なのは、多角的貿易体制の維持強化であります。したがって、世界貿易機関新ラウンドの早期立ち上げに引き続き努力いたします。

 同時に、アジア太平洋経済協力、APECの場などを活用し、アジア地域の連携促進に積極的役割を果たしていく所存であります。また、国際的な金融の安定発展にも努めてまいります。

 日本は、平成九年に始まったアジア諸国の経済危機に際して、新宮澤構想などで多大の資金協力を行い、アジア経済の回復を支援してきました。これからも、アジア諸国などの経済発展と経済改革には、政府開発援助などを通じて協力してまいります。

 小渕内閣は、発足以来一年半、まず景気の低落をとめ、平成十一年度には〇・六%程度のプラス成長が見込めるようになりました。平成十二年度には、一層の景気振興と着実な構造改革の推進によって民需の回復を図り、一・〇%程度の成長となると見通しております。さらに平成十三年度には、新しい構造と発想に基づいて日本経済を新たな長期的発展軌道に乗せることを目標としております。

 一年前の経済演説で、我が国経済は深い不況のやみに閉ざされていますと申し上げました。今は、経済再生政策の効果などで一点の光明を見られるようになりました。しかし、ここで安堵することは許されません。

 過ぎし一九九〇年代の十年間、日本はさまざまな困難に遭遇いたしました。経済不況が長引いただけではなく、技術への不信、教育の荒廃、おぞましい社会的事件など、世の中の構造の疲労と陳腐化を感じさせる事態が相次ぎました。これは、日本が長期間をかけて完成した規格大量生産型の工業社会が人類文明の流れにそぐわなくなったためと言えるでしょう。私たちは、これを、新しい多様な知恵の時代にふさわしい創造的な構造と発想に改革しなければなりません。

 当然、これには痛みも悩みも伴います。だが、それを恐れてはなりません。改革には時流との調和や技術的な調整も必要ですが、退くことも長くとどまることも許されません。

 日本には、約三千兆円の実物資産と約一兆ドルの対外純資産があります。高い能力と強い意欲を持つ一億二千七百万人の国民がおります。すぐれた伝統文化と調和の精神が息づいています。あらゆる意味で日本は、すぐれた素質と大きな実力を持つ国であります。

 今、この国に必要なのは、改革を続ける勇気と未来に対する想像力と、私たち自身への自負と自信であります。未来においても日本が世界経済の主役の一人であり続けるために、今こそ揺るぎない決意を持って進むべきときであります。

 この時期に経済運営の任に当たる者として、私も全力を傾注する覚悟であります。国民の皆さん、また議員各位の御理解と御協力を切にお願いするものであります。