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政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第87代小泉純一郎内閣(平成13.4.26〜平成15.11.19)
[国会回次] 第156回(常会)
[演説者] 竹中平蔵経済財政政策担当大臣
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 2003/1/31
[参議院演説年月日] 2003/1/31
[全文]

 経済財政政策担当大臣として、日本経済の課題と政策運営の基本的考え方について所信を申し述べます。

 振り返りますと、我が国経済は、八〇年代には年平均四ないし五%成長を達成していたにもかかわらず、九〇年代には年平均わずか一%程度しか成長できない経済になりました。その原因をどのように認識するかが、今後の経済財政政策を考える上での原点であります。

 日本経済は、単なる需要不足から一時的に悪くなっているのではありません。我が国経済の多くの部門の競争力、生産性が九〇年代に入って低下してきております。だからこそ、「聖域なき構造改革」を進めなければならないのです。

 我が国の競争力、生産性の低下の原因は、極めて複合的な要因によるものであります。過去の成功体験への依存と既得権へのこだわりが個人、企業、行政といった経済主体の規律を失わせ、迅速な対応を損ない、問題は先送りされ、この間に起こった冷戦構造の終えん、アジア経済の台頭等、国際的競争の大変化への対応もおくれました。

 その結果、日本経済は不良債権と財政赤字という二つの負の遺産を背負い込むこととなり、それがデフレの深刻化と株価の低迷に反映されております。このような中で、構造改革を先延ばしにして、財政拡大のみに頼る経済運営を行うのであれば、日本経済にあすはないと断言できます。こうした観点から、小泉内閣は、一貫して、改革なくして成長なしの姿勢を貫いているのであります。

 我が国は、構造改革によって基礎体力を強化すると同時に、二つの負の遺産の処理を先送りすることなく、本格的な問題解決に取り組まなければなりません。一夜にして日本経済を再生させる魔法のつえは存在しません。前例にとらわれず、政策総動員を図ることが重要であります。変化を恐れ、二つの負の遺産の処理を放置、先送りしていては、本当の危機、金融危機や財政危機を招くことになります。問題先送りは、断じてすべきではありません。また、内外の情勢変化により厳しい状況が生じた場合には、大胆かつ柔軟な経済政策を行ってまいります。

 小泉内閣は、発足以来、民間でできることは民間に、地方でできることは地方にの基本的立場に基づき、構造改革の基本戦略を、経済財政運営と構造改革に関する基本方針、骨太方針として決定し、それに沿った経済財政運営を行ってまいりました。

 当初から精力的に取り組んできたのは「聖域なき構造改革」であります。特に、公共事業については、十四年度予算から思い切った選択と集中を図り、当初予算ベースで一〇%以上の削減を行うとともに、中身についても、都市再生、地方活性化や高齢化対策等に重点配分を行いました。

 昨年は、「この国のかたち」をあらわす税制改革の論議に着手いたしました。機会の平等を重視しつつ、公正さを重んじ、企業や個人の経済の活力を最大限引き出し、納税者の納得を得る簡素な税を目指し、その改革の方向を基本方針二〇〇二に示したところであります。これを踏まえ、十五年度より本格的な税制改革に着手することにしております。この包括的かつ抜本的な税制改革は、今後とも引き続き進めなければなりません。

 規制改革についても、大きな前進が見られました。規制は全国一律でなければならないという考え方から、地域の特性に応じた規制を認めるという考え方に転換を図り、昨年は、異例のスピードで構造改革特区のスタートを切りました。農業や福祉といった分野への株式会社参入等、長年の課題に道が開かれました。先般の第二次提案募集では、昨年夏の第一次提案を上回る六百五十一件もの提案があり、地方や民間の豊かなアイデアが十分に示されました。この動きは、国から地方へ、官から民への構造改革を加速させる突破口として重要な成果と言えます。

 そして、第一回目の基本方針から日本経済再生の第一歩と位置づけてきたのは、不良債権の処理であります。昨年十月、小泉総理の、平成十六年度に不良債権問題を終結させるという強い覚悟を受け、金融庁は金融再生プログラムを策定し、現在、この工程表を着実に実施しております。

 不良債権処理の加速と歩調を合わせて、雇用・中小企業等のセーフティーネット拡充、減税、産業・企業再生への早期対応等を総合的に盛り込んだ対策や、これを補完、強化する改革加速プログラムを取りまとめ、これに基づいて平成十四年度補正予算を編成いたしました。平成十四年度の実質経済成長率は、当初見通しのゼロ%を上回り、〇・九%となる見込みであります。

 このように、小泉内閣発足以来の一年九カ月で構造改革は着実に進展してまいりましたが、いまだ道半ばであります。今後も、日本経済の潜在成長力を高めるための構造改革を断行し、あわせて、将来まで持続可能な財政や社会保障制度の姿を確立することは、未曾有の高齢化社会を支える将来世代への我々の責務であります。

 小泉内閣では、マクロ経済と財政の中期的な姿を初めて一体的にとらえた「改革と展望」を示し、それに沿った政策運営を行っております。「改革と展望」は、規律ある財政と経済活性化の両立という狭い道を歩むための道しるべであります。

 「改革と展望」については、不良債権処理の加速に伴う影響、世界経済の先行きへの懸念等、当初想定した以上に内外の不確実性が高まってきていることから、集中調整期間を一年程度延長すること等を内容とする二〇〇二年度改定を行いました。この改定においても、「改革と展望」の基本シナリオは変わりません。これを今後とも堅持し、民間需要主導の持続的成長とプライマリー収支の二〇一〇年代初頭の黒字化を目指します。

 平成十五年度の経済財政運営について申し上げます。

 十五年度は、マクロ経済運営の観点からは、財政のむだを排除しつつも、決して緊縮型ではない、景気中立型の経済財政運営を行います。引き続き、経済財政諮問会議等を活用して、これまで取り組んできたさまざまな改革を加速させ、その進展を実感できる年にすることを目指してまいります。

 その際の最優先課題は、デフレの克服です。デフレは、一般に、安価な輸入品の増加等の供給要因、需要不足の要因等、複合的な背景を持ちますが、現在の日本のデフレ状況は、貨幣的な要因による面も強いと考えております。政府は、改革を進めて民間需要主導の持続的成長を図り、あわせて、政府と日本銀行が一体となって、前例にとらわれず、デフレ克服を目指し、できる限り早期のプラスの物価上昇率実現に向けて取り組むことが必要です。

 また、不良債権処理と産業再生を一体的に加速してまいります。金融行政については、金融再生プログラムに従って、健全性、戦略性、誠実性という三つの視点を踏まえつつ、厳格に運用いたします。問題を先送りすることなく、不良債権処理を着実に進めるとともに、今後設立予定の産業再生機構の活用等を通じて産業の再生を促すことにより、金融発の経済の底割れは絶対に起こさせません。

 同時に、官から民へ、国から地方への方向に沿った改革を強化いたします。小さな政府を実現するために、徹底した歳出削減と行政のスリム化が必要であります。厳格な政策評価に基づく予算編成等、予算プロセスの改革を進め、歳出の効率化を図ります。このような取り組みなく、国民に安易に増税を求めることは避けなければなりません。そして、地方財政については、国庫補助負担金、地方交付税、税源移譲を含む税源配分のあり方を三位一体で検討し、具体的な改革案を六月を目途に取りまとめいたします。

 また、引き続き、包括的かつ抜本的な税制改革に取り組みます。あわせて、地域経済の活性化を通じた需要と雇用の創出に向け、規制改革と構造改革特区を飛躍的に推進することを目指します。

 経済活性化を達成するには、約一千四百兆円の家計貯蓄の有効活用についても検討する必要があります。九〇年代以降、資金の流れは大きな変化を起こし、政府が使い道を決める資金の割合がふえ続けております。豊富な家計の貯蓄を将来の経済成長に結びつけるために、公的な資金の流れの改革について新たに検討を行います。

 ことしは、十六年の年金改革に向けて、その案が取りまとめられる予定です。その際、年金、医療、介護等をばらばらに議論するのではなく、受け取る国民の立場に立って、生涯にわたる社会保障サービスを一体的に検討し、受益と負担の両面からそのあるべき姿を設計しなくてはなりません。国民の生涯にわたる安心を構築すべく、社会保障サービスを総合的に議論し、持続可能な制度の確立を目指してまいります。

 国民生活の面でも、昨今の経済社会の現状にかんがみ、公益のための情報提供者を保護する制度の整備を含めた全体的な消費者政策を再構築するとともに、二十一世紀社会の新たな担い手であるNPOの活動基盤を整備してまいります。

 十五年度においては、不良債権処理の加速に伴う影響はあるものの、以上のような改革の成果と、十四年度補正予算や先行減税の効果、さらに、世界経済が徐々に回復していくこと等から、企業部門も緩やかに回復するものと見込んでおります。十五年度の国内総生産の実質成長率は〇・六%程度になると見通されます。今後とも改革を進めつつ、経済情勢に応じて大胆かつ柔軟なマクロ経済の運営に努めてまいります。

 諸外国の経験からも、改革の成果が十分に定着するまでに五年から十年の期間が必要であり、構造改革を進めるに当たっては、そうした歴史的な視点が必要であります。

 しかし、その一方で、失われた十年を経て、かつ、今後未曾有の高齢化社会を迎えようとしている我が国に、残された時間は多くはありません。過去の成功や既得権にとらわれることなく、スピード感を持って、二つの負の遺産の処理を加速しつつ、構造改革に邁進する必要があると考えます。既に、産業の再編が徐々に進展し、主要銀行も不良債権処理に向けた動きを加速し始める等、変化の兆しはあらわれ始めております。

 改革の成果は、ある臨界点を超えると加速的にあらわれるものであり、それまでは忍耐強い努力が必要であります。「天下の事は、進まざれば則ち退く」と古くから言われているように、絶えず前進しなければなりません。こうした動きを加速させることによってこそ、株式市場にも我が国経済の潜在力が反映されていくはずであります。

 日本経済は、依然として、勤勉な労働力、高い技術力で世界もうらやむ潜在力を有しております。今、日本経済の力強い再生に向けて、国民的英知を結集する必要があります。国民の皆様、議員各位の御理解と御協力をお願いして、所信の表明といたします。

 ありがとうございました。