データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第91代福田康夫内閣(平成19.09.26〜平成20.09.24)
[国会回次] 第169回(常会)
[演説者] 大田弘子経済財政政策担当大臣
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 2008/1/18
[参議院演説年月日] 2008/1/18
[全文]

 経済財政政策を担当する内閣府特命担当大臣として、所信を申し述べます。

 昨年末に公表された二〇〇六年の国民経済計算によりますと、世界の総所得に占める日本の割合は二十四年ぶりに一〇%を割り、一人当たりGDPはOECD加盟国中十八位に低下しました。残念ながら、もはや日本は、経済は一流と呼ばれるような状況ではなくなってしまいました。

 今の日本に求められることは、人口減少社会の入り口にあって、内向きの守りの姿勢に入ることではなく、もう一度、世界に向けて挑戦していく気概を取り戻すことです。成長力を強化し、その果実によって高齢化を乗り越え、安定感のある質の高い社会を目指していかなくてはなりません。

 そのために、日本経済が乗り越えねばならない三つの大きな課題があります。第一は、現在の景気回復をできるだけ長く持続させ、家計にも回復の実感を広げることです。第二は、人口減少と急速なグローバル化の中で経済成長を持続できる新たな成長のモデルをつくり出すことです。第三は、成長力強化と車の両輪として、財政の健全化を進め、高齢化を乗り切る財政の姿を実現することです。

 まず、第一の課題について申し上げます。

 日本経済は、二〇〇二年初めを底とする息の長い景気回復を続けています。この間に、企業の体質は格段に強化され、失業率も四%以下に低下しました。しかし、なかなか賃金上昇に結びつかず、家計への波及がおくれています。また、地域間で回復のばらつきがあります。景気回復の実感を確かなものにするには、何より、この回復を息長く持続させることが必要です。

 足元の日本経済には、三つのリスク要因があります。一つ目は、アメリカのサブプライム住宅ローン問題に端を発する金融資本市場の動揺、そして、それが米国経済を減速させる懸念です。二つ目は、原油価格の上昇が続き、企業収益や国民生活への悪影響が続く懸念です。三つ目は、建築基準法が厳格化され、これ自体は必要なことですが、準備不足などの対応のおくれによって住宅投資が大きく落ち込んでおり、この回復がおくれる懸念です。

 これら三つのリスク要因を中心に、細心の注意で経済動向を見てまいります。また、昨年十二月末に取りまとめた原油価格高騰への対策を着実に実施し、原油高の深刻な影響を受けている企業や住民の方に対してきめ細かな対応を図ります。そして、地域経済の立て直しのため、地方再生戦略に基づき包括的な取り組みを行います。地方再生戦略と連携して、地域金融機関や地方公共団体等の理解、協力を得つつ、地域の中規模企業や第三セクターの事業再生を担う地域力再生機構を平成二十年度に創設させるべく、今国会に所要の法案を提出いたします。

 物価安定のもとで民間需要主導の景気回復が長く続くように、政府と日本銀行は、マクロ経済運営についての基本的視点を共有し、政策運営を行ってまいります。

 次に、第二の課題である新たな成長への道筋について申し上げます。

 我が国が、バブル崩壊後、不良債権など負の遺産を解消するための長い戦いに力を注いでいる間に、世界経済の構造は余りに大きく変化しました。ベルリンの壁崩壊とともに自由経済圏が拡大し、EUが誕生し、中国、インドなど新興国が成長し、IT革命は目覚ましいスピードで進んでいます。我が国は、長い経済低迷を抜け出したものの、世界経済のダイナミックな変化に取り残され、今後も成長を続けていく枠組みはいまだでき上がっていません。これでは、未曾有の高齢化を乗り切ることはできません。成長力をつけるための改革は、始まったばかりです。

 成長力を強化するために、特に重要なことが三つあります。

 一つ目は、世界に開かれ、世界とつながるオープンな経済システムをつくり、アジアを初めとする世界の成長エネルギーを取り込むことです。海外との経済連携の加速、対日直接投資の増加、金融資本市場や航空など世界への窓口となる分野の改革、そして観光立国の推進などに、政府一丸となって取り組んでまいります。

 二つ目は、地域に根を張るサービス産業を活性化し、生産性を高めることです。サービス産業分野に雇用者の約七割が勤めていますので、この分野で高い付加価値が生み出され、賃金水準が高くなるようにすることは不可欠です。そのためには、ITを活用して事業の標準化を進めること、異業種間のつながりで新たな発想を生み出すこと、そして真に消費者の立場に立って制度改革を行うことが必要です。

 消費者の立場に立って改革を行い、生活の安心や快適さをもたらすさまざまなサービスが充実することにより、生活の現場から成長の力が生まれ、少子高齢化は成長につながるかぎに変わります。

 三つ目は、人材の力を高めることです。働く意欲を持つすべての人に職業能力を高める機会が開かれていなくてはなりません。フリーターや子育て終了後の女性などに企業の現場で実践的な職業訓練の機会を提供し、その履修を証明するジョブカード制度を平成二十年度からスタートさせます。また、働きながら子育てしやすい環境づくり、六十歳以降も働きやすい環境づくりに政府全体で取り組みます。

 これら三つの点を重視し、福田総理の新たな理念のもとで成長戦略を強化、再構築してまいります。新たな成長戦略では、これからの社会が目指すべき姿として地球環境との共生を掲げ、国を挙げて取り組むことをすべての基本とします。新たな成長戦略は、経済財政諮問会議を中心として、この春をめどに具体化を進めてまいります。

 第三の課題である財政の効率化、健全化について申し上げます。

 財政改革の第一ステップは、二〇一一年度までに、国、地方合わせた基礎的財政収支を確実に黒字化させることです。そのために、歳出歳入一体改革をこれからも堅持してまいります。基本方針二〇〇六及び基本方針二〇〇七に沿って、これまで行ってきた歳出削減の努力を決して緩めることなく、引き続き改革を行ってまいります。

 経済成長と財政健全化を両立させるために、多くの先進国が五年程度の中期で財政を管理し、実績を上げています。我が国も、安易な歳出増加や負担の先送りによって後の世代にしわ寄せすることがないよう、ここで踏ん張って、財政健全化の道を歩み続けなくてはなりません。

 これからの財政を考える上で、最も難しい選択は社会保障の給付と負担のバランスです。社会保障は生活の重要な基盤です。私たちの世代だけではなく、子供たちにとっても、信頼されるべき重要な基盤です。未曾有の高齢化を支える子供たちの世代に重過ぎる負担を押しつけることがないよう、財政の健全性と両立させながら、質の高い社会保障制度を構築していかねばなりません。それが私たちの世代の責任です。私たちの世代が子供たちの世代の選択肢を狭めることがないよう、現世代が未来世代に過度に頼らない、世代自立の経済社会構造を形づくっていくことが大切だと考えます。

 新たに設置される社会保障国民会議とも連携をとりながら、経済財政諮問会議において、社会保障と税を一体的に組み合わせたあるべき姿について議論をしてまいります。

 我が国経済は、これまでもさまざまな試練に直面しました。しかし、その都度、驚くべき柔軟性を発揮して、試練を乗り越えてきました。第二次世界大戦後の復興期には、欧米の革新的技術や生産方式を積極的に導入し、驚異的なキャッチアップを果たしました。石油危機の際には、世界一の省エネ技術を開発し、制約条件を逆に日本の優位性に変えました。また、バブル崩壊後のリストラの過程を経て、一部の日本企業は、戦後の日本型経営と欧米型経営とを融合させた独自のスタイルをつくりつつあり、イギリスの歴史ある雑誌「エコノミスト」は、これをハイブリッドモデルと表現しています。

 このように、日本経済は絶えず柔軟に学び、自己変革することで、困難な状況を克服し成長してきました。柔軟さこそが日本経済の最大の強みです。人口減少社会の到来というかつてない高いハードルを前にして立ちすくむのではなく、新たな挑戦の中で柔軟に自己変革を続ける日本経済でありたいと思います。

 この数年間の改革努力が将来のかぎを握っています。福田総理のリーダーシップのもと、全力を尽くして経済財政政策の運営と経済財政諮問会議の運営を行い、改革を続行してまいります。

 国民の皆様と議員各位の御理解と御協力をよろしくお願い申し上げます。