データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第92代麻生太郎内閣(平成20.09.24〜平成21.09.16)
[国会回次] 第171回(常会)
[演説者] 与謝野馨経済財政政策担当大臣
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 2009/1/28
[参議院演説年月日] 2009/1/28
[全文]

 世界の金融資本市場と主要国の実体経済は、まさに歴史的な混乱と危機に直面しております。

 金融は、古来、相互の信頼を基礎としてまいりました。昨年九月のいわゆるリーマン・ショックは、相互の信頼に深刻な亀裂をもたらし、世界的な信用収縮を背景に、金融資本市場は大きく混乱しております。また、その混乱が、さまざまな経路を通じて各国の実体経済の急激な落ち込みを引き起こすに至っております。

 世界経済が一体化を強める中で、我が国もまた、その混乱と落ち込みから逃れることはできません。国内における金融や雇用の先行き不安が増幅し、経済活動の萎縮がさらなる萎縮を招く懸念も生じております。我々は、不安と萎縮の連鎖の入り口をうかがっている状況にあります。

 しかしながら、一九二九年の大不況を単純に連想し、ゆえなき萎縮に陥るのではなく、そのようなことをすれば事態は悪くなるばかりであります。世界は歴史に学んでいます。各国が緊密な国際協調のもとで各般の政策を思い切って講じていけば、大不況の悲劇を繰り返すことはあり得ません。我が国においても、バブル崩壊の経験を経て、金融危機対応のための諸制度は国際的に見ても相当に充実しております。

 政府としては、まず、国内における不安と萎縮の連鎖を断固として断ち、次に、すべての世代が安心できる社会保障制度の再構築を行い、同時に、アジアを初め世界が直面するさまざまな課題の解決を主導していく中で我が国の成長力強化を実現していく、こうした基軸に沿って政策資源の総動員を図っていく決意であります。

 まず、不安と萎縮の連鎖を断ち切ることに全力を挙げるとの考え方のもと、事業総額七十五兆円の三次にわたる経済対策を取りまとめてまいりました。いわゆる真水、すなわち、財政支出で見ても対GDP比二%程度の規模であり、諸外国の対策と比べても遜色のないものであります。

 また、その内容についても、資金繰り支援、雇用対策、地方活性化、社会的に弱い立場の人々への支援などの施策に重点化するとともに、雇用創出などのための地方交付税や投資促進のための全額即時償却制度を初め、過去に全く例のないような思い切った措置を数多く盛り込みました。中小企業への信用保証や政府系金融機関による資金繰り対策、株式市場活性化などについても果断な対応を取りまとめたところであります。

 とりわけ、雇用問題には最大限の力を注いでおります。意欲のあるだれもが仕事につけるようにすることは、すべてに優先する政治の課題であります。

 まず、非正規労働者を中心とするセーフティーネットの整備に緊急で取り組むこととしております。加えて、緊急の雇用機会確保のために、四千億円の雇用関連基金の造成や、一兆円の雇用創出などのための地方交付税増額を行います。さらに、各地域が主体的に現場ニーズを踏まえた雇用創出を行えるように、単に予算措置のみならず、事業者間の連携促進や制度改革により地域の取り組みを全力で支援してまいります。

 中長期的には、環境、介護、農林、観光分野など、成熟社会にふさわしい戦略的市場創出によって新規の雇用機会を創出してまいります。

 平成二十年度第一次補正予算に続き、第二次補正予算及び平成二十一年度予算、税制改正を初めとする関連法案などによって、これらの施策を迅速に実行し、国民生活の防衛と景気底割れの防止に向けて政府の総力を挙げて取り組んでまいります。

 また、金融政策については、日本銀行が内外の厳しい金融情勢に対して迅速かつ適切な対応を行っていると考えており、政府は、日本銀行と一体となって適切な経済運営に向け、引き続き万全を期す所存であります。

 次に、持続可能な社会保障構築とその安定財源確保に向けた中期プログラムについて申し上げます。

 不安の解消と不信の克服は、いわばコインの裏表の関係であります。金融や雇用についての不安の連鎖を断つことに全力を挙げる一方で、社会保障の安心強化の道筋や景気回復後の税財政の枠組みを正直に国民にお示しし、その責任を貫徹していくことで不信を克服していかなければなりません。

 第一が、社会保障の安心強化です。

 団塊世代がすべて年金受給者となる二〇一〇年代半ばまでに社会保障の費用負担の問題にめどをつけなければ、社会保障制度の持続可能性は失われていきます。一方、医療、介護を初め制度自体にもさまざまなほころびが生じております。効率化を図りつつ、安定財源に裏打ちされた機能強化を大胆に行い、そのほころびを直していかなければなりません。

 第二が、消費税を含む税制全般にわたる抜本改革の実行です。

 消費税を含む税制抜本改革は、社会保障の安心強化のみならず、持続的な経済成長と我が国の構造改革のために欠かすことはできません。まず、社会保障の安定財源の確保によって、巨額の個人金融資産を消費拡大に回していくための基盤をつくることができます。また、所得課税、法人課税など税制全般にわたる抜本改革は、社会のさまざまな格差の是正、経済の成長力強化、税制のグリーン化など、我が国が直面する課題に対応するために必要であります。さらに、ポスト金融危機時代における長期金利上昇のリスクに照らせば、巨額の公的債務を抱える我が国の財政再建は猶予のできない課題であります。

 以上申し上げた観点を踏まえ、社会保障の機能強化を行うと同時に、消費税を含む税制抜本改革を経済好転後に速やかに実行することなどを内容とする中期プログラムを昨年末に閣議決定いたしました。

 経済好転後の速やかな実行のためには、改革内容の具体化や、法案その他の制度的準備を今から早急に行う必要があります。経済財政諮問会議や政府税制調査会などにおいて集中的な議論も行いながら、政府横断的に着実な準備を推進してまいります。

 最後に、経済の成長力強化について申し上げます。

 現在、世界は、文明史から見ても特筆すべき大きな潮流変化の過程にあります。世界的な人口増加が予想される中で環境制約や資源制約が高まり、主要国で急速に進む高齢化、国際金融システムの改革、世界経済の多極化など、幾つも大潮流変化が重なり合って、かつてない事態に直面をしております。

 我が国の経済社会の将来像を明示し、その実現に向けたシナリオを描くとともに、官民が今起こすべき行動を共有できる戦略を提示してまいります。将来展望を行う上での重要な観点としては、我が国の環境・エネルギー技術の力が十分発揮される低炭素社会を構築すること、医療・介護サービスの育成などにより健康長寿・子育て安心社会を実現すること、農林水産業や観光を初め多様な分野で特色を生かした活力と独自性のある地方を実現すること、世界経済をリードするアジアの新時代を実現することなどが考えられます。

 経済財政諮問会議を通じて政府横断的に大胆な実行を加速し、景気回復のための下支えと中長期的な経済成長の実現を同時並行で行ってまいります。

 現在の経済の状況は、経済有事とも呼ぶべきものだと認識しております。

 有事に対する対応は、最も重要なことは、国民それぞれの信頼と協力であります。この信頼と協力こそ我が国が世界に誇る最大の強みであることを、我々はいま一度思い起こすべきだと存じます。信頼を基盤とする日本の社会の成り立ちを最大限に生かして、一致協力してこの難局に立ち向かうことを、国民の皆様、議員各位に改めて心よりお願いを申し上げ、所信の表明といたします。

 ありがとうございました。