データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第95代野田佳彦内閣(平成23.9.2〜平成24.12.26)
[国会回次] 第180回(常会)
[演説者] 古川元久内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)
[演説種別] 経済演説
[衆議院演説年月日] 2012/01/24
[参議院演説年月日] 2012/01/24
[全文]

 経済財政政策を担当する内閣府特命担当大臣として、その所信を申し上げます。

 東日本大震災と原発事故から十カ月余りがたちました。改めて、この震災で亡くなられた方々の御冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

 この間に被災地の方々が復旧復興に注いできた御努力と、それを支えてきた国民の皆様の折れない心ときずなの強さには、国民の一人として深い感動を禁じ得ません。日本再生に向けて被災地の復旧復興を強力に推進するとともに、新成長戦略の実行を加速し、日本経済を再び力強い成長軌道に乗せていくという、経済財政政策を担当する大臣として、私に課された重い責務に全力で取り組んでまいります。

 私は、日本経済が直面する諸課題を克服するためには、社会のあらゆる場面でイノベーションを実現し、成長力を高めることが必要不可欠だと考えます。かつて、ソニーの井深大氏が、企業にとって重要なのは発明より革新なのだと語ったように、イノベーションは、単なる新製品、新技術の開発にとどまらず、これまでの延長線上や従来の枠にとらわれない、自由で新しい発想や創意工夫により、非連続な発展を実現することです。

 こうしたイノベーションは、しばしば、異なる考え方や文化が出会い、融合し、あるいは相克するプロセスの中で生まれてきます。例えば、我が国が主要な貿易相手国と高いレベルの経済連携を強力に推進して人や物や資金の交流を強化することは、イノベーションを喚起することにもつながります。

 また、南北に細長い国土の多様性と、各地で活躍する中小企業の厚みは、日本の強みであり、そこにイノベーションの種が潜んでいます。こうした種を育て、イノベーションという形で開花させるため、例えば、五年間法人税を無税とする復興特区や、地域を区切って思い切った規制緩和を行う総合特区の創設などの取り組みを行ってまいりました。

 今後とも、こうした特区制度などを最大限活用し、地域の創意工夫を促し、創業や起業、そして事業の再生、再編などを通じて、地域におけるイノベーションの実現を目指してまいります。

 特に私がイノベーションを実現する主役として期待しているのが、若い世代の人たちです。

 私たちの先人は、奇跡と言われた戦後復興をなし遂げました。それは、イノベーションに次ぐイノベーションの結果であったと言っても過言ではありません。若い世代の皆さんには、先輩たちに負けないチャレンジ精神を発揮して、イノベーションを実現してもらいたいと思います。

 私は、人材育成や創業、起業への支援、また、失敗してもやり直すことのできる環境の整備により、若い皆さんの自由で柔軟な発想を生かした新たなチャレンジを強力に後押ししてまいります。

 近江商人の三方よしの精神や、渋沢栄一の「論語と算盤」という考え方が、我が国の企業に高い倫理性を持たせ、社会との共存を前提とし、持続的成長を可能とする企業文化を根づかせてきました。シュンペーターの言う創造的破壊だけがイノベーションではありません。私は、こうした先人に学び、日本のよさを生かした発展的創造としてのイノベーションを実現していきたいと考えています。

 こうした基本姿勢のもと、以下、当面の経済財政運営、中長期の経済成長と財政健全化への取り組み、そして、新しい成長に向けた取り組みの三つに分けて、今後の重点課題を申し述べます。

 まず、当面の経済財政運営としては、日本経済の再生に向けて、円高への対応を含めた景気の下振れ回避、デフレからの脱却に全力で取り組んでまいります。

 我が国の景気は、大震災の影響により依然として厳しい状況にあるものの、緩やかに持ち直しています。しかし、欧州政府債務危機を主因とする金融市場の動揺など、我が国経済を取り巻く環境は予断を許しません。警戒感を持って、しっかりと注視し、対応していくことが必要です。

 そこで、政府は、大震災からの復興に全力を尽くすとともに、欧州政府債務危機等による景気の先行きリスクを踏まえ、円高への総合的対応策及び平成二十三年度第三次、第四次補正予算の迅速かつ着実な実行等により、景気の下振れ回避に万全を期します。同時に、平成二十四年度予算の執行等を通じて日本経済の再生に取り組み、中長期的に持続的な経済成長につなげてまいります。

 また、デフレ脱却に断固として取り組み、全力を挙げて円高とデフレの悪循環を防いでまいります。

 政府と日本銀行は、一体となって、速やかに安定的な物価上昇を実現することを目指して取り組んでいくことが極めて重要との認識で一致しています。日本銀行に対しては、政府とのさらなる緊密な情報交換、連携のもと、適切かつ果断な金融政策運営を期待します。

 これらを踏まえ、本日閣議決定した政府経済見通しでは、我が国経済は、当面、復興施策の推進によって需要の発現と雇用の創出が見込まれることから、平成二十四年度の国内総生産の実質成長率を二・二%程度、名目成長率を二・〇%程度と見込んでおります。

 中長期的には、日本再生のため、経済成長と財政健全化を両立させる経済財政運営を実現し、経済の土台を立て直さなければなりません。

 当面、復興需要が見込まれる中で、今後、民需主導の持続的な経済成長への円滑な移行を図り、イノベーションを中核としつつ、新たな国際分業、人材育成、若者や女性、高齢者等の就労促進などを進めて、二〇一一年度から二〇二〇年度までの平均で、名目成長率三%程度、実質成長率二%程度を政策努力の目標として取り組んでまいります。

 また、現下の欧州政府債務危機を踏まえれば、財政健全化の取り組みは待ったなしです。

 このため、社会保障と税の一体改革については、年初に取りまとめた社会保障・税一体改革素案に基づき、着実に取り組んでまいります。

 本日、こうした政策運営のもとで経済や財政が中長期的にどのような姿となっていくかを展望し、政策方針を検証するため、中長期の経済や財政の姿を示す試算を公表しました。今後、いわゆる官庁エコノミストなどの人材育成を進めるとともに、政策の客観性、透明性を高める多様な分析や試算を公表するなど、政策立案のイノベーションも進めてまいります。

 このような取り組みを通じて、車の両輪である経済成長と財政健全化を同時に推進し、両立を実現してまいります。

 社会保障・税一体改革素案で示した道筋に沿って財政健全化を着実に進めるためにも、これから二年間は、日本経済の再生に専念し、成長力を強化しなければなりません。

 私は、昨年十二月に閣議決定した日本再生の基本戦略で提示した、経済連携の推進と世界の成長力の取り込みなどによるさらなる成長力強化、分厚い中間層の復活、世界における日本のプレゼンス強化などに、イノベーションを軸にして、全力で取り組んでまいります。

 また、エネルギーの安定供給は、日本経済再生の前提条件であると同時に、将来のエネルギー供給のあり方を見据えたものである必要があります。

 原発への依存度を中期的に下げていく中で、イノベーションの実現によって、温暖化対策にもつながる再生可能エネルギーや、蓄電池等の普及・促進による省エネ、創エネ、蓄エネの推進に全力で取り組みます。

 このような考え方のもと、日本再生の基本戦略の具体化等を進め、本年半ばごろを目途に、日本再生戦略を策定してまいります。また、希望と誇りのある日本を取り戻すため、切り開いていくべき新たなフロンティアを提示し、我が国が中長期的に目指すべき方向性を、野田内閣の国家ビジョンとして取りまとめてまいります。

 これまで、我が国は、何度も国難というべき状況に直面し、そのたびにそれを克服してきました。我々日本人の精神構造は柔構造です。しなっても、折れることなくもとに戻る。そして、もとに戻ったときには、苦難を経験した分、以前よりさらに強くなっているのです。まさに今、私たちは、日本という国の底力を世界に示す好機にあると言えるのではないでしょうか。

 しかし、そのためには、自分たちのこと以上に、次世代のことを考える姿勢が必要だと思います。

 終戦連絡中央事務局次長としてGHQとの折衝に当たった白洲次郎氏は、国民に呼びかける形で次のように書き残しています。「恐らく吾々の余生の間には、大した好い日も見ずに終るだろう。それ程事態は深刻で、前途は荊の道である。然し吾々が招いたこの失敗を、何分の一でも取りかえして吾々の子供、吾々の孫に引継ぐべき責任と義務を私は感じる」。

 白洲次郎氏のこの言葉に象徴されるような思いを当時の日本人は共有していたからこそ、戦後復興はなし遂げられたのです。

 かつて、アメリカのケネディ大統領は、大統領就任演説で、国家があなたのために何をしてくれるのかではなく、あなたが国家のために何ができるのかを問おうではないかと国民に語りかけました。私は、今、国民の皆様に、自分のために何ができるかではなく、次世代のために何ができるかを問おうではないかと訴えかけたいと思います。

 私自身、次世代の人たちが、日本で生まれたこと、そして日本人であることに誇りと自信を持つことができる社会をつくるため、日本経済再生へ向けて、全力でみずからに課された職責に邁進することをお誓い申し上げて、私の所信の表明とさせていただきます。(拍手)