データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] エネルギー・ワシントン会議における大平外務大臣冒頭演説

[場所] 
[年月日] 1974年2月11日
[出典] 外交青書18号,96−100頁.
[備考] 
[全文]

1 ここ数カ月間われわれが経験したエネルギー危機の影響は,今日の世界がいかに狭く,相互依存の関係がいかに深くなつているかを改めてわれわれに想い起させるものがありました。エネルギー問題といわず,あえて「危機」の字を用いたゆえんはこのような高い相互依存関係によつて諸国が結ばれているにもかかわらずそれを支える相互の信頼と協力の関係の展開が当面の危機に阻まれる危険が看取されるからであります。エネルギー危機という広範なインプリケーションを含む問題にわれわれが取組むに当り,われわれはたえ難い程度にまできた当面の危機の中で改めて国際的な相互信頼と相互協力を再確認することに特に大きな意義があると考えます。エネルギー・石油危機という形で,今われわれが試されているのはグローバルな共同体たる「一つの世界」に対する連帯感なのであります。この連帯感を強めることに貢献するならば,この会議は大きな意義をもつことになりましよう。

2 (1) わが国は石油の供給制限と価格の高騰により最も大きな打撃を受ける国の一つであります。これはわが国のエネルギー消費の中で石油油{ママ}の占める地位が特に高く,また石油の殆んど全てを輸入特に中東諸国からの輸入に依存する構造になつているためであります。石油問題の動向如何によつては74年の成長率は戦後最低に落込み,マイナスにさえなりかねません。

 わが国の物価は長期にわたつて比較的安定を保つてきましたが,72年以降激しさを加えてきた世界的物価上昇の影響も加わり,昨年は著しい上昇を示しました。石油危機はこの傾向を一段と加速し,戦後かつてみない物価の騰貴を来したのみならず,一部生活物資の品不足感を発生せしめ,国民生活に脅威と不安を及ぼすに至りました。

 国際収支面においてわが国の国際収支は昨年春以来輸入の著しい増加によつて貿易収支の黒字巾が縮少すると共に長期資本が大巾な流出超過を続けた結果,全体としてはかなりの赤字を生じ,これに伴なつて外貨準備高も減少して来ております。これに加えて輸入原油の価格を1月水準にして計算すれば,74年度の原油輸入額は150億ドル,対前年度比80億ドル増が見込まれ,石油問題の動向如何によつてはわが国の国際収支は少なからぬ影響を受けるおそれもあります。この事は程度の差こそあれ,他の工業諸国経済においても同様に見られるところであります。

 これら諸国は,石油危機発生以前においても根強い物価上昇に悩まされていたところ,これによつて一層の物価上昇圧力が加わり,多くの国においてはすでに減退を示している国内需要に対して石油価格の上昇が極めて大きなデフレ・インパクトを与えることが懸念され,健全な経済の運営はますます困難な条件を加えようとしております。各国の国内経済と対外収支両面におけるこのような状況に対処するため,現在程各国の経済政策に関する相互理解と国際協調が必要とされる時はないと考えます。

  (2) 今次石油危機はここに代表されている国々に深刻な影響を与えたばかりではなく,開発途上国,特に石油を産出しない諸国についても石油価格の大巾上昇と輸入資材価格上昇とが重なり,さなきだに脆弱なこれら諸国の国際収支は深刻な危機に直面しております。

 こうした直接的打撃に加うるに先進諸国の工業生産の停滞は開発途上諸国に対する資材の供給減少,あるいは開発途上国からの輸入の鈍化となつて現われております。また先進工業諸国の経済活動の停滞や国際収支の悪化が,対開発途上国援助供与力の低下に通ずるおそれもあります。

 こうした直接間接の打撃が重なり世界の安定にとり不可欠の要請の一つたる開発途上国の経済,社会開発推進に今後大きな支障が生ずるおそれが生じております。特にアジアの開発途上国は石油危機によりなかんずくわが国の経済活動の停滞により,甚大な影響を受けております。

  (3) 石油価格の急騰は各国の国際収支構造に急激かつ大巾な変化を与えつつあります。IMFの予測によれば,現行価格を前提とした場合,石油輸入国において本年中に650億ドル相当の経常勘定の悪化要因が生ずるとされております。現在われわれが有している国際通貨制度がかかる巨大な重荷に耐えられるか否か,その解答を持ち合せている者はだれもいないといつても過言ではありません。

 貿易面では,今後石油価格高騰の影響が浸透するにつれ,各国の国際収支,特に貿易収支の悪化,国内景気の停滞,失業の発生等の事態が生ずることになれば,国際収支擁護を目的とする輸入制限的な動き,ないしは人為的な輸出促進策の採用等により,貿易面における擾乱,摩擦要因が増加したり,保護貿易主義的な傾向が助長される危険があります。

 上述の如き事態は,通商の拡大を通ずる世界経済の一層の発展をさまたげることになりますので,われわれはこの際あらためて通貨,通商における国際経済秩序の維持,強化に積極的に努力する必要があると考えます。この点に関連し多角的貿易交渉の推進,健全な国際通貨制度の確立の重要性を重ねて指摘したいと思います。

3 (1) 以上のごとく現下のエネルギー問題は世界経済に深刻な影響を与えつつあり,すべての国が協調して解決をはかるべき重大な問題であります。とりわけ,石油問題の根本的な解決のためには石油生産諸国と石油消費諸国との間の調和ある関係が樹立されることが必要であります。石油危機の影響がいかに深刻であり,各国及び世界経済がいかに甚大な打撃を受けるにせよ,産油国をも含んだ一つの国際的共同体の発展を図るとの視点がいささかなりとも動揺することがあつてはなりません。

 厳しい自然条件の下で国内開発に鋭意努力している産油諸国の国造りへのアスピレーション,石油涸渇後に対する不安感はわが国として深い共感を有するところであります。今後ともわが国は,これら諸国の工業化の推進に協力する他,人的,文化的交流等はば広い友好協力関係を増進するため最大限の努力を傾けたいと考えております。

  (2) 前述の如き,エネルギー問題の広範なインプリケーションにかんがみ,各国は石油エネルギー,通貨,通商等総合的な国際経済が受ける諸々の影響を解明し,妥当な解決策を探究することが肝要であります。

 また最初に述べた緊密な相互依存関係という現実に照らし,開発の程度を問わず,また産油国たると消費国たるとを問わず,すべての国が相互依存の網目をよく認識し,自己の立場と利益のみにとらわれず,共通の利益を見出して問題を解決する協力関係を作る必要があると考えます。

4 (1) 現行の石油価格水準は国際経済に重大な負担を課すおそれがあり,その意味で石油価格問題は産油国,消費国何れも深い関心を有する問題であります。現段階において先進消費国間のみでこの問題につき議論を重ねることは必ずしも建設的なアプローチとは思われず,わが国としては,早急に産油国をも混え,検討を開始するのが妥当と考えております。その場合価格水準の問題も含め,世界の石油有効需要に見合う安定した供給をもたらし,かつ価格の予見可能性を保障する如き価格決定メカニズムにつき,検討されるべきでありましよう。

  (2) パーテイシペーション・オイル増大の傾向にかんがみ,パーテイシペーション・オイルの取引については,一方において各国の自主性と,他方において国際経済秩序の維持の要請との調和を図ることが肝要であります。

  (3) 短期的,長期的にエネルギー需給を改善するには一方では供給の増大と他方では資源の有効活用,節約を図ることが必要であります。この分野は,今後各国間の緊密な協力の可能性にとんだ重要な分野であります。

 特に米国は研究開発について熱意を有しており,プロジエクト・インデペンデンス推進の意図を明らかにされたことにつき,敬意を表したいと思います。この点につきましては更に敷衍して,私の同僚であります森山大臣より然るべき機会に発言致したいと思います。

5 わが国は,今回の主要消費国会議が,産油国と消費国との間に調和ある関係を作り出すための第一歩となることを期待して参加した次第であります。この意味で会議に引続きいかなるアレンジメントを行なうかは大きな重要性を有しております。

 わが国といたしましては,問題解決の緊要性にかんがみ,産油国側と建設的な「対話」をできるだけ速やかに実現することが第一義であり,この方向に沿い主要産油国の意向を尊重し,かつ開発途上消費国の意向をも勘案しつつ,最も妥当なアレンジメントを行なうべきであると考えております。

6 われわれの当面する問題は確かに巨大でありますが,ここに集まつた各国をはじめとし,世界の諸国が自国の立場のみならず,各国の立場と利害に対し十分な理解と互恵の精神をもつて,利害を等しくする分野を確め合うとの姿勢に徹し,問題に取組めば,必ずや妥当な解決が可能であります。これは当面の問題の解決のみならず,より強固な国際間の調和ある連帯関係の造出に貢献するに違いありません。

 わが国もそのための貢献を約して結びと致します。