データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日米欧委員会合同総会京都会議における宮澤外務大臣演説—わが外交の基本的課題

[場所] 京都
[年月日] 1975年5月30日
[出典] 外交青書20号,34−37頁.
[備考] 原文英語
[全文]

 本日ここに,日米欧委員会京都会議御列席の各位に対し,お話し申し上げる機会を得ましたことは,私の大きな喜びとするところであります。特に私は外務大臣に就任いたすまではこの委員会の日本側代表委員を務めておりましたので,今般親しい友人各位に再びお目にかかれてひとしお深い喜びを覚えるものであります。

 ここ数年来世界は,東西間の緊張緩和の動き,第4次中東戦争の勃発,これに続く石油危機とそれに伴う国際的インフレと経済不況,経済的苦難のこの時期を通じて新たな盛り上りをみせた開発途上国側の力の増大,そして最近のインドシナ新情勢に至る一連の大きな出来事を経験いたしました。これらの出来事は,国際政治・経済構造および各国の国内情勢の深層に影響を与えるものであり,かつ,極めて短期間のうちに,相次いで発生したため,いずれも解決の容易ならざる他の多くの問題をもたらしているのであります。

 今日,かかる世界にあつて共に民主主義・先進工業国である日・米・欧三者の果たすべき役割は,ますます重大,かつ困難なものとなつております。日米欧委員会が設置され,時代の要請にこたえて,新しく,かつ,一層創造的な国際協力の方式を求めて各般の活動を行つて来ましたのは,まさにかかる認識に基づくものであります。今次会議に参加され,熱心な討議を行われた各位に対して,私は心から敬意を表したいと存じます。

 ここで私は,世界の将来に重要な意味を有する国際関係の主要な流れについて,簡単に触れてみたいと思います。

 まず,東西関係でありますが,米ソ間においては,今後とも,直接的武力衝突の機会を最小限にし,かつ,これを回避する努力が継続されましよう。また,中国も西側諸国との対話を引き続き行つていくものと思われます。いわゆる東西間の平和共存関係は,今後も存続するでありましよう。しかし,このような動きは,これら諸国間の,イデオロギー上の,あるいは,政治上の基本的立場の相違を解消するものではなく,また,局地的紛争の危険も世界各地に今後とも存続していくものと思われます。さらに,中ソ対立の将来についても注目を要します。

 アジアの様相は複雑であります。

 域内各国が有する社会,政治,文化,宗教上の歴史は,互いに大きく異なつており,地勢的にも,この地域全体としての均質性は,著しく欠けております。更に多くの国が植民地であつたため相互の連帯感が育ちにくかつたという事情があります。多くの国は,独立後比較的歴史の浅い開発途上国家であり,そのため,揺れ動く国際情勢の中で,自由のアイデンティティ確立を求めながら,国内の安定と開発を達成するという困難な問題を抱えております。

 このような状況下で,日,米,中,ソの4カ国それぞれの動向は,アジア全体に大きな影響を及ぼすものであります。また最近のインドシナの新情勢後,アジアの情勢は流動的となつております。

 アジアの安定は万人の強く求めるところでありますが,右のような事情からアジア全域を包括し長期的にその安定を保障し得る国際的枠組を作ることは非常に困難であり,ここにアジアの悩みがあります。

 朝鮮半島からスエズに至るアジア・中東地域は,他の諸地域に比し,不安定要因を最も多く内包している地域であります。この地域において新たな紛争と緊張の発生を避けるためには,すべての国が自制をし,あらゆるレベルの対話を容易ならしめるよう最善の努力を行うとともに,域内各国の経済的社会的基盤を強化していくことが必要であります。日・米・欧三者はこのための努力に建設的に参加する責務を有するものであります。

 わが国外交の基本原則について,ここで多くを語る必要はないと思いますが,わが国は,外交の基本方針として日米友好協力関係をかなめとし,イデオロギー,政治体制のいかんにかかわらず,世界のあらゆる諸国との友好と協力を深めることを目的とする外交を展開して参りました。

 わが国の安定と発展は,世界の平和と安定に大きく依存しております。このような国際環境を形成するためには国際的安全保障の枠組が重要であります。先程述べました緊張緩和の動きも,米ソ両国の核抑止力を基本とする力の均衡と国際的安全保障に関する既存の種々の取極を背景として生まれてきたものであることを忘れてはなりません。その意味で,日米安保条約に基づく日米間の協力関係,またNATO条約に基づく西側諸国の協力体制は,国際社会の平和と安定の確保に極めて有効な役割を果たしており,その信頼性を維持するとともに,より複雑な安全保障上の諸問題の解決に一層効率的に対処し得るよう,絶えず努力していかなければなりません。

 また,先に述べました通り,わが国は,政治体制を異にする諸国との間に安定的な関係を保つことも極めて重要であると考えます。中国との関係につきましては,わが国は,種々の政府間協定の成立あるいは各種交流の増大に見られるとおり,平和友好関係の維持に努めております。また,ソ連との間でも,相互理解の増進を図り,あらゆる分野における交流を進めてまいりました。しかしながら,日ソ関係を真に安定した基礎の上に発展させるためには,領土問題を解決して,平和条約を締結することが必要であります。

 ここで,日本国民の心からの関心事である核拡散の防止問題について一言付け加えたいと考えます。わが国政府は,現在NPTの批准につき国会の承認を求めております。また,私は,すべての国が,核兵器の一層の拡散を防止するため,あらゆる機会を通じ,積極的な措置を講ずるよう強く求めるものであります。また同時に私は,すべての核兵器国が,非核兵器国の抱いている安全保障上の正当な懸念を認めるとともに,一層の核軍縮を実施するよう要望するものであります。

 現在われわれはインフレ,不況,資源・エネルギー,一次産品問題等,著しく困難な問題を抱えているため,他国と相協力していかねばならぬことをますます痛感しております。欧州諸国が域内統一を指向し,開発途上諸国が種々連帯の動きを示し,石油問題について,産油国,消費国が,各般の協議を行う等の動きは,相互依存の世界の反映であります。しかし,各国が,このような共同行動を行うに際しては,自分達のグループの利益のみならず,他者の利益をも考慮し,もつて効果的,かつ,グローバルな国際協力の達成を可能ならしめる道を探求せねばなりません。この課題こそ,日・米・欧の三者が深く認識しているところであります。

 ここで,日米欧三者間の理解をさらに深めるため,わが国外交政策の決定過程にかかわる若干の特性についてご説明したいと思います。

 第1に,「和」という伝統的な社会倫理を有するわが国におきましては,政策の決定と実施に至るまで,時間をかけてコンセンサス造りが行われるという点であります。このような時間をかけた過程においては,関係者は具体的措置振りについても熟知するに至り,その結果として,一度政策決定が行われますと,極めて迅速な行動がとられるのであります。時折,このような政策決定の特徴は,しばしば全体の「和」のために含みのある表現を用いる習慣と相俟つて,わが国と欧米諸国との間の誤解を招くこともありますが,わが国はかような仕組を通じて,国内に深刻な社会緊張を招くことなく,また物事の優先度を見失うことなく,複雑な問題を処理しているのであります。

 第2に,わが国は中・ソ等,政治・経済上の信条と体制を異にする諸国,および経済的発展段階を相当に異にする諸国によつて囲まれており,従つてわが国は,これらの近隣諸国との交流について細心の配慮を払う必要があり,このような事情を反映した政策はしばしば欧米諸国にとつて容易に理解し得ないことがあるという点であります。

 さて,今日の国際社会の厳しい現実の中にあつて,私は,日・米・欧三者の共通の基盤である個人の自由と民主主義の原則を遵守するというわれわれの不変の決意を再確認することが有意義であると考えます。これらの原則は,未だかつてなかつたような挑戦を受けておりますが,われわれは,これらの挑戦に対して,退くことなく,これに立ち向かつていくことを学ばねばなりません。

 同時に,われわれは,世界の諸国が,必ずしもすべてわれわれと同様の政治的信条あるいは社会制度を有していないことを認識しなければなりません。われわれは,このような現実を謙虚に認めなくてはなりませんが,同時に,各国にはそれぞれ異なつた種々の事情があることについても一層慎重な考慮を払うことが肝要であります。特に,われわれは,開発途上諸国が直面する諸困難について留意するとともに,忍耐と理解をもつてその必要性に見合う国造りの努力に協力しなければなりません。また,同時に開発途上諸国側が世界における相互依存性を認識し,調和ある国際協力関係確立のため協力するよう呼びかけるべきでありましよう。

 現在必要とされているものは,美辞麗句ではなく,創造的かつ具体的な行動であります。私が日米欧委員会の作業に大きな期待を寄せているのは,正にこのような理由に基づくものであり,豊かな発想に基づくものであり,豊かな発想に基づく知的な努力を通じてのみ世界の生存を確保し得るからであります。