データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 東京外人記者クラブにおける宮澤外務大臣演説−今日の世界と日本外交

[場所] 東京
[年月日] 1975年7月10日
[出典] 外交青書20号,41−45頁.
[備考] 原文英語
[全文]

 カリソン会長ならびに御列席の各位

 本日ここにお招き頂き,親しくお話申し上げる機会を与えられましたことは私の大きな喜びであります。御協会は,言わば日本の中の世界に向けて開かれた窓であり,特派員各位の日頃のご活躍ぶりに対して深い敬意を表したいと存じます。

 大戦後30年が過ぎました。この間,わが国は,幸いにして平和を享受し,戦後の荒廃から復興して順調な経済発展を遂げ,今や広く世界の全域で友好と協力を進めており,国際間の協力と世界の平和と進歩にとつて欠かすことのできない安定勢力となるに至りました。

 この30年間に世界も大きく変貌しました。国際政治の基調は冷戦下の対決から緊張緩和の下での共存へと移行し,また70有余の諸国が独立してあらたに国際政治の舞台に登場し,国連加盟国の数も138カ国に達しました。さらに,中ソ対立という事象も生ずるに至りました。

 特に最近数年来,国際社会は,かつてなかつた種類の大きな変動が短期間に相次いで起るのを経験しました。

 20世紀の最後の四半世紀を迎えるに当つて,日本の直面する国際関係の図式はこれまでとは異質の複雑なものであります。国家間の関係は著しく多様となり,かつ一層密接で相互依存的になつております。

 これまでわが国は自らの発意によつて自衛力を最小限の範囲に局限し,諸国民の公正と信義に信頼して平和を確保するという歴史的実験を試みてこれに成功し,その下で世界に稀な高度の経済発展を遂げてきました。これが可能であつたのは,わが国が比較的恵まれた国際環境の中にあり,かつ,国民が基本的に誤りのない選択を行つてきたからであります。

 今日大きく変動しつつある国際環境の下で,わが国がこれまでの成果に基づき,引続き平和の針路を続けるためには,わが国の平和と安全の基礎を一層強固にするとともに,一層柔軟にして積極的な外交努力を行うことが必要であります。

 わが国の平和と安全を確保するための基本方策は,国内のコンセンサスに基づいて最小限かつ有効な自衛力を保持するほかに,日米間の友好信頼関係の下での日米安保協力体制を維持し,あわせてわが国周辺の国際情勢の安定化を図ることであります。

 日米間の友好協力関係は,わが国の平和の針路にとつて基本的に重要であります。日米間には政治,経済,科学,文化の各領域において密接な協力関係が存在するのみならず,アジア太平洋地域の平和と安定の問題について,さらに,人類全体が直面する幾多の共通の課題について,両国は相協力して対処する立場にあります。

 日米両国間には自然条件や歴史的社会的風土に大きな相違があるにもかかわらず,両国は国際関係の多くの分野にわたつて効果的なパートナーシップを有しております。変転する国際社会の中にあつて,わが国は米国との密接な協力関係を重視し,同国との間にあらゆるレベルにおいて率直にして建設的な対話を一層重ねて参りたいと考えます。従つて,私はこの点に関する先般のキッシンジャー国務長官の発言を歓迎するとともに,来る8月の三木総理訪米の機会に両国首脳間で十分実りある対話が行われることを期待するものであります。

 国際政治の現実を直視すれば,今日の世界において大規模な軍事抗争を回避し,平和を維持するためには,東西両大国間の軍事的均衡と西側諸国間の緊密な協力関係の存続は不可欠であると言わねばなりません。近年の緊張緩和の動きも,この国際的枠組の中で可能になつたことを忘れてはなりません。従つて日米安保協力体制は日本の安定のみならず国際関係の安定にとつて必要であり,わが国はこれを引続き堅持する考えであります。

 わが国を取り巻くアジアの情勢は複雑であります。

 アジアは地勢上,また民族,文化,歴史,宗教上の理由から域内全体としての均質性を著しく欠いており,連帯意識にも乏しいという特徴を有します。また米中ソの三大国がこの地域の動向に深い係り合いを有しており,域内各国がこれら大国との間に持つ関係であります。

 このようなアジアの現状の下で,わが国が自らの平和と安全を確保し,東アジア一帯の安定を図るためには,わが国は次の3点を達成することが最も重要であると考えます。

 第1は,わが国と一衣帯水の関係にある朝鮮半島の平和と安定を維持することであります。

 第2は,わが国と政治・経済体制を異にする隣国である中ソとの間に安定的協調関係を確保することであります。

 第3は,東南アジア地域の諸国との友好親善を深め,その自助努力に協力し,もつて,この地域の安定を寄与することであります。

 以上の3つの問題に取組むにあたつては,わが国は米国をはじめカナダ,豪州,ニュー・ジーランドという太平洋地域の友邦,ならびに西欧の民主主義諸国との協調を重視するものであります。

 特に米国との協調は基本的に重要であります。過去100年有余にわたり,米国はアジアにおいて極めて大きな役割を果たしてきたのであり,近年のインドシナにおける困難な経験を乗越えて,米国がこの地域の安定と進歩のため,長期的視野から今後引続き主要な役割を演ずることを期待するものであります。

 以下右の3つの問題について簡単に述べてみます。

 まず朝鮮半島の情勢は,わが国の国民にとつて重大な関心事であるのみならず,米,中,ソの3大国の動向にも密接に係わるものであり,従つて国際関係全般にも直ちに影響するものであります。

 わが国としては,韓国との関係を一層強化する方針にもとより変りはありませんが,同時にこの地域の平和と安定のため,南北双方の当事者がすみやかに1972年7月の共同声明の精神に立戻り,平和的統一に向つての実質的話し合いを再開し,統一に至るまでの間平和的共存をはかるよう強く希望するものであります。また,そのために日本として関係諸国と協力して果たすべき役割があれば,積極的に努力したい考えであります。

 次に中国とソ連についてでありますが,両国はアジアの将来に大きな影響を及ぼす立場にあります。わが国は,彼我の体制と立場の相違を超えて,アジアの平和のため対話を重ね,協調関係を育成することに力を注ぐ考えであります。

 中国は,わが国にとつて古くからの隣人であります。わが国は1972年の国交正常化の際の共同声明の原則と精神に則り,中国との平和と友好の関係を着実に進めて参りたいと考えます。

 ソ連もまたわが国にとつて重要な隣国であります。日ソ関係は近年諸般の分野において進展しておりますが,両国関係を永続的安定的基礎の上に発展させるには,北方領土の返還を実現して平和条約を締結することが必要であると考えます。

 第3に東南アジアについてでありますが,インドシナの新しい事態を迎えて,わが国の国民は東南アジアの将来に一層強い関心を払つております。インドシナの戦火は終熄しましたが,東南アジアが永続的安定を達成するまでには今後なお幾多の困難が予想されます。

 ヴィトナム{ママ}の出来事は,これからの東南アジアにおいて平和と安定が維持されるためには,域内の各国がそれぞれの国情に見合つた方法で,国内の政治的安定と民生の向上発展を図るとともに,体制の異なる諸国相互間にも安定的共存関係が樹立されることが必要であることを示したと思います。

 わが国はこのような歴史上の要請を十分認識し,富の不均衡と所得の格差の是正を求める諸国民の願望をよく理解して,これら諸国との幅の広い相互理解と協力関係を増進することに努める考えであります。その際,伝統的に友好関係を有する諸国との協力に一層力を入れることはもとより,北ヴィエトナムおよび他のインドシナの諸国との間においても,体制の相違を超えて安定的な関係を樹立することを求めるものであります。

 わが国が平和の針路を続けるに当つては,アジアの平和のみならず世界全体の平和について考えることが必要であります。特に中東の平和はわが国の国民が深い関心を有する問題であります。わが国は,かねて明らかにして参つたとおり,国連憲章と国連諸決議に従つて問題の公正な解決をみることを心から願い,そのための諸国の努力と自制を強く支持するものであります。

 世界を核戦争の危険から解放することは,世界平和を欲する者全ての望むところであります。わが国は,核軍縮の必要性を強調するとともに,核拡散防止に誠実に協力するものであります。核拡散防止条約については,審議日程の都合から先国会の会期中に国会の承認を得るには至りませんでしたが,可能な限り早急に国会の承認を得て批准を行う方針に変りはありません。

 過去20カ月の間に,世界経済は史上稀な大変動に襲われました。石油問題の発生によつて,各国で既に進みつつあつたインフレは著しく激化し,また多くの国は国際収支の悪化と強い不況に見舞われ,世界経済は停滞と甚だしい不均衡に直面しております。

 国際的相互依存関係の深まつた今日の世界においては,いかなる国も,このような経済の変調による影響を免れることはできません。今日の国際経済社会においては,諸国は世界経済全体の健全な発展を図ることによつて共通の利益を得る立場にあり,全体の利益を阻害する形で一部の利益を追求することは,結局自らの利益を封ずることになるという現実をわれわれは十分認識する必要があります。

 従つて,わが国は各国間の対話と協調によつて今日の困難に対処することが,明日への発展にとつて不可欠であると考えます。このような精神の下に,わが国は石油生産国と消費国との間の調和ある関係の形成と対話の促進を求めるものであり,生産国・消費国間の対話の再開の早期実現のため協力を行うとともに,かかる再開会議が,石油エネルギー問題の解決についての実りある結果をもたらすことを強く期待するものであります。また,わが国は,消費国間の協力も世界石油市場安定化のため重要であると考え,主要消費国間の協力に今後とも積極的に参加して参ります。

 さらに,わが国は貿易,金融等世界経済全般に係わる多くの分野で国際協調に基づく諸国間の努力に積極的に参加して参りました。わが国は,OECDがこれらの分野で果たしている役割を高く評価し,今後もOECDを通ずる協力に十分の参加と貢献を行う所存であります。

 21世紀に向う歴史の流れの中で,国際関係において今日急速かつ大幅に重要性を増しつつある問題は南北問題であります。先進経済諸国と開発途上諸国との間に調和ある関係を樹立し,開発途上諸国の民生向上,経済的社会的発展のため努力することは,国際関係全般の安定と発展のために不可欠の要件であります。

 近年,開発途上諸国は変動する国際環境の中で著しくその発言力を増しており,その連帯に基づく主張と行動は国際政治・経済の両面にわたつて大きな影響を及ぼしております。開発途上諸国の抱える困難は多様であり,国によつて相異なるものでありますが,これら諸国は一様に停滞と貧困からの脱却と国際社会における地位の向上とを強く願望しております。

 わが国としては,先進工業諸国,開発途上諸国双方の健全な発展を支える国際経済の枠組の中で開発途上国の開発が進められることが必要であると考えます。わが国にとつて開発途上国との関係は重要であり,また様々な制約の下で急速な近代化の過程を歩んだ自らの歴史的経験に照らして,わが国は開発途上諸国の立場への深い理解を有するものであります。従つて,わが国は開発途上諸国との協力を外交の重要目標のひとつとして,その一層の推進に努めたいと考えます。

 以上当面するわが国外交の基本的課題について申し述べました。わが国は,わが国の平和の針路を一層固い決意をもつて続けて参る考えであります。この針路を通じて,わが国が国際社会の安定と発展に一層有効な貢献をなし得るよう,諸外国の理解ある協力に強く期待して,私のお話を終らせて頂きます。