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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 園田外務大臣のミネソタ大学国際平和貢献賞受賞記念講演

[場所] ミネソタ大学
[年月日] 1978年9月22日
[出典] 外交青書23号,349−351頁.
[備考] 
[全文]

マグラス・ミネソタ大学学長,御列席の皆様

 本日は,私にとつて生涯忘れえぬ日でございます。私が尊敬する世界的政治家の一人である故ヒューバート・H・ハンフリー上院議員の母校であり,私の敬愛する友人であるモンデール副大統領の母校でもある,そしてまた,長い伝統と高い水準をもつて知られるこのミネソタ大学から,栄誉あるミネソタ大学国際平和貢献賞を授与されましたことは,身に余る光栄であり,この感激は生涯忘れえぬものであるからであります。

 常に将来を展望し,古い考え方にとらわれず新しい発想に基づき,未知をおそれずに新しい問題に挑戦された故ハンフリー上院議員の勇気ある行動に対して,私は強い共感と敬意を今なお抱き続けております。

御列席の皆様

 私は,故ハンフリー上院議員よりの一通の手紙を大切に保管しております。この手紙の行間に同議員の深い母校愛と人類社会に奉仕する人材を養成することに対する強い熱情を読みとり,強い感銘を受けました。と同時に,この手紙のサインは同議員の亡くなる直前の絶筆であつたと思い,胸をうたれたのであります。

 私は,あらためて,万余の湖に守られて眠られる故ヒューバート・H・ハンフリー上院議員の御冥福を皆様とともに,心からお祈りしたいと思います。

御列席の皆様

 私はこの機会にわが国のアジア政策の基本的方向についての私の考えを述べさせていただきたいと考えます。

 アジアは簡単に一言で表現されますが,アジアは歴史,宗教,文化,伝統を異にする多くの国が近接して存在する地域であり,また,政治体制を異にする多くの国が共存している地域であります。その意味で,アジアは一つではなく,むしろ,国の多様性こそがアジアの特徴であります。他方,アジアの国の多くは戦後誕生した新しい諸国であり,また,そのほとんどは開発途上にあります。それ故に,アジアの大多数の国にとつて国造りが当面の最大の課題であります。こうした事情を背景にして,今や,アジア諸国の間に,この地域に平和を維持し,その中で相協力してともに国造りの道を歩もうとする気運が芽生えつつあります。私は,このような気運の芽生えに大いに勇気づけられております。私は,これからの時代の国と国との関係は互いに各々の相違点を理解し,これを尊重し,相手の繁栄の中に自らの繁栄を見出すという考え方によつて導かれねばならないと考えております。このような認識の下に,私は,アジアの平和と繁栄の維持,増進のために積極的に貢献することは,アジアにおける唯一の先進工業国としてのわが国の責任であると考え,わが国の経済力と政治的影響力をアジアの平和と繁栄に役立てることを外交政策における最も重要な課題としております。

 日中平和友好条約の締結も正にこのような考え方に立つたものであります。わが国が日中平和友好条約を締結した所以は,日中関係の長い歴史を回顧し,その反省の上に立つて将来を展望した結果,日中両国がその友好関係を長期的に安定したものとして,共存共栄を図ることが日中両国のためのみならず,アジア,ひいては世界の平和と安定のために必要であると判断したからであります。したがつて,この条約は日中間に政治的あるいは経済的に排他的な関係をつくることを目的としたものでないことはいうまでもありません。むしろ,わが国としては,より多くの国が中国との交流を拡大することを期待するものであります。同時に,わが国が中国と平和友好条約を締結することにより,わが国が中国と結んでソ連に対抗するといつた考えも全くありません。ソ連はわが国にとつて重要な隣国であり,ソ連の友好関係を維持し,増進することは,わが国外交の重要な課題であります。

 中ソ対立の下で,そのいずれの一方にも組みせず,また,中ソ対立を外交上いかなる意味でも利用しないというのがわが国の一貫した方針であります。わが国としては,今後,以上のような考え方に立つて,アジアの平和と繁栄に一層積極的に貢献する決意であります。

御列席の皆様

 東南アジアは,わが国がその平和と繁栄のために積極的な役割を果すべき重要な地域であります。このような認識に立つて,昨年8月福田総理大臣はASEAN諸国の首脳会議に出席し,併せて,東南アジア諸国を歴訪し,これらの国々との間の心と心のかよう相互信頼関係の構築に努めました。その後をうけて私は,本年6月にタイ国においてASEAN5カ国の外相と一堂に会し,ASEANを取りまくアジア情勢,世界経済の動向等の共通の関心事につき幅広い意見交換を行いました。わが国とASEAN諸国との友好協力関係は,今や,かつてないほど緊密なものとなつております。わが国としては,ASEAN諸国及びビルマの開発,発展に資金面,技術面のみならず,貿易面においても積極的に協力するとともに,文化交流,青年交流等を推進し,幅広い友好関係を築くべく今後とも努力してゆく方針であります。それと同時に,ヴィエトナム,カンボディア等とも積極的に要人の交流を図り,相互理解を深めることにも努力しております。このようにして,深まりつつあるASEAN諸国との間の友好協力関係と,インドシナ諸国との間の相互理解を基礎に,東南アジア全域にわたる平和と繁栄の形成に積極的に貢献してゆくことがわが国外交の当面の目標とするところであります。

 朝鮮半島の平和と安定もわが国の大きな関心を有するところであります。朝鮮半島においては,幸いにして,武力紛争の再開は回避されております。しかし,わが国としては,さらに一歩を進めて,朝鮮半島の真の平和と安定をもたらすことが必要であると考えており,そのための国際環境の形成についてわが国としても努力を続けてゆく方針であります。

 以上,私は,わが国のアジア政策の基本的方向について御説明いたしました。ここで私が強調したいことは,わが国と米国との間の緊密な友好協力関係と,アジア・太平洋地域における米国の存在とが,わが国が以上述べたようなアジア政策を具体的に推進することを可能にしている重要な前提であるということであります。

 まず第一に,日米安保体制を含む緊密な日米友好協力関係は,わが国の平和と安全の基礎をなしております。

 第二に,米国のアジア・太平洋地域における存在,特にその戦争抑止力は,この地域の平和と安定にとつて不可欠であります。

 第三に,アジア諸国の発展と繁栄は,米国の協力なくしては十全を期することはできないのであります。

御列席の皆様

 私は,今回ミネソタ大学から,わが国とアジア諸国との関係と米国との関係について高い評価が与えられたことに特に勇気づけられております。何故ならば正に,アジア諸国との関係と米国との関係こそは,わが国の外交の重要な2本柱であり,この2本の柱の上に立つて,アジアにおいて政治的役割を積極的に果してゆくことはわが国がその最も重要な使命と考えているところであるからであります。

 わが国外交に対する貴大学の深い御理解に心から感謝いたします。